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とらいあんぐるハート Short Story #7

天使の歌声

おことわり
これは、『とらいあんぐるハートonTV 第17話「天使の歌声」』を、出来るだけ原作に忠実にノヴェライズしたものです。

「うーん、困りましたねぇ……」
「そうですわねぇ……」
「どうしたものでしょうか……」
 放課後に開かれた緊急ホームルーム。みんなの口から出るのは、ため息ばかりだった。

 私が聖祥学園に入って初めての学園祭が、いよいよ明日に迫っていた。
 毎年、聖祥の学園祭では、全学年がクラス対抗の合唱コンクールをするのが恒例になってて、当然、私たちのクラスもずぅっとその練習をしてたんだけど……。
「……」
 私の隣に座っていた理恵ちゃんが、すまなさそうな顔で、メモを私に手渡した。
『本当にごめんなさい』
「あ、ううん。理恵ちゃんがそんなに気にすることないよ。仕方ないもんね」
「……」
 肩をすぼめて、ますますしょぼんとする理恵ちゃん。
 私の大親友、佐伯理恵ちゃんは、この合唱で大事なソロを任されてたんだけど、ひどい風邪を引いちゃって、声が出ない状態になっちゃったの。
「でも、このままソロ抜きで合唱をやるわけにもいきませんから、代役を立てるしかないわね」
 壇上の委員長さん(ちなみに、合唱では指揮者役)はそう言って、眼鏡をくいっとずらした。そして私を見る。
「仁村さん」
「えっ? あ、はい」
 思わず立ち上がった私に、委員長はきっぱりと言った。
「仁村さん、佐伯さんの代役で、ソロをやってもらいます」
「はい……。って、ええーーっ!?」
 ど、どうして私っ!?
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。私の他にも、もっと上手い人がいっぱいいるじゃないですかっ!」
「もっと時間の余裕があるなら、そうします」
 あっさりと言う委員長さん。
「でも、時間がありません。今から他の人にソロパートを覚えろと言っても無茶です。それは認めますよね?」
「は、はい……」
「そして、仁村さんはソロパートを覚えてますよね?」
「それは……そうだけど……」
 理恵ちゃんの練習にずっと付き合ってたから、確かに覚えちゃってるのは覚えちゃってるんだけど……。
「でも、私……」
 困ってると、くいっと制服が引っ張られた。
 そっちを見ると、理恵ちゃんがにこにこしていた。
 あ、反射的に読んじゃった……。
 私を代役に推薦したのって、理恵ちゃんなんだ……。

 結局、断る事も出来なくて、私がソロをすることになっちゃった……。

「わぁ、すごい!」
 夕ご飯の席でそのことを話したら、真っ先に愛お姉ちゃんが喜んでくれた。
「ふぅん、知佳がソロねぇ。どんな失敗するか見物だな。けけ」
「お、お姉ちゃん!」
 真雪お姉ちゃんは、くわえ煙草を吹かしながら、にまっと笑った。うう、プレッシャーだよぉ。
 ところで……。
「あの、ゆうひちゃんは?」
「あ、ゆうひなら、今日は帰って来ないかもしれないって、さっき電話あったぞ。なんか、音大の友達とカラオケに行くって言ってたな」
 耕介お兄ちゃんが、キッチンからお皿を運びながら教えてくれた。
 って、ええーっ!?
 ど、どうしよう?
「どうしたの、知佳ちゃん?」
 みなみちゃんが、私が顔色を変えたのを見て、驚いて訊ねる。
「あう……。ゆうひちゃんに、色々と教えてもらおうって思ってたから……」
「今回ばかりは緊急事態ですから、ゆうひさんに連絡を取って、事情を説明した方がいいのでは?」
 薫さんが口を挟んでくれた。耕介お兄ちゃんも頷く。
「それもそうだな。わかった。ゆうひの携帯に電話してみるよ」
「あ、でも、ゆうひちゃんに悪いよ……」
「気にするなって。こういうときこそ、さざなみ寮お笑いコンビの片割れの出番じゃないか」
 笑って、電話を掛けに行く耕介お兄ちゃん。
 しばらくして、声が聞こえてくる。
「あ、ゆうひか? 今ちょっといいか? 実は……」
「それで、なんだっけ? その合唱曲って」
 真雪お姉ちゃんに聞かれて、私は答えた。
「『リフレイン』だよ」
「あ、それなら、私、知ってますよ」
 愛お姉ちゃんが、嬉しそうに言った。真雪お姉ちゃんも肩をすくめる。
「そりゃそうだろ。風芽丘の合唱コンじゃ、定番だからな」
「あ、風芽丘にも合唱コンクールってあるんだ」
「確か去年も、うちじゃなかったですが、別のクラスが歌ってました。……あれ?」
 言いかけて、薫さんが小首を傾げた。
「でも、『リフレイン』に、ソロパートなんてなかったような……」
「うん。今回は、特別にソロパートを編曲したんだとか言ってたんだよ」
 私が答えると、「なるほど」と頷く薫さん。
 と、耕介お兄ちゃんが戻ってきた。頭を掻きながら言う。
「今からちょっとゆうひを迎えに行って来ます」
「「戻ってもええけど、迎えに来てな〜」って言われたんだろ?」
 真雪お姉ちゃんに言われて、頷く耕介お兄ちゃん。
「さすが真雪さん。その通りっす」
「けけ。ま、知佳のためだ。せいぜい働け、管理人」
「お、お姉ちゃん……。ごめんね、お兄ちゃん」
「いいって。でもバイクだとあいつ寒いって文句言うしなぁ……」
「しょうがねぇな。ほれ、使え」
 真雪お姉ちゃんが、ポケットからセダンの鍵を出して、耕介お兄ちゃんに投げ渡す。耕介お兄ちゃんは、慌ててそれを受け止めた。
「おっと、すんません。んじゃ知佳、1時間くらい待っててくれ」
「はーい」

「……うう」
 それからしばらくして。
 私は自分の部屋で、楽譜を前にして、涙目になっていた。
 確かに理恵ちゃんと一緒にやってたから、ある程度は覚えてたつもりだけど、やっぱり自分でやってみると、全然うまくできない。
 どうしよう……。やっぱり、引き受けるんじゃなかったよ……。
 と、その時、不意にノックの音がした。
 時計を見ると、まだ15分。車の音もしてないから、お兄ちゃん達じゃない。
「はーい」
「知佳ちゃん、練習中にすまない。十六夜が話をしたいって言うから」
「すみません」
 薫さんと十六夜さんの声。
 私は立ち上がって、ドアを開けた。
「はい?」
「じゃ、私は部屋におるけん」
 そう十六夜さんに言い残して、薫さんは自分の部屋に戻っていった。
 私は、十六夜さんの手を取る。
「どうしたんですか?」
「はい、薫から話を聞きまして。歌を歌われるとのことで、何も出来ませんが、せめて激励などと思いまして……」
「そんな。わざわざありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げると、十六夜さんはそっと手を私の頬に当てた。
「……?」
「少し、熱くなってます。本番まであまり酷使されぬよう……」
「あ、うん……」
「月並みかも知れませんが……、頑張り過ぎぬよう、頑張ってください」
 にっこり笑う十六夜さん。
「……ありがとう、十六夜さん」
「いえ、そんな」
 十六夜さんは、すっと私から離れると、「それでは」と言って姿を消した。
 私は机の前に戻って、もう一度、譜面に視線を落とした。
 ……あう、これ、どうやって歌うの?
 理恵ちゃん、どうやってたのかな……。あう、判らない。
 チッチッチッチッ
 秒針が時を刻む音が、やけに耳に付く。
 時間だけが、どんどん過ぎていく……。

 トントン
「知佳ちゃーん、援軍到着や〜」
 ノックの音と、ゆうひちゃんの声がした。
「あっ、ゆうひちゃんっ!」
 ドアを開けると、ゆうひちゃんと、その後ろに耕介お兄ちゃん。
「って、どないしたん、知佳ちゃん」
「ふぇぇん、ゆうひちゃ〜ん」
 私は、ゆうひちゃんに抱きついて、泣き出していた。
 一瞬驚いたみたいだったけど、ゆうひちゃんは私の髪を撫でてくれた。
「ほらほら、泣かへん泣かへん。ごっつぅ美人が台無しやで」
「だって、うくっ……うぇぇん」
「そや、翠屋のシュークリーム買ってきたんや。下で食べよ。な?」
「金出したのは俺だろ?」
「まぁまぁ、耕介くんも、堅いこと言わへんとってぇな、な?」
 耕介お兄ちゃんにウィンクすると、ゆうひちゃんは翠屋のロゴ入りの箱を手渡す。
「そなわけやから、先に下に行ってお茶の用意しとってな」
「え、でも……」
「女の子には女の子の話があるんや。な、知佳ちゃん?」
「へいへい、了解」
 苦笑いして、下に降りていく耕介お兄ちゃん。
 それから、ゆうひちゃんは、私が落ち着くまで、ずっと背中をぽんぽんと叩いてくれた。

「さて、と。楽譜見せてぇな?」
「あ、うん」
 頷いて、机の上に広げていた楽譜を持ってくる。
 あう、恥ずかしくて顔を合わせられないよぉ。
 あんなに泣いちゃったの、久し振りだし……。
「ちょお、借りるな〜。ふむふむ……。♪〜」
 うわ、さすがだなぁ。
 ゆうひちゃんは、楽譜を見ながらハミングを始めてる。初めて見たはずなのに。
 私は、いつの間にか、恥ずかしくなってたのも忘れて、感心してゆうひちゃんを見ていた。
「♪〜……、ん〜、ちゃうなぁ。♪〜。うん、そやね……。あ、ごめんごめん。とりあえず、下、行こか?」
「うん」
 頷いて、私はゆうひちゃんの後に続いて、1階に降りていった。

「♪ララ、ラララ〜、と、こんなとこやね」
「おお」
 パチパチパチ
 リビングで、耕介お兄ちゃんが並べてくれた翠屋のシュークリームと紅茶を前に、私たちはゆうひちゃんの歌ってくれたソロパートを聞いてた。
 でも、改めてすごいんだなって思う。私が泣き出しちゃうくらい難しいパートを、あんなにあっさりと歌っちゃうんだもん。
「なんや、拍手なんて、照れるやんか〜。あ、おひねりはこっちへどうぞ〜」
「誰がやるかっ!」
「あははっ。はい、知佳ちゃん。これ返すわ」
 歌い終わったゆうひちゃんが、笑いながら楽譜を私に返した。
 うう。
 ゆうひちゃんの歌を聴いちゃうと、なんかますます自信無くなったなぁ……。
「でも、やっぱりゆうひさんすごいです〜」
 ちょうど下にいて、シュークリームと歌のお相伴に預かっていたみなみちゃんは、そう言ってから、不意にむーっと考え込む。
「うん、どないしたん、みなみちゃん?」
「あ、別になんでもあらへんです」
 慌てて手を振ると、みなみちゃんはこそっと私に耳打ちした。
「やっぱり胸が大きいと、歌も上手いのかな?」
「えっ? うーん、どうなんだろ?」
 私は苦笑して、耕介お兄ちゃんと何か話しをしてるゆうひちゃんを見た。
 あう……。
「……みなみちゃん、大丈夫。きっとそのうち私たちも……」
「そ、そうだよね。うん……」
 がしっと手を取り合う私たち。
「さて、そやったら、そろそろレッスンに行こか? ……なにしとん、2人で」
 ゆうひちゃんに訊ねられて、私は慌ててみなみちゃんから手を離した。
「あはは、な、なんでもないっ」
「……ま、ええけど。ほな行こか」
「うん」

 シュークリームを食べ終わってから、私はゆうひちゃんのお部屋にお邪魔して、歌の練習を始めた。ゆうひちゃんのお部屋だとピアノがあるから、練習がしやすいからって誘ってもらったのだ。それに、201号室は防音になってるし。
 それから、言われるままに、3回ほど通して歌ってみる。
 ゆうひちゃんの歌を聞いてたせいか、あんなにつっかえていたパートもすっと歌うことが出来た。
 ……けれども……。

「♪〜……」
 ポロン……  ゆうひちゃんは、伴奏を弾き終わった。これで通しの4回目が終わり。
「……はぁ」
「どしたん?」
 思わずため息をついた私に、ゆうひちゃんが尋ねた。私は呟く。
「なかなか、ゆうひちゃんみたいには出来ないなって思って……」
「そりゃそや。1日で知佳ちゃんがうちみたいに出来たら、音大に行ってるうちの立場があらへんよ〜」
 笑うと、ゆうひちゃんはピアノの蓋をぱたんと閉めた。
「えっ? 終わり?」
「そや。これ以上歌ったら、喉痛めてまうからな〜」
「で、でも、まだ10時だし……」
 時計を見て言うと、ゆうひちゃんは笑って私の喉に手を当てた。
「あかんて。喉っちゅうのは意外にデリケートなんよ。うちみたいに毎日歌っとるんならともかく、急に使いすぎたら、肝心の本番で、声、出ぇへんようなってまうって」
「う、うん……」
 でも……。
 そんな私を見て、ゆうひちゃんは柔らかく笑った。
「知佳ちゃん、ちょう、散歩せぇへん?」

 カラカラッ
 サッシを開けると、随分と涼しくなってきた空気が流れ込んでくる。
 それに逆らうように、ベランダに足を踏み込むと、私は深呼吸した。
「おお、さむ。ちょっとベランダは失敗やったかなぁ」
 笑いながら、ゆうひちゃんが私の隣に並んだ。そして、手すりにもたれかかる。
 空には、星が瞬いていた。
 明日もきっと、いい天気。
「……歌って、不思議なもんやで」
 ゆうひちゃんも、夜空を見上げていた。
「本当にええ歌は、口や喉からは出て来ぅへん。ここから出てくるもんや」
 そう言って、とん、と私の胸を叩く。
「そやさかい、知佳ちゃんは、ええ歌が歌える。うん、未来の英国国立劇場満員シンガーの保証付きやで」
「ゆうひちゃん……。ありがと……」
「えへへ、柄にも無いこと、ゆうてもぉたなぁ」
 照れ笑いをすると、ゆうひちゃんは私の頭に手を置いた。
「そやさかい、知佳ちゃん、なーんも心配すること、あらへんって。ちょっとくらい間違っても、アドリブやって平然としとったらええんや」
「あははっ」
 そんなわけにはいかないと思うけど。でも、ゆうひちゃんの言うことを聞いてたら、なんだか気が楽になってきた。
「そだね。せっかくの機会だから、楽しんだほうがいいよね」
「そや。さすが知佳ちゃん、わかっとるなぁ」
 カラカラッ
「あれ? 2人でなに話してんだ?」
「あ、お姉ちゃん」
「真雪さん。こんばんわぁ」
 振り返ると、真雪お姉ちゃんだった。ベランダに出てくると、ゆうひちゃんに声をかける。
「あ〜。うちのへたれ妹が世話んなったね」
「いえいえ〜」
「この礼はいずれするよ」
「ええですよ。あ、でもせっかくやから楽しみにしときます〜」
 顔を見合わせて笑う2人。
 それから、真雪お姉ちゃんは私の頭にぽんと手を乗せて、ゆうひちゃんに訊ねる。
「で、セミプロからみて、うちのへたれはどうなのさ?」
「心配あらへんですよ。あとは舞台度胸だけやないですか? な、知佳ちゃん」
「あはは」
 照れ笑いする私の頭を、真雪お姉ちゃんはごしごしっと撫でた。
「そっか。ま、あたしとしちゃ、なんか派手な失敗してくれた方が、漫画のネタになるからいいんだけどさぁ」
「あ、その手もあったんやなぁ。こら、しもたわ〜」
 うう、2人ともひどい。
 私がうーっと膨れていると、ベランダの向こうからごそごそっと音がした。かと思うと、美緒ちゃんがひょこっと顔を出す。
「お、知佳ぼー、それにゆうひと真雪。なにしてんの?」
「涼んどっただけや。美緒ちゃんこそ、こんな時間にどないしたん?」
「夜の散歩なのだ」
 ひょいっと手すりを飛び越えてベランダに入ってくると、美緒ちゃんはにぱっと笑った。
「あ、美緒ちゃん、ゆうひちゃんが翠屋のシュークリーム買ってきてくれてたよ」
「えっ? どこどこ?」
「耕介くんが冷蔵庫にしまっとったで」
「……だっしゅ!」
 そのままちょろちょろっと寮の中に飛び込んでいく美緒ちゃん。
「ほな、うちらもそろそろお開きにしよか」
「そうだな。ほら、戻るぞボンクラ」
「あ〜。お姉ちゃんひど〜い」
「ケケッ」

 そして、翌日。
 いよいよ学園祭が始まった。

 初日の午前中に、聖祥女子恒例・クラス対抗合唱コンクールは行われる。
 次はいよいよ、私たちのクラス。
 ステージ脇で、みんな出番を待ってるところ。
「本当にごめんなさいね、知佳ちゃん」
 なんとか声は出るようになった理恵ちゃんが、そう言いながら、私の制服の襟を直してくれる。
「ありがと。大丈夫だよ、理恵ちゃん」
「ええ。それじゃ、私はここから見てますから」
 ステージから、拍手が聞こえてくる。どうやら前のクラスが終わったみたい。
 委員長が、みんなに声を掛ける。
「いよいよ、私たちの出番ですわよ」
「はいっ!」
 みんなが声を揃えて返事する。
 舞台係の生徒が呼びに来る。
「次のクラス、スタンバイお願いします!」
「それじゃ、行って来るね」
 私は理恵ちゃんに声を掛けて、幕が下りている舞台に出ていった。
 みんなもその後から続いて出てくると、それぞれの場所に立った。
 最後に委員長が、前の指揮者の場所に立ち、幕がゆっくりと開いてく。

 ……あれっ?
 どうしたんだろ。
 足が、震えてるよ。
 声が、出ないよ。
 歌詞が、思い出せないよ。
 頭の中、真っ白だよ。
 わたし……。

 その時だった。

 ♪るる〜、るる〜

 微かに、どこからともなく歌声が聞こえてきた。
 この声……。

「そやさかい、知佳ちゃんは、ええ歌が歌える。うん、未来の英国国立劇場満員シンガーの保証付きやで」

 ゆうひちゃんだ。ゆうひちゃんが、私のために歌ってくれてるんだ。
 そう思ったとき、初めて私の視線は、客席を捉えた。
 あ。
 真雪お姉ちゃんがいる。愛お姉ちゃんも、耕介お兄ちゃんも。
 3人とも、心配そうな顔で、私を見てる。
 私は、大きく深呼吸した。
 大丈夫。私、一人じゃない。
 だから……。
 ちょうどその時、イントロが流れ始めた。
 もう一度息を吸って。

「本当にええ歌は、口や喉からは出て来ぅへん。ここから出てくるもんや」

 ぐっとこぶしを握って、胸を一つ叩く。
 上手下手じゃない。ここから、歌が出せれば、それでいいんだ。
 ゆうひちゃんは、それを教えてくれたんだよね。
 そして、ソロパート。
 スポットライトが、ぱっと私を照らす。
 私は、歌った。
 私の声が、胸から出ていくように。

 私は、このとき初めて、ゆうひちゃんが歌うたいになりたいって気持ちが、わかったような気がした。

 ♪きっとね、きっとね、笑顔でまた逢えるね
  きっと、当然みたいに
  リフレイン、心はリフレイン
  きっとまた、出逢おうね……

  きっとまた、ねぇ、笑おうね……

 後日。
「いやぁ、体育館の裏で歌っとったら、通る人がみんな変な目ぇで見るんやもん。まいったわぁ」
「ご苦労さん、ゆうひ」
「悪かったね、こんなことさせてさ」
「ま、耕介くんと真雪さんの頼みやもん。断れへんって。でも、2人とも、知佳ちゃんのこと、よぉ判っとるんやなぁ。感心感心、や」
「ったりめぇだって。何年知佳の姉やってると思ってる?」
「俺も、一応知佳の兄なわけだし」
「……耕介、知佳の“兄”としては、一応認めてやるよ。ただし……」
「手を出したら、マジ殺し、ですよね。判ってますって」
「……耕介くんも大変やなぁ……」
「……ゆうひも、肩を叩きながらしみじみ言わないでくれよ。自分の立場を認識してしまうじゃないか……」

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あとがき
 
 天使の歌声 01/6/15 Up

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