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沙希ちゃんの平穏な日常


 トントントントン
 リズミカルな音と一緒に、野菜がどんどん小さくなっていく。
 もう包丁にもすっかり慣れちゃった。もしかしたら、鉛筆よりもよく握ってるかもね。
 お鍋に油を敷いて、コンロに火をつける。
 近頃クラブも大変だもんね。栄養つけてあげなくっちゃ。
 野菜とお肉の彩りも考えて、タッパーに詰めていく。
 あたしの想いも込めて。……なんちゃって、ね。
 今日のご飯には、何を乗せようかなぁ。
 昆布にしようかな? 海苔がいいかな?
 あ、そうだ。確か明太子があったよね……、冷蔵庫の一番上に……あったあった。
 これを焼いてほぐして、上にパラパラッと乗せればいいよね。
 デザートは、昨日買ってきたグレープフルーツを、ざっくりと切って入れて……。
 これでよしっと。

 じゃ、行って来ます!

 教室に入ったら、ひなちゃんと出くわしちゃった。珍しいね、ひなちゃんが朝から来てるなんて。先生に、「今度遅刻したら補習だ」って脅されたのかな?
「あ、ひなちゃん、おはよー」
 声をかけたら、ひなちゃん、めざとくあたしの下げてる袋を見て聞いてきたの。
「あら、沙希。あれぇ、その大きな手提げ袋、何なの?」
「え? お弁当だけど」
「お弁当? なんだかぁ、一人分にしてはぁ、多くないぃ?」
「い、いいじゃないの」
 あたしは慌てて手を振ったの。
「ははぁーん。さては、誰かと一緒に食べるのねっ!」
 あたしをぴしっと指さすひなちゃん。
「そして、そのお相手はぁ」
「だめーっ!!」
 あたし、慌ててひなちゃんの口をふさいだ。
「だめだめ、それ以上言ったらだめだってぇ」
「もがー」

 4時間目ももうすぐ終わり。
 あたしは腕時計をちらっ、ちらっと見てる。
 秒針が妙にスローモーションかけてるみたい。
 早く時間にならないかなぁ。
 先生は黒板に何か書いてるけど、今のあたしの頭の中は、そんなことは受け付けてないの。
 今日はどうやって誘えばいいのかなぁ。
 毎回「お弁当作り過ぎちゃって」じゃ、変よねぇ。
 でも、「あなたのために、作ってきたの」なんて、恥ずかしくって言えるわけないじゃないのぉ。
 そんなこと言って、もし「あ、ごめん。今日はいいよ」なんて言われたら、大ショックだもんね。
 うーん、うーん。
 じゃあじゃあ、……あーん、思い付かないよぉ。
 頭を抱えた途端、チャイムが鳴り出す。
 キーンコーンカーンコーン
「じゃあ、今日はここまで」
「起立! 礼!」
 途端に教室がざわめきだす。
 あたしは手提げ袋を持った。そのまま教室をとびだしてく。
「あ、沙希ぃ!」
「あとでね、ひなちゃん!」
 何か声をかけようとしたひなちゃんにそれだけ言うと、あたしは廊下を走ったの。

 まだ、いてくれるよね?
 あたし、全速で廊下の角を曲がる。
 ドシン
「きゃっ」
 あたし、向こうから来た人とぶつかっちゃった。倒れかかったところをその人に引っ張られて、何とか体勢を立て直す。
「ごっ、ごめんなさい」
「こっちこそ……、あれ、虹野さん?」
「あ」
 びっくりしちゃった。だって、本人とぶつかっちゃうなんて。
「どうしたの?」
 そうだ、言わなくっちゃ。
 えっと、えっとぉ……。
「あのね、今日もお弁当作り過ぎちゃったの。一緒に食べない?」
「ほんと? もちろん、ご一緒させていただくよ」
 よかったぁ。
 あたし、ホッと息をついて、顔を上げたの。
「それじゃ、中庭に行きましょ」

「どう? おいしい?」
 聞いてみる。だって、それが一番気になるんだもん。
「ああ、とっても。虹野さんって、いいお嫁さんになれるよ」
 笑って言うあなた。
 あたし、その瞬間真っ赤になっちゃった。
 だって、お嫁さんってあなたが言ったとき、あたし思わず思い浮かべちゃったんだもん。ウェディングドレス着てるあたしと、その隣でタキシードを着てる……あなたを。
「……どうしたの?」
 はっと我に返ると、あなたがあたしの顔を覗き込んでる。
 あたしは慌てて首を振って誤魔化したの。
「なっ、何でもないのよ。いっぱいあるから、どんどん食べてね!」
「うん。お、この空揚げ美味いなぁ」
「ほんと? 嬉しい」
 あなたが喜んでくれるのが、とっても嬉しいの。
 あたし、声には出さないで、心の中で呟いた。だって、声に出すのは恥ずかしかったんだもの。

「おいしかったよ。それじゃ、また」
「うん。またね」
 昼休みも終わり近く。あたしとあなたはそれぞれの教室へ。
 あたしが鼻歌を歌いながら教室に戻ってくると、ひなちゃんが声をかけてきた。
「ごきげんね、沙希」
「うん。あたし、今すっごく機嫌がいいの」
 あたしがにこにこしながら答えたら、ひなちゃんげんなりしちゃった。
「はいはい。幸せそうでなによりね」
「うん」
 あたしは手提げ袋を机の横に引っかけながら、にこっと笑って見せたの。
「あたし、女の子でよかったなって思ってるの」

《終わり》

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