「そういえば、菜織ちゃん。プレゼントはもう買ったの?」
ミャーコとサエちゃんと一緒の学校帰り。
不意にミャーコが言ったの。
「プレゼント?」
「そ。だって、もうすぐクリスマスだよ」
……そういえば、そんな行事もあったっけ。
あたしは肩をすくめた。
「考えてないわよ」
「えーっ!?」
……なんでそこで驚くのよ。
「だって、あたしん家は神社だもの。クリスマス、なんて言ったら、親父にどやされるわ」
「そうだよなぁ」
サエちゃんが腕組みして頷く。
「わかるわかる。うちも似たようなもんだ」
サエちゃん家って、老舗のせんべい屋だもんね。
「ふみぃ〜。でも、がっかりするよ、きっと」
「なっ、なんでそこで正樹が出てくるのよっ!!」
言い返してから、はっと気付いて口を押さえたけど、もう遅かった。
「へへへ〜。そっか、やっぱりね〜」
「み、ミャーコっ!!」
「んじゃサエちゃん。寂しい者同士、仲良く帰りましょ〜」
「ん〜、そーだな〜」
ううっ、2人とも、こういうときだけは息が合うんだから……。
十徳神社に続く石段を登りながら、考え込む。
確かに今まではクリスマスなんて関係なしな生活だったけど、でも今年は……。
うーん、うーん。
どしん
「きゃっ、あ、ご、ごめんなさい」
考えながら石段を登ってたら、誰かにぶつかっちゃって、慌てて頭を下げる。
でも向こうは返事もしてくれない。あちゃ、怒ってるのかな……。
そう思って顔を上げると、あたしの目の前にあったのは狛犬だった。
……あう、恥ずかしい。
誰にも……見られてないでしょうね?
辺りを見回す。……ほっ、誰もいなかったみた……。
「……ぷっ」
「誰っ!?」
振り返ると、そこにいたのは健一くんだった。
「ご、ごめん。でも、菜織姉ちゃんも変わってないな〜」
鳴瀬健一。真奈美の弟で、年はあたし達の2つ下。小さな頃もよく一緒に遊んで、あたしや正樹もホントの弟みたいに可愛がってたんだ。……本人はいじめられてたって言ってるけど。あはは。
「どうしたの、こんなところに来て」
「えっと、その、ちょっと菜織姉ちゃんに相談したいことがあってさ」
「あたしに? あ、こんなところでなんだから、まずは家に来て」
ザッザッザッ
「……普通、相談しに来た少年にそのまま箒を渡して境内を掃除させる?」
「ぶつぶつ言わない。ほら、そっちの落ち葉もちゃんと掃きなさい」
そう言って、あたしも手を動かす。
慣れてるとはいえ、このシーズンで巫女服はやっぱり寒いなぁ。ううっ。
今年は異常気象で残暑がすごく長引いたせいか、もうとっくに暦じゃ冬だっていうのに、未だに落ち葉のシーズンだったりする。おかげで、いつもならこの時期は1週間に1度で良いはずの境内の掃除も、毎日やらないといけないわけ。なかなか大変なのよね。
30分ほど掃除をして、やっと落ち葉を集めると、あたしはその落ち葉の前にかがみ込んだ。
「さて、と」
「まだ何かするの〜?」
「あ、そういう事言うと、あげないわよ」
あたしはライターで落ち葉に火を付ける。乾いた落ち葉がボッと炎を上げた。
「あ、なるほど」
「健一くん、本殿のところにお芋置いてるから、取ってきてくれない?」
「了解しましたっ!」
本殿に走っていった健一くんは、すぐにお芋を入れた紙袋を取って戻ってきた。
「これでいいの、菜織姉ちゃん?」
「ええ、そうよ。ありがと」
紙袋を受け取って、中のお芋を出す。
「一応、レンジでふかしてるから、あっためたらすぐに食べられるわよ」
落ちていた木の枝で、落ち葉をどかすと、その中にそのお芋を放り込んだ。それから火の具合を調整しながら、訊ねる。
「それで、相談って?」
「あ、うん……。えっと……」
口ごもる健一くん。
あ、なるほど。
「乃絵美のことね〜」
「なっ、なんでっ!?」
「お姉さんはお見通しよ」
健一くんが乃絵美のこと、気になってるんじゃないかなってことは、前から気付いてはいたんだけどね。
ま、正樹があれだけ鈍いんだから、その妹の乃絵美もかなり鈍いと思うし、それなら健一くんの思いには気付いてないと思うわけで。
あたしは、あたしと正樹のことを思い返して、健一くんの肩をぽんと叩いた。
「ま、がんばりなさいよ」
「そ、それだけっ!?」
「当たり前じゃない。そういうのは本人同士でなんとかするものでしょ?」
そう言うと、健一くんは慌てて手を振った。
「あ、そうじゃないよっ。別に僕は乃絵美ちゃんとの仲を取り持って欲しいとかそういうんじゃなくて、第一、乃絵美ちゃんには好きな人もいるんだし……」
「ああ、シバタクのことね」
あたしは肩をすくめた。
「ま、あいつもなんか夏以来ちょっと変わってきたみたいだけど、でも乃絵美に好きな人がいるからって、可能性は零じゃないわよ」
あたしだって……と言いかけて、慌てて止める。
「えっと、まぁお姉さんのアドバイスとしては、地道に……」
「そうじゃなくって! 僕はただ、乃絵美ちゃんにクリスマスプレゼントしたいんだけど、何にしたらいいのか見当がつかないから相談しに来ただけだよっ!」
一気に言ってから、顔を赤くしてしゃがみこむ健一くん。
「こういうことは姉ちゃんに相談してもらちがあかないからさ、菜織姉ちゃんならまだマシかなって思ったのに」
小さな声でぶつぶつ言っている。
「まだマシとはどういう意味よ。ったく」
あたしはほっとため息をついた。
「わかったわ。そうね……今週の日曜は暇」
「え? あ、うん」
「オッケイ。それじゃ元町のデパートに行きましょうか。アドバイスくらいはしてあげるわよ」
「やったぁ! ありがとう、菜織姉ちゃん。うーっ、やっぱり頼りになるよなぁ」
「お世辞言ってもダメよ。あ、そろそろ焼けたかな?」
それから、2人でお芋を食べてから、健一くんは嬉しそうに帰っていった。うん、いいことした後は気分も良いわ。
そして、日曜日。
「あ、菜織姉ぇ、こっちこっち」
駅前に着くと、もう健一くんは来てた。
「ごめんごめん。目覚ましが止まってたのよ」
あたしが頭を掻きながら謝ると、健一くんは、はぁ、とため息をついた。
「姉ちゃんは姉ちゃんで俺より早く出かけるし……」
真奈美も買い物かな? ま、いいか。
「さて、それじゃ行きましょうっ!」
「誤魔化そうとしてないか、菜織姉ちゃん」
というわけで、あたし達は元町のデパートまでやってきた。
「さってと。健一くん、予算はどれくらい?」
「一応、小遣い持ってきたけど……」
そう言って、ポケットから財布を出して、広げてみせる健一くん……。って!
「なんで中学生がこんなに持ってるのよ〜っ!」
「ちょ、ちょっと菜織姉ちゃん!」
「あ、ごめん」
慌てて頭を掻くと、あたしはもう一度財布をのぞき込んだ。……ううっ、あたしの財布の中身の3倍以上ありそ。
「で、どうしよう?」
「うーん」
あたしはもう一度頭を掻いた。
「どうせあんたのことだから、有り金全部持ってきたんでしょうけど、でもそんなに使う事無いと思うわよ」
「えっ? で、でも……」
「使ったお金が多いからって、それがいいプレゼントだとは思わないわ。それに、健一くん。乃絵美の性格も考えなさいよ。そんな高価なプレゼント、乃絵美が素直に受け取ると思う? あの娘が気を遣わないくらいの値段でないと無駄になるわよ」
「あ、そっか。なるほど」
ぽんと手を打つと、健一くんは首を傾げた。
「でも、それじゃ何を買えば、乃絵美ちゃんは喜んでくれるんだろう? 菜織姉ぇちゃん」
「そうね……」
あたしも腕組みをして考え込んだ。
乃絵美って、あんまり、っていうか全然自分で何が欲しいとかそういうこと言わない娘だし……。
無難なところで……カップとかハンカチとか……。
うーん、正樹にでも聞いておけばよかったかな……。
そう思ったとき、あたしは自分の目を疑った。
通りの向こうを歩いていく正樹の姿が目に入ったから。
そして、その隣で笑ってる女の子……。
そんな……。でも、あれは……。
「どうしたの、菜織姉ぇちゃ……」
健一くんも、あたしが見ているものに気付いた。
「あれ? あれ、正樹兄ぃちゃんと……姉ちゃん?」
そう。正樹の隣で嬉しそうに笑っているのは、……真奈美だった。
「なにやってんだろ。おー……」
「待って」
あたしは、2人に声をかけようとした健一くんの腕を引っ張った。
「え?」
「お願いだから、静かにしてて……」
「う、うん……」
怪訝そうな顔で、あたしと2人を見比べる健一くん。
あたしは、くるっと背を向けた。
「行こ。健一くん」
「え? で、でも……」
「いいから」
あたしは、無理矢理健一くんを引っ張っていった。
月曜日。
冬は日が落ちるのが早い。学校が終わってすぐに来たつもりだったけど、もう辺りは夕焼けのオレンジ色に染まっていた。
タッタッタッ
石段を登ってくる足音。
「ごめん、菜織ちゃん。遅れちゃった」
真奈美が、制服姿のまま、石段を駆け上がってきた。
「で、話って?」
「うん。……あたし、頭悪いから、腹芸とかそういうのってできないんだ。だから、率直に聞く」
あたしは、箒をぎゅっと握りしめて、訊ねた。
「昨日、正樹と一緒にいたでしょ?」
「えっ? や、やだ。菜織ちゃん、何言って……」
「誤魔化さないで」
ぴしっと言う。
「あたし、見たの。元町のデパートで、正樹と一緒にいるところ」
真奈美は、ふぅっと一つため息をついた。それから、あたしに視線を向ける。
「確かに正樹くんと買い物してたのは事実だけど、それは……、菜織ちゃんと一緒じゃ駄目な理由があって、なの。それだけは信じてあげて。……正樹くんを」
「真奈美……」
じっと、あたしは真奈美を見つめた。真奈美もあたしから視線を逸らさずに、見つめ返す。
どれくらい、そうしてたんだろ。
ふっと、あたしは苦笑した。
「卑怯だよ、真奈美。そういう言い方されたら、あたしは信じるしかないじゃないの」
「ふふっ、そうかも」
ぺろっと舌を出すと、真奈美はふっと微笑んだ。
「でも、安心したな」
「えっ?」
「やっぱり、菜織ちゃんに任せてよかった。……正樹くんのこと」
真奈美、やっぱり正樹のこと……?
そうだよね……。あたしが割り込まなかったら……。
そう思うと、たまらなくなる。
「……ごめん、真奈美……あたし、真奈美の気持ちも正樹の気持ちも知ってたのに……」
「いいのよ」
真奈美は、あたしの目元に指を当てて拭った。そして微笑む。
「時は、戻らないもの……」
「……うん」
強いね、真奈美……。
そして、クリスマス・イブ。
今年は、l'omelletteにみんな集まってパーティー。
「とゆーわけでぇ、かんぱーいっ!」
「乾杯!」
ミャーコの音頭で乾杯して、和やかにパーティーは始まった。
あら、あれは。
あたしは、ツリーの影でもじもじしてる健一くんに近寄った。
「なにしてんの?」
「わぁっ!? な、なんだ、菜織姉ちゃんか。びっくりしたぁ」
「ははぁん、プレゼント渡すタイミングを見計らってるってところかぁ」
「えっと、まぁ……」
健一くんは、みんなにジュースを渡してる乃絵美を見て口ごもった。
あたしはドンと胸を叩いた。
「それじゃここはおねーさんに任せなさい」
「……すっげぇ不安」
「なんか言った?」
「いいえっ、なんでもないですっ」
「よろしい」
あたしはツリーの影から出ると、乃絵美に駆け寄った。
「乃絵美、代わろっか?」
「えっ? でも菜織ちゃん……」
「いーからいーから」
あたしはジュースの載った盆を乃絵美から取り上げると、背中を押した。
「いいから、いいから。ほら、ツリーでも眺めてらっしゃい」
「うん。ありがとう」
頷いて、乃絵美はツリーに近寄った。
「あ、あの……」
健一くんが声をかける。うわ、見てるだけでもがちがちだわ。
「あら、健一くん……」
「乃絵美さんっ、そのっ、あの……」
「どうしたの?」
「こ、これ、どうぞ」
包みを差し出す健一くん。
「えっ?」
「えっと、クリスマスの、その……」
「あ、もしかしてプレゼント?」
嬉しそうに微笑む乃絵美。うわ、健一くんでれでれね〜。
「開けてみてもいいかな?」
「は、はい、どうぞ」
乃絵美は包みを開けると、中からリボンが出てくる。乃絵美に似合いそうな、白いリボン。
「わぁ、綺麗。ありがとう、大事に使わせてもらうね」
「あ、はいっ」
嬉しそうだね、健一くん。よきかなよきかな。
うんうんと頷いてると、後ろから肩を叩かれた。
「よう、菜織」
「あ、正樹……」
「ちょっと、いいかな」
と、正樹の肩越しに真奈美が目に入った。あ、頑張れってゼスチャーしてる。
「えっと、いいけど……」
「ちょっと、出ない?」
カランカラン
外に出ると、冷気が火照った体を冷やしていく。
「うーっ、寒いな」
「そりゃ冬だしね」
「……」
「……」
会話が止まっちゃった。
「えっと……、あ、そうそう。これ」
正樹はポケットをごそごそやってから、あれっという顔になる。
「どうしたの?」
「えっと、……あ、そっか。コートのポケットだっけ」
と、
カランカラン
ドアが開いて、真奈美が顔を出した。
「正樹くん、はい、忘れ物」
そう言って、リボンの掛かった箱を手渡す。
「あ、ごめん」
「それじゃ、しっかりね」
笑ってドアを閉める真奈美。
正樹は頭を掻きながら、その箱をあたしに渡した。
「はい。俺、プレゼントなんて何がいいか判らないから、真奈美ちゃんに手伝ってもらったんだけどさ」
……あ、そういうことか。
真奈美ったら……。
あたしは箱を受け取った。
「開けてみて、いいの?」
「ああ」
頷く正樹。
あたしは、包み紙を解いて、箱を開けた。
「……ペンダント?」
その箱に入っていたのは、銀のペンダントだった。
「これ、高価かったんじゃない?」
「いやぁ……」
正樹はもう一度頭を掻いた。
「正直、俺もそう思ったんだけど、真奈美ちゃんに言われたよ」
「真奈美に?」
「菜織を待たせた分、上乗せしておきなさいねって」
「……バカ」
あたしは、ペンダントを握りしめた。
「バカはないだろ……」
「あんたのことじゃないわよ」
あ、でも……。
あたし、正樹にあげられるようなプレゼント、買ってない……。
「……どうしたの、菜織?」
「あの、あたし……」
その時、l'omelletteの窓からこっちを見てる健一くんと乃絵美に気が付いた。
あたしの視線に気付くと、健一くんが親指を立てて見せる。と、乃絵美が赤くなって、健一くんを引っ張って窓から離れていった。
あたしは苦笑して、正樹に寄り添った。
「……ありがと」
「えっ?」
そのまま、そっとキスをする。
「メリー・クリスマス」
「ああ……。メリー・クリスマス、菜織」
クリスマスっていうのも……悪くない、かな?
初めてそう思った、夜だった。
あとがき
2つのプレゼント 99/12/19 Up