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「……まいったな」
お兄ちゃんは頭を抱えています。
「メンバーの変更が出来ないって?」
「そうみたい。艦隊本部に持っていけば、出来るのかも知れないけど……」
ミャーコさんは、さっきから忙しくキーボードを叩いてます。でも、うまくいかないみたいで、最後にはふっとため息をついて肩をすくめました。
「……だめだこりゃ〜」
「ミャーコっ、てめ、もうちょっと努力してみせろっ!」
「気力でどうなるものでもないもん」
怒鳴る冴子さんをあっさりと受け流すミャーコさん。
菜織ちゃんが間に割って入ります。
「まぁまぁ。それより、ミャーコ」
「どしたの、菜織ちゃん?」
「天都さんについて調べてみてくれない?」
菜織ちゃんはそう言ってから、顎に手を当てて言葉を続けます。
「どう考えても、ただの軍人さんには思えないしね」
「わかったぴょん」
そう言って、キーボードをまた叩くミャーコさん。と、不意に素っ頓狂な声を上げます。
「……ありゃりゃ?」
「どうしたの、ミャーコ」
「ドック艦“星名”の乗員名簿を艦隊ライブラリから呼び出したんだけどぉ、天都なんて名前、どこにも無いよ」
「マジかよ、おい」
冴子さんがうそ寒そうな顔をして、ミャーコさんの前に開いているスクリーンをのぞき込みます。
「あ、サエも見る?」
ミャーコさんは、そのスクリーンをぴんと指で弾きました。スクリーンはすぅっと空を飛んで、冴子さんの前でぴたっと止まります。
「わっ、な、なにしやがるっ!」
びっくりして思わず尻餅を付く冴子さんを、ミャーコさんが可笑しそうにのぞき込みます。
「にゃははは、びっくりした?」
「う、うるせぇっ」
赤くなって起き上がると、冴子さんはスクリーンを睨みました。
「……たしかに、いねぇな」
その間に、ミャーコさんは回りにいくつもスクリーンを開きました。そのスクリーンの上を一斉に、凄い勢いで文字が流れ、そして次々とそのスクリーンが消えていきます。
最後に一つだけ、「該当なし」を表示したスクリーンだけが残りました。
「……全艦隊の記録を照合完了。天都みちるっていう人はやっぱりいないぴょん」
「でも、特殊部隊なんかだと、こういうところにデータは入ってないんじゃない?」
菜織ちゃんに言われて、ミャーコさんはうーんと腕組みしました。
「一応、その辺りも全部調べたつもりなんだけどな〜」
お兄ちゃんが、トンと目の前のパネルを叩いて言います。
「とにかく、こうしてても仕方ない。艦隊本部に連絡を取ることにしよう」
と、その時でした。
フィフィフィフィ
さっきと同じ音が、ブリッジに響きます。
菜織ちゃんが小さく叫びました。
「また、救難信号!?」
「くっ! 菜織、今度は間に合わせるぞっ!」
お兄ちゃんが叫びます。菜織ちゃんは頷いて自分の席に飛び込むと、コンソールの上に指を滑らせます。
「メインエンジン準備良し!」
「よし。ミャーコちゃん、発信源は!?」
「方位114マーク1、距離302光秒! 音声はなし、信号だけですっ!」
「菜織っ!」
「オッケイ! 方位修正、メインエンジン出力最大!」
お兄ちゃんは、正面のスクリーンを睨んで、言いました。
「“セント・エルシア”最大戦速!」
“セント・エルシア”は、宇宙空間を矢のように突き進みました。
「レーダーレンジ内に、シャトルが1隻と、大型の船影が4隻。シャトルはあとの4隻から攻撃を受けています」
「シャトルの識別信号を確認。連邦宇宙軍所属のシャトル、ヤンジーケインだよ。そっから、あとの4隻は識別信号出してないから、敵だよ」
私とミャーコさんの報告を受けて、お兄ちゃんは冴子さんに視線を向けます。
「冴子! 戦闘準備!」
「いつでも来やがれっ!」
「よし。菜織、あとどれくらいかかる?」
「3分かからないわ。でも……」
そうです。それまでシャトルが戦艦相手に持つかどうか……。
あっ!
私は、目の前のスクリーンに映っていたシャトルが方向を変えたのを見て、思わず声を上げました。
「お兄ちゃん! シャトルが反転して、大きな艦に突っ込んでいくよ」
「なんだって!?」
ピピッ
微かな音がして、「映像OK」のサインが出ました。お兄ちゃんに報告します。
「あ、お兄ちゃん。映像を捉えたよ」
「メインビュアースクリーンに!」
お兄ちゃんに言われて、私はスイッチを入れました。
「メインビュアースクリーン、オン」
ぱっと、正面の大きなスクリーンに、前方で起こっている戦いの様子が大写しにされました。
小さなシャトルが、大きな戦艦に突っ込んでいきます。
「……」
みんなが言葉も無く見守る中、そのシャトルは戦艦にぶつかりました。大爆発を起こして、そのまま砕けます。
「……なんてやつだ」
冴子さんが呟きます。それに続けてお兄ちゃん。
「体当たり……。確か、カミカゼアタックとかいう戦法、だったよな」
「ああ」
「あっ! 戦艦が……」
シャトルが体当たりした戦艦が、いきなり連鎖的に小爆発を起こし始めました。そして、最後に大爆発して、四散してしまいます。
「ど、どういうこと、正樹?」
菜織ちゃんに聞かれて、お兄ちゃんが答えます。
「自らを弾として敵の急所を叩く、それがカミカゼアタックだ」
「ああ。敵の急所を的確に突けなかったら、単なる自爆だからな。とんでもなく高度な技だ」
「でも、自分も死んじゃうんでしょ?」
ミャーコさんの言葉に頷く冴子さん。
「ああ。だから、この戦法は学校じゃ絶対に使うなって禁止されてるんだ。シミュレーションでも使った時点で負けだしな」
「だけど……。これは実戦だ」
お兄ちゃんの言葉に、ブリッジに緊張が走りました。
「冴子、主砲は!?」
「準備完了!」
「よし。乃絵美、敵の様子は!?」
「あ、はい。敵は……あっ! こっちに向き直ってます!」
「よーし。主砲を三点斉射! 敵の出鼻をくじいて、一気に敵の背面に抜ける。それから急速反転して背後から攻撃だ!」
「よっしゃ」
「了解!」
攻撃担当の冴子さんと、操縦担当の菜織ちゃんが同時に返事をしました。
最後に、お兄ちゃんがぴっと前を指します。
「発進っ!」
“セント・エルシア”が一気に進みます。
私はスクリーンに手を伸ばしました。
「前方にバリアーを展開します。あっ、撃ってきましたっ」
「菜織っ!」
「判ってるっ! 回避パターン、ベータに入りますっ!」
「いっくぜぇーっ!!」
冴子さんが主砲を放ちます。その光が真っ暗な宇宙空間を切り裂くように伸びていき、その後を追うようにして“セント・エルシア”が進みます。
その時、私はレーダーに新しい船影が写ったのに気が付きました。
「あっ! 後方にまた船影が!」
「なんだって!? ミャーコちゃんっ!」
「あにゃぁ、応答ないよ〜。識別信号も出してないみたい」
「ってことは、敵ってことかよっ!」
冴子さんが怒鳴りました。ミャーコさんは肩をすくめます。
「そうみたいなのねん」
「てめっ、なにお茶らけてやがんだっ!!」
「冴子、喧嘩してる場合じゃないだろ! 菜織っ!」
「こっちだって色々やってるわよっ! 今忙しいんだから話しかけないでっ!」
菜織ちゃんは本当に忙しそうにコンソールに指を走らせながら言い返します。
“セント・エルシア”は、あちこちの姿勢制御スラスターから噴射炎を噴き出しながら、小刻みに方向を変えて、敵の撃ってきたビームをかわそうとしています。でも……。
ドウッ
鈍い揺れが伝わってきて、私は思わずコンソールにしがみつきました。
「着弾!? 乃絵美、被害状況は判るかっ!?」
「えっと、あのっ……」
「後部第7デッキ外壁破損。内壁には損傷無しだよん」
ミャーコちゃんが代わりに答えてくれました。
と同時にまた揺れが……。
「あらら、右の第6デッキ外壁に亀裂入っちゃったね。第6デッキは閉鎖するよ〜」
「ミャーコ、てめ、その気の抜ける言い方やめろっ!」
「にゃははは、サエちゃん怒っちゃだめだよん」
「ええいっ!!」
サエちゃんの気合いと共に、また主砲が光を放って、敵の1隻に大きな穴を開けました。その船が、ああっ!
「お兄ちゃんっ! 大破した船がこっちに突っ込んでくるっ!」
「なっ!?」
サエちゃんが壊した船が、真っ直ぐこっちに突っ込んできます。このままじゃ衝突しちゃいます。
「菜織っ!」
「だめ、近すぎっ! このままじゃ避けられないっ!」
菜織ちゃんが悲鳴を上げました。正面にスクリーンに、ぐわっと船が大きく映ります。
その時でした。
「エンジン反転、全速後退しながら主砲斉射、同時にバリヤーを全面に集中させて、再度全速で前方に突っ込むの」
「えっ!」
女の人の声に、みんなが一斉に振り返りました。もちろん、私もです。
いつの間にか、お兄ちゃんの隣りに、女の人……って言っても、お兄ちゃんや菜織ちゃんと同じくらいの歳に見えましたけど……が立っていました。眼鏡をかけた、黒い長い髪の人です。
「君は……」
「お兄ちゃんっ!」
私の声に、お兄ちゃんははっとして前に向き直りました。
「菜織、冴子、乃絵美、出来るか!?」
「やってみるわよっ!」
「わ、わかった!」
「うん、やってみる、お兄ちゃん!」
私は前に向き直りました。そう、今はこの場を何とかする方が先です。
「メインエンジン反転っ! 姿勢制御スラスターの推力を前方に集中させるわ! みんな、振り飛ばされないようにしてよっ!!」
菜織ちゃんはそう叫ぶと、一気にレバーを倒しました。その瞬間、ものすごい力で前に飛ばされそうになります。後で聞いた話だと、慣性制御システムの限界を超えるGがかかったせいだっていうことでした。“セント・エルシア”でなければ、きっとみんなぺしゃんこに潰されてただろうって。
でも、その時はそんなこと考える暇も有りませんでした。私の身体が、シートとコンソールの間に挟まれて、ふっと気が遠くなりかけます。
「いっけぇっ!!」
サエちゃんが叫ぶ声と、前のスクリーンが光に包まれたのは同時でした。でも、それもなんだか遠い世界のことみたいで……。
「乃絵美っ!!」
その瞬間、お兄ちゃんの声が聞こえました。
そうだ。お兄ちゃんを助けなくちゃ……。
私は、半ばもうろうとする意識の中で、手を伸ばしました。スクリーンの上に指を走らせます。
「ば……バリアーを、全面に集中……」
ピピッ
スクリーンに映った“セント・エルシア”の前面が赤い色で包まれました。
「お兄……ちゃん、展開……、したよ」
ふっと意識が遠くなります。そして、私はそのままシートに沈み込みました。
菜織ちゃんが何か叫び、そして身体がぐっとさらにシートに沈みます。
そして、衝撃。
私は、それっきり何も判らなくなってしまいました。
「……ん」
海の中から浮き上がるように、意識が覚醒していきます。
ぼやけていた視界の焦点が合うと、白い天井が見えました。
どうやら、私はベッドに寝ているみたいです。でも、どこなんだろう?
と、その天井をバックに、お兄ちゃんの顔が私を覗き込みました。
「乃絵美っ、気がついたかっ!?」
「……お兄……ちゃん」
私がそっと、手を伸ばそうとすると、お兄ちゃんはすぐに手を握ってくれました。やっぱり、私の考えてることはすぐにわかっちゃうんだな。
「大丈夫か、乃絵美!?」
「……うん。もう、大丈夫だよ」
そう言って、身体を起こそうとすると、お兄ちゃんが慌てて止めます。
「まだ休んでいた方がいい」
「……うん」
私は頷いて、顔をお兄ちゃんに向けました。
「ここは? あれからどうなったの?」
「えっ? あ、ああ。大丈夫。敵の包囲からは突破したよ。それから、ここは“セント・エルシア”の医務室だ」
「“セント・エルシア”の……。あ、みんなは……?
「大丈夫。みんなも無事さ」
「良かった……」
私は、ほっと胸をなで下ろしました。
と、菜織ちゃんの声が聞こえました。
「乃絵美が気がついたの?」
「ああ」
声の方を見ると、菜織ちゃんがお医者さんみたいな白衣を羽織っています。
「菜織ちゃん、その格好……?」
「えっ? ああ、これ? ここのロッカーにあったの。なんか医者らしいでしょ?」
「ったく、にせ医者が」
「しょうがないでしょ? 本物のお医者さんなんていないんだから。それに、あたし学校でちゃんと“緊急医療”の単位取ったんだし。ほら、そこ退きなさい。乃絵美の診察するから」
「診察って、まさかその……」
お兄ちゃんはかぁっと赤くなりました。
「その、脱がしたり……するのか?」
「……く、くぉのエロエロ大魔人っ! さっさと出ていかないと、氷川流十徳封神剣の餌食にするわよっ!!」
菜織ちゃんは、どこからか出した箒でお兄ちゃんをばしばし叩いて追い出してしまいました。
ホントに、昔と変わらないんだな。
私は、思わず笑ってしまいました。
と、
「正樹くん、菜織ちゃん。乃絵美ちゃんは?」
別の声がしました。
「あ、気が付いたところよ」
「そう、よかった。あ、そうだ。挨拶しなくちゃ」
そちらを見ると、さっきの眼鏡をかけた女の人が笑顔で立っていました。
「ひさしぶり、乃絵美ちゃん」
その笑顔を見たとき、私は不意に、その笑顔に見覚えがあることに気が付いたのです。
「……もしかして……真奈美ちゃん?」
彼女は、頷きました。
「ええ。鳴瀬、真奈美よ」
あとがき
宇宙戦艦セント・エルシア その5 00/6/13 Up 00/6/17 Update