安らぎの場所へ 〜I wanna return to the Eden〜
＜第二話 〜道標〜 後編＞
ジオフロントにあるピラミッド型の構造物であるネルフ本部。
実際はさらに地中にも施設は存在するが、ジオフロントに見える建物はその一部でしかない。
そのネルフ本部にある居住区の一室を、シンは割り与えられていた。
ピピピピッピピピピッ
午前７時にセットされていたベッドサイドの目覚ましの電子アラーム音が鳴り響く。
その音を聞き、シンはその与えられた個室で目を覚ます。
「ん〜、よく寝たな〜」
ベッドの上で体を起こし、上半身だけ背伸びをして眠気を飛ばそうとする。
昨日の夜は何もすることが無かったので、シンはおそらく１０時頃には寝てしまった。
実際９時間も寝れば、十分すぎるほどの睡眠だろう。
「さて、綾波との約束の時間は１０時だったかな。
９時過ぎにここを出れば間に合うから、それまでどうしようか？」
爽やかに目を覚まし、シンは今日の予定を口に出して再確認する。
今日はレイと出かける約束をしてあるのだ。
-・・・おはよう・・・-
不意に頭の中に声が響く。
シンジの挨拶がシンの頭の中に響いた。
どうやらすでに起きていたらしい。
「ん？ああ、おはよう。起きてたんだ？」
急に響いてきたシンジの声にも動じず、シンは内にいるシンジに挨拶を返す。
-あ、うん。目覚ましの音を聞いたらね・・・-
「まるで職業病だね、家政夫の・・・」
-うっ-
シンにミサトのマンションでの生活を皮肉られても、シンジは何も言い返せず言葉に詰まった。
実際、目覚ましで確実に目が覚めるという習慣はミサトのマンションにいた頃についた習慣だ。
シンの皮肉は、皮肉でありながら事実でもある。
いや、事実だから皮肉なのか・・・
「はははっ」
シンジの反応が楽しく、思わず笑いがこみ上げるシン。
朝からシンの中では楽しい朝の会話が起こっていた。
時計の針が８時をもう少しで指そうとする頃・・・
ゆっくり一時間かけて支度をし、シンは部屋を出た。
「シンジ君！！」
部屋から出て、何をして時間を潰そうか悩みながら本部の通路を歩いている。
その時、シンはいきなり後ろから大きな声に呼び止められた。
振り返ると、通路をミサトがこちらに向かって凄い形相で爆走してきている。
「あっ、ミサトさん、おはようございます♪」
用がなんなのかはわからなかったが、とりあえずシンは挨拶をしておく。
シンは綺麗な笑顔で目の前で、急ブレーキをかけたミサトに向けて挨拶をする。
「へっ？、あっ・・・、お、おはよう・・・」
言いたいことがあって来たのだが、シンジの今まで見たことの無いような笑顔での挨拶で、
ミサトは一瞬惚けたようになった。
次に何を言われたのかを理解すると、どもりながら挨拶を返す。
「今日は早いですね。どうしたんです？」
シンのその質問に、シンの笑顔で撃沈していたミサトは我を取り戻す。
「そうだ、シンジ君！！マンションを出ていくってどうゆうこと！？」
勢いを削がれたミサトだったが、ここへ来た本来の目的を思い出しシンに詰め寄る。
「？何でそのことを知ってるんですか？」
まだ引越しのことはミサトには話していなかったはず。
そう不思議に思い、ミサトに聞いてみる。
「リツコが教えてくれたのよ・・・シンジ君がマンションから本部の個室に移ったことを・・・
理由はシンジ君本人から聞きなさいってことでリツコからは教えてくれなかったけど・・・」
「そうですか・・・」
どうやら出勤してきたミサトにリツコが教えたようだ。
ミサトが午前８時という朝早い時間に本部にいることも不思議だったが、
引越しのことを何故知っていたのかについてはわかったので、シンは引越しの理由について話すことにした。
「それよりもシンジ君・・・引越しって本当だったのね？何故？出て行く必要なんてないじゃない・・・」
シンジの引越しなどミサトには正に寝耳に水であったようで、搾り出すように声を出し理由を聞いてくる。
そんなミサトにシンは、リツコに話した理由をそのまま話した。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
シンの口から出てきた理由はオブラートに包んで言い方ではあったが、
家事においてはミサトの保護者失格を痛烈に批判する内容であった。
また家族とは到底なりえないことを証明する言葉であった。
「ミサトさん・・・ミサトさんにとって僕は駒、道具でしかありえない・・・」
そんなシンの言葉をミサトは激しく否定する。
少なくともミサト自身はシンジを家族として見てきたはずだと思っていたのだから。
「そんなことない！！」
しかし、次のシンの言葉に沈黙せざるを得なかった。
「僕に死んで来いと言う立場にいる人から、家族と言われても・・・」
シンの言葉が廊下に静かに響く。
「！！」
その言葉を聞き、ミサトは息を飲み沈黙する。
確かにそうだと、ミサトも思わざるを得なかった。
作戦部長という肩書きは、パイロットを戦場に送り出す役職。
それは言い換えれば、シンの言ったとうり、死んでこい、と言っているも同じだ。
ミサトは衝撃を受けている間にシンは身を翻し、歩き始める。
ミサトがそれに気づき、言葉を発しようとするのと同時に、シンは振り返りミサトに言い放つ。
「ミサトさんは・・・家族を戦場に送り出すんですか？」
廊下に静かに響き渡るシンの声。
その言葉を聞いたミサトは、廊下の向こうに去ってゆくシンを呼び止めることはできなかった。
シンの言っていることは全て正論であり、ミサトは自分の言っていたことは全てが偽善であったと気づいたから・・・
ミサトは確かにシンジの家族であろうとした・・・
シンジの姉のような存在であるとも思っていた・・・
しかし・・・自分は作戦部長である。
パイロットに死ねと命令することのできる、いや、第十使徒サハクィエル戦の時には作戦成功率が奇跡に頼るしか無いような作戦で、確かに死ねと命令したのだ、家族であろうとした自分が・・・シンジに・・・アスカに・・・
作戦部長であることが、その家族であろうとしたミサトの全てを、偽善たらしめていたのだ。
ミサトはやっと理解するに至った。
自分が彼らの保護者などをしていいはずがないと・・・
ミサトとの会話から約２時間後の午前１０時・・・
シンはかつて数度訪れたことのある解体寸前のマンションへと来ていた。
どこからかマンションの取り壊しの音が聞こえてくることにシンは微かに懐かしさを覚える。
そんな自分にシンは苦笑に、目の前にある綾波の部屋のドアに視線を向ける。
呼び鈴を押しても、壊れていて全く反応はない。
仕方なくシンはドア越しでレイを呼ぶことにする。
「綾波〜来たよ〜」
ガチャ
マンションのドアが開き、上にだぼだぼのカッターシャツを着た姿でレイが出てきた。
カッターの裾が太ももにかかり、その下は素足。
まさに今まで寝てましたといった感じだ。
「綾波、おはよう」
「・・・おはよう・・・」
シンの挨拶に僅かなタイムラグの後返事が返ってくる。
起きたばかりでまだ眠いのだろう・・・
「中に入っていいかな？」
「・・・いいわ」
そういって二人は中へと入っていく。
綾波レイの部屋は、やはり閑散としたものだった。
打ち付けの鉄板が剥き出し、玄関でくつを脱ぐという習慣がないようで、床には靴跡が残っている。
「綾波、できればちゃんとした服を着たほうがいいよ」
シンはベッドに腰掛け、綾波に言う。
その言葉を聞いてかどうか、レイは制服へと着替えていく。
「制服以外に服は持ってないの？」
そういえば綾波の私服姿を見たことがないな・・・
そう思いシンはレイに聞いてみる。
「ないわ」
予想していたとはいえ、その答えを聞いてシンは何とも言えないといった表情になってしまった。
どうやらドアを開けたときに来ていたカッターシャツも学校の物だったようだ。
「どうして？」
「必要ないもの」
さも当然のようにレイは言う。
レイに対する認識を再確認してしまうシン。
「駄目だよ。普通の女の子はちゃんと何着も私服を持ってものだよ。
今日は僕の買い物だけど、綾波も必要なものを買えばいい。そうだ、綾波に服をプレゼントしてあげるよ」
「何故？」
「普通の女の子なら、当たり前に持っているものを綾波は持っていないからね。
いや、普通の人としての生活に必要なものさえもないからかな？」
「・・・」
シンの言葉を理解できないのか、レイは反応を返さない。
「だから今日は僕のわかる範囲で教えてあげるよ。さあ、行こうか」
「・・・ええ」
シンの言葉に納得しないながらも、レイはシンと共に部屋を出た。
レイを部屋から先に出すと、シンはレイの部屋を振り返る。
いつかこの部屋が普通の女の子の部屋のようになるんだろうか・・・
なってほしいな・・・綾波には・・・
レイの部屋を見つめながらそんな思いを馳せた後、シンは部屋から出てレイの後を追いかけた。。
午前１１時を少し回った頃・・・
シン達は大型デパートの前にやってきていた。
目の前には、大型のデパート、いや大規模なショッピングセンターといったところか。
シンとレイの目の前に広がるショッピングセンターにはそこそこの人が入っている。
使徒戦の影響か、人はまばらでもなく、また溢れ返っているわけでもなかった。
「へ〜、ここには初めてくるけど、大きいね。さすが、ここに来ればなんでも揃うと言われているだけありそうだね」
シン達が来た、このショッピングセンターのうたい文句は、『まずはここへ、ここでは全てが揃う』だった。
一体誰が言い出したのか・・・
しかし、そのうたい文句通りに、案内板を見ると本当に全てが揃いそうなほどの店の案内があった。
ショッピングモールの入り口に向かうシン。
その後をレイが無言でついて行く。
「ねぇ綾波、朝は何か食べた？」
何も喋らないレイに、とりあえずシンはレイに朝食のことを聞いてみた。
「いいえ、食べてないわ」
「そう。なら早めにお昼を取ろうか。でも、それでも少し時間があるから先に一時間ほど僕の台所用の器具を買いに行こうか」
そう言ってシンはレイを連れて、台所周りの物を売っている店が入っている区画を目指した。
店に入ったシンは、レイを伴って調理器具を物色している。
「綾波の部屋って調理器具って無かったよね？」
唐突にシンはレイに聞く。
「・・・ええ」
そんなシンの質問に少しいぶかしながらも返事をする。
「ならついでに調理器具も綾波にプレゼントしてあげるよ」
「・・・何故？」
「綾波は、なんかお母さんって感じがするんだよ。料理とか家庭的なことが似合うんじゃないかと思ってね」
シンは前回、レイが教室で雑巾をしぼっていたいた時に感じがことを思い出しながらレイに話す。
「な、何を言うのよ・・・」
頬を薄く染めて、レイには珍しくどもってしまう。
ネルフ本部のエレベーターで同じようなことをレイに言った時と同じ反応をレイは返す。
「それに綾波に料理をしてほしいとも思うし・・・
この機会に覚えてみるのもいいんじゃない？綾波が作った料理って食べてみたいしね」
「・・・」
シンの後半のセリフに頬を染めるレイ。
「明日にでも僕の持っている料理の本をあげるよ。自分でちゃんとした物を作って食べないと。栄養剤やコンピニのお弁当だけじゃだめだよ」
「・・・ええ」
「じゃあ綾波、買い物かごを持ってくれる。基本的な調理器具だけそろえようか」
そう言って、小さな鍋やフライパン、その他いくつかの基本的な調理器具とついでにお皿なども綾波の持っている買い物かごへと放り込んでいった。
放り込むと同時に、シンはそういったことを何も知らないであろうレイにかごに入れた調理器具がどうようなものなのかも説明した。
そしてレジで清算しシンの分はネルフへと、そしてレイの分はマンションの方へと送ってもらうことにした。
どうやら夕方には届くようだ。
清算し終えた、シンはレイに話し掛ける。
「そろそろお昼を食べようか。まだ１２時を過ぎたくらいだから結構空いていると思うよ」
「ええ」
レストラン街で食事をしているときにレイはシンに聞いた。
「何故・・・私を連れてきたの？」
「ん？どうしたの、急に」
「碇君が一人で来た方が効率が良いわ」
「ああ、そういうことか。理由は幾つかあるけどね。朝、綾波の部屋で言った理由もその一つだよ。
でも、一番の理由は綾波に見て欲しかったからかな」
「・・・何を？」
「いろいろな物を、だよ。ここには色々な物がある。綾波がこれまで必要ないと思っていたものがね。それを見てもらいたかったんだよ。あとは、そうだね・・・綾波にプレゼントしたかったからかな、きっかけとなるモノを・・・」
「きっかけ？」
「そう。きっかけだよ。綾波が今見ている世界はとても小さな世界だ。
その周りに広がっている世界に興味を持たず、その小さな世界だけで生きている。
今日のことで、その小さな世界から一歩外に踏み出すきっかけになればいいと思ってね。
僕は全てを教えるつもりはないけどね。でも、誰にでもきっかけというものは必要だと思うから・・・」
「・・・」
「今はわからなくてもいいよ。さて、そろそろ行こうか。今日一日は僕に付き合ってね」
お昼を食べてからシンは色々と見て回った。
４階でレイの私服を３着と、今日迎えに行ったときの姿を思い出し、部屋着とパジャマを一着ずつ。
全てプルーや白を基本としたシンプルなものだった。
さすがによくわからなくて、店員さんに協力を仰いだが・・・
ちなみに費用はどうしたかというと・・・
シンジ達のネルフのカードには毎月パイロットとしてお金が振り込まれていて、それを使っている。
ただし、未成年ということもあり、特別な理由があるとき意外は、毎月中学生にふさわしいぐらいのお金だけが自由にできるようになっている。
リツコに呼ばれたとき、ついでに、引越ししたために必要となってくる物もあるから一時的に制限を解いてもらっているからである。
そういうお金に関することにおいては、リツコはミサトとの同居でも生活できているシンジに信頼しているためである。
アスカの場合、こうはいかないだろう・・・
その後も、シンはレイの部屋の為に薄いプルーの壁紙を、そして絨毯を買い、他に必要そうな物を選んでいった。
結局シンは色々とレイを連れて、説明しながら見て回ったために、デパートを出た時間は４時を回っていた。
もちろん買った商品は全て送ってもらっている。
店の人が言うには、午前中に買ったものは夕方に、午後に買ったものは８時までには着くとのことだった。
そこで、シンは買ったもの整理のために（レイなら送られてきたものを部屋の隅に置いて手をつけない可能性がありそうだから）、綾波の家によることにした。
バスから降り、レイの住むマンションに向かう途中・・・
公園の側を通った時・・・
「綾波、少し公園に寄っていい？」
唐突にシンは言った。
「・・・別にかまわないわ」
夕暮れの光が自然豊かな公園の姿をオレンジ一色に染め上げる。
公園のベンチに座っている二人の影が長く伸びている。
「いい景色だね」
緩やかな風に前髪を揺らされながら、シンが穏やかに言う。
「分からないわ」
レイはチラリとシンの横顔を見て素っ気なく答えた。
しかし、その声は内容とは裏腹に穏やかなものだ。
「そう？生きていることが感じられて、いい景色だと思うけどな。生命に満ち溢れていると感じない？」
レイはシンの言うことが分からない。
第３新東京市内にある全ての公園、自然などは人の手が加えられている人工物である。
普通に生きている他人さえ、学校で顔を合わせるクラスメートでさえ興味の無いモノとして見ていたレイは、人工物が、”生きている”とは思えなかったのだ。
「第３新東京市内の自然は、全て人工物よ。人に造られた物よ。自然に生まれたものじゃないわ」
言ってしまってから、レイは自分の言葉に恐怖を感じた。
自分もまた、人に造られたモノだと思い至ったからだ。
人に造られたモノが『生きていない』のなら、自分も同じ存在と認める事になる。
自分が人の形に似せられた人形であると、認める事になるのだ。
その事を、シンの側にいる時の、安堵する雰囲気のせいで忘れていた。
自分が受け入れられているようで、自分が死んでも替わりが居る存在だという事を、自分が人に造られた存在だという事を、忘れていたのだ。
シンが、恐怖を浮かべたレイの紅い瞳を見返す。
その瞳の色は吸い込まれそうなほど深い色をしている。
「そんなことは関係ないよ」
一言、ぽつりと呟いた。
しかし、隣りにいるレイには確実に聞こえるように・・・
そしてシンは再び自然を見つめ始める。
「生まれたきっかけが違うだけだよ」
まるで世間話をしているように話すシン。
そんなシンに何を見出そうとしているのか、レイはジッと見つめている。
「この世に生まれて、生きているのなら、間違いなくそれは自分の生命を持っている。」
レイは、シンが心のまま、流れるように言葉を紡ぐ様子に、恐怖が薄れていくのを感じていた。
「自然に生まれたとしても、人に造られたとしても、生まれた後は関係ない。同じ事だよ。同じ命だ」
再びレイに顔を向けるシン。
その余りに自然な表情に、レイは彼が、彼自身が本気で思っている事を言葉にしていると分かった。
その事が例えようもなく嬉しく感じられる。
「生まれた後、生きていくならね。自分の命を持っている以上、何も変わらないさ」
そして一泊置いて続けた。
「人として生きていこうと思うなら、まずは自分自身の力で進んで行こうとしなきゃね。自分というものを持たなきゃ」
シンはそれきり口を閉じると、また飽きもせず景色を眺め始めた。
後の言葉は、よく考えると脈絡のない言葉だったが、何故かレイには胸に響いた。
シンジの隣で、レイは自分の心が沸き立つのを感じる。
彼が、自分の存在を受け入れてくれたように感じたからだ。
自分の隣に座る少年は、自分が造られた人間だと知っても、受け入れてくれる。
何事もないように接してくれる。
彼の言葉を聞いたレイは、シンがそうすると信じていいような気がした。
シンと同じように、景色を眺め始めるレイ。
先程まで無表情だった顔に柔らかい微笑みが浮かんだ。
レイは、自分が僅かに微笑んでいることに気付かない。
シンジもまた、かつて見た微笑みを、隣にいる少女が浮かべていることに、気付かずにぼんやりしている。
優しい沈黙に、辺りが包まれ、同じ雰囲気に二人は身を委ねていた。
「そろそろ、行こうか？もうすぐ暗くなってしまう」
穏やかな沈黙が１０分ほど続いた後、シンが思い出したように言う。
シンジの言葉で、レイの淡い微笑みが静かに消えていく。
この時間が終わってしまうのがもったいないという思いが芽生えてきた。
もう少しここにこうしていたいっと。
「午後に買ったものが８時までにはつくそうだからね。手伝うよ。
だから今日は綾波の部屋で夕食を取りたいんだけど、いいかな？僕が作ってあげるから」
「ええ、かまわないわ」
「そう。じゃあ買い物して行かないとね。さあ、行こうか」
立ち上がり、自分を真っ直ぐ見て言うシン。
「・・・ええ。」
シンの後について歩くレイの顔には、淡く嬉しげな微笑みが浮かんでいた。
レイのマンションへの途中のスーパーで、食材を買い、一緒に調味料や夕食に必要そうな物を買っていった。
スーパーからレイのマンションへと戻ってくると、扉の横にダンボールが幾つか積まれてあった。
レイの家に送っても、夕方ならおそらくまだレイは帰っておらず、誰も受け取る人がいないのでドアの横に積んでおいて欲しいと店の人には頼んでおいたのだ。
「綾波、ドアを開けてくれないかな。両手が塞がっててね」
スーパーで買った荷物に両手が取られているシンがそう言うと、レイはドアを開けて中へと入っていった。
続いて中に入り、袋から食材を出し、夕食の準備を始めた。
夕食の準備の様子を、シンはレイを横に立たせて見せていた。
「そういえば綾波？普段はどんなものを食べてるの？お肉が嫌いだってことは知ってるけど・・・」
今まで横でシンが話す料理に関することを聞いていたレイに質問する。
「栄養剤・・・それにコンビニで何かを買うこともあるわ」
「だめだよ、綾波。食べるということは生きることへの活力となるんだから・・・食事は楽しまないとね」
「・・・わからないわ」
「まあ、段々わかっていけばいいよ。今日はそのきっかけをあげる。さあ、できた分をテーブルに持っていってくれる？」
「ええ」
部屋の隅に置いてあった小さなマル机を部屋の真ん中に移動させ、その上に料理を並べた。
「さあ、綾波。食べようか。お肉は一切使ってないから食べられるだろ？」
料理をじっと眺めていたレイに問い掛ける。
「ええ」
「じゃあ、食べようか。いただきます」
「・・・」
「綾波、食べる時の挨拶だよ。いただきます、っていうのは」
「いただき・・・ます・・・」
「いただきます」
そしてシンジとレイは料理に手をつけ始める。
「どう？おいしい？」
「・・・おいしい・・・・・・温かいわ」
「そう、よかった。綾波？普通、食事をするということは、ただ栄養を取るためだけにするんじゃないんだよ？楽しまないとね」
「楽しむ？」
「そう、楽しむんだよ。美味しいものを食べたり、誰かと一緒に楽しく食べたりしてね」
「・・・」
「今はわからなくてもいいけど・・・今日のことが、そういうことをわかるきっかけとなってくれればうれしいよ。さあ、もっと食べてよ」
食事が終わり午後７時半を回った頃、デパート荷物が届いたようだ。
「綾波、僕は洗い物をしてるから貰ってきてくれない？」
「わかったわ」
洗い物が終わり、部屋には届いたダンボールが積まれていた。
「さて、まずは掃除をして・・・次にカーペット敷く・・・今日は時間がないから壁紙を張るのはやめておこう。
隅にでも立て掛けておけばいいよ。服はそこのクローゼットにでも入れておこうか？」
「ええ」
床のゴミを掃いて、次に足跡のついている床、剥き出しの壁、それから窓を拭いて、カーペットを敷いた。
レイにはどうやら部屋で靴を脱ぐという習慣がないらしく、これからは玄関で靴を脱ぐように言った。
ついでに冷蔵庫横のゴミ箱代わりにしていた使い終わった包帯が入っているダンボールを、新しいのに変えた。
掃除には一時間以上をかけ、レイに指示を出しながら部屋を徹底的に掃除をした。
シンはプロ顔負けの手際の良さを見せていた。
さすがミサトと同居していただけのことはあるといった感じだ。
壁紙を張る以外、全て終わって、部屋を見渡してみる。
結局、生活感の希薄さは無くならなかったが、それでも掃除をしたりカーペットを敷いて、はるかにマシになった。
壁紙を張れば、もっとマシになっただろう・・・
もうすぐ午後１０時を回ろうとする頃、シンはレイの部屋を後にしようとしていた。
「それじゃあ、そろそろ帰るとするよ。明日料理の本をあげるよ。できれば料理を始めてくれるとうれしいな。じゃあね、お休み、また明日」
「お、お休み・・・・・・また明日・・・」
そしてシンはレイのマンションを後にした。
レイの部屋からネルフの部屋へと帰ってきたら、時刻は２３時を回っていた。
シンジはベッドに横になり、中のシンジに呟いた。
「シンジ君？」
-何？-
「明日行くよ？」
-行くって、どこに？-
「前に言っていた傷つけられることがない世界ってやつさ」
-結局それってどこ？-
「・・・初号機の中だよ」
-初号機の中！？どうゆうことだよ！？-
「明日になればわかるよ。百聞は一見にしかずってね。安心すればいいよ。
もし行っても嫌だと思い、帰りたいと願えば帰してあげるよ。さあ、明日になれば全てがわかるんだから。今日はもう寝よう」
-あ・・・うん・・・でも・・・-
「ん？でも？」
-僕と同じように、君も逃げたいんだよね？-
レリエルの虚数空間内で、シンジとシンが初めて会ったときのことだ。
シンは確かに逃げたいといった。
シンジと同じように・・・
「そうだよ？」
-何で２日待ったの？ミサトさんの家を出たり、綾波とデパートへ行ったり・・・-
何故そんなことをしたのか？
全てを見ていたシンジには無駄な２日間としか見えていなかった。
「保険だよ」
しかし、シンの答えはシンジの疑問をまた一つ増やしただけだった。
-保険？-
「後でわかるよ。初号機の中に入れば、僕の知っていることは全て君に伝わるから・・・。
ただ、この保険に意味があるかどうかは僕には関係ないことだけどね・・・」
-それってどうゆうこと？-
「今は気にしなくていいよ。さあ、もう寝るよ」
-あっ、うん・・・-
シンとシンジの会話が終わる。
そして夜は静かに更けていく。
全ては明日・・・
＜後書き＆戯言＞
ラグシードです。
ん〜、実は特に書くことがなかったりして・・・
とりあえず、次話から物語りは流転していきます。
やっとここまできた、って感じです。
原型はとっくにできていたのに・・・（涙）
忙しいんです、ええ、忙しいんですとも（汗）
そういうことで次回、第三話 〜邂逅〜 でお会いしましょう。
下におまけとして、次回予告もどきを作ってみました（自己満足です）
それでは〜
02/06/07
presented by ラグシード
＜おまけ＞
次回予告
物語は流転する。
そして運命は彼の手を離れる。
全ては彼の望んだ邂逅ゆえに・・・
次回、第三話 〜邂逅〜
運命は彼女の手に・・・