「裏・幸せの定義」
第一話 「吸血鬼らしく、で逝こう! side.B」
そして、一ヵ月が経過した・・・。
俺達はナデシコの建造場所である佐世保ドックへ向かう為、この一年間経営してきた『黒百合亭』を畳む事にした。
「・・・アキトさん、こっちの方は終わりました。
其方の荷造りの方は如何ですか?」
俺のこの一年間の同居人であるルリが尋ねる。
彼女の方は既に自分の手荷物を整理し終えており、後は俺が荷造りを完了すれば出発出来るのである。
ふと見た彼女は、何気に新しい住処となるナデシコへ向かう事が楽しみに見えた。
今までの人生の殆どを研究室でモルモットとして過ごしてきた彼女にとって、俺と暮らしてきたこの一年は新鮮な驚きでいっぱいであったのだろう。
時たま見せる(俺限定)年齢相応の無垢な笑顔が、彼女が無表情なマシンチャイルドであった事を忘れさせるほど可愛らしかった。
って、何を考えているんだ、俺。
これじゃあまるでロリコンじゃないか・・・。
「・・・これで終了っと。
ルリ、こっちも終わったぞ」
俺の荷造りも漸く終了した。
二人の荷物を比べてみると、俺の荷物の方が圧倒的に多い。
その中身は・・・。
「・・・アキトさん、本当にソレ、全部持って行くんですか?」
ルリが呆れたような声で俺に尋ねてくる。
「・・・当然だ、何時いかなる時にも紳士は身だしなみに気を使わなければならない」
胸を張って大威張りする俺。
マントは吸血鬼のステータスシンボルだ、毎日交換しないといけないんだ。
今まで何度もルリに話して聞かせたんだが、その度に冷たい視線が返って来たな。
「・・・だからと言って、どうしてマントの替えを百十五着も持っていく必要があるんですか!」
「・・・わかっていないな、昔の人もよく言っていただろう?
そう、こんな事もあろうかと! こういう事だ」
・・・室温が氷点下に達したのは俺の気のせいなのか?
まあ良い、そろそろ迎えが来る頃だな。
「・・・行くぞ、ルリ」
俺たちはナデシコに向かった・・・。
別に誤魔化している訳ではないぞ。
黒いマントといえども、ちゃんと微妙な色合いとか、滑らかさとか、手触りとか、シルクの割合とかが微妙に違うんだ!
マントによっては、星の光を浴びて闇夜に浮き上がる影、その美しい比率が微妙に変わってきたりもするんだ!!
それによって女性に与える視覚的効果も違ってくるんだ!!!
ちゃんと今後の展開が有利に働くように心がけているんだぞ!!!!
プロスも言っていたじゃないか、ナデシコには女性が多いと!!!!!
・・・いかんな、俺としたことが少々熱くなってしまった。
出発、出発。
「・・・で、何でこんなところでエンストなんだ?」
佐世保ドックへと向かう途中、俺達の乗る車は停まってしまった。
なんでこう、俺の人生は波乱に満ちているんだ。
すんなり行ってもいいじゃないか。
「・・・マントとセラスが原因では?」
ルリが冷たい視線と声音で言い放ってくる。
セラスというのは俺の愛用のライフルだ。
ナデシコ乗艦に際し身を護る為と、バカどもに天罰をくれてやる為に隔壁ぐらい簡単にぶち抜く凶悪な銃を用意したんだ。
二メートルを越えるバケモノのような銃で素晴らしい威力を誇るが、夜の俺でないと使用できないくらいの反動がある。
軽く100kgを超えるほど重たく、馬鹿でかいのが欠点だが、威力の程は折り紙付だ。
後、ハンドガンでアーカードというのもある。
こいつは五十五口径のオーダーメイドで作らせた銃で、銀の弾丸を発射する、言わば対フリークス用の銃だ。
オートマチックで、漆黒の銃身をしている。
バッタを倒せるくらいの威力を誇る、ワンダフルな銃だ。
・・・しかし、セラスは仕方がないとしても未だマントに拘るとは、ルリのヤツ・・・。
「・・・・・・プロス、この車はしっかり車検に出しているのか?」
断じて俺のせいではない、そう思う事にした俺は、プロスに整備不良かどうかを尋ねた。
しかし、プロスの額に青筋が幾本も浮かび上がっているのは俺の目の錯覚だろうか?
確か、此処まで来るのに三度ほどパンクしたか・・・。
そう考えていた俺に、ゆっくりと右側の後部座席を指差すプロス、青筋は消えていない。
指差す方向に視線を向けた俺の顔を夜の風が撫でる。
「・・・これがどうしたんだ?」
その方向には俺のライフル、セラスがある。
余りのでかさにトランクに入りきらず後部座席の天井を突き破っているが、そんな事は些細な事だ。
「どうかしたんだ? じゃありません!
パンクしたのは全部右の後輪なんですよ!!
そのライフルが重すぎるんです!!!」
「・・・気の短い奴だ・・・。
そんなに怒ると血圧が上がって健康に悪いぞ?」
・・・車を降ろされてしまった・・・。
・・・・・・何故だ?
ご丁寧にも地図をつけて、「ここが佐世保ドックですから、徒歩でいらしてください」だとぉ?
荷物を全部放り出して、脱兎の勢いで去っていきやがった。
ルリ、お前まで呆れた視線で俺を見るのは止せ。
仕方なく徒歩でトボトボと向かう俺達。
クイッ、クイッ。
何だ、ルリ?
「・・・あれから一ヶ月が経過しました・・・。
・・・・・・吸ってください・・・」
プロスから支給された、ナデシコのオペレーターようの制服の首の部分をはだけ、潤んだ瞳で俺に懇願するルリ。
紅潮した頬と、潤んだ瞳が年齢とのミスマッチな背徳的な淫靡さを醸し出す。
ルリの年齢は俺のストライクゾーンを大幅に外れているのだが、此処で断ったら後が怖い。
これも世の為人の為、なにより俺の為・・・。
このような危険な少女を世に解き放ったら、世間様は大混乱の渦に陥れられてしまうであろう。
その結果、大罪人として俺の名前と顔が『ロリコン』のテロップつきで、『お茶の間の皆さんにこんにちは』してしまう事は間違いない。
苦渋に満ちた定例行事をこなす事を決意する。
そのまま強くルリを抱きしめ、ミルクの香りが漂う彼女の首筋に顔を埋める俺。
「・・・んっ・・・あはぁっ・・・ふぅっ! くぁっ!!」
敏感な反応を示す幼い肉体。
「きゃぅっ! うあぁっ!!」
俺の口腔内に広がる極上のハーモニー。
「はあ、はあ・・・・・・・・・・・・もう、終わりなんですか?」
俺が吸血を一時中断すると、激しく上気した顔で年齢にそぐわぬ艶っぽい声を出すルリ。
その筋の人が見たら一発昇天間違いなしだが、俺はその範疇では断じてない!!!
・・・ちょっとした意地悪である、軽いフェイントだ。
例え相手が年端もいかない少女であろうとも、このような細やかな駆け引きも忘れてはいけない。
俺がこの一年で学んだ事だ・・・。
「はんっ! あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっぁぁっぁぁぁ・・・・・・・・・」
夜の静寂を切り裂く、彼女の絶叫。
またしてもイカセてしまったな・・・。
その証が彼女の内腿を濡らし、俺のマントに淫らな染みを作る。
彼女の意識は朦朧とし、肩で息をしている。
なかなか可愛い声で鳴くんだが、ちょっと大きすぎるのが玉に瑕だな・・・。
俺は自分の素晴らしすぎるテクニックに酔いしれてしまい、周囲を確認する事をおろそかにしてしまった。
わらわらと俺の周囲に集まって、俺を指差しヒソヒソと囁いている奴等がいた。
「おまわりさん! アイツです!! ロリコンです!!!」
この叫びの意味・・・もしかして、俺なのか?
違うんだぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
痛すぎる指摘を受けて、動転し突っ走ってしまう俺。
暫く駆けていたであろう、周囲の景色が凄い速さで移り変わってゆく。
ドガシャァッ!!!
俺の涙で霞んだ視界を黒い物が埋め尽くした瞬間、凄い音と同時に俺の目に火花が散った。
ク、クロスカウンター・・・。
並みの人間なら頭蓋骨陥没モノだぞ。
痛みに顔を顰めながら周囲を見回すと、俺の周りに散乱した衣類と黒いスーツケースがあった。
「ごめんなさい! ごめんなさい!!
・・・あの、痛いところありませんか?」
容姿・・・O.K
プロポーション・・・O.K
年齢・・・O.K
そしてこの香り・・・間違い無く処女!!!
フッ・・・合格だ。
俺の獲物と為るに相応しい。
「・・・いえいえ、美しいレディ。
貴女が気に病むほどの事ではありませんよ」
極上の笑顔を浮かべ、眼前の美女に丁重に応対する俺。
紳士たるもの、女性を心配させてはいけないのだ。
「でも、凄い音がしてましたけど・・・」
「・・・あんなもの、たいした事ではありませんよ。
痛みなんて、貴女の笑顔で吹き飛んでしまいましたからね」
さわやかな笑顔を浮かべ、女性の手を取る俺。
はっ!? 殺気!!!
振り向いた俺の目の前に、絶対零度の気配を見に纏うルリが居た・・・もう復活したのか。
「・・・・・・浮気、赦しませんよ?」
表情は笑顔だが、目が全く笑っていない。
「・・・ねぇ、ユリカ。
あの人たちなんか怪しいよ。
それに、あの女の子が浮気とか言っていたけど、あの男の方ってもしかしたらロリコンなんじゃ・・・・・・ヒィッ!?」
スチャ。
アーカードで俺に禁句を言ってのけた愚か者の額をポイントする。
真っ青な顔をして荷物を両手で掻き抱き、凄い速さで逃げ去っていく男。
美女も一緒に連れて行ってしまいやがった。
クソッ! ルリさえいなければこんな事には・・・って、これはショーツか?
忘れていったのか・・・くんくん。
ん!? この匂いは・・・『吸血コレクション・No.61・・・ミスマル・ユリカ!!!』
間違いない、この匂いはユリカだ・・・。
そうか、俺の読みに間違いは無かったな。
美しく成長した物だ・・・。
ここで説明せねばなるまい。
吸血コレクションの名が指し示すように、俺は今まで吸血した女性の味と香りを全て記憶しているのだ。
ユリカはこのショーツを履いているときに生理になったことがあるようで、微かな血の匂いが染み付いていたのだ。
ちなみにNo.1は俺の戸籍上の母親で、それ以後は両親の教えの通りに俺の小学校の同学年女子59名で構成されている。
小学校一年生の時に同学年の女子を全て制覇した俺は、年上の味を求めて俺の家の隣に住んでいた二つ年上のユリカをコレクションに加えたのだ。
性格はかなりアレだったが・・・あの時から美女の素養があるとは踏んでいたが、此処までになるとはな・・・。
待っていろ! ユリカ!!
俺は徒歩でユリカの後を追った。
そこは奇しくも俺たちの当初の目的地である佐世保ドックであったのだ。
偶然とは怖い物だ。
俺達の再会を祝福しているかのように、爆音が上がる佐世保ドック。
木星蜥蜴どもの気が利いた演出であった。
「・・・クックックックックッ。
木偶人形どもめ、よくわかっているじゃないか。
俺の乗艦パーティーを盛大に催してくれるんだろう?
・・・お前らにしては上出来だ・・・さあ、パーティーを始めようか・・・」
俺はルリを先に行かせると、奴等に向かって歩みを進めた。
「・・・えっ!? なんかバッタの数が減ってるような・・・」
ブリッジで豊満な肢体を持った美女が疑問の声を浮かべている。
フフフ・・・驚いたようだな。
そして、スクリーンに映された俺の勇姿。
そこには両手に一丁ずつアーカードを持ち、それを用いてバッタ達を打ち倒す俺の姿が映っていた。
口元には余裕の笑みを浮かべながら、バッタ達を屠ってゆく。
ドン! ドン! ドドドン!!!
漆黒の外套を羽織り、背中にセラスを担いでゆっくりと歩を進めながら、バッタ達を蹂躙していく。
赤々と燃え盛る爆炎を背景に、陽炎のように悠然と佇む俺。
完璧すぎる登場だ。
女性の心を捉えて離さない、俺の演出効果の素晴らしき事。
アカデミー賞も裸足で逃げ出す事請け合いだ。
爆風にはためき靡く漆黒のマント、俺の身体を彩る黒いスーツと純白の手袋が渋すぎるぞ。
ここで、クイッとサングラスを押し上げる俺。
このような様も似合いすぎている。
そして、口の端を歪め不敵な笑みを見せる。
駄目押しだな・・・。
さあ麗しき美女達よ、俺は此処にいるぞ!
此処で凡人ならば、エステバリスとかいう機動兵器に頼るところなのであろうが、俺は違う。
若しくは、少々古いが『ダイターン、カム・ヒア!』とか言ったところかな?
だがしかし、俺は夜に生きる不死の存在・・・ヴァンパイア。
夜の貴族の力は、生身であろうとバッタ如きに遅れを取らないのだ。
一発一殺。
木偶人形どもをひねり潰していく俺の姿は、ブリッジの面々に幻想的な光景に映った事であろう。
美しすぎる・・・。
ヴァンパイアの超人的な反射速度で、瞬く間に破壊してゆく俺。
弾倉の交換なんかも一秒弱で完了だ。
左右、それぞれ五本づつも交換したところで殲滅は終了してしまった。
他愛なさ過ぎるな。
と思いきや、空から黄色い奴らがやって来やがった。
しまった、俺とした事が初歩的なミスを犯してしまったな。
こいつらこそがバッタであり、俺の足元で残骸と化している奴らはジョロだった・・・。
まあいい、誰にでもミスはあるのだ。
俺は気を取り直し、こんな事もあろうかと持っていたセラスを構える。
そして轟く轟音。
遠距離からのスコープ無しの長距離射撃の前に、木っ端微塵に爆発するバッタ。
俺の視力は20.0、サンコンさんも真っ青だ。
そして、常識を無視したライフルの高速連射の前に、バカどもは次々と夜空に華を咲かせていく。
バカどもも反撃を試みるが、夜の俺ははっきり言って無敵だ。
魔力の篭もっていない唯の物理的な衝撃など、霧になってしまえば掠り傷一つつきはしない。
ミサイルの弾頭の中に聖水をしこむか、銀の弾丸でも持って来い。
そうすれば少しは痛がってやるぞ・・・。
ふむ、少しは学習能力があるようだな。
遠距離攻撃では通用しないと見えて、近距離に切り替えてきたか。
飛翔能力を生かし、地上を走るだけであったジョロどもとは比べるべくも無い速度で迫るバッタ達。
俺はアーカードに持ち替えると、立て続けに発砲する。
しかし奴らもなかなか考えている。
素早く連続して襲い掛かる事により、マガジンの交換する隙を与えないつもりだったのだ。
弾丸が尽きてしまうアーカード。
だがしかし、お前らこの程度で俺を殺せると思ったのか?
グシャッ!
甘い!
ゴキィッ!!
甘すぎるぞ!!
先ほども言ったと思うが今は夜、即ち吸血鬼が最も猛威を振るう常闇の時間。
ドガンッ!!!
例え素手であろうとも、貴様らを屠る事など容易いのだ!!!
肘撃ち、裏拳、正拳とバッタ達の身体を覆う鋼の甲殻をガラス細工のように粉砕する。
舞うような演舞を繰り広げ、俺に牙を剥く愚か者達に罪の苦さを味あわせる。
これぞ、愚か者の辿る末路だ。
周囲に群がってきたバッタどもを一蹴した俺。
おや? もうおしまいなのか?
・・・次のパーティーまでに、もう少しマシな演出を考えておけよ?
その光景を目におさめると、俺はマントを翻しエレベーターに向かう。
ナデシコに乗っている女性達、彼女達が上げる俺を待ち焦がれる声が聞こえてくるようだ・・・。
ロリコンを返上する日も近いな・・・。
「・・・何よ? 何なのよ、アイツは!?」
ヒステリックに叫ぶ気色の悪いオカマ野郎。
あれは正視に耐えん、目の毒だ・・・。
元より俺は、オカマとストーカーには人権を認めていない。
お前の醜すぎる顔など、誰一人として見たくは無いのだ。
俺がそこに行くまでに、さっさと荷物をまとめてキノコの促成栽培所へと帰るんだな。
ピッ。
いきなり俺の前にプロスの顔が現れた。
また野郎かよ・・・。
「・・・・・・えっとですね、そ、そうそう、お疲れ様でした」
引き攣った声と顔で俺に話し掛けてくるプロス。
ウィンドウのプロスの顔の隙間から怖々と俺を覗く、麗しきマイ・レディー達。
怖がる事は無い、俺が天国に連れて行ってあげるよ。
俺の目を見てくれ、君達が今まで見た事のない熱い視線だろう?
君達への愛の深さに満ち溢れているんだよ。
さあ、全てを俺に任せて麗しき花園へと旅立とう!
俺の華やかで輝ける悦楽に満ちた日々が今日から始まる。
ナデシコ・・・俺の新たなるハーレムに相応しい。
この船を世界中から選りすぐった美女で埋め尽くすその日まで。
美しき愛の日々の為に、俺は戦い続ける事を誓う!
酒池肉林・・・この言葉を体験するのも時間の問題だな・・・。
「・・・・・・また、忘れているみたいですね・・・」
ルリの呟きの意味を知るのは、俺が火星に到着してからの事だった・・・。
目立たなさ過ぎるんだよ、ジジィ!!!
・・・・・・フクベ・ジン、勝ち逃げされるとは思わなかったぞ・・・ド畜生!!!!!
おしまい。