夜が明ける前には既に目は覚めていた。
ゆっくりと朝日が昇るのを見つめる。
これだけ静かな気持ちで朝を迎える日がくるとは思ってもいなかった。
確かに、ここは異世界だ。
そうでもなければ眠ることすら出来なかったに違いない。
ここで生きていくのも悪くないかもしれない、
朝の光の中でクロノはそう思った。
ゼロの使い魔 -呼ばれし者-
「ルイズ、そろそろ起きた方がいいのではないか?」
眠ったままの自称ご主人様、ルイズは未だ深い眠りの中にいる。
詳しい時間をクロノが知らないが、遅いよりはいいだろうとルイズを揺さぶる。
だが、この程度ではだめらしい。
ならば、とクロノはルイズの毛布を勢いよく剥ぎ取る。
「な、なによ! なにごと!」
多少寝ぼけているが、どうしようもないほどの低血圧というわけではないようだ。
「おはようルイズ、朝だ」
「あんた誰って、ああ、使い魔の」
のそのそとベッドから起き上がりあくびをする。
「君を主と認めたわけではないがね。俺は外に出ているから早く着替えるといい」
それだけ言うとクロノは扉を開けさっさと出て行こうとする。
「ちょっと、手伝いなさいよ。使い魔でしょ!?」
やれやれと言わんばかりに盛大な溜め息をつくとクロノは振り返り、
右手をルイズの額付近まで持っていく。
「? なによ?」
状況を掴めないルイズはいう。
と、その時だった。
いきなりの衝撃で吹っ飛ばされたのは。
気づいたときにはベッドに腰掛ける格好になっていた。
何が起こったのかわからなかったが、額がジンジンする。
「ルイズ、君が貴族だということはわかった。その上で言おう。自分のことは自分でやれ」
それだけいって出て行く。
呆然としていたルイズだが、どうやら自分がデコピンされたことは理解した。
まさか朝から指一本でこんなに人は飛ぶものなのかという新しい発見をすることになるとは考えてもいなかった。
「……でもね、貴族に手を上げるなんて重罪よ! 重罪! あんたわかってんの!?」
枕をぶん投げるが、それは扉にぶつかって床に落ちる。
怒りを炸裂させるルイズに、扉の向こうのクロノはやっぱりやれやれと肩をすくめた。
ルイズが出てくるまでの間、クロノは自分の力について考えていた。
ルイズを起こす前にいろいろ確かめていたのである。
少なくとも自分自身の力がまったく使えないことはすぐに気づいた。
魔力はあるのだが、発現する直前で弾かれてしまう。
強制的にキャンセルされたような感触だけが残るのみだ。
これははっきり言ってまずい。
戦えないわけではないが、大幅な戦力の減少は否めない。
現在身に付けている魔術兵装の類が効果を失っていないのが、せめてもの救いと言ったところか。
なぜこれだけは平気なのか、という疑問は解消されずに残ったままであるが。
この世界の魔法の一端を見たクロノからすれば、子供ですらいとも容易く力を使っている光景を見て薄ら寒いものを感じてしまう。
万一の戦闘に備えての備えが必要になるかもしれない。
力を得るに値しない者が力をもつ危険。
その脅威をクロノはよく知っている。
クロノがそんな物騒なことについて考えていると、ルイズの部屋の扉が開く。
朝からとても不機嫌そうだ。
「どうしたルイズ、不機嫌そうだ」
「一体誰のせいだと思ってんのよ! あんた正気っ!? 貴族に手を上げるなんて、殺されても文句言えないことをしたのよ!?」
「あいにく俺は貴族の考え方など知らんしな。自分の面倒も見れない奴はすべからく死んだ方がいいな」
「あんたねぇ……。慈悲深いご主人様に感謝しなさいよ。いい? 天地がひっくり返っても他の貴族に手を出してはだめよ。本当に殺されるから」
「なるほど、それは怖いな。気をつけることにしよう」
動じた様子がまったく見られないクロノにルイズは溜め息をつく。
なんとなくだが、ルイズはクロノの性格がわかったような気がした。
唯我独尊を地で行くとでもいうか、そもそも誰かに従うことなんて考えたこともないのではないか、そう思わせる言動が目に付くのだ。
「あら、おはよう。ルイズ」
クロノの背後の扉のひとつが開いてそこから燃えるような赤い髪の女が表れる。
ルイズよりも背が高く、肌の色、雰囲気、それと胸の大きさ、それら全てがルイズと対照的であった。
ルイズからは微塵も感じられぬ女の色気が、少女と言わせるのを躊躇わせている。
「おはよう。キュルケ」
先ほどよりさらに渋い顔をするルイズ。
一通りルイズを扱き下ろした後、キュルケは自らの使い魔を呼ぶ。
どうやらフレイム、というらしい。
彼女の部屋から現れたのは巨大なトカゲだった。
虎ほどの大きさがあり、尻尾が炎で出来ている。
ルイズに自分の使い魔をさんざん自慢しているキュルケと悔しそうにしているルイズを尻目に
クロノは大きな火トカゲを観察している。
その目はクロノにしては興味深げで珍しい光景なのだが、ルイズがそれに気づくことはなかった。
その後、学院の巨大な食堂で食事をとり、講義のために教室へ移動した。
本人の認識がどうあれ、使い魔のクロノの扱いは悪かった。
怒りだすのではないか、とルイズは内心思ったのだが、本人曰く、
「味がある」
と、妙に頷いていたのが印象的だった。
教室を覗くと中にはそれなりに人が入っていて、その中には朝に出会ったキュルケもいる。
彼女の周りには男子が群がっていて、大変もてているようだ。
ルイズとクロノが入ると生徒達がこちらを見て笑い始める。
ルイズはそれに取り合わずさっさと自分の席に座る。
「俺はどうすればいいのかね?」
「あんたはここよ」
ルイズは床を指す。
「そこでは俺の体格では少々狭いな。教室の後にいることにしよう」
それだけ言うとクロノはあっさり行ってしまう。
その後、中年の女性教師が入ってきて、講義が始まった。
クロノは講義を尻目にメイジの連れた使い魔達を眺める。
彼のいた世界にすら存在しえない想像上のモンスター達もいる。
それらが存在する摩訶不思議な世界。
面白いものだな、クロノはそんなことを思いながら講義を聴いている。
文字を解読することは出来ないが、言葉はなぜか通じている。
この世界の魔法は彼の世界とは違い、人々の生活と密接に関係があるらしい。
科学の代わりに魔法が発展した世界のようだ。
『土』、『水』、『火』、『風』の四大系統に、今は失われた『虚無』を合わせて五つの系統が存在するらしい。
シュヴルーズと名乗った教師はその『土』の系統である『錬金』を行うらしい。
教師がデモンストレーションをやると、石が真鍮と化した。
教師は短く何かを呟いただけで、それを成してみせた。
一体どういう理屈なのだろうか。原子配列変換なのだろうか。
だとすれば、なんというトンデモ魔法なのだろうか。
非常識を通り越して、もはやあり得ない。
さすが異世界、常識が通じない。
無理に理解するのではなく、『そういうもの』として受け入れた方がいいのかもしれない。
シュヴルーズがルイズを指名し実践することになると、途端に周囲の生徒達が止めに入るが、ルイズは強行した。
その結果見事に爆発が起こり、石は木っ端微塵に吹き飛んだ。
その余波でシュヴルーズも飛ばされ気を失う。
使い魔達も突然の爆発に騒ぎ出し、教室全体が混乱して、もはや収拾がつかなくなってしまった。
その混乱をひとり傍観しながら、なぜルイズが『ゼロ』などと言われているのか、
クロノはやっと合点がいった。
約二時間後に目を覚ましたシュヴルーズはその後講義を再開したが、錬金の講義を行うことはなかった。
片付けを命じられたルイズはクロノにやらせようとしたが、クロノの「自分でやれ」には勝てず、しぶしぶ片付けを始める。
ルイズが片付け始めるとやがてクロノも手伝う。
しばらく黙々と片付けていると、
「『ゼロ』のルイズと言うのはそういうことなのか。魔法使いにもかかわらず魔法を使えない。故に『ゼロ』と」
クロノはぽつりと呟くように言う。
「……そうよ。貴族の血を引きながら、魔法が使えない魔法使い」
魔法の素質は血統による。それゆえに魔法使いはすべからく貴族であり、貴族は生まれながらに魔法使いなのだ。
「ふむ、では君は貴族ではないということはないのか。実は拾われたとか」
「バカ言わないで。わたしはヴァリエール公爵家のものよ。間違いないわ!」
机を拭く手を休ませることなくクロノは続ける。
「……ああ、そういえば失敗とはいえ、一応は魔法を使ってはいるか。原因は?」
「それがわかってれば苦労はないわよ。今までどれくらい努力してきたと思う?」
それっきりルイズは黙ってしまった。
後には片付けの音だけがただ虚しく響くだけ。
「……ルイズ、先に昼食に行け。あとは俺がやっておく」
「はっ? え? なんで?」
今までまったく従うそぶりを見せなかったのになんで突然?
そんなことを思っているのが如実にわかる顔をするルイズ。
「君がいると逆に終わるものも終わらなくなる」
だからさっさと行けと、クロノは言う。
なんだその言い草はと思うが、クロノがなにを考えているのかルイズにはさっぱりわからない。
クロノの働き振りを見ると確かにこのままルイズがいても役に立つどころか、邪魔にしかなりそうにない。
結局ルイズはこの場を去ることにした。
食堂までの道のりでルイズは思う。
確かに貴族であるルイズにはクロノのようにはできない。
だが、あの言い方はないのではないだろうか?
それとも
あの男なりに気を使ってくれたのだろうか。
いいや、バカな。
あの極悪黒尽くめ男にはそんなものあるはずがない。
うん、そうだ。そうにちがいない。
ルイズはそう思うことにした。
さっさと後片付けを終わらせて、クロノは食堂に向かう道すがら考える。
あの意地と誇りを被って生きているような少女のことだ。
今まで人知れず様々な努力をしてきたのだろう。
文字通り、比喩ではなく。
それでも、その努力は報われることはなかった。
それほどやっても駄目ならば諦めてもよさそうなものだが、ルイズは腐ることなく今に至る。
ふむ、どうしたものか。
クロノは思った。
食堂に着いたクロノは辺りを見渡すが、ルイズの姿が見えない。
さて、朝にルイズが座った席はどの辺だったか。
こちらに来て、初めての食事。
お世辞にもうまいとは言い難い代物だったが、ずいぶん久しぶりの食事であった。
味覚を失ってからは特に。
そして、身体がどうしようもなく壊れきって受け付けなくなってからは物を食べることすら出来なくなった。
味覚に訴えるものがあるのがあまりにも懐かしくて。
本当に懐かしくて。
それだけでもこの世界にきた意味はあったと思った。
だから、そのせいでルイズの席がどこだったか覚えてなかったとしても
仕方がないのではないだろうか?
* * *
言い訳と書いてあとがきと読む
はい、スケアクロウです。
三話目です。もうちょっとでいいところです。
だからも少し待ってください。
主観的な視点からではなく客観的視点から書いていく方が
やっぱり話も進みます。でももうすこしテンポよく書かないと駄目ですな。
まだまだぎこちなくてよろしくない。
改行もまだまだだなぁ。
全部読まないで書くと設定に矛盾が生じるから安易にかけないよな、とか思いつつ
まて、次回。ということで。