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根性よっ!


 ゴホゴホゴホ 俺はベッドの中で咳をしていた。うー、きぼちわるい。
 熱が下がらない。毎年のことだが、今年の風邪は全くたちが悪い。
 あーあ。ホントなら、今頃は俺は虹野さんときらめきスキー場でスキーをエンジョイしてるはずだったのにぃ……。

 それは、冬休みにはいる直前のこと。
 定期テストも終わり、学校全体が冬休みにレディゴーという感じで浮かれているのは毎年のこと。
 俺も、ご多分に漏れず、今年の冬休みは何か良いことあるかもね、などと予想しては浮かれていた。
 そんなある日のお昼休み。
 購買にパンでも買いに行こうと、俺が廊下を歩いていると後ろからチョンチョンと肩をつつかれた。
「はい?」
 振り返ると、虹野さんが立っていた。
「公くん、今からお昼?」
「ああ、そうだけど」
「お弁当、持ってきたの?」
 心配そうに訊ねる虹野さんに、俺は肩をすくめた。
「いや、これからパンでも買いに行こうかなって」
「よかったぁ」
 ホッとしたように、虹野さんは手を胸に当てて一息ついた。それから、またちょっと不安げな顔で俺を見る。
「あのね、ちょっとお弁当作り過ぎちゃって困ってたの。よかったら、食べてくれないかな?」
「いいよ」
 俺がそう答えると、一転嬉しそうな笑顔になる。
「よかったぁ。あ、今日は天気もいいし、中庭で食べない?」
「それもいいね」
「それじゃ、行きましょう!」
 ホントに表情がくるくる変わって、それがまた可愛い。

 俺と虹野さんはお弁当を食べながら雑談していた。
 虹野さんのお弁当は言うまでもなく美味しかった。
「うん、このきんぴらごぼうもなかなか」
「ちょっと辛くないかな?」
「いや。これくらいの辛さがちょうど良いよ」
「よかったぁ。……そういえば、もうすぐ冬休みね。何か予定はあるの?」
 不意に思い出したように、虹野さんは訊ねてきた。俺は首を振った。
「別にないけど。虹野さんは?」
「私は、スキーにでも行こうかと思って」
 そう答えると、虹野さんは、ポンと手を打った。
「そうだ! 公くんも行かない? 冬休みに入って最初の日曜日なんだけど」
「いいねぇ、スキーかぁ」
「いいでしょう?」
 俺は少し考えてから頷いた。
「オッケイ。それじゃスキー場で待ち合わせにするか」
「うんっ!」
 本当に嬉しそうに、虹野さんは頷いた。

 だが……。

 トルルルル、トルルルル
『はい、虹野です』
「あ、主人公ともうしますが……」
『あ、公くん!』
 虹野さんの声が半オクターブ跳ね上がる。いつものことだけど、何をそんなにびっくりすることがあるんだろうか?
『ど、どうしたの?』
「明日なんだけど……ゴホゴホゴホッ」
 受話器を持ったまま咳込むと、電話の向こうから虹野さんが慌てたように訊ねてきた。
『ちょっと、どうしたの? 大丈夫?』
「う、うん。ごめん、風邪引いちゃって、ゴホッ、明日は行けそうにないんだ」
『そうなんだ……。ちょっぴり残念だけど、病気じゃしょうがないよね』
「ホントにごめん。この埋め合わせはきっとするから……ゴホゴホゴホッ」
『いいの、無理しないで。ゆっくり休んで、早く風邪治してね』
 こういうとき、虹野さんの優しさは嬉しい。較べちゃ悪いと思うけど、詩織なんてこないだは……。
 あ、そうだ。
「虹野さん、明日はどうするの?」
『うん。もう用意しちゃったし、私だけでも行って来ようかなって……』
「そうかぁ。それじゃ、俺の分まで滑ってきてよ」
『うん、そうするね。うふふ』
 虹野さんはそう言って笑った。
「それじゃ、ホントにごめん」
『気にしないで、早く風邪治してね。明日帰ったら、また電話するね』
「うん。……ゴホゴホッ」
『あ、ほらほら、もう休んで。あったかくしてね。それじゃ、お休みなさい』
 プツッ
 電話が切れた。

 そして今日。
 風邪は全然治らない。
 俺は脇に挟んで置いた体温計を抜くと、目の前にかざしてみた。
「げ、38度越えてるぞ!」
 自慢じゃないが、俺は平熱が35度くらいしかない。だから、普通の人には微熱程度の37度でも結構きついのだ。それが38度となるともう自爆ものの苦しみである。
 医者に行こうにも、今日は日曜でお休みだ。どうして世間の医者は日曜を休むのだ? 24時間営業してるコンビニがあるんだから、医者も年中無休24時間にすればいいのに、などと理不尽な事を考えながら、ベッドに横になっていた。
 と。
 トルルル、トルルル 不意に電話が鳴った。反射的に時計を見る。
 午後3時。
 まだ虹野さんがスキー報告をするには、早い時間だよなぁ。
 そう思いながら、電話を取った。
「はい、主人です」
『あ、公くん! 私、詩織だけど』
 詩織? どうしたんだろ。それに口調が妙に焦ってるみたいだ……。
「どうしたんだ? 珍しいな、こんな時間に……」
 言いかけた俺の言葉を遮るように、詩織は言った。
『大変なの! 今たまたまニュース見てたんだけど……』
「ニュース?」
 俺はその瞬間、嫌な予感が背筋を走るのを感じた。
 詩織は、電話の向こうで言った。
『きらめきスキー場で雪崩が発生して、スキー客が何人か行方不明になってるんですって。確か、今日虹野さん、スキーに行ってたよね?』
「ああ。……まさか!?」
 俺はそう言いながらベッドから飛び起きた。くらっとするが、それどころではない。そのまま階段を駆け下りて居間に入る。
「あら、公? どうしたの、血相変えて」
 こたつに入ってのんびりと時代劇を見ていたお袋が振り返るが、俺はこたつの上にあったテレビのリモコンを取ってチャンネルを変える。
「あ、こら、公! 何を……」
「ちょっと黙って!」
 俺はお袋を制して、画面を見た。
 画面には、ヘリコプターから撮っているとおぼしき映像が映され、そしてリポーターの声が聞こえてきた。
「ご覧ください。雪崩は、第2ゲレンデを斜めに横切るように流れています。まだ、雪煙が上がっていて、詳しい様子はここから見ることが出来ません。でも、かなりの量の雪が流れたことがわかります。現場から、高山がお送りしました」
 画面が切り替わって、スタジオに戻る。実直そうなアナウンサーが、こちらと手元の原稿を交互に見ながら言った。
「それでは、もう一度、雪崩のニュースを最初からお伝えします。今日午後2時42分頃、きらめきスキー場で雪崩が発生しました。現在のところ、死者は確認されていません。行方不明者は、ご覧の方々です」
 画面の下をテロップが流れる。
 俺は、見覚えのある名前を見て、まさしく凍り付いた。

虹野沙希(17)

 お袋が驚いて俺に言う。
「公! 虹野さんって、あの虹野さん?」
「……」
 俺は無言で頷いた。そして、まだ持ったままだったコードレスホンに気がついた。
「もしもし……」
『あ、公くん。虹野さん……』
「ああ。今ニュース見てる」
 俺は呻くように呟いた。
 画面はまた、ヘリの映像に切り替わった。そして、リポーターの声が聞こえる。
「あ、たった今入りました情報によりますと、防衛隊が救助に出動したそうです。たった今、防衛隊が救助活動のために出動したそうです。また、警察と消防も独自の救援活動に入るという情報が届いております」
(虹野さん……。無事でいてくれ……)
 俺は、テレビに向かって祈ることしかできない自分が腹立たしかった。


 翌朝、俺は止めるお袋を振り切るように玄関を出た。
「待ちなさい、公! まだ熱も下がってないのに、どうする気!?」
「スキー場に行く」
 俺はそう言うと、ジャンパーを羽織った。
「あなたが行っても、どうしようもないでしょう! 警察の人だって、防衛隊の人だって、一生懸命にやってくれてるのよ」
「わかってるよ! でも、ホントなら俺もあそこにいたはずなんだ。それが……。黙ってうちで待ってるなんて出来ないよ!」
 俺は叫ぶと、出ていこうと向き直って驚いた。
「……詩織!?」
 俺の家の門の前に、防寒服を着た詩織が立っていた。
「詩織ちゃん?」
 お袋も怪訝そうに詩織を見た。
 詩織はお袋に頭を下げた。
「私も行きます。だから、公くんを行かせてあげてください」
「詩織……、おまえ、どうして?」
「わかるわよ。幼なじみだもの」
 そう言って、微笑む詩織。
 その俺の頭にポンと手を置いて、お袋は頷いた。
「詩織ちゃん、公を頼むよ」
「お袋……」
 振り向いた俺に、お袋は諦めたように手を広げて見せた。
「行っておいで、公」
「ああ」
 頷くと、俺は歩き出した。その後を、詩織が小走りについてくる。
「無事だといいね」
「無事に決まってる!」
 俺は、そう言いながらも、言い様のない不安に苛まれていた。

 スキー場のロッジは、駆けつけた行方不明者の家族達でごった返していた。
 雪崩の発生直後から始まった救出活動で、既に30人近くが助け出されていたが、依然として10人ほどが行方不明のままだった。
 そして、その行方不明者の中に、虹野さんの名前もまだ残っていた。
 俺は、虹野さんのご両親を見つけて駆け寄った。
「おじさん、おばさん!」
「主人くんか」
 おじさんが俺の声に、やつれた顔を上げた。
 俺は頭を下げた。
「すみません」
「君が謝る事じゃない」
「でも、俺がいれば……」
「貴方がいれば、雪崩が起きなかったわけじゃないわ」
 おばさんが気丈な笑みを見せた。そして、自分に言い聞かせるように呟いた。
「きっと、沙希は生きてるわ」
「そうですよ」
 詩織が頷く。おばさんは、怪訝そうに詩織を見た。
「あなたは?」
「あ、ごめんなさい。虹野さんの同級生で、藤崎詩織っていいます。こんにちわ」
「あなたが、藤崎さんなの。沙希の母です。噂は良く娘から聞いてます」
 おばさんが挨拶しかけたところに、一人の男が飛び込んできた。
「一人が救出されたぞ!!」
 おおっと周囲がざわめき、その男に家族達が殺到する。
「誰が助け出されたんだ?」
「うちの子でしょう!? そうでしょう!?」
「早く言え!」
「落ちついて! 助け出されたのは、名前は不明。18歳くらいの男性……」
 ここで、同じように思わず立ち上がっていた虹野さんのご両親ががっくりと腰を下ろした。
 詩織が、持ってきたディバックから水筒を出すと、コップに湯気の出ているお茶を入れて、二人に差し出す。
「お茶、どうぞ」
「あ、ありがとう」
 おじさんが受け取ると、詩織とお茶を見比べて頷く。
「なるほどな」
「え? どうしたんですか?」
 聞き返す詩織に、おじさんは疲れたような笑みを浮かべる。
「娘がよく言ってたんだよ。藤崎さんにはかなわないなって。その意味が分かるような気がする」
「そうね」
 おばさんも頷いた。
「そ、そんな。私こそ……」
 詩織は、微かに頬を染めながら首を振った。
「虹野さん、お料理上手じゃないですか。私、お料理は全然ダメだから、いつも羨ましいなって思ってたんです。いくら勉強が出来ても、スポーツが出来ても、そういう、なんていうのかな、女の子って部分っていうのかな、そういうところじゃ、私全然虹野さんにはかなわないなって……」
 俺は、すっかり打ち解けた風に話をする3人から離れて、窓に近づいた。
 そこからは、真っ白に染まったゲレンデを、いくつもの黒い点が蠢いているのが見えた。雪崩で埋まったゲレンデと、その上で捜索している人々だ。
 捜索は慎重にしないと、何時また雪崩が再発生するともわからない。二次遭難なんてことは絶対に避けないといけない。
 わかってはいても、俺にはいらだたしさが募るばかりだった。
「公くん、はい、お茶」
「え?」
 振り返ると、詩織が湯気の立つコップを持って、立っていた。
 俺は、コップを受け取りながら聞き返した。
「おじさんとおばさんは?」
「昨日から寝て無いって言うから、ちょっと休んでもらってるわ」
 そう言いながら、詩織は俺の隣りに並んで、窓の外を眺めた。
「……きっと、無事よね」
「ああ」
 俺は頷いて、お茶を飲み干した。喉を、焼けるような熱さが駆け抜けた。

 しかし、意に反して、虹野さんは見つからないまま、時間が過ぎていく。
 そして……。

「捜索中止!?」
 その言葉に、俺は思わず係員に殴りかかりそうになった。
 それに気付いた詩織が、俺の肩を掴む。
「公くん!」
「……」
 既に、まだ行方不明の者は2人だけ。虹野さんと、あと6歳の男の子。
 その子の父親が、腕を三角巾で吊った痛々しい姿で詰め寄る。
「どういうことなんですか!?」
 話によると、親子3人でスキーに来て、雪崩に巻き込まれたのだと言う。幸い、父親と母親は救出されたのだが、まだ息子は行方不明らしい。
 それはさておき、係員は説明した。
「今日のところは、です。もう暗くなりますし、これ以上の捜索は無理です。明日の朝の日の出を待って、また捜索を始めます」
「そんな時間待ってられるか! こうしている今も和宏は雪の下で俺達の助けを待ってるんだぞ!」
「まだ、雪崩の危険性もあります。夜、捜索を実行している間に雪崩が起こったら、それこそ逃げ道はありません」
 係員は冷静に答える。
 虹野さんのおじさんが、その人に歩み寄った。
「待ちましょう。自分たちの子供を信じて」
「……」
 その人は、渋々頷いた。
 俺は、それを見て、そっとロッジから出た。

 月がこうこうと辺りを照らしていた。新雪がそれを照り返し、辺りは予想以上に明るい。
 俺は雪を踏みしめながら歩きだそうとした。
「公くん、何処に行くつもり?」
 後ろから声が聞こえた。
「詩織か」
 俺は振り返った。そして言う。
「虹野さんを捜しに行く」
「そんな! 無茶よ」
「でも、やるんだよ」
 俺はそう言いながら、歩きだそうとした。
「だめっ!!」
 詩織が、飛びついてきた。風邪で弱ってたせいもあって、俺はバランスを崩して、そのまま倒れた。
 その上に乗りかかるようにして、詩織は俺を押さえつけた。
「ダメよ、公くん! そんな危険なこと……」
「でも……」
「もし公くんまで……、そうなったら、私……」
 ポタッ 雫が、俺の頬に落ちてきた。俺は驚いて、詩織を見た。
 月明かりに照らされて、詩織の頬に白い筋が走っていた。
「……詩織、おまえ……」
「行かないで、公くん……」
 詩織はそのまま俺の胸に顔を埋めた。
「行かないで……」
「……ごめん」
 俺は、詩織の顔を俺の胸から引き離した。
「俺、行くよ」
「……公くん……」
 詩織は、涙を拭くと、立ち上がった。
「そう……。私、振られちゃったんだね」
「……」
「ん、わかった。でも、私も行く」
「詩織!?」
「せめて、見守らせて」
 詩織は真剣な顔で言った。俺は頷いた。
「ああ」


 俺と詩織は、スキーを履いて、第2ゲレンデの一番上に来ていた。リフトが動いているはずもなく、ここまで来るのに30分くらいかかっている。
 雪崩は、右から左へとゲレンデを斜めに横切っている。雪が新しいので、月明かりに照らされてその部分だけが光っているように見える。
 詩織が言った。
「お昼に見てたんだけど、みんなゲレンデの部分を重点的に探してたみたいよね」
「どういうこと?」
「つまり……」
 詩織は、左の方を指した。雪崩はゲレンデ脇の森の木々をなぎ倒して、止まっている。
「あっちの方はまだ探していないんじゃないかしら」
「成る程。ゲレンデのはじの方を滑ってたとしたら、そのまま雪崩に弾き飛ばされて森の方に行ってるってことも考えられるよな」
 俺達は頷きあうと、そこから滑り出した。

 ザザッ
 俺は雪をけたてるように止まった。少し遅れて、詩織が俺のちょっと上に止まる。
 俺達は、雪崩が森に入っていった辺りに来ていた。
「このあたりか」
 森の奥の方に、ゲレンデの端を示していたネットが引っかかっているのが見えた。
「何処から探す?」
 詩織が訊ねた。俺は少し考えたが、考えたところでどうなるものでもない。第一、どう探せと言うんだろう?
 と、辺りを見回していた詩織が叫んだ。
「公くん! あれっ!!」
「え?」
 俺は、詩織がストックで指している方を見た。
 見覚えのある黄色いスキーウェア。
「あれは!」
 俺達は、そちらにスキーを進めた。
 ゲレンデから外れると、スキーが沈み込むのがわかる。それだけ、踏み固められたゲレンデよりも雪が柔らかいんだ。
 近づくと、それは木に引っかかったウェアの切れ端なことがわかる。
 手にとって確かめる。間違いなく虹野さんのウェアだ。
 とすると、きっとこの近くに……。
 詩織が言った。
「ここに切れっぱしが引っかかってるってことは、この木にぶつかって、もっと下に流されたんじゃないかな?」
「下か!」
 俺はスキーを走らせた。

 それから2時間。
 俺と詩織はいろいろと森の中を探し回ったが、結局それ以上の者は何も見つからなかった。
「畜生!」
 俺は小声で呟いた。そして、顔を上げて信じられないものを見た。
「……虹?」
「え?」
 その声に、反対側を見ていた詩織も、俺の見ている方に視線を向けた。
 一本の木に、七色の虹が映し出されていたのだ。
「虹? どこに?」
 詩織がキョロキョロしながら訊ねた。詩織には、見えないようだった。
 でも、その時俺には妙な確信があった。
 間違いない。虹野さんはここにいる、と。
 俺はストックを放り捨てて、その木の根元の雪をかき分けていった。
 ものの数分が、ひどく長く感じられた。俺はラッセル車のように雪をかき分けた。
 と、15センチほど掘った俺の指が、何かに当たった。俺は慌てて雪をどけながら、詩織に叫んだ。
「ライト!」
「うん!」
 詩織が持っていたハンディライトのスイッチを入れる。
 その光に、見覚えのある黄色のスキーウェアが映し出された。
「!!」
 俺は、さらに雪をかき分けた。そして、虹野さんを引っぱり出そうとして、気がついた。
 虹野さんが、小さな子を抱きしめるようにしていることに。
「この子、もう一人の行方不明の?」
 詩織が思わず息を呑む。
 俺はまず虹野さんの顔から雪を払いのけ、そしてその口の前にゴーグルをかざしてみた。
 微かにゴーグルが曇る。まだ、呼吸している!
 思わずガッツポーズをしながら、俺は男の子の方を見ている詩織に尋ねた。
「その子は?」
「……」
 詩織は泣き笑いのような表情を浮かべて、言った。
「生きてる。大丈夫みたい」
 俺は虹野さんを背負いながら、詩織に言った。
「詩織、その子を!」
「うん!」
 詩織もその子を抱き上げた。

 俺は、虹野さんを抱いたままロッジに駆け込むと、大声で叫んだ。
「誰か!!」
「お医者様を!」
 後ろで詩織も叫ぶ。
 どうやらまたまんじりともせずに夜を明かしていたらしく、虹野さんのおじさんとおばさんが飛び出してきた。
「沙希!」
「沙希、しっかり!!」
 その騒ぎに、他の人も起き出してきた。
「なんだ?」
「生存者が見つかったぞ!」
「急げ! 救急センターに連絡!」
「湯を沸かせ!」
 大騒ぎの中、虹野さんとその男の子は駆けつけたお医者さんに手当を受けた。

 お正月。
 熱があるくせに、真夜中にゲレンデでうろうろしていたりしたため、結局風邪が悪化して、それから俺はずっと寝たきりとなってしまった。一時は気管支炎の一歩手前まで行ってしまい、なんとか回復してきた頃には、冬休みは半分過ぎているというていたらく。
 虹野さんともあれ以来逢っていない。
 まぁ、命には別状ないってことだし、よかったよな。
 そんなことを考えながら、俺はこたつで丸まっていた。
 と。
 ピンポォン チャイムの音がした。
「誰だ? 親父達なら初詣だぞ」
 ぶつぶつ言いながら、俺は玄関に出て、ドアを開けた。
 そこには、虹野さんがいた。
「に、虹野さん?」
「公くん。あけまして、おめでとう!」
 腕を三角巾で吊って、松葉杖をついたという痛々しい姿だったけど、虹野さんはあの笑みを浮かべてぺこりと頭を下げた。
「う、うん。虹野さんこそ……。でも、入院してたんじゃ……」
「お正月だから、今日だけ家に帰っていいって。でも、その前にここに来ちゃった」
 そう言うと、虹野さんはぺろっと舌を出した。
 そのとき、俺はたまらなくなって、虹野さんを抱きしめていた。
「きゃ」
 小さい悲鳴を上げる虹野さん。
「……よかった。本当に、よかった……」
 俺はそう呟いた。
 虹野さんはその姿勢のまま、言った。
「お父さんとお母さんに聞いたの。公くんが助けてくれたんだって。ありがとう」
「……」
「あたし、雪の中でずっと公くんのこと考えてた。公くんがきっと来てくれるって、信じてた。だから、頑張れたんだと思う……」
 そう言うと、虹野さんは顔を上げて俺を見つめた。そして、ひとこと、言った。
「ただいま、公くん」
「お帰り」
 俺はそう言うと、もう一度虹野さんを抱きしめた。

 後で聞いた話では、あの男の子はたまたま虹野さんが雪崩に巻き込まれたとき、虹野さんの近くにいたんだそうだ。虹野さんのことだから、きっとその子を守ろうとしたんだろう。
 そう言ったら虹野さんはしきりに照れまくって「そんなことないよ」と笑っていたけど。
 ちなみに、その子は虹野さんが抱いて守ってたせいで特に怪我もなく元気に退院していったそうだ。
 虹野さんは腕の骨と足の骨を折っちゃったそうだけど、医者曰く「ぽっきり折れた方が治りが早いんです」ということで、冬休みが終わるまでには退院できそうだということだ。

 それにしても、あの時の虹はなんだったんだろう?
 後で良く考えてみると、月の光を、たまたまその木についていた氷がプリズムのように映し出していたのかもしれない。
 でも、俺はそうとは思えなかった。
 あれは、俺だから見えたんだと……。
 そう思いたい。

《終わり》

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