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Sentimental Graffiti Short Story #15
続々・帰るところ
シューッ
お鍋が蒸気を吹き上げてる。
あたしは、蓋を取った。もわぁっと湯気が上がる。
うまく出来たかなぁ?
ちょっと、中のお芋に菜箸を刺してみる。うん、柔らかく煮上がった。
それにしても、ふぅ。
ため息をひとつ。
最近、あいつったら全然連絡くれないんだもん。こっちは冬休みだし、暇を持てあましてるっていうのに……。
なんだか寂しいじゃない。ねぇ?
「姉えちゃんは独り言が多くなるし」
それは仕方ないじゃない……って、
「じ、純!?」
あたしは思わず10センチくらい飛び上がった。
いつの間にか、あたしの後ろにいた純が、にまぁっと笑ってる。
「な、なによ?」
「姉ぇちゃんに電話だよ」
「電話? んもう、誰よ」
あたしは、純の持ってきた受話器を受け取った。
「もしもし?」
「あ、妙子?」
ドキッ
声を聞いただけで、心臓が大きく鳴った。
「久しぶり。ゲンキしてた?」
「うん、あたしは元気にしてたけど……。でも、久しぶりね。今どこなの?」
「青森駅」
「……なぬ?」
「いやぁ、ここでお金が無くなっちゃってさぁ、動くに動けないんだ。あはは〜」
「あはは〜、じゃないでしょ? もう」
あたしは呆れて肩をすくめた。
「判ったわよ。ちょっと待ってて。お父さんに車を出せるかどうか聞いてくるから」
「ごめん。それじゃ10分くらいしたら、もう一度電話するよ」
「そのほうがいいか。それじゃ、そうしてね」
「ありがとう。それじゃ」
ピッ
電話を切ると、あたしはコンロの火を止めた。
後ろから純が訊ねる。
「ねぇ、姉ぇちゃん、兄ちゃんまた来るの?」
「今青森駅だって」
「うわぁい、やったぁ!」
ジャンプして喜ぶ純。なんだか純も、あいつのこと妙に気に入ってるのよね。まぁ、嫌われなくてよかったのはよかったけど……って、どうしてよかったのよ?
っとと。いけない、いけない。
「あたし、ちょっと店の方に行ってるから」
そういうと、あたしはパタパタと歩きだした。
「あ、お父さん!」
お店に出ると、ちょうど配達から戻ってきたお父さんが、表から入ってくるところだったの。
「ん? どした、妙子?」
「あのね、今から青森駅に行って欲しいんだ」
「駅に? 何でまた?」
「実はね……」
事の顛末を離すと、お父さんは苦笑した。
「しょうがない奴だなぁ。それじゃしかたあんめぇ。行って来るか。妙子はどする?」
「あたし? あたしは……夕食の支度があるし……」
行きたいのは山々なんだけど、そうもいかないよね。
と、純が店の奥から走ってくる。
「姉ぇちゃん、電話ぁ〜」
「うん、わかった」
あたしは奥に戻ると、受話器を取った。
「もしもし?」
「あ、妙子? どうなった?」
「うん、お父さん行ってくれるって」
「……助かったぁ〜」
大きくため息ついてる。ホントに、しょうがないんだから。
「感謝しなさいよ、ほんとにもう、計画性がないんだから」
「感謝してます、この通り」
「見えないわよ。どうせその様子じゃ、夕御飯もまだでしょ? 作って待ってるから」
「サンキュ。そういう妙子って好きだなぁ」
ドキッ
「な、何馬鹿言ってるのよ。それじゃ切るわよ」
ピッ
電話を切って、あたしは胸に手を当てた。ドキドキいってる。
ほんとに、あいつってば……。
「そういう妙子って、好きだなぁ」
かぁっと顔が赤く火照ってくる。
……やだ、もう。どうしてあんな奴、そんなに意識しなくちゃいけないのよ。
と、とにかく夕御飯の用意しなくちゃね。
あたしは冷蔵庫を開けた。
「今帰ったぞぉ」
1時間後、お父さんの声に、こたつに入ってニュースを見てたあたしと純は、玄関に走っていったの。
「お、妙子、純。今帰った……」
「あ、お帰りなさい。久しぶり」
「兄ちゃん、お帰りぃ〜」
あたしと純が言うと、あいつは照れたみたいに頭の後ろを掻いた。
「や、お邪魔します」
あたしはむっとして腕を組んだ。
「違うでしょ」
「え? あ、そうだったね」
一瞬きょとんとしてから、あいつは思い出したみたいに、にこっと笑った。
「ただいま」
「お帰りなさい」
あたしはもう一度言ってから、お父さんが玄関の隅で背中を向けてしゃがんでいるのに気付いた。
「あれ? お父さんどうしたの?」
「別に俺の事は気にしないでくれ」
土間の隅をつついてこっちを見ようともしないで、お父さんは言ったの。ま、そう言うんなら、気にしないでおくけど。
「おじさん……」
「あ、ほっといていいってば。それより、早く靴脱ぎなさいよ」
「兄ちゃん、遊ぼうぜ遊ぼうぜ」
あたしと純は、彼を挟むようにして廊下を歩いていった。
後ろからぼそっと声が聞こえた。
「……いいんだいいんだ。哀しいよなぁ男は」
……気にしない、気にしないっと。
「さぁ、どうぞ。召し上がれっ!」
あたしがご飯をお茶碗によそって渡すと、純がぼそっと言った。
「姉ぇちゃん、どうして兄ちゃんのだけ山盛りなんだよぉ?」
「べ、べつにそんなことないよ」
「ある」
純とお父さんが口を揃えた。
「ご、ごめん。僕……」
「あ、この二人は気にしないでいいの。どんどん食べてね!」
あたしはそういいながら、二人をじろっと睨んだ。ホントに気の利かない二人なんだから。
「しょうがないわよ。こっちの息子はなかなか帰ってこないんだから」
お母さんが笑いながら言う。
「息子って、僕ですか?」
「そうよ。あたし達はあなたのことを実の息子のように思ってるんだから。ね?」
お母さんったら、もう。
と、純が言った。
「それじゃ、姉ぇちゃんと兄ちゃんは兄妹だから結婚できないんだね」
ガッシャン
あたし、思わず手を滑らせて、持っていたお皿を落っことしちゃった。
「純!? あなたなんて事言うのっ!」
「あれ? 違うの?」
あたしと彼をキョロキョロ見比べながら言う純。く、くぉのぉ……。
「純くん。僕と妙子は兄妹じゃないから結婚出来るんだよ」
あいつは笑って言った。と、お父さんがドンとこたつを叩いた。
「そんなこと、ゆる……」
言いかけて、止まるお父さん。ちらっとお母さんを見て、口ごもる。
「いや、なんだ、そういうこともあるかもしれないな、うん」
「そうですねぇ。おほほほ」
な、なにがあったんだろ?
夕食が終わって、あたし達はテレビを見ながら雑談をしてた。
と、不意にお母さんが言った。
「そういえば、今夜は泊まっていくんでしょ?」
「ええ、よろしければお世話になろうかなっと。なにせ文無しですし」
「文無しかぁ……。そうだ、うちでバイトしていかない? ちょうど年末で忙しいのよ」
お母さんが不意に言った。
「どうかしら。うちに住み込みでアルバイト」
「それは願ったり叶ったりですけど……。いいんですか?」
「全然問題ないわよ。ねぇ、お父さん」
「ん? その、なんだ、ま、問題ないんじゃないか?」
なんだか歯切れの悪いお父さん。そういえば、さっきこたつから足を出したとき、なんだか痣が出来てたような気がするけど、なにかぶつけたのかな?
「そうしなさいよ。妙子だって喜ぶし」
「ちょ、お母さん!」
あたしは慌てて叫んだ。
「あたしは、そんな……」
「それじゃ、妙子はいやなの?」
「……そんなことないけど……」
「妙子が迷惑なら、僕は……」
「あ、違うの。そんなこと無いってば」
慌てて彼に言ってから、はっとしてお母さんを見ると、案の定ニンマリと笑ってる。くぅぅ〜。
「じゃ、決定ね」
「それじゃ、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる彼。
こうして、彼はしばらくうちに住み込むことになったの。
翌日。
「さて、今日と明日は、お店を休みにして温泉に行きます」
朝ご飯の席で、唐突にお母さんが言ったの。
「温泉、ですか?」
怪訝そうなあいつ。だけじゃなくて、あたしもきょとん。純だけは素直に喜んでるみたいだけど。
「わぁい、温泉だ温泉だぁ〜」
「お母さん、どういうこと?」
「じ・つ・は、こないだの組合の忘年会でね、温泉の招待券が当たったのよ。5枚あってね、うちだけじゃ1枚余るから、もったいないなぁって思ってたんだけど、そこにちょうど来てくれたからね」
そういいながら、ぴらっと5枚の券を出してみせるお母さん。じろっと彼を見る。
「依存はないわね?」
「ええ。でも……」
「あ、もちろんバイト代は出すわよ。だから、ちゃんと働いてね」
にこっと笑うお母さん。あいつは苦笑した。
「わかりました。荷物運びくらいなら、お手伝いしましょう」
車で4時間くらいかかって、山奥の温泉についたあたし達。
さっそく一風呂浴びたあいつとお父さん、純の男性陣3人は、風呂上がりに卓球なんてやってる。
カコン、カコン、カコン、
「よっしゃぁ、ハイパートルネードローリングカホスペシャルスマッシュウゥ!」
カッコォン
「ぬぅっ!」
あいつの打ったスマッシュが、お父さんのラケットを弾いた。すごいすごい!
……で、カホって誰?
「むぅ、若者には勝てんなぁ」
その場に座りこんでお父さんが呻いた。あいつは、たくし上げてた浴衣の袖を戻すと、笑った。
「おじさんこそ、まだまだ現役じゃないですか。敬服しました」
そういいながら、手を差し出すと、あいつはお父さんを引っ張り起こした。
「むぅ。悔しいが妙子とのことは認めよう」
……へ?
「お、お父さん!!」
かぁっと赤くなってあたしが叫ぶと、お父さんはあたしの肩を叩いた。
「幸せになるがいい。だが、辛くなったらいつでも戻ってきていいんだぞ」
「そうじゃなくって! ……もう、いいわよ」
あたしはぷっと膨れて、その場にあったマッサージ椅子に座りこんだ。
夕食が終わって、ひとしきり雑談したり、トランプしたりしてるうちに時間が過ぎてった。
「さて、そろそろ寝ましょうか」
「そうだな」
お母さんとお父さんの言葉で、寝ることになった。……のはいいんだけど。
「……ねぇ、同じ部屋で寝るの?」
「家族なんだから、いいじゃない」
そういうお母さんに、あたしは絶句。
「ちょ、ちょっと待ってよ! こいつは!?」
「あら、いまさらこいつ呼ばわり?」
「あ、あたし、その……」
あたしが口ごもってると、あいつはとんでも無い事を言いだした。
「妙子がそういうんなら、僕は廊下でも……」
「ちょっと! 廊下なんて凍死しちゃうわよ!」
「そんな大げさな……」
「判ったわよ、もう。お休みっ」
あたしは布団を頭からかぶった。
チッチッチッチッ
壁に掛かってる時計が、時を刻んでる。
……眠れないよぉ。
あたしはこそっと顔をあいつの寝ている辺りに向けた。
あたしとあいつの間にお母さんとお父さんがいるし、部屋が真っ暗なのでよくわかんないけど。
あー、もう。
不意にあたしはむくりと起きあがった。
確か露天風呂って24時間だよね。昼はちょっと入らなかったけど、今なら誰もいないだろうし。それに、温泉にゆっくり入ったらよく眠れるだろうし。
ちょっと行ってみようかな。
チョロチョロチョロ
お湯の流れ込む音だけが、広い露天風呂に聞こえてくる。
裸電球の頼りない光が、辺りを照らしてる。
そんな中、お湯に浸かって、あたしは手足を思いきり伸ばした。
うーん、やっぱり気持ちいいなぁ。
こうしてると、日頃の疲れがお湯に溶けて流れて行くみたいで。
空を見上げると、珍しく晴れていて、満天の星空が見えた。
視線を落とすと、周りは雪景色。
本当にのんびりとして、あたしは乳白色のお湯をすくった。そして、ジャブジャブと顔を洗う。
と。
カラカラカラ
入り口の木戸が開く音が聞こえた。
誰か入ってきたのかな?
あたしはそっちに視線を向けた。
湯気が立ちこめていて、どんな人が来たのかよく見えないな。
その人は、お湯を手桶に汲んで浴びると、それからお湯の中に入ってきた。さざ波があたしの所まで押し寄せる。
と、不意に風が吹いて、湯気が一瞬晴れた。
その瞬間、あたしは硬直した。
入ってきたのは、……あいつだった……。
嘘! ど、どうして? あたしは確かに女湯の方に入った筈なのに?
すっかりパニックになったあたしは、思わず立ち上がっていた。
ジャブッ
お湯が跳ねる音に、あいつもあたしに気付いた。
「あ、入ってたんですか? お邪魔しま……って、妙子!?」
「ど、どうして!?」
「なんか眠れなくて、妙子こそ……」
「あたしも、眠れなくて……。それより、ここ、女湯じゃ……」
「そんな馬鹿な? 僕は男湯の方から入ってきたんだぜ……、わわ、妙子、座って!」
「え? あ、きゃぁ!!」
はっと気付いて、あたしは慌てて後ろ向きになって、お湯の中にしゃがんだ。とりあえず、お湯が白く濁ってるから、入れば見えないはず、よね。
その姿勢のまま、後ろを向いて訊ねた。
「……見た?」
「みみみ、見てません見てませんってばっ」
慌てて手を振るあいつ。……どうも嘘っぽい。
あたしは静かに訊ねた。
「……ほんとは?」
「しっかり」
「やっぱり見てるんじゃないっ!!」
「わぁっ、つられてしまった!!」
慌ててあいつは立ち上がった。一瞬手で顔を覆いながら、指の隙間から見てみたけど、腰の周りにタオルを巻いてた。それを見て、あたしはほっとした。
「と、とにかく、お先に失礼しますっ!」
そう言いながら、お湯の中をジャブジャブと歩いていこうとする彼。
「あっ! ちょ、ちょっと待って!」
あたしは呼び止めた。
「え?」
「……カラスの行水は、風邪引くわよ。雪の中の露天風呂なんだから、ゆっくり暖まってからでないと」
「でも……」
あたしは、肩をすくめた。
「あたしなら、いいわよ。ただし、それ以上近寄らないこと」
「……はい」
彼は、観念したみたいにお湯に身体を沈めた。
あたしは、彼に背中を向けて、お湯に浸かっていた。
ドキドキドキ
鼓動が止まらない。……って、止まっちゃ大変よね。
どうしよう。どうしてあんなこと言っちゃったんだろう。やっぱり出ていってもらった方がよかったかな?
でも、ホントにあいつに風邪引かれちゃうもん。しょうがないよね。
……なんだか雰囲気が重いよ。なんとかしなくちゃ。
「あ、あのっ」
「え?」
「な、なんでもない」
あー、もう。あたしったら何を言ってるんだろう?
「……そういえば、妙子」
あたしが内心でおろおろしてると、不意に彼が声を出した。
「え?」
「髪を下ろしてるところ、久しぶりに見たよ」
「そ、そうだっけ?」
あたしは、髪の毛をちょっと触ってみた。それから、はっと気付いて振り返る。
「こ、こらぁ、見るなぁ!」
「ご、ごめん!」
慌てて向こうを向く彼。
あたしは、なんだか可笑しくなった。
そっか。結局、変わってないんだ。
「……ふふっ」
「な、なんだよ?」
「べっつに」
胸のドキドキは止まってなかったけど、なんだかそれがとっても気持ちよかった。
「……どれくらいぶりかな?」
「そうだねぇ。……10年以上なのは間違いないと思うけど」
彼も同じ事を考えてたのか、すぐに返事が返ってきた。
あたしは、肩ごしに振り返った。
「……変わってないよね?」
「変わったって言えば変わったと思うけど、変わってないって言えば変わってないよ。妙子だって、そうだろ?」
向こうの空を見上げながら、彼は言った。
「どんなに時間がたって、変わったとしても、安達妙子は安達妙子だし、僕は僕。変わってない部分はあるよ」
「……そうだよね」
あたしは、タオルをお湯につけると、顔を拭いた。そして、思い切って振り返った。
「ね、あたし……」
「妙子……」
それを遮るように、彼は後ろ向きのまま言った。
「え?」
「……そろそろ、出ない? 僕、のぼせそうなんだけど……」
そういえば、さっきからあたしもなんだか頭がクラクラしてるような気がする。
「そ、そうねぇ〜、そろそろ〜」
なんだか、自分の声が間延びして聞こえた。本格的にまずいような気がする。
「ぼ、僕が先に出るから!」
「うん」
ジャバッ
彼が立ち上がって、湯舟から出ていくのを、あたしはぼぉーっと見送っていた。
こんなところでのぼせて倒れたら、安達妙子、末代までの恥よ。
自分に言い聞かせて、とりあえず頭に雪を乗せて冷やしてから、なんとか脱衣場に戻ったあたし。
露天風呂に通じるドアを締めて、その場にしゃがみ込んだ。
うー、気持ち悪い。完全に湯当たりしちゃったなぁ。
と。
「妙子? 大丈夫?」
壁越しに、あいつの声がくぐもって聞こえた。
「ん……。なんとか」
「なら、いいけど……」
男の脱衣場から声かけてくれてるのかな?
「あたし、ちょっと休んでから戻るから、先に戻ってて」
「でも……」
「あたしなら大丈夫だから」
あたしが言うと、一瞬間があって、彼の返事が返ってきた。
「わかった。それじゃ、お先に」
あたしは、そのままの格好で、脱衣場の壁にもたれ掛かるようにして、両脚を投げだした。
冷たい板張りの床が気持ちいい。
さて、と。
あたしは、ソロソロと立ち上がると、ほっと一息。バスタオルで身体を拭いた。
下着を付けたところで、脱衣場の隅にあるものが、目に入った。
……体重計?
べ、別に気になんてならないもん。無視無視。
浴衣に袖を通すと、帯をぎゅっと締める。
……でも、ちょっとだけなら、乗ってみてもいいかな?
他には誰もいないんだし。
うん、ちょっとだけ。
あたしは、もう一度キョロキョロ見回してから、体重計に身体を乗せてみた。
ガガーン!!
う、嘘よ、嘘だわぁっ!
前に計った時よりも、2キロ増えてるっ!!
あ、そうだわ、きっと浴衣を着てるせいね。
あたしは、もう一度帯を解いた。ちょっと考えてから、下着も脱ぐと、もう一度乗ってみる。
変わらないっ!!
き、きっとこの体重計、誰が乗っても■■キロしか出ないのよ。きっとそうよ。
うんうん。ホントに、こんな所に壊れた体重計置いておくなんて、ひどいわよねぇ。
あたしはもう一度浴衣を着直しながら、うんうんとうなずくと、体重計をけ飛ばした。
ガシィッ
……!!!
右足を押さえて、その場でピョンピョン跳ねまわってから、あたしは誓った。
……ダイエットしようっと。
カラカラカラッ
脱衣場のドアを開けて、廊下に出たところで、あたしはびっくりした。
だって、あいつが洗面器持ってそこにいるんだもの。
「ど、どうしたの?」
「どうしたのって、待ってたんだけど」
「待ってたって、先に戻っててって言ったでしょ?」
何も言わないで肩をすくめる彼を見て、あたしは胸の中で納得していた。
こういう人だったんだ。昔っから、変わってない。
変な所ばっかり気を回しちゃって……。
あたしは、スタスタと歩きだした。
「お、おい、妙子?」
後ろから声を掛けられたところで、振り返ると、あたしは微笑んだ。
「帰ろ?」
「……ああ」
長い廊下をあたし達は並んで歩いた。
「こうして歩いてると、思い出すよね。小学校の頃も、よくこうして並んで歩いたっけ」
「でも、途中からやめちゃったんだよなぁ」
「うん……」
胸がチクッと痛んだ。
あたしは、そっと肩を寄せた。
「妙子?」
「……今だけ、ね?」
「……ああ」
彼は、そっとあたしの肩を抱いてくれた。
翌朝。
顔を洗っていると、不意に後ろからお母さんに声を掛けられた。
「おはよう、妙子」
「あ、おはよう、お母さん。お父さんや純は?」
「まだ寝てるわよ」
そういうと、お母さんはあたしに顔を寄せて、耳に囁いた。
「随分長いお風呂だったわねぇ」
「なっ!! き、気がついてたの!」
思わず30センチくらい飛び退いて、あたしはお母さんに聞き返した。
お母さんはくすくす笑った。
「ええ、あなたがこそこそっと部屋から出ていって、すぐにあの子もこそこそっと部屋から出ていくから、こりゃ何かあるなっと思ったのよねぇ。ま、親として野暮なことはしないようにしようと思って、暖かく見守ってたけど、二人とも奥手っていうかウブって言うか……」
そこで、わざとらしくため息をつくお母さん。
あたしは、ぎゅっと拳を握りしめた。
「お母さん。言い残すことはない?」
「まぁ、怖い。おほほほ」
笑いながら、すすっと逃げていくお母さん。ったく、もう。
あたしはため息を付いて、髪をブラシでまとめ始めた。昨日は髪を解いたまま寝ちゃったから。
「ただいまぁ」
何ごともなく、あたし達は家に帰ってきた。
「それじゃ、お邪魔……」
あいつはそう言い掛けたところで、あたし達の視線に気付いて、苦笑して言い直した。
「ただいま」
「お帰りなさい」
あたしは、笑って答えた。
いつか、本当にそう言える日がくるといいな。
そう思いながら。
《終わり》
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