突撃! 小鳥の晩御飯
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昼休み、俺はE組の教室を訊ねた。
月・水・金曜日は、小鳥と唯子、2人揃ってのおべんとタイムなので、時々襲撃してはつまみ食いをしているのだ。
「……で、どうしてキミまでここにいるのかね、御剣クン?」
「いいじゃん、別に」
「あやや、ふ、二人とも、喧嘩しちゃダメだよう」
あわあわしながら俺と御剣の間に割って入る小鳥。
「えへへ〜、唯子のにんじん〜」
そして、小鳥作の弁当を幸せそうにつつく唯子。って、おいっ!
「くぉら、唯子っ! 一人でのほほんと弁当食ってるんじゃねぇっ!」
「へっ? あ、真一郎も欲しいの? でもあげな〜い」
「あ、し、……相川くん、私ので良かったら、食べてもいいよ」
御剣がいるせいか、「ちょっとだけ他人モード」の小鳥。
「おう、それじゃ遠慮無く」
俺は素早く箸を伸ばして、唯子の弁当箱からにんじんをかっさらった。
「わっ! それ唯子のっ……」
「ふふふ、油断大敵だよ、唯子クン」
「……唯子のにんじん……。ぐっすん……」
……それぐらいで涙ぐむなよ、唯子も。
「……相川、いくら飢えてるからといって、女の子の食事を横から奪うのは感心しないぞ」
「ふぇぇん、いづみちゃぁん、真一郎が唯子の取ったぁ〜」
「御剣も横からしみじみ言うなっ。唯子も御剣に泣きつくのはやめいっ」
「し、真くん、あんまり大声出すと……」
俺の制服をくいくいと引っ張って、小声で言う小鳥。はっと気付くと、教室に残っていた生徒達の注目の的になっている俺達。
「……こほん」
俺は咳払いして、椅子に座り直す。その俺の前に、小さな弁当箱が差し出される。
「はい、真くん。好きなの取っていいから」
「悪いな、小鳥」
とりあえず鶏の煮染めを摘んでみる。うん、相変わらずいい仕事してるな、小鳥も。
次は、このウィンナー辺りを……。
「それにしても、野々村が一人で作ってるのか、これ?」
「う、うん」
御剣に聞かれて、こくりと頷く小鳥。
御剣は、箸に摘んだウィンナーを口に放り込んで、うむと頷く。
「大したものだ。実家の義姉さまにも匹敵する腕だぞ、これは」
「そ、そんなことないよう……」
へにょへにょに照れる小鳥。
ま、小鳥の料理の腕は、俺も認めているところだしな。
そう思いながらウィンナーを口に運んで噛みしめ……。
がちん
歯が空しく噛み合う。
「……」
「お、どうしたんだ相川?」
もぐもぐと口を動かしながら訊ねる御剣。
「み〜つ〜る〜ぎ〜」
「あっはっはっ、修行が足りんぞ相川。んじゃごちそうさま」
そう言い残して、窓から飛び出していく御剣。
俺はその後ろ姿に向かって拳を振り上げた。
「てめ、この男女っ! しっぽ忍者っ! それから、ええと……」
「しっ、真くん……」
小鳥の声に我に返ると、またしても教室中の注目を集めていた。
「……こほん」
またしても、咳払いして席に着くと、俺は訊ねた。
「そういえば小鳥、ふと気になったんだが」
「えっ? なに、真くん?」
「小鳥ってさ、お父さんが家にいるときとか俺や唯子が遊びに行ったときはご飯作るよな?」
「うん。あ、でも真くんが来たときは手伝ってくれるから……」
「あ〜、いやそうじゃなくて。お父さんが忙しくて帰れない時とかは一人じゃん。そんな時とかはどうしてるんだろうなって、ふと思ってさ」
「え? うーん、別に特別なことはしてないけど……」
首を傾げて答える小鳥。
俺なんかだと、面倒なときは夕飯もカップラーメンとかですませちまうんだが、小鳥は一人の時でも晩御飯とか自分で作ってるんだろうか?
むぅ、俺の中でむくむくと頭をもたげる探求心!
「ちなみに小鳥、今日はお父さんは?」
「あ、うん。締め切り日だから帰ってこないって」
早速、チャンス到来。
「真くん、家に来るの?」
「あ、いや行かない」
そう、こういうのは油断させといて不意打ちかますところに意味があるのだ。
ふっふっふっ、見てろよ小鳥。お前の秘密は俺が暴いてみせるからな。
真っ直ぐに家に帰って数時間。
ごろごろと雑誌なんぞ読みながら時間を潰していた俺は、時計を見て立ち上がった。
時は折しも午後6時過ぎ。
よし、出撃……。
トルルルル、トルルルル
いきなり出鼻をくじくように電話のベルが鳴り出した。
ったく、誰だよ、こんな時に。
舌打ちしながら電話を取る。
「はい、相川……」
『やっほー。唯子だよ〜』
「……なんだよ、一体?」
『うん、部活が終わったからぁ、なんとなく。えへへっ』
ったく、暇な奴。
ん、待てよ。
「それじゃ、唯子、今からは暇なんだな?」
『うん、もうシャワーも浴びたし、後は帰るだけだから、暇だけど……。真一郎、何かあるの?』
「よし、それじゃ15分後に小鳥のマンションの前に集合な。なお、小鳥には知られないように」
『えっ? う、うん、いいけど、小鳥には秘密なの?』
「そういうことだ」
俺が答えると、電話の向こうの唯子からも小気味よく返事が戻ってくる。
『了解っ。じゃ』
こういうところは、長いつきあいだけあってツーカーである。
俺は受話器を置いて、ジャケットを羽織った。
15分後。
小鳥がお父さんと2人で住んでいるマンション、『ウィンドヒルズ』の前に、見慣れたポニーテイルがぴょこぴょことやってくる。
「あっ、しんいちろ。お待たせ〜」
「しっ、声がでかい」
「あう」
慌てて口を塞ぐ唯子を、そのまま物陰に引っ張り込む俺。
「……それで、どうしたの?」
ちょっと小声で訊ねる唯子に、俺は説明した。
「これから、小鳥の家を襲撃する」
「……へ?」
「うむ。作戦名は、これだ!」
俺は、出がけに作ってきたものを唯子にびしっと突きつける。
「……しゃもじ?」
「違うっ、ここを見ろっ」
「……ええっと……『突撃・小鳥の晩御飯』?」
「うむ、よく読めたな唯子隊員」
「ど、どゆこと?」
「今日、小鳥のお父さんは帰ってこない。そして俺や唯子とも遊ぶ約束はしていない。つまり、小鳥は今日は一人だ。そんな状態で、小鳥がちゃんと夕ご飯を食べているかどうか、抜き打ちチェックをするのだっ!」
「……しんいちろ、それってどんな意味があるの?」
うぐっ、唯子に突っ込まれるとは……。
「あ〜っ、ええっとだな」
と、俺の頭にぴっと天啓がひらめいた。
「そう、小鳥が何故にあんなに小さいのだと思う?」
「へっ?」
「それは、きっと一人でいるときにはちゃんとしたものを食べてないからだっ! だからあんなに小さいんだ! そうは思わないかね唯子クンっ!」
「そ、そうなのなにゃ?」
「そうともっ」
びしっと押し切る俺。
「これは小鳥の健やかな成長を願う親心というものだ。違うかね唯子クン?」
「そ、そうかも……」
「というわけで、まずは唯子クン、小鳥が家にちゃんといるかどうかチェックだ」
「あ、うん」
頷いて、ピッチを取り出すと、ボタンを押して耳に当てる唯子。
「……あ、小鳥? 今なにしてんの? あ、ううん。ちょっと暇だったから。あ、小鳥も暇だったの? えへへ〜」
話しながら、俺に『OK』のサインを出す唯子。うむ、さすが我が相棒。
「で、晩御飯とかどうしてるのかにゃ? ……え、ああ、今からだったの? うん、うん」
おお、ナイスタイミング。
俺と唯子は、足音を忍ばせながら、マンションの建物に入ると、廊下を歩いて行った。
目指すは、105号室。
「うんうん。あ、いけない、用事があったんにゃ。ええ? あ、うん、ごめんね。それじゃね〜」
ピッ
ピッチを切ると、唯子は俺に尋ねた。
「それで、チャイム鳴らして突入?」
「てゆうか、小鳥がドアに鍵掛けてないわけないだろ?」
そういうところはしっかりしてるからな、小鳥のやつは。
俺がそう言うのを聞いて、唯子はにまぁっと笑った。そして、ポケットからちゃらりと鍵を出してみせる。
「さて、しんいちろ。これ、なんでしょう?」
「……もしかして、小鳥の家の鍵?」
「あったりぃ」
「……なんで、唯子が持ってんだ?」
「ずぅっと前にもらったの。いつでも遊びに来ていいんだよ、って」
そう言うと、唯子は立ち止まった。
目の前に、105のプレートのついたドア。脇の表札には「野々村」の文字。
唯子は、ゆっくりと鍵を差し込んで、音がしないように回した。
微かに、カチリ、と音が鳴った。
ううむ、ちょっとドキドキ。
俺と唯子は目線で促しあい、結局俺がドアノブを静かに回す。
……カチャ
ゆっくりとドアを開けて、俺達は小鳥の家に上がり込んだ。
何しろ、俺も唯子も週に一度は上がり込ませてもらっている小鳥の家。既に勝手は知り尽くしている。
そのまま足音を忍ばせて、キッチンに向かう。
その足が止まったのは、微かな声が聞こえたから。
「……?」
振り返って、後ろにいる唯子に視線で訊ねる。
“聞こえた?”
“うん”
こくりと頷く唯子。
俺は、もう一度耳を澄ませてみた。
「……っく、ぐすっ」
それは間違いなく、小鳥の泣き声。
俺と唯子は、そぉっとダイニングをのぞき込んだ。
ちょうど俺達に背を向けるように、椅子に座っている小鳥。
その肩が細かく震えていた。
「ひっく……」
テーブルの上からは、湯気が上がっている。
何で、泣いているんだ?
そう思った時、不意に、小鳥の声が漏れた。
「……寂しい……よ……。……うっく……」
……小鳥。
「一人……は……、やっぱり……」
「誰が一人だ、この莫迦トリ」
「えっ?」
ビックリして振り返る小鳥。
「しっ、真くんっ? それに、唯子?」
俺は、そんな小鳥の頭を抱えてぐりぐりとしてやる。
「あいたたたたっ、真くん痛いよぉっ」
じたばたする小鳥。俺はそのままの姿勢で言う。
「これからは、ちゃんと呼べよ。すぐに来てやるからさ」
「……えっ?」
一瞬、小鳥の動きが止まる。
「し、真くん?」
「こうやっていじめるためになっ。おらおらっ!」
「いたたたっ、や、やめてようっ、真くんっ」
もうちょっとぐりっとしてから解放すると、俺は振り返った。
「よし、唯子、帰るぞっ。……唯子?」
「ぐすん。ごめんねぇ、小鳥〜」
唯子はぼろぼろと泣いていた。
「唯子……」
「あたし、気付かなくて……。小鳥、寂しかったんだぁ……。うぇぇん」
もらい泣きするなよなぁ、唯子。
「だ、大丈夫だよっ、私は……。だから泣かないで。ね、唯子」
「うくっ、うぇぇん」
それから、唯子をなだめるのに30分を要した。
「ぱくぱく。うにゃぁ、やっぱり小鳥のご飯は美味しいにゃぁ」
「うん。どんどん食べてね。あ、真くんも遠慮しないでね」
「おう」
それから、俺達は一緒に夕飯を食った。
「でも、真一郎も、いいとこあるよね」
「なっ、なんだよ、唯子?」
「だって、小鳥が寂しがってるって判ってて、あんな作戦思い付いたんでしょ?」
「作戦?」
小鳥が訊ねる。
「そうだよ。真一郎、こんなのまで作ってたんだから」
げ、あのしゃもじは!
「えっ? ……『突撃・小鳥の晩御飯』……?」
「うん。それだけ小鳥のことを心配してたんだよね〜」
俺はとりあえず、唯子の頭を叩いた。
ぽかっ
「うにゃっ。なにすんの真一郎」
「うるさいっ。いじめてやるっ」
「うにゃぁぁぁぁ」
「しっ、真くんっ、ちょっと落ち着いてようっ」
結局、俺達はこういうバランスがいいんだな。
俺がいて、小鳥がいて、唯子がいる。この3人の関係が。
だから、俺は、小鳥が寂しくないようにしてやりたい。
……今は、それだけ……だよな?
「真くん。……ありがと」
「……ばーか」
「あは、真一郎、照れてる〜」
あとがき
突撃! 小鳥の晩御飯 01/6/13 Up