歪な福音
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

プロローグ “無理矢理な逆行”


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 波の音が聞こえる。砂浜に寄せては返す波の音が・・・。
 

「・・・真っ赤だ・・・。これが、新しい世界? 僕が、望んで還って来た世界・・・」
 

 まるでトマトジュースのような海、そんな物あるわけ無いと言う無かれ。少年の前にはそれが見事に広がっているのだ。飲んでもトマトの味がしない不良品のトマトジュースではあるのだが・・・。
 

“・・・これが、人の心が溶け合って、曖昧に絡み合った姿。自己を放棄した形、命の残骸、そのものよ・・・”
 

 少年、碇シンジの前に、透けるような肌の白さを持った蒼銀髪の美少女が現れ、彼に向かって口を開く。
 何故か全裸で宙に浮きながら・・・。
 これを聞いたシンジは思ったかもしれない、『飲まなくって正解』と。
 

「そんな・・・嘘だろ?」
 

 口調はいたってシリアスなのだが、何故か頬は紅潮し、その鼻から赤い雫が滴っている辺り、更に何故か前屈みな辺り、少年の無意味な若さの迸りを感じさせる。
 ちなみに、何が嘘なのかは本人にしかわからないが、その口調には予期せぬ悦びが混じっていたのかも知れなかった。
 しかし、それを『不潔!』と罵ってはいけない。彼は健全な十四歳の男子なのである。目の前に裸の美少女が居たら、このような反応をしない限り、イ●ポとかホ★とかいうありがたくない疑惑がついてきてしまう。
 そう、漢として仕方が無い事なのだ!!!
 

“・・・人々は孤独が存在しない世界、其処に在るだけで満たされると言う、抗い難い快楽に身を委ねてしまったの。
・・・一人きりは寂しかったから・・・誰かに傍に居て欲しかったから・・・。温もりで、満たされて居たいから・・・”
 

 しかし、少年の溢れんばかりの若さに全く気付かないように話を進めてしまう少女、名を綾波レイと言う。
 彼女の裸体を見つめる少年の瞳にちらつく獣性に気が付かない振りをしているのか、はたまた誘っているのかそれはわからない。しかし、異様にマイペースな会話の展開を行っており、天然なのか大物なのか判断に苦しむ所である。
 

「それじゃ、それじゃ皆は・・・・・・」
 

 僕の邪魔をしに来れないんだね? とは続けていない。何の邪魔とも聞いてはいけない。
 

“・・・わからない・・・。何時か誰かが還って来るかもしれない・・・。でも、何時までも誰も還って来ないかもしれない・・・”
 

「・・・だったら! 何で、何で先に言ってくれなかったんだ!!」
 

 激昂したかのように叫ぶシンジ。たった一人でこんな世界に放り出されたら溜まった(?)もんじゃないので彼の言う事も尤もなのだ。
 

“・・・ごめんなさい・・・。でも、其処には貴方が言った幸せは無いと思ったから・・・。其処に居るだけで満たされる事と、誰かを好きになれるという事は違うと思ったから・・・”
 

「だからって、この世界に一人で生きていたって・・・!? そうだ!? 綾波! 君は生きているんだろう?」
 

 君さえ居てくれたらオールオッケーさ! とばかりに尋ねるシンジ。
 

“・・・・・・・・・”
 

「何で黙っているのさ、僕には君の声が・・・・・・違う!? これは・・・頭に直接響いているんだ!」
 

“・・・そう、貴方と話をしている私・・・それは、残留思念のような物。私はあの時、リリスの肉体と一つになった。
・・・いいえ、一つに還ったのね。
そして、サードインパクトが終焉を迎えた今、リリスの肉体は朽ち果ててしまった。
私の中で・・・私の時間は終わったの・・・”
 

「・・・嫌だ・・・嫌だよ! 何でだよ!! アスカだって還って来ない、ミサトさん、ネルフの皆、学校の・・・トウジ、ケンスケ・・・。
どうして僕の周りから皆居なくなっちゃうんだよ!!! 綾波までなんて・・・・・・嫌だよ・・・そんなの嫌だよ!!!!」
 

 だって、それじゃ触れないじゃないかっ! ・・・等とは口にしていないが、シンジの表情にはやるせなさと悔しさが溢れていた。いろんな意味で・・・。
 

“・・・大丈夫、貴方は寂しくならないわ。だって、其処には皆が居るから・・・”
 

「・・・あの海の中へ行けって言うの?」
 

”・・・違うわ。これを・・・”
 

「!? 黒い影? 中から・・・・・・白銀のエヴァ!!?」
 

 レリエルが見せた(?)虚数空間へのゲート、ディラックの海。その中から現れたのは白銀の装甲に全身を包まれた、真紅の瞳を持ったエヴァンゲリオンであった。
 

“・・・そう、これはエヴァンゲリオン四号機。宇宙を槍とともに漂う初号機以外で、唯一現存するエヴァンゲリオン”
 

 レイの声が語る地上に遺された最後のエヴァ、四号機。裏を返せばこういう事。
 お星様となって夜空を御気楽に漂う、碇ユイことエヴァンゲリオン初号機は、現在地球周回軌道無限ループ旅行へと旅立っていった。
 旅のお供に極太バ◆ヴならぬ、対使徒用一発昇天兵器のロンギヌスの槍を連れて・・・。浮気性な不実な夫に見切りをつけて、一人遊びの旅に出たようにしか思えないのだが、本人曰く、人類の生きた証を遺す為と、聞こえの良い言い訳をしている有様なのである。
 そう、けしからん事に身勝手な母親は夫を捨て、子供を置いて、銀河の彼方へと蒸発してしまったのだ!!!

 とことん家族に恵まれない少年、碇シンジである。
 思い返せば暫く前まで一緒に住んでいた女性は家事能力が完璧に欠如しているどころか、彼女の部屋はパターンセピアな上に、その仕事っぷりすらいい加減な身勝手な偽善者であったし、此方も同じく同居していた同僚の赤毛の美少女は、黙っていれば文句の付けようの無い美少女なのだが、彼女の巻き起こす日常生活での騒動も含め、その言動はやばすぎた・・・いろんな意味で。
 だからと言う訳ではないのだが、別に動けないからって一回ぐらいオカズにしたって良いと思う(ナニが?)。でも、スクリーン上での公開自慰ショーは問題有りか?
 そして、何より最悪なのが父親、碇ゲンドウである! この男の悪さは筆舌に尽きない。不倫経験は言うに及ばず、レイプ経験あり、少女監禁経験ありの、第三新東京市性犯罪者ランキングにおいて無冠の帝王と呼ばれていたのは伊達ではない!!(呼ばれていません)
 彼が、超法規的権限を持つ特務機関のトップであったことから数々の悪事は表に出る事は無かったのだが、もし出ていたら最悪であったであろう。本人よりも、その家族の方が世間的に肩身が狭くなるのは言うまでも無い。
 ただでさえ、いじめられっこの要素を多大にもっているシンジにとって、彼がネルフの総司令だったと言う事は非情にラッキーだった事である。おかげで余計にいじめられなくて済んだのだから・・・。いや・・・こんな父親を持たなければこんな苦労はしなくても良かったのかも知れないのだから、シンジは凄く不幸なのであろう。
 

「どうして・・・四号機は第二支部とともに消滅したんじゃ・・・」
 

“・・・この世界から一時的に居なくなっていただけよ。虚数空間に飲み込まれていただけなの。別の宇宙に居た為に、サードインパクトの影響を受けず、存在していられたの・・・”
 

「それじゃ、中のパイロットは?」
 

“・・・初めから居ないわ。S2機関の搭載実験の時、四号機にパイロットは乗っていなかったの”
 

 御都合主義と笑わば笑え、あの時第二支部で行われた実験はあくまで搭載実験であり、稼動実験ではなかった。故にパイロットは搭乗していなかったのだ。
 

「そう・・・だったらこんな物に、何の意味があるって言うの?」
 

 女の子が乗っていたらラッキーだったのに・・・そう思ったかどうかは定かではない。
 

“これは力・・・。貴方が再びあの世界に戻った時、貴方を護ってくれる力になる存在”
 

「力? あの世界? 何を言っているの?」
 

“・・・碇君、貴方の身体を良く見て・・・”
 

「? 身体って・・・・・・!? えっ!? 肌が白い(笑)!? 髪が・・・髪が銀色(爆)!!?」
 

 付け加えるなら瞳の色も真紅である。
 そう、あろう事か、シンジの容姿は四号機とペアルックとなっていた。
 トウジとケンスケがこの場に居たなら、『いや〜〜んな感じ』と言われたかもしれないが、そんな事を言われてもちっとも嬉しくない。
 

「何でこんな・・・」
 

“・・・それは私と一つになった証・・・。アダムとリリスの力は貴方とともにある・・・その証明なの・・・”
 

「一つに? ・・・だって僕・・・」
 

 まだ出していないよ・・・。そう続いたかどうかは分からないが、シンジは納得していなさそうに呟いた。
 彼は思い出したのだ。サードインパクトの最中、自らの上に乗っていた彼女の肢体を、そして、柔らかい膝枕の感触を・・・。
 

「やっぱりこんな物いらないよ! 僕には・・・綾波・・・」
 

 こんな物は○ッチ◇イフにもならない。何故ならサイズが違いすぎるから・・・等とは思っては居ないであろう。多分・・・。
 

“・・・わかって、碇君・・・。この世界は、死に絶えたも同然なの・・・。そして、一度決定されてしまった現実は、例え過去に行った所で変えられはしないの・・・”
 

「・・・? 過去?」
 

“・・・そう、貴方はこの世界に居るべきヒトではないわ・・・。だって、生きているのだから・・・。だから、此処とは違う、異なる次元へと貴方を送る・・・”
 

「異なる次元?」
 

“・・・言い換えるのなら平行世界。此処とは違った結末を辿る可能性がある世界へと貴方を送るわ・・・。だから、其処で幸せになって・・・”
 

「そんな・・・そんなの勝手だよ! だって、僕と喋っている君は・・・君は此処に居るじゃないか!!」
 

 そう言い、手をワキワキさせて、何かをハグハグさせたげなジェスチャーを繰り広げるシンジ。そして、彼女に触れようと足を踏み出し手を伸ばすのだが、彼女の身体は透明感に満ち溢れ、全く触れられていなかった。残念。

 彼は思ったかもしれない、『また・・・またオアズケなのか!? アノ時はアスカが起きそうに感じたから触ることが出来なかったのに!』
 

“・・・これは影なの・・・。貴方が見ている私、それは私の魂を力有る存在である貴方が知覚しているからなの・・・。
・・・もう、残された力も少ないわ・・・。だから・・・さよなら・・・”
 

 彼の了解も取り付けずに、勝手に話を進めてしまうレイ。彼女は何気に自分の世界に酔えるヒトなのかも知れなかった。

 ともあれ、シンジの身体とエヴァ四号機はディラックの海に囚われ、その中へと沈降してゆく。
 

「ダメだよ! そんなの勝手すぎるよ!! 綾波っ!!!」
 

 その叫びを最後に、彼等はこの世界から姿を消した。残された彼女も、そう間を置かずに消えた・・・。

 そして、世界は死に包まれた・・・。
 
 
 
 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 

 目を覚ました先に映る、グロテスクなオブジェ、第三使徒サキエル。
 寝起きにいきなりこんなモノを見たら、叫ぶなと言う方に無理があろう。
 そして・・・。
 

“ルヲォォォォォォォン!!!”
 

 シンジに同調してか、大地を震撼させるかのような咆哮を上げる初号機ならぬ、エヴァ四号機。その瞳は煌々と紅い光を放っている。

 自らの存在を誇示するかのように両手を広げ、天に向けて吼える四号機。同時に、周囲にA.T.フィールドを放射状に展開し、使徒を吹き飛ばしてしまう。
 

「ああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 

 無意識の果ての暴走なのか、シンジはA.T.フィールドを限界まで細く薄く展開させ、それで使徒を斬るイメージを操縦桿から送り込む。
 そのイメージ通りの動きを披露してサキエルを左右真っ二つに切り裂く四号機。

 所要時間僅か三秒、あっという間の使徒殲滅であった。
 

 この時点で、悪事を画策していた妖怪爺どものシナリオは、いきなり黄色信号を点灯させていた事等、当の張本人であるシンジは全く自覚していなかった。
 

「・・・って、あれ? ここ・・・何処?」
 

 少年Sは、自らのしでかした事など全く自覚せずに呑気に疑問符を浮かべていた。

 其処は第三新東京市、人類の存亡を賭けて建造された街。
 闇夜に包まれて佇む四号機のエントリープラグの中で、少年は首を捻っていた。
 
 
 
 

 果たしてこの先、彼の未来は彼の描いた暴走する妄想どおりにピンク色に染まるのであろうか?

 更には、全く登場せずに悪事のみが先行しているロリ髭司令の未来はどうなるのか?

 そして、この話に次は有るのか(核爆)?

 人類の未来はかなりご機嫌斜めであった。