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ゆかりちゃんSS ゆかりちゃんのささやき

「ねぇねぇ、見晴ぅ」
 ペンションのベッドにごろんと寝っころんでいたら、夕子ちゃんが私に話しかけてきた。
「なにぃ?」
「見晴ってばさぁ、主人くんの事、好きなんでしょ?」
「な、な、何言ってるのよぉ!」
 私はあわてて跳び起きたんだ。
 夕子ちゃんはそんな私を面白そうに見てる。
「そんなの見晴見てれば誰でもわかるっしょ。髪型は変えるし、何度も主人くんにぶつかったりしてさぁ」
「それ言うなら、夕子ちゃんもそうじゃないのぉ」
「あたしは、偶然よ。偶然。それにさぁ……」
 ぎっくぅ!
 夕子ちゃんたら、留守番電話のことも知ってるの?
「あ、あれは、その、主人さんがいないからぁ」
「はぁ?」
 夕子ちゃん、怪訝そうな顔してる。あ、やっばいー! 違うことだったんだぁ!
「何でもない、何でもぉ」
「あっやしー! 見晴ってば、まだ何か隠してるなぁ」
 夕子ちゃんは私のベッドに飛び乗ると、私を後ろから羽交い締めにしてくすぐるんだ。もう、私がそういうの弱いこと知ってるくせに!
「言え! 言わないと……コチョコチョコチョ」
「キャハハハハハ、な、なんでも……」
「まだ言うか! コチョコチョコチョ……」
「ニャハハハハハ! そ、それより、ハハハ、何言いかけたのよ、ククク」
「あ、そうそう。見晴ってばさ、あの殺人コアラまで貸してあげたじゃんか」
 夕子ちゃん、やっと手を離してくれた。私は笑い過ぎで目のはしに浮かんだ涙をふき取りながら言った。
「だって、それは……」
「なによぉ。今まで、あたしにだって触らせてくれなかったくせにぃ」
 私の顔をのぞき込む夕子ちゃん。
「あ、それよりもさぁ」
 私、必死になって話を逸らそうとした。
「明日どうする?」
「明日ぁ? なーんも考えてなかったね。そういえばさ」
「もう、夕子ちゃんって計画性ないんだからぁ」
「だから、見晴引っ張ってきたの。軽井沢は庭みたいなモンでしょ、見晴様ぁ」
「まぁ、そうだけど……」
 たしかに、毎年お父さんに連れてきてもらってるから、この辺りはよく知ってるけど……。
 と、不意に夕子ちゃんがベッドからぽんと飛び降りた。
「主人くん、無事かなぁ」
「う……」
 私、絶句しちゃった。
 この辺りに別荘持ってるってことは、それなりの資産家って事だよね。ということは、警備だってそこそこ厳しかったりするはずだよね。
 ……主人くん、大丈夫よね。コアラちゃんだってついててくれるんだもん。
 でも……。
 私の心配そうな顔を見て、夕子ちゃんはにたぁっと笑った。あ、なにか思いついた顔だな。
「ねぇ、見晴のパパの会社の支店、ここにもあるんだよね」
「う、うん」
「じゃ、ランクルくらいあるよね」
 あ、パパの会社って外車ディーラーなのね。
「まぁ、ランドクルーザーくらいあると思うけどぉ……どうする気なの?」
「それ使って、主人くんを手助けしに行くのよ!」
「ええーっ!?」
 夕子ちゃんと知り合って結構になるけど、こんなにびっくりしたのは初めてだった。だって、私たちってふつーの高校生よ。
 そんな私の顔見て、夕子ちゃんは手を振った。
「心配ないない。あたし、こう見えても車の運転できるんだからさ」
「うそぉ」
「ホントよ。巧いんだからぁ」
 ちょっと考えたけど、私は首を振った。
「やっぱりダメよ。第一貸してくれないよ、ランドクルーザーなんてさぁ」
「そうかなぁ?」
「だって、あれものすっごく高いのよぉ」
「……やめよ」
 ほっ。
 値段の話を持ち出して正解だったかな?
 と、
 トルルルル、トルルルル
 不意に部屋のインタフォンが鳴り始めた。夕子ちゃんが取って耳に当てる。
「はい、204号室です……外線? あ、はい。……もしもし? あ、そうですけど……」
「?」
 見ていると、夕子ちゃんの表情が面白い。
 最初不審そうだったけど、ときどきむっとしたり、かと思ったら笑ったり。誰と話してるのかな?
 結局10分くらい電話してから、夕子ちゃんはインタフォンを戻して私に言った。
「見晴、出かけるよ!」
「え?」
 夕子ちゃん、それだけ言うと、ジャケットを羽織り始めてる。
「ちょっと、どういうこと?」
「説明なんか後々! 早くしなよ!」
 そう言いながら帽子をかぶり、鏡に向かって角度をなおしてる。
「よし。じゃ、行くよ」
「ああーん、待ってよぉ」
「もう、とろいんだから。スカートなんて後ではきなさい、後で!」
「きゃぁ、それだけはだめぇ!」

 キィッ
 タクシーが止まると夕子ちゃんは真っ先に飛び降りちゃった。
「あ、夕子ちゃん!」
「えーっと、2150円ね」
「あ、はい。すみません」
 私はお財布からお金を払って外に出た。そのままタクシーは走って行っちゃう。
 そこは、新須家の別荘の近く。ちょうど主人さんとお別れしたところ。
 そこに何故か場違いなパワーショベルカーがとまってた。その脇には、一人の黒服の男の人。
 夕子ちゃんはその人に近寄った。
「あ、どぉも。朝日奈夕子でーす。んで、こっちが館林見晴」
「ああ。話は聞いてます。私が古式不動産の石橋です」
 その人は頭を下げた。
「本来なら我々が動かなければならないのですが、我々が動くと社長やお嬢様に迷惑をかけてしまいますので……。申し訳ありません」
「気にしない気にしない。じゃ、後よろしくね」
「はい。あ、それから、これをお渡しするように言われております」
 石橋さんは夕子ちゃんにトランシーバーを渡した。そして一礼してそのまま道を歩いて行ってしまったの。
「ねぇ、夕子ちゃん。そのトランシーバーは?」
「まぁまぁ」
 そう言うと、夕子ちゃんはトランシーバーのスイッチを入れたの。
「あー、もしもし。こちらエンジェルリーダー。ヒートアイランド、応答せよ」
 しばらくガリガリという音がしてたけど、やがて声が聞こえてきた。
『こちらヒートアイランド。エンジェルリーダー、現状を報告せよ』
「Pは受領した。指示を請う」
 ……夕子ちゃん、すっかりなり切っちゃって。でも、ヒートアイランドって誰なんでしょう?

 すっかり辺りは暗くなっちゃった。私達はパワーショベルの所でぼーっと待っている。
 夕子ちゃん、待つの苦手だから、いらいらしてるみたい。
「ねぇ、夕子ちゃん……」
「しっ。いま、何かパァンって音が聞こえなかった?」
 そう言うと、夕子ちゃん辺りを見回してる。
「え? そうかなぁ。私にはなにも……」
 と、不意にトランシーバーがピーピーと音を鳴らした。
 夕子ちゃんが早速スイッチを入れる。
「こちらエンジェルリーダー」
『ヒートアイランドからエンジェルリーダー。緊急事態発生。今すぐ突入せよ』
「了解……。ところで、これどうやって動かせばいいの?」
『……エンジェルリーダーは運転の経験があると聞いたが?』
「だって、ゲーセンにはパワーショベルの匡体なんて無かったんだもの」
 なぁんだ。夕子ちゃんの「運転したことがある」っていうの、ゲームの話だったんだ。びっくりして損しちゃったな。
 それからトランシーバーの向こうの人となにやら『何番目のレバーを引け』とか『どこそこのスイッチを押せ』とかいう話をしてたけど、とうとう、夕子ちゃん切れちゃった。
「あー、もう面倒くさい〜っ!」
 そう叫ぶと、夕子ちゃんはその辺りのレバーをガチャガチャ押し始めた。
 と、
 ドルルルル
 突然、パワーショベルのエンジンが大きな音を立てて動き出したの。
「わぁ!」
「ほぉら! 正義は勝つ! あははははぁー、わわーっ」
 ドッドッドッド
 今度は突然走り出したの。それもまっすぐ新須別荘に向かって。
 私、まだ乗ってないのに。
「ゆ、夕子ちゃん、待ってよぉ!」
「と、と、止まらないぃ。誰か止めてよぉぉ!」
 バキバキィ
 パワーショベルは木をなぎ倒しながら走って行っちゃう。
 慌てて私は追いかけていったの。

 はぁはぁはぁ
「ち、ちょっと待ってよぉ!」
 パワーショベルはあんな風でも結構速いのね。私、あっという間に引き離されちゃった。
 と、
 ドォン
 すごい音がした。私、思わず立ち止まっちゃった。
「な、何、今の音?」
 でも、それっきり、しーんとしちゃった。ちょ、ちょっと怖いかも……。
 ガサガサッ
 私の前の茂みが不意に揺れた。
「だ、誰?」
 思わず呼びかけると、急に茂みの中から何かが飛びかかってきたの。
「ひゃぁ」
 思わずしりもちついちゃった。
 その何かは、私のその背中に回り込むと、左肩にぺたっとしがみついた。それでわかっちゃった。
「コアラちゃん!? じゃ、主人さんは!?」
 コアラちゃん、眠っちゃったみたい。ということは……。
 私は起きあがると、また一生懸命に走り出した。

 私が壁の所にたどり着くのと、主人さん達が出てきたのとはほとんど同時だったみたい。
「あ、館林さんまで来てくれたの?」
 主人さん、私を見ると笑って言った。私の胸がドキンと高鳴った。
「あの、無事で良かったです……」
「ああ。そのコアラのおかげさ。ありがとう」
「いいえ、そんなぁ……」
「ゆかりちゃんもお礼言ってくれない?」
「どうもありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
 主人さんの後ろから、古式さんが頭を下げた。
 ……そうか。主人さん、古式さんを助けに来たんだものね……。そうだよね。
 私、何だかいたたまれなくなって、夕子ちゃんを捜した。
 あ、もう林の中に入っちゃってる。
「3人とも、早くこっち!」
「あ、そうだな」
 主人さんはうなずいて、古式さんの手を引っ張って走り出した。
 ……主人さん……。
 と、
 眠っていたコアラちゃんが私の左頬をぺろっとなめた。
「きゃん」
 コアラちゃんは私の顔を見上げてた。私はうなずいた。
「大丈夫よ。今までだってずっと待ってたんだもの。これからだって待てるわ」
 そして、私もみんなを追いかけるように林の中に紛れ込んだ。

《続く》

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