明けて日曜日。
The End
俺は全速で走っていた。
目指す駅前の時計が見えてきた。そして、そこでバスケットを提げて立っている女の子と、それにまとわりついている野郎も。
……まとわりついている野郎?
「いいじゃん。その彼氏、来ないんでしょ? だったら、ちょっとお茶飲むくらいさぁ」
「あ……あの……」
「あ、オッケイ? ラッキー。それじゃ……」
「勝手に話を決めるなぁっ!」
俺が荒い息を付きながら割り込むと、ナンパ野郎は俺の方を見て、舌打ちした。
泣きそうになっていた彩が、ぱっと顔を明るくして、俺の後ろにすすっと隠れる。俺はそんな彩を背後にかばうと、手を振ってナンパ野郎を追い払った。
「ほれ、しっしっ」
「ちぇっ」
もう一度、忌々しげに舌打ちして、ナンパ野郎は退場。
「二度と来るなっ!」
俺はそいつの背中に中指を立てて見せると、振り返った。
「ごめん、遅れて」
「……です」
「え?」
「怖かった……です」
彩は涙目で俺を見上げた。
「悪かった」
俺は、彩をきゅっと抱きしめた。
「あっ……」
一瞬とまどうように身を固くした彩は、少し身じろぎした。
「恥ずかしい……です」
「そう? それじゃ……」
解こうとした腕を、彩はそっと掴んだ。
「でも、……嫌じゃない……ですから」
「そっか」
俺は、もうしばらく、彩を抱きしめて……。
「あーっ、和樹っ! なにやってんのよこんな公衆の面前でぇっ!!」
「うわぁっ!」
「きゃっ!」
いきなり大声で叫ばれて、俺と彩は驚いて飛び上がった。
俺はその声の方に視線を向けた。そこには思った通り、顔なじみがいた。
「なんだ、瑞希か」
「なんだ瑞希か、じゃないわよ! なにやってんのよあんたっ!」
「見ての通りデートだ」
俺が言い切ると、彩はぽっと赤くなって俯いた。ううっ、可愛いぜ。
いつまでも見ていても良かったが、そういうわけにもいかず、俺は瑞希の方に視線を戻した。
「で、お前は何やってんだ?」
「え? わ、私は買い物よ、買い物」
慌てて腕にかけていたバッグを俺の前に突き出して見せる瑞希。
「何の?」
つっこむと、案の定慌て出す。
「えっ? そ、それはその、えっと、な、なんでもいいじゃないっ!」
……多分、コスプレの衣装の材料でも買い出しに出てるんだろう。こいつもすっかり染まっちまったなぁ。
「な、なによ、その人を哀れむような目つきは〜」
「いや、別に……」
「大体、あたしをこんな世界に引っ張り込んだのは、あんたと大志なんだからねっ!」
「順番が違う。大志と俺だ」
「同じようなものよっ!!」
「ん〜。違うぞ、まいしすたぁ。それは微妙だが重大な問題だ」
「きゃああっ!!」
後ろから声を出されて、瑞希は盛大に悲鳴を上げた。振り返ると指さす。
「く、九品仏大志っ! あんたどっからわいて出たのよっ!!」
大志までわいて出たか。しかし、このままじゃ長くなりそうだな。
「大志……」
「なんだね、まいぶらざぁ」
「後は任せたっ! 彩、行くぞっ!!」
そう言うと、俺は彩の手首を掴んで駆け出した。
「あっ、ちょっと待ちなさいっ、こらぁっ、和樹っ!!」
「わははははは。なんだかよく知らんが、あとは任せておけ。さぁ、行こうまいしすたぁ。穴場の店を教えてやるぞ」
「そんなのいらないわよっ! ちょ、ちょっと放してったらぁ〜」
……惜しい奴を亡くした。
俺は心の中で合掌しながら、彩の手を引いて、駅のコンコースに逃げ込んだのだった。
「というわけで、定番だが遊園地にやって来た俺達」
「はい」
誰にともなく説明口調な俺に、律儀に相づちを打ってくれる彩。うう〜っ、ええ娘やなぁ。
……時々地の文にまで関西弁が混じるのは、絶対に由宇の影響だよな。
いや、とりあえずそんなことはどうでも良い。遊園地なのだっ!
「よし、遊ぶぞ彩っ!」
「ええ」
笑顔で頷く彩。
と。
「あれぇ? お兄さん!」
後ろから声を掛けられた。振り返ると、千紗ちゃんがにこにこしながら立っている。
「千紗ちゃん?」
「やっぱりお兄さんだぁ〜。こんにちわぁ」
ぺこりと頭を下げる千紗ちゃん。
「やぁ」
片手を上げる俺と、ぺこっと同じように頭を下げる彩。
「で、今日は千紗ちゃんどうしたの?」
「はい。千紗はアルバイトです」
にこにこしながら、千紗ちゃんはくるっと回って見せた。なるほど、言われてみれば係員の制服だ。
「へぇ、それじゃ交通整理とかやるのか」
「はい、そうです」
満面の笑みを浮かべて、千紗ちゃんはこくこくと頷いた。
大丈夫なのかなぁ? ま、いいか。
「そっか。それじゃ、とりあえず今日のお勧めはなにかな?」
「そうですねぇ。絶叫マウンテンとかいいかもしれませんよ」
「オッケイ。それじゃそこに行ってみるよ。千紗ちゃんもがんばれよ」
「はいっ。お二人とも楽しんできてくださいねっ」
そう言って笑う千紗ちゃん。うーん、いい子だなぁ。
「子供が出来たとしたら、あんな子が欲しいよなぁ」
「えっ!?」
びっくりしたように俺を見ると、彩はかぁっと真っ赤になった。あ、いや、そんなに深い意味はないんだが……。
「あの、彩……」
誤解を解こうと口を開きかけたところで、彩は俯いて小さな声で言った。
「私……も、……です」
「え?」
「私も、欲しいです」
小さな声で、でも今度ははっきりと、彩は言った。
……って、彩?
俺が驚きのあまりじぃっと見つめていると、彩は耳まで真っ赤になってしまった。
ういやつ。
「彩、今日は楽しもうぜっ!」
ことさらに大声で叫ぶと、俺は彩の手を引いて歩き出した。
「……」
なにも言わず、彩はただ、きゅっと俺の手を握り返してきた。それが、彩の思いを雄弁に語っている気がして、俺は嬉しかった。
以前の失敗の経験を元にして、今日はコーヒーカップやメリーゴーランドといった軽めのものに乗ることにした。……さすがにメリーゴーランドは恥ずかしかったが、まぁ、同人作家に必要なのは幅広い経験だと由宇も言ってたことだし、何より彩が楽しそうだったので問題はない。うん。
「さて、そろそろ昼だな」
何げに時計を見上げながら言うと、彩は俯いてもじもじし始めた。
「あ、あの……」
「ん?」
「わ、私、その……」
「ああ、何か食べたいものでもある? 買ってくるからさ」
彩は、えっ、という顔をした。それから慌てて何かを言いかける。
「あのっ、わ、私……」
「別に希望なし? んじゃ、適当に買ってくるから、そこで待ってて」
そう言って踵を返すと、歩き出そうとした。
クイッ
服の裾が引っ張られる。
振り返ると、彩が服の裾を片手で掴んでいた。
「あのっ、和樹さん、私……」
あんまりいじめてもかわいそうだよな。
俺は振り返って微笑んだ。
「でも、彩がお弁当作ってくれてれば、買いに行く必要もないよな」
「……」
彩は、珍しく拗ねた顔になった。
「……意地悪です」
「ごめんごめん」
彩の頭を撫でてから、俺は辺りを見回した。お、ちょうどいい芝生があるじゃないか。
「よし、あそこで食べようぜ」
「……はい」
こくりと頷く彩。
「よし、行くぞっ!」
「あ、待ってください」
俺達は芝生に向かって歩き出した。
バサッとシートを広げると、俺は靴を脱いで上がり込んだ。続いて彩も靴を脱いで上がってくる。
「すみません」
「なぁに。さ、それより弁当弁当」
「……あんまり、美味しくないかも」
「そんなことあるもんかい。彩が作ったってだけで俺はもう満足だ」
大げさに両手を広げて見せると、彩は照れたように俯いた。そしてバスケットの蓋を開ける。
「おっ、サンドイッチか」
「はい……」
「よーし、それじゃ彩に食べさせてあげよう」
「えっ? そ、そんな……」
「ほら、あーん」
俺はサンドイッチを一切れ取り出すと、彩の口の前に近づけた。
「恥ずかしい……」
「それは愛が足りないせいだぞ、きっと」
俺がそういうと、彩はきっと真面目な顔になった。
「わかりました」
「え?」
思わず聞き返す俺に、彩はきっぱり言った。
「私、がんばりますから」
「あ、うん……」
そんなにマジに取るとは思わなかったんだが……。
ま、それだけ彩はいい子だってことだね、うんうん。
俺は、あーんと開けている彩の可愛い口にサンドイッチを運んだ。
かぷ
「……美味しい」
もぐもぐと食べてから、にこっと笑う彩。
「そりゃよかった」
そう言って、俺は自分も食べようとバスケットに手を伸ばした。
「あ……」
「え? 何?」
彩の言葉に手を止めると、彩は微笑んだまま言った。
「今度は、私が……」
ううっ、逆襲ですか?
まぁ、幸せの構図ってやつだな。うん。
俺は黙って口を開けて、彩の手でサンドイッチを食べさせてもらうのだった。
ちなみに、サンドイッチはとても美味かった。
午後も遊び倒して、俺達は夕焼けに空が染まる頃、遊園地を後にした。電車に揺られて、俺達の町に戻っていく。
「あ、次は彩の降りる駅か」
「……はい」
ちょっと寂しそうな彩。
俺も寂しいな。出来れば、このまま一緒に帰りたい。
だけど、そうもいかないよな。原稿も完成しちまったし、そうなると彩が俺の家に来る理由もなくなるわけで……。
電車が減速し、駅のホームに滑り込む。
ドアが開く。
彩が、ゆっくりと駅のホームに降りる。
そして、振り返る。
「今日は、楽しかったです」
微笑む。
「俺もだよ」
頷く。
「また、電話……」
します。
「ああ」
プシューッ
ドアが閉まった。電車が走り出し、彩の笑顔が、すぅーっと後ろに流れていく。
別れるときには、いつも思う。俺はどうして、こんなに彩が好きなんだろうって。
だから、いつか、別れなくても済むように。彩をしっかりと支えて行けるって、自信を持って言えるようになるまで。
俺はがんばらなくちゃならないんだよな。な、彩……。
手すりにもたれかかり、夕闇に沈んでいく街並みを見つめながら、俺は心の中でそう呟いていた。
そして、気付いた。
それが、俺の野望なんだ、って。
あとがき
どもども〜。彩ちゃんSSの後編をお送りしました。はい。
彩ちゃん、いいですねぇ。あのシーンじゃ、一瞬「日奈緒さん?」と思いましたけど(禁句)
というわけで、義理は果たしましたのでこみパSSはこれにてお終いです。……リクエストがあれば考えますけど(笑)
話変わって、Kanonとりあえず1回終わりました。
ホントに全然買う気もなかったので、あえて情報を遮断してたこともあり、何がなんだかさっぱりわからん状況からはじめたので、いきなりクリティカルくらってしまいました。なにがって? あゆです。
昔、保健室日誌にちらっと書いたことがあるのですが、私唯一の弱点を見事に突かれてしまいました。ええ。
うぐぅ……。
ボク娘なんて聞いてないぞぉ〜っ!!(笑)
で、結局舞先輩エンドだったりします(笑) いや、通常版に入ってたマウスパッドが舞先輩だったもので。
しかし、ラストがよくわからん(苦笑) 一体なにがどうなったのやら。誰か評論してくれるのを望みます。ええ。
さて、次こそあゆあゆだ〜(笑)
……というわけで、校正するまえにあゆシナリオも終わらしました。
感想は……次作のあとがきにでも、ええ(笑)
あやちゃんとでぇと 後編 99/6/4 Up