あの、とんでもない事件がようやく終わったかと思うと、あっという間に季節が過ぎていった。
そして、この街にも冬がやってきた……。
「……これか」
「そのようです」
離れの一角にそれはあった。
部屋の真ん中にある四角い穴。そしてその中に鎮座している火鉢。
そして角に片づけられている重厚な造りのこたつ机。
「これはっ! いわゆるほりごたつセット! 古き良き日本の伝統、ジャパネスク浪漫!」
冬と言えばこたつにみかん。
学校帰りにアルクェイドの家に寄ったときに、何でもない会話の流れでそういう話題になった。ところが、あいつはこたつを知らないということがそこで発覚。
それで、こたつとはどんなものかを教えてやろうと見得を切って屋敷に戻ってきたのだが、冷静に考えてみると、この遠野家でこたつを見た覚えがない。
まぁ、屋敷は冷暖房完備なので必要ない、といったところなのだろう。
だがやはり、日本人としてこれだけは譲れない。
その時点で、既にアルクェイドに見せるという目的は二の次で、こたつをゲットすることが主目的にすり替わっていたような気がするが、まぁそれはどうでもいい。
まず俺は、我が妹にして遠野家の家長として実権を全て握っている秋葉にこたつの購入を陳情してみた。
だが、あっさりと「必要ありません」と却下されてしまう。……まったく、秋葉のやつ、俺がアルクェイドといい仲になってから、やたらと冷たくなったような気がするぞ。
まぁそれはともかく、秋葉に却下されて諦めかけたところに、救いの手をさしのべてくれたのが琥珀さんだったわけだ。
琥珀さんによると、離れの屋敷でそれらしいものを見かけたことがあるという。
夕食の支度があるという琥珀さんの代わりに翡翠を伴い、俺は離れの屋敷の探索に乗り出し、そしてまさに今、そのこたつを発見したところなのである。
「……志貴さま?」
「……ああ、ごめん。一瞬飛んでいたみたいだ」
我に返った俺に、翡翠は尋ねた。
「志貴さま、一つだけお尋ねしてもよろしいですか?」
「うん、何?」
「どうしてそのようにこたつにこだわるのですか?」
「あ〜、ええっと……。そう、去年まで有間の家では使ってたからね。習慣になってるんだよ、うん」
「……」
見るからに疑わしそうな顔をする翡翠。
とはいえ、本当の理由を言うわけにもいかないしなぁ。アルクェイドのことを持ち出すと、翡翠も機嫌悪くなるし。
ひとつここは話題を変えるとしよう。
「そうそう、翡翠、こたつ布団はどこかな?」
「こたつ布団ですか? それなら押入ではないでしょうか?」
至極もっともな答えである。
「そっか。よし」
俺は部屋に一つだけある押入に近づくと、戸を開け……。
「やっほ〜、志貴」
にゃぁ
反射的にピシャリと閉めた。
「いかがなさったのですか、志貴さま?」
背中から、怪訝そうな翡翠の声。
俺は向き直り、押入の戸を背にして答えた。
「あ、いや、ここにはないようだよ、翡翠」
「ですが、この部屋には他に押入はありませんが……」
「き、きっと他の部屋だよ。そうだ、翡翠、ちょっと捜してみてくれないか?」
「はい。それでは少々お待ち下さい」
深々と頭を下げて、部屋を出ていく翡翠。
襖が閉まってから、俺は大きく息をついて、もう一度押入を開けた。
「ひどいよ、志貴〜。いきなり閉めるなんて〜」
にゃぁ
そこにいたのは、黒猫を抱いたアルクェイドだった。
押入の上の段に、窮屈そうに身体を折り曲げて入っている。ちなみに、そこにあったと思われる布団は脇に押しのけられていた。
「なっ、なにやってんだお前はっ!」
「ちょっと志貴をビックリさせようと思って。どう、ビックリした?」
「ああ、びっくり。これでいいか?」
ごそごそと押入から這い出してくると、アルクェイドはむーっと不満げに腕組みして俺を睨む。
「なんか投げやり〜」
「あのな……」
と、不意に背後から声。
「志貴さま、他の部屋には、こたつ布団はないようで……」
「ひ、翡翠!? は、早かったねっ!」
慌てて振り返って言うが、既に翡翠の視線は俺の後ろにいるアルクェイドに向けられていた。
「離れの屋敷の部屋数は少ないですから、全部見て回ってもすぐに終わります。ところで、アルクェイド様がいらっしゃっていたのですか?」
「えっと、それはだなぁ」
「………………失礼致しました。それでは、わたしは屋敷に戻ります」
思いっきり何か言いたげにしながら、翡翠は深々と頭を下げた。そしてくるりと背を向ける。
「あ、あの、翡翠? その、秋葉には……」
「お客様がいらっしゃっているのですから、秋葉様にご報告申し上げるのは当然です。では」
「あああ……」
そのまますたすたっと歩き去っていく翡翠。
俺はこの後の惨劇に思いを巡らせ、絶望的な気分になって頭を振った。
「ねぇねぇ、どうしたの、志貴?」
「あのな……」
ため息混じりに振り返ると、こちらは満面の笑顔を浮かべたアルクェイド。
この笑顔を見ていると、まぁいいかって気分になってしまうから不思議だ。
「ね〜ね〜、これ何?」
早速火鉢に視線を向けて俺に尋ねるアルクェイド。
「ああ、ほら、これがこないだ言ってたこたつってやつだ」
「へぇ〜、これが日本に伝わる暖房器具なのね〜」
やたら感心して、火鉢を覗き込むアルクェイド。そして顔を上げる。
「ねぇねぇ、どうやって使うの?」
アルクェイドに説明してやろうとして、はたと気付いた。
……ほりごたつって、どうやって使うんだろう?
そもそも、火鉢だって使ったことないよな。
俺が説明に窮していると、ずだだだだっ、と辺りを揺るがすような足音が聞こえた。
かと思うと、襖がばんっと開かれる。
「兄さんっ、あの泥棒猫が来てるって翡翠が言ってましたけどっ、本当ですかっ!?」
「あら、妹じゃない」
脳天気な声に、秋葉はきっとまなじりをつり上げた。
「貴方に妹呼ばわりされる覚えは無いって、何度言えば判るんですかっ!」
「だって、あんた志貴の妹じゃない。だったら、志貴とわたしが結婚しちゃえば、あんたはわたしの妹ってことよね〜」
アルクェイドの言葉に、さらにまなじりをつり上げる秋葉。
「……やはり、貴方にも、遠野家のしきたりというものを覚えていただく必要がありそうね」
「ふぅん、そんなのがあるんだ〜。志貴、知ってた?」
だから俺に話を振るなっ!
「あら、兄さんは遠野家の長男なんですから、当然ご存じですよね」
にこやかに言う秋葉。でも目が笑ってないっ。
一触即発の雰囲気の中、不意に救いの神が現れた。
「あらあら、みなさんこちらにいらっしゃったんですか〜」
のんびりした口調で琥珀さんが顔を出した。そして俺に尋ねる。
「志貴さん、こたつはありましたか?」
「え? ええ、ここに。でも使い方がよく判らなくて……」
「あらまぁ、そうなんですか? それじゃわたしが教えて差し上げましょうか?」
「ええっ、琥珀さん知ってるんですか? 是非教えてくださいっ」
と言うか、とりあえずアルクェイドと秋葉が激突するのを避けられるならなんでもよかったのだが。
わからない。
確か、琥珀さんに、ほりごたつの使い方を習っていただけのはずなのだが。
「それじゃ、火を付けますよ〜。みなさん注意してくださいね」
シュボッ
こたつの上に乗せられたカセットコンロに火を着けると、琥珀さんは翡翠に言う。
「それじゃ翡翠ちゃん、そのお鍋を乗せてちょうだい」
「はい、姉さん」
頷いて、鍋をコンロに乗せる翡翠。
俺は秋葉に尋ねた。
「いいのか、秋葉は?」
「まぁ、たまにはこういうのもいいでしょう。でも……」
秋葉がじろりと、アルクェイドを睨む。
「どうしてこの人まで一緒なんですか」
「あ、わたしは気にしてないから大丈夫よ、妹」
ひらひらと手を振るアルクェイド。
「私が気にするんですっ!」
「あ、いけませんよ秋葉さま。お鍋がひっくり返ったら大変ですから、大人しくしててくださいね」
琥珀さんに言われて、しぶしぶ座る秋葉。
ちなみに、皆のポジションはこう。
俺・アルクェイド
秋葉 □ 翡翠
琥珀
ちなみにレンはというと、アルクェイドと翡翠の間のところで、布団にくるまって丸くなっている。
「まったく。どうして兄さんとあの泥棒猫が並んで座ってるわけよっ」
ぶつぶつと呟く秋葉。
「そう言われても、こたつは四角いんだからしょうがないだろ。それとも秋葉は、翡翠や琥珀さんに、この寒いのにこたつから出てろって言うのか?」
「冷たいよね〜、妹は」
俺の言葉にアルクェイドがからかうように続けると、秋葉は真っ赤になって言い返した。
「そ、そんなことまで言ってませんっ!」
いかん、これではさっきの二の舞。
俺は慌てて話を逸らした。
「ところで琥珀さん、今日の夕御飯は鍋にしようって最初から決めてたの?」
「いいえ。さっきまでは普通に作ってたんですけど、翡翠ちゃんがアルクェイドさんが来てるって教えてくれたから、急遽お鍋ってことにしたんですよ」
「ナイスだ琥珀さん」
思わず親指をぴっと立てると、琥珀さんは嬉しそうに微笑む。
「いえいえ〜」
「……兄さん、何がどうナイスなのかしら?」
「まぁまぁ秋葉さま、落ち着いてください。それじゃ、そろそろ煮えた頃ですね」
そう言って、琥珀さんが土鍋の蓋を取った。
ぶわっと上がる湯気と同時に、美味しそうな香りが俺達の鼻をくすぐる。
が。
「し、しまったぁ! 眼鏡が曇ってなにも見えないっ!!」
かといって、眼鏡を外して鍋の死なんか見てしまっては、食欲の無くなること請け合いである。
うう、遠野志貴、鍋を前にして戦線離脱の大ピンチだ。
「志貴さま、わたしがお取りしましょうか?」
「あ、いや、それじゃ翡翠が食べてられないだろ」
「ですが……」
「ねぇねぇ志貴〜、これどうやって食べるのっ?」
アルクェイドが、俺の陥ってる状況など知らぬ気に、脳天気な口調で訊ねた。
秋葉が、ふんと鼻で笑う。
「これだから教養のない人は困ります。こういうのは、直接こう……」
止める間もなく、鍋から直接白菜を口の中に放り込む秋葉。と、一瞬で耳まで真っ赤になった。
ちなみに、鍋の中身は水炊きである。
「〜〜〜〜〜っ!!」
「あ、はい秋葉さま、お水です」
琥珀さんがタイミング良く差し出したコップを掴み、一気に飲み干して、大きく息を付く秋葉。
「どうした秋葉。熱かったか?」
「に、兄さんっ! 知ってたなら教えてくださいっ!」
「いや、いきなりそんな豪快な事をするとは……。もしかして、鍋は初めてとか?」
「ええっと、それはその……」
「はい。今まで秋葉さまには、こういうお料理を出したことはありませんし」
なんとか言いつくろおうとする秋葉を、ものの一撃で粉砕する琥珀さん。
「なぁんだ。妹も初めてなんじゃない」
「そ、それが悪いんですかっ!」
あ、逆ギレ。
「どうせ私は、こういう庶民的な食べ物なんて食べたことないですよっ!」
おまけに拗ねるし。
「ねぇねぇ志貴〜、教えてよぉ〜」
「兄さんっ、そんな人はほっといてもいいですから、妹である私に、ちゃんと教えてくれないと困りますっ!」
いや、それよりも切実な問題として、俺の眼鏡は未だに曇ったままなんだが。
翡翠に眼鏡拭きを借りて視界をクリアにしてから、俺はアルクェイドと秋葉に水炊きの食べ方を実践してみせた。
「で、こう、取り皿に取れるだけ取っておくのが基本だ」
「志貴さん、そんなに溢れんばかりに取るのは、基本じゃないですよ」
琥珀さんが笑いを抑えながら言う。
って、なにっ!?
「ホントか翡翠!?」
こくんと頷く翡翠。
「おかしいな。……あ、でも待てよ。確かに有間の家ではそんなには取らなかったっけ」
でも、有彦のところで鍋を囲むと、取れる分を最初に確保しておかないと、安心して食えなかったからなぁ。
とすると、これは乾家のローカルルールなのか?
「それに、そんなに大量に取っちゃうと、あっという間にポン酢が薄くなっちゃいますよ」
「はい」
琥珀さんの言葉に頷く翡翠。
「ううむ。……ええと、そういうことらしいぞ、アルクェイド、秋葉」
「ええ〜っ? もう取っちゃったよ〜」
「……兄さん、そういうことはもっと早く言ってください」
既に取り皿に山盛りに野菜を積み上げた2人が、ぷぅっと膨れて俺を見る。
「それじゃ、これは返すね〜」
「わわっ! 待てアルクェイドっ!!」
そのまま鍋に野菜を戻そうとするアルクェイドを慌てて止める。
「どのような理由があれ、取り皿に一度取ってしまった分は、全て自分で食べなければならないんだ! それが掟だ!」
「……本当なの、琥珀?」
疑り深そうに琥珀さんに尋ねる秋葉。
琥珀さんは「はい」と頷いた。
「それは志貴さんの言われる通りですよ、秋葉さま」
「そ、それなら仕方ないわね……」
はぁ、とため息をついて、山盛りになっている野菜に箸をさす秋葉。
一方のアルクェイドはというと、意外にもにこにこしながら、春菊やら長ネギを口に運んでいる。
おまけに箸の使い方も堂に入ったものだ。
「アルクェイドが箸を使えたとは知らなかったな」
「あれ? 前にも使ってたじゃない。ほら、志貴がラーメン作ってくれたとき」
言われてみれば、そんなこともあったっけ。
「あのラーメン、美味しかったなぁ」
白菜を箸でつまんだままうっとりとするアルクェイド。
「……へぇ、兄さんってば、そんなことしてたんですか」
う。秋葉の方から冷気が流れてきているような気がする。
「私は何も兄さんに作ってもらったことないのに」
「遠野家の長男たる者、台所に立つ必要なんてありません、って言ったのは秋葉だろうが」
「そ、それはそうですけど……」
うっと詰まる秋葉。
「でもだからって兄さんがそんな女のために料理を作るなんて……、それくらいなら私に作ってくれてもいいじゃないですか……」
「え? そんな小さな声でぼそぼそ言っても聞こえないぞ」
「なんでもありませんっ!」
俺が聞き返すと、秋葉は真っ赤になって大声を出すと、そのまま猛然と野菜を口の中に放り込み始めた。
「ど、どうしたんだ秋葉?」
「ふぉっふぉひへふらふぁい!」
口の中に野菜を詰め込んだままでそう言うと、もぐもぐ口を動かす秋葉。
「ほっといてください、って言ってます」
それを律儀に通訳する翡翠。
「あ、そう……」
ま、いいか。
俺は秋葉の皿が空いたのを見て、声を掛けた。
「秋葉、その皿貸してみろよ。俺が取ってやるから」
「えっ? あ、はい……」
びっくりしたように俺を見てから、おずおずと皿を渡す秋葉。
俺は適当に見繕って、煮えた野菜や鶏肉をその皿に取ってから秋葉に返す。
「ほら、熱いぞ」
「あ、ありがとう、兄さん」
皿を受け取ってから、秋葉は嬉しそうに微笑んだ。
「あ〜、志貴ってば! 妹ばっかり構ってないで、わたしにも取ってよ〜」
横からアルクェイドが顔を出す。秋葉は一転してむっとした表情になった。
「もう。兄妹の語らいを邪魔しないで欲しいんですけど」
「まぁまぁ。それじゃアルクェイドも皿貸せよ」
俺が戦術をミスしたことに気付いたのは、アルクェイドに具を取ってやっている間に、秋葉が取り皿をからにしてわくわくと待っているのを横目で見てしまったときだった。
30分後。
何とかアルクェイドと秋葉の「取って取って」攻撃から逃れ、それなりに鍋の中身を賞味することが出来た俺は、満足して箸を置いた。
「ふぅ、食った食った。しかし……」
何か物足りない。
俺の表情を読みとったのか、秋葉が呆れたように言う。
「まぁ、兄さんったら。あれだけ食べておいて、まだ足りないんですか?」
「あれ? 志貴ってそんなに食べてた?」
小首を傾げるアルクェイドに、秋葉がちょっと優越感を持って答える。
「兄さんは元々小食なんです。そんなことも知らなかったんですか?」
「むっ。何かと突っかかるわね、妹」
「だから、妹って呼ぶのはやめてって、先ほどから申し上げているんですけど」
うう、普通はお腹が一杯になったら、争い事は起こらないものなんだが、こいつらに取ってはそういう人間の常識は通用しないらしい。
いや、むしろエネルギーチャージ完了って感じ?
「ええっと、とりあえず2人とも落ち着け、な?」
「兄さんはどっちの味方なんですかっ!」
「志貴はわたしの味方だよねっ?」
2人に同時に言われて、俺は深々とため息。
「あのなぁ……。あれ?」
ふと違和感を感じて部屋を見回してから、訊ねる。
「琥珀さんは?」
翡翠が答えた。
「姉さんなら、先ほど、用意するものがあると言って部屋を出ていきました。すぐ戻るそうですが」
と、そこにタイミング良く、琥珀さんが飯びつを持って入ってきた。
「お待たせしました〜。それじゃ、おじや作りますね〜」
「おうっ! それだ、それっ!」
物足りなかったものの正体は、おじやが無かったことだったのだ。
「おじや?」
首を傾げるアルクェイド。
「志貴、なにそれ?」
「まぁすぐ判るって。それじゃ琥珀さん、頼みます」
「はいは〜い」
琥珀さんは笑顔で頷いた。それから、ぽんと手を打つと、背後から一升瓶を2本出した。
「それから、秋葉さまにはこれ、お持ちしました〜」
「ちょ、ちょっと琥珀! なによそれっ!」
「何って、秋葉さま秘蔵の万寿に天狗舞ですけど」
「そんなことは判ってます! どうしてここにそれを持ってきたんですかっ!」
「うーん、何となくです。ほら、秋葉さまにも飲んで忘れたいことがあるかな〜って。でも、いらないんでしたら……」
「琥珀」
秋葉は、コップをぐいっと琥珀さんに突き出した。それから、視線を逸らしてごにょごにょと言う。
「ご、誤解しないでよね。別に忘れたいことなんてないんですからっ」
「はいはい」
笑顔で冷酒をコップに注ぐ琥珀さん。
「はい、どうぞ〜」
「……」
無言で、ぐいっと飲み干す秋葉。琥珀さんが手を叩く。
「相変わらず、いい飲みっぷりです、秋葉さまっ」
「ふん。褒めても何も出ないわよ」
「ねぇねぇ志貴、妹が飲んでるのってお酒?」
横から訊ねるアルクェイド。
「ああ。アルクェイドも飲んでみるか?」
もう俺もかなり自棄である。
アルクェイドはにっこり笑って、コップを出した。
「飲むっ!」
「へいへい。琥珀さん、ちょっとそれ貸してくれ」
「はぁい」
「……待ちなさい」
俺に一升瓶を渡そうとした琥珀さんを止める秋葉。
「なによ、妹。わたしには飲ませないってこと?」
「そんなけちなことは言いませんっ。私が注いであげますっ!」
そう言って、秋葉は一升瓶を琥珀さんからひったくる。
「あ、そうなんだ。それじゃお願いね〜」
そう言いながら、コップを秋葉の前に差し出すアルクェイド。
「秋葉、まさか注ぐ振りしながらアルクェイドの頭を一升瓶でぶん殴ろうとか考えてないだろうな?」
「……兄さんこそ何を考えてるんですかっ! そんなことしませんっ!」
まったく、とぶつぶつ言いながら、アルクェイドのコップに酒をなみなみと注ぐ秋葉。
「わ、一杯入れるわね〜」
「それくらい入れないと美味しくないんです」
秋葉は、中身の減った自分のコップにも手酌で注ぐと、そのコップを掲げた。
「それじゃ、乾杯」
「うん、いいけど、何に乾杯するの?」
「そうですね……」
秋葉はちらっと俺を見てから、くすっと笑った。
「兄さんの優柔不断に」
「オッケー。それじゃ、志貴のだらしなさに」
おいおい。
「乾杯!」
チンッ、と軽くぶつけて、2人はそれぞれのコップに口を付けた。
「わ、美味しい」
「でしょう? ふふっ」
感心した声を上げるアルクェイドに、にこやかに笑う秋葉。
「日本のお酒って、けっこういけるよ志貴」
「へいへい。どうせ俺は優柔不断でだらしないですよ」
「あら、拗ねてるんですか、兄さん」
「ったく、こういうときだけ同盟を結びやがって。汚いぞ」
「あははっ、志貴ってば可愛い〜」
「はぁい、おじやが出来ましたよ〜」
またいいタイミングで琥珀さんが声を挟んだ。
3時間後。
「……しかし、それにしてもアルクェイドも大したもんだな」
「へっ、何が?」
けろりとした顔のアルクェイドに、俺は苦笑した。
「何がって、秋葉を酔いつぶしたのはお前くらいだぞ」
「そっかな。えへへっ」
なんだか嬉しそうに笑うアルクェイド。
その秋葉はというと、先ほど琥珀さんに連れられて部屋に強制送還されたところである。
翡翠はそれよりずっと前に、秋葉に冷酒を強制的に飲まされてそのままダウンして、これまた部屋に強制送還。
つまり、今この離れにいるのは、俺とアルクェイドとレンだけである。もっとも、レンもすやすやと眠っているので、起きているのは残りの2人だけ、というわけだ。
と、不意にアルクェイドがしなだれかかってきた。
「志〜貴」
「なんだよ」
「えへへ〜。なんでもない」
アルクェイドは、俺の胸に頭をもたれかけさせたまま、目を閉じた。
「こうしてるとね、志貴の心臓の音が聞こえるんだ」
「……お前って、意外と甘えん坊だよな」
「ふ〜んだ」
拗ねたように唇を尖らすと、不意にアルクェイドは頭を上げた。
「あれ?」
「……どうした?」
聞き返す俺に構わずに立ち上がると、アルクェイドは障子を開けた。
外は、いつしか白く染まっていた。
そして、さらに空から次々と落ちてくる、白い欠片。
「……雪か」
「うん」
頷いて、障子を開けっ放しにして戻ってくると、アルクェイドは再び俺の隣に潜り込んだ。
「こたつって、あったかいんだね〜」
「……そうだな」
「……今までにも、雪を見たことはあったけど……。いつもは邪魔なだけだったけど……」
白い姫君は、しみじみと呟いた。
「雪って、こんなに綺麗だったんだね……」
「……ああ」
俺は、そっとアルクェイドの肩を抱き寄せた。
今夜はこんなにも……、雪が、綺麗だ。
あとがき
月姫SS。
まずは表のヒロインことアルクェイドからいってみよう、というわけで。
ちなみに月姫というのは〜、という説明は面倒なので省略します(笑)
なお、この作品は、CROISSANT発行の同人誌『Croissant』に掲載されたものを加筆修正しました。
01/9/26 Up 01/9/27 Update