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Sentimental Graffiti Short Story #24
長崎という町

 長崎は坂が多い町だ。
 海に山が迫って、そこにへばりつくように家が建ってる。
 そんなこの町が、私は嫌いじゃない。

「やっぱり、長崎って他とは違うよねぇ」
 大波止を並んで歩きながら、増田くんが言った。
 あたしは肩をすくめた。
「どこと較べて、なのかしら?」
「いつになくきついツッコミ……」
「突っ込まれるだけのコトしてるからでしょ?」
「いや、突っ込まれるよりも突っ込む……すいません、もう言いません!」
「……はぁ、まったく」
 あたしは振り上げた右手を降ろした。
「何を考えてるんだか」
「え?」
「独り言よ」
 フィ、フィィ〜〜ッ
 汽笛の音が、港に響く。
 天気はいい。

 ゴォーン
 カラーン
 お寺の鐘の音と、教会の鐘の音が交錯する、不思議な空間。
 それが、長崎という町。
「そういえば、晶って留学したんだって?」
「え? ああ、去年の話ね。どこから聞いたの?」
 聞き返すと、彼は肩をすくめて「秘密」と笑う。
「ちょっとだけね。でも、あの時は夏休みを利用してちょっと雰囲気を味わってきただけよ」
「そうなんだ。でもすごいなぁ。俺なんて海外は行ったことないもんなぁ」
「行きたいの?」
「うーん。ま、いいや」
「え?」
「晶は、ここにいるから」
 ゴォーッ
 目の前を、市電が走り抜ける。見慣れた路面電車。

 大浦天主堂から、グラバー邸に続く遊歩道を歩いて登る。動く歩道もあるけど、やっぱり歩いた方が、気持ちいい。
「晶は」
「え?」
「楽しい?」
「……どうして?」
「地元の案内なんて、さ」
「ええ、とっても」
 すまして答える。
「この町、好きだもの」
「長崎が?」
「ええ」
 私は、振り返った。
 今まで登ってきた坂道の向こうに、長崎湾が見える。
「私、ここで産まれて、ここで育ってきた。長崎が、私そのものだもの」
「そういうのって、いいなぁ」
 彼は微笑む。
「僕は、全国を渡り歩いているから、そういう故郷ってないんだよね」
「大丈夫よ」
 私も微笑む。
「長崎は、受け入れてくれるわ。いつでも、どんな人でも。それが、長崎って町なの」
「うん、そうだね」

 長崎駅で、別れる。
「それじゃ、また来るよ」
「そんなに無理しなくてもいいわよ。遠いんだから」
 そう言ってから、ちょっと自己嫌悪する。本当は、もっと来て欲しい、逢って欲しいのに。
「ごめん、なかなか来れなくてさ」
 そういう言い方されると、もっと辛くなるじゃないの。
 ピリリリリリリリ
 発車のベルが鳴る。
「じゃ」
 彼が列車に乗り込み、ドアが閉まる。
 私は、軽く手を振る。思いきり手を振りたいのに……。

 駅を出ると、すっかり暗くなっていた。
 顔を上げると、町の灯りが、山並みに連なって天に伸びていくように見える。
 そう、これが長崎の町。
 私の大好きな……町。

《終わり》

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