長崎は坂が多い町だ。
《終わり》
海に山が迫って、そこにへばりつくように家が建ってる。
そんなこの町が、私は嫌いじゃない。
「やっぱり、長崎って他とは違うよねぇ」
大波止を並んで歩きながら、増田くんが言った。
あたしは肩をすくめた。
「どこと較べて、なのかしら?」
「いつになくきついツッコミ……」
「突っ込まれるだけのコトしてるからでしょ?」
「いや、突っ込まれるよりも突っ込む……すいません、もう言いません!」
「……はぁ、まったく」
あたしは振り上げた右手を降ろした。
「何を考えてるんだか」
「え?」
「独り言よ」
フィ、フィィ〜〜ッ
汽笛の音が、港に響く。
天気はいい。
ゴォーン
カラーン
お寺の鐘の音と、教会の鐘の音が交錯する、不思議な空間。
それが、長崎という町。
「そういえば、晶って留学したんだって?」
「え? ああ、去年の話ね。どこから聞いたの?」
聞き返すと、彼は肩をすくめて「秘密」と笑う。
「ちょっとだけね。でも、あの時は夏休みを利用してちょっと雰囲気を味わってきただけよ」
「そうなんだ。でもすごいなぁ。俺なんて海外は行ったことないもんなぁ」
「行きたいの?」
「うーん。ま、いいや」
「え?」
「晶は、ここにいるから」
ゴォーッ
目の前を、市電が走り抜ける。見慣れた路面電車。
大浦天主堂から、グラバー邸に続く遊歩道を歩いて登る。動く歩道もあるけど、やっぱり歩いた方が、気持ちいい。
「晶は」
「え?」
「楽しい?」
「……どうして?」
「地元の案内なんて、さ」
「ええ、とっても」
すまして答える。
「この町、好きだもの」
「長崎が?」
「ええ」
私は、振り返った。
今まで登ってきた坂道の向こうに、長崎湾が見える。
「私、ここで産まれて、ここで育ってきた。長崎が、私そのものだもの」
「そういうのって、いいなぁ」
彼は微笑む。
「僕は、全国を渡り歩いているから、そういう故郷ってないんだよね」
「大丈夫よ」
私も微笑む。
「長崎は、受け入れてくれるわ。いつでも、どんな人でも。それが、長崎って町なの」
「うん、そうだね」
長崎駅で、別れる。
「それじゃ、また来るよ」
「そんなに無理しなくてもいいわよ。遠いんだから」
そう言ってから、ちょっと自己嫌悪する。本当は、もっと来て欲しい、逢って欲しいのに。
「ごめん、なかなか来れなくてさ」
そういう言い方されると、もっと辛くなるじゃないの。
ピリリリリリリリ
発車のベルが鳴る。
「じゃ」
彼が列車に乗り込み、ドアが閉まる。
私は、軽く手を振る。思いきり手を振りたいのに……。
駅を出ると、すっかり暗くなっていた。
顔を上げると、町の灯りが、山並みに連なって天に伸びていくように見える。
そう、これが長崎の町。
私の大好きな……町。