「あ、こっちこっち!」
《おわりっ》
俺が喫茶店にはいると、公が奥の方のボックスから手を振った。
ぷっ。あ、あいつ、サングラスなんかかけてやがる。似合わねーな。
まぁ、一応有名人だし、しょうがねぇな。
あ、そういえば優美の奴、「今度逢ったらサイン貰ってきてねー」とか言ってたなぁ。
俺は公の前の席に座った。
「久しぶりだな、公。こないだの試合はいいとこまで行ったな」
「まぁね。だけど、好雄だって結構活躍してるじゃん。タウン誌の編集長だって?」
「ああ。そうだ、今度独占インタビューやってくれねぇか? 出演料なんてそんなに出せねぇけど、そこは昔のよしみってやつでさ」
「まぁ、いいけどさ」
「よっし。プロテニスプレイヤー主人公のインタビュー付き。これで、先月号に続いて今月号の売り上げも倍増っと」
「先月号?」
「ああ。あ、今持ってたっけ?」
俺は鞄の中を引っかき回し、先月号を出して公に渡した。
「どれどれ……、KNM交響楽団フルート奏者藤崎詩織独占インタビュー? へぇ、詩織のインタビュー取ったのか。元気そうだったか?」
「ああ。ま、実際にインタビューしたのはあいつだったけどな」
「あいつ? ああ、朝日奈さんか?」
「ちっちっち」
俺は人差し指を振った。
「もう朝日奈じゃないぜ。早乙女だ」
「ゲ、いつの間に……」
「ちょうど2カ月くらい前かな。お前、イギリスに行ってたから連絡取れなかっただろうが」
「ちぇー。好雄の式の時は色々してやろうと思ってたのにぃ!」
公の奴、本気で悔しがってる。へへへ。
「ま、式なんかはまだなんだけどな。とりあえず届けは出した」
「……それにしても、朝日奈……いや、夕子ちゃんが、よくもまぁ……」
「ああ。そうだよなぁ。俺もマジにそう思うぜ」
俺達はそれぞれの思いに浸って、口を閉ざした。
しばらくして、公が口を開いた。
「ところでさ、好雄」
「ん?」
「実は、今日呼び出したのは他でもない、お前に頼みがあるんだ」
「え? 俺に、か?」
「ああ。実は……」
公は一瞬口ごもったが、サングラスの位置を直すと、小声で言った。
「ゆかりと、結婚することにした」
へっ? 公のやつ、とうとう観念したか。
俺は公の頭を叩いた。
「いて」
「そっかぁ、お前もなぁ。で、親父さんの許しは?」
「貰った」
だよなぁ。
「でさ、披露宴の司会をお前に頼みたいんだ」
「俺!?」
俺は正直めんくらった。
公が両手を合わせた。
「このとおり。頼むよ」
「そりゃ、親友の頼みだから聞かないわけにもいかないだろうが……、でも、かりにもお前は有名人だろう?」
「あ、そーゆーのがヤダから、お前に頼んでるんだって。俺、放送局とタイアップの式なんてしたくないからな」
公は腕を組んでぶ然とした表情をした。
俺はうなずいた。
「わかった。この愛の伝道師、早乙女好雄様に万事任せておけって。で、式はいつやるんだ?」
「半年先くらいだな。そのころは、シーズンオフだから遠征もないし……」
「半年先ね」
俺は電子手帳のキーを叩きながらうなずいた。
「式はやっぱ神式? それとも洋風?」
「ゆかりが、洋風がいいって言ってた」
「そうか……。じゃ、本格的に教会でやろう。その方が安上がりだし。ま、ちょっと手続きがめんどくさいけどな。ええっと、披露宴の規模はどれくらいになるかな……」
パタン 俺は電子手帳を閉じた。
「オッケー。じゃ、1週間以内に電話するよ。連絡先は……」
「ああ、ここにかけてくれ」
公は俺にホテルの電話番号を渡した。
「しばらく、ここに泊まってるからさ」
「わかった。じゃあな」
「すまんな。時間取らせて」
「なぁに、いいってことよ」
俺は、さりげなくレシートを置いたまま、先に立ち上がって喫茶店を出た。
ビルの窓で反射した陽の光が眩しかった。
おれは、それを見上げながら、呟いた。
ゆかり、……お幸せに。
きらめく光の中に、彼女の笑顔が一瞬浮かんで、消えた。
「ただいま」
「あ、お帰りぃ」
夕子がエプロンで手を拭きながら出てきた。
学生の頃はあんなに遊び回ってた夕子だけど、一緒に暮らすようになってから、すっかり専業主婦になってる。一度聞いてみたことがあるけど、そのときはけたけた笑ってたっけ。
「やーだ。こうなっちゃうとそんなに遊びに行けないっしょ? だからぁ、それまでに思いっきり遊んどいたんじゃん」
ってね。
俺は軽くキスをすると、ネクタイを弛めながら言った。
「今日、主人にあったよ」
「主人くんに? へぇ、帰ってきてるんだ。サイン貰ってきてくれた?」
……ミーハーなところはあんまり変わってないのな。
「それは後でな。それよりさ、あいつ今度結婚するって」
「古式さんと? やっだぁ。それって超スクープじゃん! 期待の新鋭プロテニスプレイヤー主人公と古式不動産社長令嬢古式ゆかり、電撃入籍って」
ああ……。夕子、すっかりワイドショーな奴になってる……。
俺の表情を読みとったらしく、夕子はくすっと笑った。
「やっだぁ。ジョークジョーク。で?」
「で?」
「先があるんしょ?」
「ああ。で、披露宴の司会を俺にやれってさ」
「へーえ」
そう答えながら、夕子は俺のスーツをハンガーに掛けてクロゼットの中にしまい込んだ。
「頑張ってね、よっちゃん」
「おい。それを呼ぶなって。ターコって呼ぶぞ」
「ああん、ごっめーん」
夕子がおどけて手を合わせる。
俺はそのおでこをこつんと叩いた。
「さて、まずは招待客のリストアップだ。夕子も手伝ってくれよ」
「うん、わかった」
夕子はそう言いおいて、奥の部屋に駆け込んだ。アドレスブックでみんなの現在住所を確認するんだろう。
さぁて、忙しくなりそうだ。
俺は着替えながら、心の中でスケジュールの調整をはじめていた。