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Sentimental Graffiti Short Story #12
ばれんたいんほのかちゃん

「もうすぐバレンタインねぇ、ほのかちゃん」
「なによ、ママ」
 朝ご飯を食べてたら、ママがなんだか嬉しそうに私に話しかけてきたの。
「あら、素っ気ないお返事ねぇ」
「素っ気なくて悪かったですね」
 そう答えながら、紅茶を口に運ぶ。うーん、ダージリンのいい香り。
「そぉ? 残念。今年こそ、ほのかちゃんに本命チョコを上げる相手が出来たと思って、ママ楽しみにしてたのに」
 うぐぅ
「ゴホゴホゴホッ」
 思わず紅茶を変な所に飲み込んじゃって咽せかえる私。
「なにっ!?」
 今までそしらぬ顔で新聞を読んでいたパパが、いきなりその新聞をバリッと破って、私に顔を向ける。
「それじゃ、去年までパパにくれたチョコレートは、本命じゃなかったのか!?」
「あ・な・た?」
 あ、ママがにっこり笑ってパパを睨んでる。
「あ、いや、何でもないんだ。さて、そろそろ大学に行くかな……トホホ
 パパはそそくさと退散。ママは、まだ咽せてる私に向き直った。
「あらあらほのかちゃんったら、すっかり真っ赤になっちゃって。可愛いんだからぁ」
 違うわっ! 咳き込んでるからなのよっ!
「でも、そっかぁ。まだチョコをあげるってつもりもないんだ。和くんったら可哀想」
「なっ!」
 今度こそ、ほっぺたがかぁっと熱くなった。
「ママ! どーしてそこで和くんの名前が出てくるのっ!?」
「何でかしらねぇ、ママわかんなぁい」
「……」
 私は、ため息をついて椅子に座りこんだ。
「とにかく、私は……」
「知らないわよぉ。ああ見えて和くんもてそうだからなぁ。案外全国各地に彼女がいたりなんかして」
「そんなの、いないわよっ!」
 言い返す私に、くすくす笑うだけで何も言わないママ。
 ううーっ。ホントに、この人の血が私にも流れているのかしら?

「そりゃ、ほのかママの言うことももっともだわ。うん」
 学校でその話をしたら、しのぶちゃんは大きくうなずいた。
「その、ほのかママとかほのかパパって言い方やめてよ。なんだかムーミンママみたいじゃない」
「それじゃあんたは、ほのかトロール」
「……しのぶちゃん、ニョロニョロとスニフとどっちがいい?」
「すみません」
 しのぶちゃんはぺこっと頭を下げた。
 代わって、今まで黙って聞いていた美鈴ちゃんが口を挟む。
「でも、その何ていったっけ? ほのかの東京の彼氏」
「和くん」
「そうそう、その人がほのかの他にも彼女がいるんじゃないかって話。有り得なくはないよねぇ」
「そ、そんなことないもん」
 私は口をとがらせた。
「私、信じてます、かぁ。くわぁ〜、純愛だねぇ、ほのかちゃんは」
「でも、男って形を求めて来るものよん。ほのかだって知ってるでしょ?」
 立ちなおったしのぶちゃんが言った。
「そりゃ……、知ってるけど」
 函館じゃ、ほんとにびっくりしたもん。
 でも、その事みんなに話したら、思いっ切り馬鹿にされちゃって。なにが「ほのかってお子さまだったのねぇ」よ。
「そう、そこよ!」
 不意に、しのぶちゃんが立ち上がると、私にぴしっと指を突きつけた。
「な、なによぉ」
「ほのかはそこが甘い! そんなんだから、迫られたときにうろたえたあげくに相手をぶん殴っちゃうのよ」
「殴ってなんてないもん」
 小さな声で言い返したけど、しのぶちゃんもう一人で盛り上がっちゃって聞いてくれない。
「ここはやっぱりほのか、いっちょ決めるしかないよっ!」
「何を決めるのよ?」
「そりゃ、やっぱりリボンを自分に巻きつけて、「私をもらって下さい」ってのが……」
 すっぱぁーーーーん
 私は無言で、しのぶちゃんの後頭部をハリセンではたいた。
「いたた。ほのか、何持ってるのよぉ?」
「ヒロインの必需品なの」
 自分でもよくわかんないけど、そう答えておくと、私はハリセンを机に仕舞った。
「ま、相手は東京だし、そう簡単にはいかんわな」
 美鈴ちゃんはそう言うと、腕を組んでうんうんとうなずく。
「やっぱここは、愛を込めた手作りチョコを送るしかないでしょう」
 ……なぜそうなる?
「やっぱり、ほのかは愛の手作りチョコを作るのねぇ。んもう、すっかり成長しちゃって、ママ嬉しいわぁ」
「……ママ」
「なぁに?」
「邪魔だから、出て、いって〜」
 そう言いながら、私はママをキッチンから押し出した。
「判ったわ。それじゃ頑張るのよ。ママはほのかをいつでも見守ってますからね〜」
 そう言いながら、ママはキッチンを退場。
 さぁて、と。
 私は、帰りにしのぶちゃんと美鈴ちゃんに買わされた板チョコを出した。
 ……20センチ四方はある大きなチョコ。こんなのどうするのよぉ?
 えっと……。
 仕方ないから本屋に寄って買ってきたチョコの本を出して、見てみる。
 まずは、湯煎でチョコを溶かすのね。ふむふむ。
 お湯を張ったお鍋を火に掛けて、その上に金属製のボールを置いて、その中にチョコを置く。
 ゆっくりとチョコが融ける。キッチンが甘い香りに包まれて……。
 なんだか、私自身みたい。カチカチだったチョコがだんだん融けていくの。
 ゴムべらを出してきて、融けたチョコをよくかき混ぜていく。こうすると、つやが出るんだって書いてあるけど。
 結構、力がいるんだなぁ。よいしょ、よいしょ。
「ほのかちゃ〜ん、頑張ってるぅ?」
「入らないでっ!」
「……しくしく、ママ悲しいのぉ」
 無視、無視と。
 よくかき混ぜたら、あとは型に入れて、冷えて固まるのを待つだけ、と。
 これまた買ってきたハート形の型に、チョコを流し込んで。
 できたぁ!
「まぁ、上手。さすがママの娘ね」
 いつの間にか後ろに来てたママが、覗き込んだ。
「ママ!? い、いつからそこにっ!?」
「少し前から。まぁ、メッセージ付きなのね」
「読んだらダメっ!」
「はいはい、読みませんよ」
 そう言うと、ママは鼻歌を歌いながらシンクの方に行って……。
 そこで固まってた。
「……ほのか、ちゃん」
「は、はい」
「ちゃんとお片付け、しましょうね〜」
「……はい」
 ま、初めてだもん。色々失敗することだって、あるよね。ね!?
 2時間くらいかけて、やっとキッチンの片づけは終わった。
「んもう、ママったら。この時とばかりに掃除させてぇ……」
 疲れ果てた私がソファでぐてぇーっとのびてると、夕食の準備を始めたママが、不意に言った。
「そういえば、そのチョコどうやって渡すの?」
「え?」
 そういえば、考えてなかった……。
 どうしよう? 宅急便で送るのも、なんだか味気ないし……。
「どうしようか?」
「さぁ。そればっかりはママが決めても仕方ないでしょ」
 あっさり言うママ。
 私は考え込んだ。やっぱりこういうものは手渡ししたいし。でも、まさか「チョコあげたいから、札幌まで来て」なんて言えるわけないし……。
 やっぱり、送るしかないかなぁ……。
 うーん。
 夕食の時間になっても、私はまだ考え込んでたの。
 送るか、直接渡しに行くか、それとも来てもらうかなんだけど……。
 直接私が行ければ一番いいんだけど、いかんせんそんなお金ないし。それに、お金は何とかなったとしても、とても日帰りなんて出来る距離じゃないから泊まりになっちゃうし、そうなるとパパが許してくれるわけないし……。
 やっぱり、送るのが無難かなぁ……。
「おい、ほのかは何をうなってるんだ?」
「あら、あなた。そんなの決まってるじゃないですか。愛しい和くんにどうやってチョコを渡すか考えてるんですよ」
「な、なんだってぇ! ほのかっ! パパは許しませんよ!!」
「……パパ、うるさい」
 ガガーン
「ほっ、ほのかぁぁっ! パパを見捨てないでくれぇぇぇ」
「あなた、見苦しいですわよ。ほら、男はさっさと食べたら出ていくっ!」
 何やら泣きながらママに追いだされるパパを視界の端にとめたまま、私は考え込んでいた。
「あ、そういえば、ほのか」
「え?」
 ひょいっとリビングに顔だけ出して、ママが言ったの。
「あなたが悩んでたから、さっき言いそびれたんだけど、和くんから電話があったわよ」
「あっそ……。ええーっ!?」
 私は思わず立ち上がった。弾みに椅子が倒れたけど、そんなの構ってられない。
「どうして黙ってるのよ!」
「ほのかちゃんが悩んでいるから、邪魔しちゃ悪いなぁって思って。えへっ」
「……(くぉのぉぉぉ)」
 私が拳をぷるぷると震わせてると、ママはくすくす笑いながら私に言った。
「とにかく、早く電話してあげた方がいいんじゃない?」
「い、言われなくたって!」
「ほのかぁぁ」
「ほら、あなたはあっち」
 パパの首筋を掴んで連れていくママを見送って、私は自分の部屋に戻ったの。それから、電話の子機をとって、短縮の1番。
 ピッ
 トルルル、トルルル、トルルル
「はい」
 電話の向こうで、和くんの声がした。その瞬間、心臓がドキッと大きく鳴る。
「あ、もしもし。和くん? ほのかです」
「ほのか? 電話くれたんだ……」
 よかった、いてくれて。和くんに電話したら、いつも留守電なんだもん。
「電話してくれたって聞いたから……。どうしたのかなって」
「うん。実は今週の土曜なんだけど、ちょっと札幌に行く用事があって……。その時に逢えないかなって思ってさ」
「!!」
 私、思わずその場で子機を抱きしめてた。
 和くんが、来てくれるんだ。それも、バレンタインデーに……。
「もしもし、ほのか?」
 子機から和くんの声が聞こえてきて、我に返った私は、慌てて子機を耳に当てた。
「ご、ごめんなさい」
「やっぱり、ダメ?」
「え? あ、ううん、違うの。大丈夫よ。全然もう、大丈夫なんだから」
 慌てて言いなおすと、和くんは電話の向こうで大きく息を付いた。
「よかった。それじゃ、どこで待ち合わせする?」
「うん。それじゃ、13時にパセオでいいかな?」
「オッケイ。それじゃそうしよう」
「うん。待ってるからね」
 ピッ
 電話を切ると、私は鼻歌を歌いながらクローゼットを開けた。何を着て行こっかなぁ?
「あ、こっちこっち!」
 私が手を振ると、和くんは私に気が付いて、駆け寄ってきた。
「ごめんごめん。飛行機が雪で遅れたもんで」
「いいのよ。遠くから来てくれてるんだもんね」
 ドキドキドキドキ
 鼓動が高鳴ってる。だって、初めてなんだもん。男の子にチョコを渡す、なんて。
「あ、あのっ」
「え?」
 私は、バッグからチョコを入れた箱を出した。
「あの、これ、受け取って下さいっ」
「あ、チョコレート?」
「うん……。男の子にあげるの、初めてなんだけど……」
「そりゃ、嬉しいよ」
 笑って和くんは受け取ってくれた。よかったぁ……。
 ほっとして、私も笑顔を浮かべた。
「それじゃ、行きましょう!」
 その日は一日いろんな所に行って遊んで、それから札幌駅で和くんとお別れ。和くんはこれから夜行で帰るんだって。
 残念だったけど、しょうがないよね。
 高校卒業するまでの我慢だもの。
 おやすみなさい。
 私は、フォトスタンドの中で微笑んでる和くんに、そっとキスして、ベッドにもぐり込んだ。
 その頃のパパは……。
「ぷはぁ。ひっく。男親なんて、哀しいよなぁ……」
「親父さん、哀しいことがあったのかい?」
「おう、聞いてくれよぉ。娘がなぁ、ずっと手塩に掛けて育ててきたってぇのによぉ……」
 ラーメン横町で飲んだくれていたのでした。ほんとに、パパったらしょうがないんだから。

《終わり》

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