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Sentimental Graffiti Short Story #16
妙子ちむ
……ふぅ。
鏡を見ながら、ため息をつく。
見慣れた顔が、そこには写ってる。
やっぱり……、可愛くないよねぇ。
「姉ちゃん! 早く洗面台空けてくれよ! 俺は姉ちゃんみたいに時間が余ってるわけじゃないんだからさぁ!」
後ろから純が怒鳴って、あたしははっと我に返った。
「あ、ごめんごめん」
「ったくぅ。鏡見たって変わるもんじゃないだろうに」
あたしとすれ違いながら、ぼそっという純。
あたしは黙って拳固をくれてやった。
高校を卒業したあたしは、そのまま家の手伝いをしてる。
大学に行くことも考えたけど、お父さんもお母さんも、そろそろ力仕事は大変だって歳になってるし、かといって純はまだ中学生だし、やっぱり心配で。
それに、あたしの進路設計は、一応だけど、できてるんだもの。大学に4年間行くよりも、その間にちゃんと修行しないとね。
え? 何の修行か、ですって? えへ、やだな、もう。
とまぁ、3月4月はすっかり舞い上がってたんだけど、流石にGWに入る今頃になって、やっと落ちついてきたんだ。
あっちゃんも、あれから青森に戻って来てないし。そりゃ、電話は時々くれるけど……。
でも、逢えないと色々考えちゃうんだよね。特に、昼間に店番なんかしてると、お客さんの来ない時なんて……。
いけない、いけない。ダメだぞ妙子。
あたしは自分の頭を軽く叩くと、茶の間に戻った。
「あ、妙子。ちょっと話があるんだけどさ」
「え?」
みんなが朝ご飯を食べた後を片づけてたお母さんが、あたしに声をかけてきた。
「何?」
「今日、ちょっと組合の寄合があって、あたしもお父さんも出かけるんで、お店、頼みたいんだけど」
「うん、いいよ。何時頃帰るの?」
「そうだねぇ、8時過ぎると思うけど」
「うん、わかった。行ってらっしゃい。あ、それあたしがやるよ」
あたしは、お皿を積み上げて、台所に持っていった。それから、袖をまくりあげる。
「あたしが洗っとくから、お母さんは出かける準備しなよ」
「そうかい? 悪いねぇ。それじゃそうさせてもらうよ」
お母さんはそう言うと、部屋に戻っていった。入れ違いに、歯を磨いた純が、鞄を片手に出てきた。
「それじゃ、行って来るよ、姉ちゃん」
「あれ? 今日は休みじゃないの?」
「部活だよ。あ、そうだ。スパイク買わないといけないんだ。姉ちゃん、金くれよ」
片手を出す純の手をピシャリと叩く。
「母さんから貰いなさい」
「だって、母ちゃん忙しそうだしさぁ」
「んもう、しょうがないなぁ。ちょっと待ってなさい」
あたしは、財布を取りに、2階の自分の部屋に戻った。
引き出しを開けて財布を取り出すと、何の気なしに机の上を見た。
フォトスタンドに挟まってる彼の写真が、こっちを見てる。
「……不安にだって、なっちゃうんだぞ。こら、聞いてるの?」
小さく呟くと、あたしはそのフォトスタンドを軽く人指し指で弾いた。
「姉ちゃん、早く〜」
部屋の外から、純が呼ぶ声がする。
「ちょっと待ちなさいよ」
あたしは部屋を出ると、財布から3万円抜き取って、純に渡す。
「はい。ちゃんと後でお母さんに言って清算してもらうからね」
「ちぇー、ケチ」
「あたりまえでしょ! ほら、早く行かないと、また遅刻しちゃうわよ」
純は腕時計を見て慌てる。
「げ! やっべぇ」
「あ、でも、大丈夫よね、純ちゃん」
「姉ちゃん、その呼び方やめてくれよ〜」
情けなさそうな顔をする純。
なんでこんな顔してるかっていえば……。
「純ちゃ〜ん! 迎えに来たわよぉ〜」
玄関のほうから明るい声がした。あたしは純のおでこをつついた。
「ほら、来た」
「ちぇ、来るなって言ってるのに」
照れてる照れてる。
純のやつ、中学に入ってから生意気にも彼女ができたのだ。……って言っても、その彼女って、あたしも良く知ってる幼なじみなんだけど。近所の八百屋の娘で、川原茜ちゃんっていうの。
純にはあいつのことで散々からかわれてたから、あたしはここぞとばかりに反撃してるのだ。へっへぇ〜。
と、パタパタと階段を上がってくる足音がして、その茜ちゃんが顔を出した。
「もう、早く行かないと遅刻しちゃうわよ。あ、お姉さん、おはようございます」
「おはよう、茜ちゃん。ほら、純」
「わかってるよ」
茜ちゃんの脇をすり抜けて、階段を降りて行く純。茜ちゃんはそれを見送ってから、あたしをチラッと見た。あれ? いつもと表情が違う……。
「お姉さん、後で相談したいことがあるんですけど、いいですか?」
「え? いいけど……」
「それじゃ、後にでもまた来ます」
そう言って、茜ちゃんはぺこりと頭を下げてから、純の後を追いかけて階段をかけ降りていった。
「純ちゃん、待ってよ!」
「その名前で呼ぶなって言ってるだろ!」
あたしは、部屋に戻ると、窓から見下ろした。純と茜ちゃんが並んで走って行く。
本当に仲がいいなぁ。ふぅ……。
あたしも……。
「妙子、ちょっと来てくれない?」
あたしがセンチメンタルに浸りかけたところに、お母さんが1階から呼ぶ声がした。
年頃の乙女が感傷に浸る暇くらいあってもいいと思うんだけどなぁ。
「妙子〜!」
「もう。はぁ〜い、今行くよっ!」
あたしは肩をすくめると、窓から離れた。
お昼の店番は、はっきり言って暇。
もう世間様じゃゴールデンウィークとかで、休日は特に暇なのよねぇ。
と、不意に遠くの方から、凄い音が聞こえてきた。それがだんだん近づいてくる。
「きゃ! な、何よ?」
思わず耳を塞いでると、店の前で停まったみたい。車のエンジンの音と、なんだかジャカジャカいってる……ロックか何かかな?
なんて思ってると、何人かの皮のジャンパー着た人が、お店に入ってきたの。
「い、いらっしゃいま……せ」
「へっ、だっせぇ〜。やっぱ、ド田舎だなぁ」
「まったくだぜ。へへっ」
そう言いながら、その人達はお店の中のものを物色し始めた。ううっ、なんだか怖いよぉ。
あっ!
今、あの人、おつまみのあたりめをジャンパーの懐に入れたっ!
あたしは慌てて、声をかけた。
「あの、お客さん、商品を懐に入れないで下さい……」
「あん、なんだってぇ?」
「ですから……」
「おいおい、変な言い掛かりつけんじゃねぇぞ、このイモ姉ぇちゃんよぉ」
「ギャハハハ、確かにイモだぜ」
大笑いする人達。
あーん、どうしよう。今お店にはあたししかいないし……。
と。
「妙子、表のシュミの悪い車、何なの? いまどき埼玉か群馬の奥地でしかあんなの走ってないよ」
あたしは、思わず耳を疑った。だって……。
「あんだと?」
「てんめぇ、やるのか、あーん?」
「妙子、警察に電話した方がいいよ。威力営業妨害で検挙できる。裏の交番からならお巡りさんは3分だ。それくらいなら足止めできるしね」
そう言いながら、彼はにっと笑った。そして、つかつかっとあたしとあいつらの間に割り込むと、言った。
「それから、ついでに言っておくけど、表の車も駐車違反に違法整備で引っ張れるよね。いやぁ、田舎のお巡りさんって暇だから、いろいろやってくれそうだね」
「お、おい……」
「ああ、そうだな」
その人達は顔を見合わせて、憎たらしげにあたし達を見てから、どやどやっとお店から出て行こうとしたの。
「あ、こら。あたりめ返せよ。僕の好物なんだから」
彼がそう声をかけると、一人が懐からあたりめを出して床に叩きつけた。
「ざけんじゃねぇ」
「妙子、電話」
彼が落ちついて言って、あたしが受話器を取り上げたら、その人達は慌てて出て行った。すぐに表で車が走りだしていく音が聞こえた。
あたしは、思わず大きく息をついて、レジの中に座りこんじゃった。
「はぁ〜」
「妙子……」
「え?」
言われてあたしが店の方に視線を向けると、彼が床に座りこんでいた。
「ど、どうしたの?」
ビックリして訊ねると、彼は情けない顔で笑ったの。
「安心したら、腰が抜けた。手、貸して……」
しょうがないなぁ、もう。
……あ、あら?
「ごめん、ちょっと待って。あたしも……、立てないみたい」
「……」
「……」
二人、顔を見合わせて、それから思わず笑いだしちゃった。
結局あたし達が立ち上がるまで、それから10分くらいかかったの。
とりあえず、お店の方はほっといて、彼をお茶の間に通すと、あたしは急須にお茶の葉を入れる。
ポットのお湯を注いで、蓋を閉めて蒸らしながら、お茶の間に戻った。
コポコポコポ
「来てくれるんなら、そうと言ってくれればよかったのに」
湯のみにお茶を淹れながら文句を言って、自己嫌悪。
素直に嬉しいって言えばいいのに。
そんなあたしの想いにはお構いなしに、あいつは笑って頭を掻いた。
「いやぁ、脅かしてやろっと思ってさ」
「何よそれ」
「だって、妙子のびっくりした顔って可愛いんだもん」
ドキッ
ほっぺたがかぁっと赤くなる。あたしは慌ててそっぽを向いた。
「な、なに莫迦な事言ってるのよっ!」
ったく、こいつってば昔っからそうなのよね。自分の言った事があたしにどう取られるか、なんて、そんなこと全然考えてない。ううん、考えてないって事はないのかもしれないけど、想像できないんだ。つまり鈍感。
「んで、おじさんとおばさんは?」
「あ、今日は組合の寄り合いでいないの」
「そっかぁ。純は?」
「部活。多分その後デートよ」
あたしが言うと、彼は目を丸くした。
「へぇ、純にも彼女できたの? こりゃ僕も歳取るわけだ」
「はいはい、おじいさん。お茶もう一杯飲みますか?」
「すまないねぇ、妙子さん」
「それは言わない約束でしょ?」
顔を見合わせて、思わず吹き出す。
「いやぁ、妙子ってば、相変わらずノリがいいわ」
「あなたもね」
と、その時。
ピンポーン、ピンポーン
チャイムの音が鳴った。お店の方に誰か来たみたい。
「はーい、今行きます!」
あたしは立ち上がった。
お店の方に戻ってみると、入り口のところに、茜ちゃんが立っていた。
「あら? 純と一緒じゃなかったの?」
「はい。私、先に帰ってきたから」
そう言うと、茜ちゃんはあたしに駆け寄った。
「お姉さん、あの……」
「今朝の話? いいけど……」
チラッと振り返って思わずのけ反った。
「きゃぁ!」
「あれ、もしかして川原さんちの茜ちゃん? 僕覚えてるかな? 昔ここに住んでた……」
あたしのすぐ後ろにいるんだもの。びっくりしたわよ、もう!
茜ちゃんは少しきょとんとしてたけど、すぐにポンと手を打った。
「覚えてます。昔良く一緒に遊びましたよね。あ、でももう随分前に引っ越しちゃったんじゃ……」
「ま、色々あったんだよ」
「こら、あんたはちょっと引っ込んでなさい。ごめんね、茜ちゃん。すぐに追い出すから」
あたしはこいつの頭をグリグリしながら、茜ちゃんに向き直った。
「あ、ちょっと待って下さい」
茜ちゃんは、あいつに視線を向けていた。
「よければ、一緒に相談に乗ってくれませんか?」
「僕が? いいの?」
自分を指してきょとんとしてるあいつに、茜ちゃんは頷いた。
「はい、お願いします」
まぁ、相談を聞いてみれば、あいつに残ってもらいたがったのももっともな話だったわけで。
「純が最近冷たい、と。なるほどねぇ」
あたしは頭を掻いた。確かに純のことなら、あたしよりもあいつの方が良く判るかもしれない。なんたって男同士なんだし。
男、かぁ……。
チラッとあいつを見る。
「純の奴、照れてるだけだよ」
あっさりと言うあいつ。
「そうなんですか? でも、今朝だって……」
「茜ちゃん。純の写真とか持ってる?」
あいつに唐突に訊ねられて、茜ちゃんはぽっと赤くなって俯いた。
「は、はい……」
「だよね。妙子だって僕の写真を飾ってるんだし」
ボッ
「なななななな、なんで知ってるのよっ!」
「つまり」
思わず声を上げたあたしを無視して、あいつは言った。
「嫌いな人の写真は普通持ってるわけないし、ましてやフォトスタンドに挟んで机に飾りはしないって」
「え? それって、純ちゃんも……」
「まぁ、あいつも意外とシャイだから、妙子なんかには必死に隠してるんだけどな」
そう言うと、彼は茜ちゃんの肩を軽く叩いた。
「押してもだめなら引いてみなって言うだろ? 純のやつ、ただでさえこの妙子が世話焼きなもんだから、それに加えて茜ちゃんまで世話を焼き始めて息が詰まりそうになってるだけじゃないのかな。だから、ちょっと距離を置いてみるってのがいいんじゃないかな」
茜ちゃんは、ちょっと考えてから、こくんと頷いた。
「そうですね。言う通りかもしれません」
それから、顔を上げてあたし達に頭を下げた。
「ありがとうございました。相談に乗ってもらって、なんだかほっとしました」
「なに、これも未来の義妹のためだからね」
「そうそう、これも未来の義妹の……」
……って、ちょっと待って。えっと、それってもしかして? え、ええーっ?
た、たしかに純と茜ちゃんが結婚したりしたら、茜ちゃんはあたしの義妹だけど、あいつの義妹にはならないよね? ってことは、茜ちゃんがあいつの義妹になるためには……。
や、やだぁ、そんな事あるわけない……。
ううん、そうじゃなくて、それはそれでいいんだけど、……えっと、そのぉ……。
あたしが一人で混乱してる間に、茜ちゃんはもう一度ぺこっと頭を下げて、帰っていった。
ずずーっ
「あ〜、お茶が美味しい」
茜ちゃんが帰って行った後で、やっと混乱が収まったあたしは、改めて暢気にお茶なんか飲んでるあいつに聞いてみた。
「ねぇ、純はほんとに茜ちゃんの写真持ってるの?」
「さぁ」
お茶をすすりながらあっさり言う彼。
あたしはじと目で彼を見た。
「茜ちゃんを騙したんだぁ」
「誰でも好きな人の写真は持ってるよ。ここにね」
そう言って、彼は自分の胸を指した。……きざだぁ。
でも……。
あたしはうつむいた。
「あっちゃん……」
「ん?」
「……ごめん、なんでもない」
怖くて聞けない。あなたの胸に、あたしの写真はあるの? なんて……。
と。
バタン
「たで〜ま〜」
純が帰ってきた。茶の間に入ってきて、お茶を飲んでるあいつを見つけて立ち止まる。
「あれ? 兄ちゃんじゃない」
「や。お邪魔してるよ」
片手を上げると、彼は湯のみを置いて、立ち上がった。
「純、ちょっと散歩に行かないか?」
「いいけど……。んじゃ、ちょっと着替えて来るからさ」
そう言って2階に駆け上がる純。
あたしは訊ねた。
「どうしたの? 急に純と散歩だなんて」
「なに、男と男の話ってやつ。純だってもう中学生だしね」
そう言って笑う彼が、なんだか急に大きく見えた。
チッチッチッ
柱に掛かっている時計が時を刻む音だけが聞こえる。
あたしはちゃぶ台にほおづえついて、その時計を見上げてた。
純とあいつが出て行って、もう2時間。
何してるんだろ?
気になるなぁ。
……よし、様子を見に行こうっと。多分近所の公園にでもいるんだろうし。
あたしは立ち上がると、ジャンパーを羽織った。
あ、お店……。
いいや、ちょっと閉めちゃえ。
そう決めて、店に出ようとして、慌てて隠れる。
店の外にベンチがあるんだけど、そこに二人とも座ってるじゃないの。
どうしてそんなところで話してるのよ?
……考えてみれば、どうしてあたしが隠れないといけないのよ。そうよ、堂々と声をかければいいんじゃない。
あたしはレジの影から顔を出そうとして、また慌てて引っこめる。
ちょうど純の声が聞こえたから。
「それにしても、兄ちゃん、姉ちゃんのどこがいいんだよ?」
!!
「ブスだし、怒りっぽいし、細かい事ブツブツ言うし、すぐに一々指図するし、センスないし、着てる服もダサイし……。それから、それから……」
指折り数えながら言う純。あいつめぇ〜。後で借したお金、利子付けて取り立ててやる。
「兄ちゃんなら東京にいるんだし、もっと可愛い恋人がいてもいいじゃない」
「……」
あいつは答えない。
どうして何も言わないの? やっぱり、そうだと思ってるの?
あたしは……やっぱりあいつの恋人には、なれないの?
あのときの言葉は、嘘だったの?
「……純」
あたしが泣きだしそうになった時、彼の言葉が聞こえた。
「その理由がわかるまで、僕も随分かかったんだけどね」
「姉ちゃんがいいって理由が? それって何なのさ?」
「妙子だから、いいんだよ」
あ……。
その言葉を聞いたとたん、ずっとあたしの中に張りつめてたものが、なんだか一気に解けちゃったみたいで、あたしはその場にかくんと尻餅をついてた。
「……よくわかんねえなぁ」
純の言葉に、あいつは笑って答えた。
「歳を取れば判るさ。いつも隣にいてくれる娘のありがたみってものは、ね」
やだ、なんだか涙が出てきた。
でも、いいよね。嬉しい涙なんだもん。
翌朝。
「もう帰っちゃうの? もっとゆっくりして行けばいいのに」
「そうだよ、兄ちゃん。東京の話、楽しみにしてたのになぁ」
「ごめん。バイトがあるから、あんまりのんびり出来ないんだ」
そう言って頭を掻くと、「じゃ」と手を上げて、あいつはそのまま電車に乗り込んだ。
プルルルルル
発車のベルが鳴る。
また、あたしは見送るだけ……。
笑顔で見送らなくちゃ、って思っても、どうしても……。
「姉ちゃん」
隣にいた純が、不意にあたしに何かを見せる。
……切符?
東京行きの切符じゃない。
「ど、どうしたのよ、それ?」
「さっき買ったんだ。姉ちゃんにやるよ。それでゴールデンウィークの間、東京見物でもして来なって」
「ちょ、ちょっと、そんなの急に言われても……」
「父ちゃんと母ちゃんにはちゃんと話、つけてあるからさ。ほらほら、電車が出るぜ。たまには、兄ちゃんを追いかけてやれよ」
純はあたしに切符を握らせると、背中を押した。
「純……。うん、行って来るね!」
あたしは頷くと、ドアが閉まる寸前、電車に飛び乗った。そして、通路を歩いていく後姿に呼びかける。
「あっちゃん!」
「え? 妙子!?」
ファーーン
汽笛を鳴らして、あたしとあいつを乗せた電車は、走りだした。
《終わり》
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