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承前
《続く》
徹夜に近い状態のマジックの所に、見張り台からの急使が届いたのは、マリアの死から一夜が明けようとしている頃だった。
「……なんですって!?」
広い国王の執務室に響き渡ったマジックの声に、こちらもほとんど徹夜状態で働いていたアレックスが駆け寄る。
「どうしたの、マジック?」
彼女は、アレックスの方に振り返った。その顔色は、疲労も手伝って、青いというよりも土気色に近い。
「魔物の大群が攻めて来たって知らせが……」
アレックス自身も疲労の極に達しようとしていたが、彼はとりあえず手をマジックにかざし、小さな声で回復呪文を唱えた。
少し、マジックの表情が生気を取り戻す。
「ありがとう、アレックス」
「いや。疲れていると、判断力が鈍る。カバッハーン殿の口癖だからね」
アレックスは微笑すると、伝令の方に向き直った。
「詳しい状況は?」
伝令の報告によると、これまで以上の敵の数だという。まだ薄暗いのではっきりとはわからないが、“平原が一面魔物で覆われる”ほどだったと、伝令は告げた。
マジックは額を押さえた。
「昨日の襲撃は痛いわ……」
「昨日のって、マリアさんが亡くなられた、あれ?」
聞き返すアレックスに、マジックは頷いた。
「マリアさんが亡くなられて、志津香さんやミリさん、ランさんの動揺は激しいと思う。それに、ラファリアさんは治癒呪文が早かったから、怪我は大したことがないってことだけど、昨日の今日でまだ前線で指揮を執ることは無理だし、アールコートさんも……」
「そうだね……。アールコートさんの性格からすると、今戦えって言うのは酷だよね」
今までの戦いで、彼女の性格はおおむね飲み込めた二人は、ため息をついた。それから、アレックスはマジックの肩を叩いた。
「今ある戦力で、どう迎撃するかを考えないと。無いものを数えても仕方ないよ」
「そうね……」
マジックは、自分の肩に置かれたアレックスの手を、その上から押さえた。
そして、目を閉じて呟いた。
「ねぇ、アレックス……。あなたは、私がどんな決断をしても……」
「ああ。僕は君の決断を支持するよ」
アレックスは頷いた。マジックはにこっと微笑むと、目を開けた。
その瞳には、ひとつの決意があった。
彼女は伝令に告げた。
「最小限の見張りを残して、全員が大広間に集まるように。至急、お願い」
ゼス城の地下室。
ベッドに安置されたマリアの遺体を囲み、皆一言も発せずに黙り込んでいた。皆、といっても、別室ですやすや眠っているミルを除いて、だが。
「……どうして、こんなことになっちまったんだろうな……」
ミリが、誰に聞くともなく、呟いた。
「ボクのせいだ。ボクが、みんなをここに連れてきたから……」
メナドが、うなだれた。その肩に、かなみが手を置いて、首を振る。
「それは、私にも責任があるわ。メナド一人のせいじゃない」
「でも、でもかなみちゃん!」
「やめて!」
志津香が、叫んだ。立ち上がると、二人に向かって怒鳴る。
「そんな事言って、マリアが生き返るの!?」
その碧の双眸からは、涙が溢れて、頬を伝って流れ落ちていた。
「志津香……」
ランが、志津香に優しく声をかけた。
と、不意にドアが開けられ、魔法将軍の一人が顔を出した。
「申し訳ありません。マジック様が、全員に非常召集をかけられています。全員、大広間に集まるように、とのことです」
一応、カスタムの町長代理として、この中では代表扱いになっているランが答えた。
「わかりました。すぐに伺います」
「では、失礼します」
魔法将軍はドアを閉めた。ランは皆に声をかけた。
「私が行くから、みんなはここにいてもいいわ」
「そうもいかねぇだろ? あの嬢ちゃんが全員って言ったのに、出ていったのがランだけじゃ、格好がつかねぇって」
ミリは肩をすくめると、立ち上がった。
「志津香はマリアに付いててやんな。他は行くぞ」
志津香は無言でこくりと頷いた。そして、一同があわただしく出ていくのを、彼女らしくない、ぼんやりとした視線で見送っていた。
廊下を走りながら、メナドがかなみにささやいた。
「志津香さん、だいぶん参っちゃってるみたいだ……」
「一番の親友同士だったんだもん。無理ないわよ」
かなみも沈んだ表情で答える。
メナドは訊ねた。
「マリアさんを生き返らせる方法って、ないのかな……?」
「……」
その質問に、かなみは少し考えて答えた。
「いくらでもありそうだけど……」
「ほんと? かなみちゃん、それなら……」
「でも、難しいと思うわ。死んだ人を生き返らせると、それ相応の反動が来るのよ」
「それ相応の反動……?」
「私もこないだ、ホーネットさんにちょっと聞いたことがあるんだけど」
今はリトルプリンセス来水美樹のガードに付いている魔人ホーネットは、もともと前魔王ガイの娘で、次期魔王として教育されてきた。そのため、様々なことに通じている。
「生命は生まれ、消えて、また生まれる。このような輪廻を繰り返すことによって、この世界は成り立ってるのよ。死んだ人をよみがえらせるのは、その輪廻を断ち切ることになる。つまり、この世界そのものに介入することになり……」
「なんだかよくわかんなけど、難しいってこと?」
かなみの言葉を断ち切ってメナドが訊ねる。かなみは苦笑した。
「私も実はよくわからないんだけど、難しいのは確かね」
「そっかぁ……」
メナドは呟き、あとは2人は何も言葉を交わさなかった。
ザワザワザワ
大広間には、急遽集められた兵士や一般人達がひそひそ声で話をしていた。
と、それが不意に静まる。
マジックがアレックスやカバッハーンといった重鎮と共に姿を現したのだ。
彼女は皆の前に進み出ると、頭を下げた。
「みんな、今までありがとう」
その言葉に、ざわめきが広がる。マジックは片手を上げてそれを静めると、告げた。
「現在、この城は魔物の包囲下にあることは、言うまでもないと思う。そして、いよいよ魔物はこの城を落とすべく、決戦を仕掛けてくるようだ。だが、今までの籠城戦で我が軍の余力ももはやない。リーザス、へルマンからの援軍も望べくもない以上、これ以上の籠城には意味がないと判断する」
次の瞬間、今まで以上のどよめきがあがった。
「マジック様、何をおっしゃいます!」
「我が栄光のゼス国民、たとえ最後の一人になろうとも!」
「二度もこの城を捨てよと!?」
「静かにっ!」
マジックの傍らに立つアレックスが叫ぶが、騒ぎは静まらない。かえって火に油を注ぐ結果となった。
「ゼスの誇りを忘れたかっ!」
「それでも陛下の娘か!」
と。
「静まれと言っておるじゃろうがっ!!」
広いホールに怒鳴り声が轟いた。それは思わず皆が静まるほどの迫力だった。
アレックスとマジックも驚いて振り返った。
カバッハーンはこほんと咳払いして、マジックに言った。
「さ、嬢ちゃん、続きを」
(さすが“雷帝”カバッハーン殿だ)
妙な感心をするアレックス。
マジックは頷くと、皆の方に向き直った。
「今まで死力を尽くして戦ってくれたみんなには済まないと思ってる。だけど、城にこだわって、大切な物を失うわけにはいかないの。一番大切な、人の命を……。このままここに止まって全滅するよりは、生き延びてまたこの城に入ることを考えればいいのよ」
「……マジック、あなたの言う通りね」
別の声が聞こえ、皆はそっちの方を向いた。
マジックは呟いた。
「千鶴子……」
「あんたねぇ。未来の母親を呼び捨てにするのは止めなさいって何度も言ってるでしょうに」
苦笑しながら現れたのは、本来のゼス国王代理にしてゼス城留守預かり役の山田千鶴子だった。
「もう体はいいの?」
「おかげさまでね」
顔色はあまり良くないが、それでも千鶴子は微笑んだ。それから兵士達の方に向き直る。
「今は、生き残ることを考えた方がいいわ。こうしてぐずっている間にも、敵は着実にこのゼス城に迫りつつある。内輪もめで浪費する時間はないのよ」
多少服装のセンスに問題はあるものの、元四天王筆頭としてそれなりに尊敬を集められている千鶴子の言葉に、ざわめきも納まった。
その5分後。
隊長クラスが全軍を整列させている間に、将官クラスの者が集められて、脱出経路の打ち合わせが行われていた。
「敵は城の東に軍を集結させているようです。おそらく、日の出とともに攻めてくるつもりでしょう」
アレックスが地図を広げて説明する。
「そこで、我が軍の残存兵力全てで、その前にこっちの北側の包囲網を攻撃、手薄になっている部分を突破して、道を作り、非戦闘員を守りながらサクラの街の方向に撤退します」
「それしかなさそうじゃな」
カバッハーンも頷いた。
もし、この場にアールコートがいたなら、また違う展開になっていただろうが、彼女はとてもこの場に出られる状況ではなかった。
バタン
ドアが開き、かなみが地下室に駆け込んできた。
志津香がのろのろと顔を上げる。
「志津香さん、ゼス城を放棄することが決まったわ!」
「……そう」
そう言って、また視線をマリアの遺体に向ける志津香。
その様子にかなみは慌てて志津香の肩に手を掛ける。
「まさか、ここに残るなんて言わないわよねっ!?」
「……」
無言の志津香。
「志津香さんっ!」
「かなみ」
後ろから、ミリがかなみの肩を叩いた。そして、代わりに志津香に話しかける。
「マリアと帰ろうぜ。俺達のカスタムにさ」
「……」
無言のまま、志津香は頷いた。
その頃、マジックとアレックスは美樹の部屋に来て事情を説明していた。
まだ寝惚けまなこの美樹に代わって話を聞いたホーネットは、頷いた。
「そうですか……」
「すみません。私たちの力が及ばぬばかりに」
頭を下げるアレックスに、ホーネットは首を振った。
「いえ、元はといえば私の不始末のせい。皆さんにお詫びせねばならないのは私の方です」
「ホーネット様、そうと決まれば出発の準備を」
脇に控えていたシルキィが声をかける。ホーネットは頷き、メガラスに声を掛けた。
「メガラス、健太郎様をお呼びして下さい」
「ワカッタ」
こくりと頷くと、メガラスは出ていった。
「出発?」
ようやく目が覚めたらしく、美樹は訊ねた。ホーネットは頷く。
「はい」
「準備が出来次第、中庭にいらっしゃって下さい。遅れると敵の中に取り残されることになりかねません」
そう言うと、マジックは苦笑した。
「あなた達なら、取り残されても大丈夫だと思うけどね」
この世界に、復活したというリセット=ケッセルリンクを含めても8人しかいない魔人の半数と、さらにその魔人をも斬るという聖刀日光を操る少年、そして彼らが守るのは魔王リトルプリンセスなのである。
ホーネットは不意にマジックに訊ねた。
「かなみさんに連絡が取れますか?」
「かなみ? 多分、ミリさん達と一緒に地下にいるんじゃないかしら?」
マジックは小首を傾げて答えた。それから聞き返す。
「何か用でも? もし何だったら人を走らせますけど」
「いえ、それには及びませんよ。人手はいくらあっても足りないでしょうから」
そう言うと、ホーネットは振り返って、後ろで話を聞いていた小柄な少女に言った。
「美樹様をお願いします。すぐに戻りますから」
「はい」
頷いた少女、年の頃は12、3歳にしか見えないが、彼女も魔人、それも魔人戦争のときはホーネットの副官を務めていたほどの力の持ち主だ。その名をシルキィという。
「では」
ホーネットは優雅に一礼すると、姿を消した。瞬間移動の魔法を使ったのだろう。
地下室では、あわただしくマリアの遺体を櫃に納める作業が行われていた。
と、そのドアがノックされた。
「はいはいはぁい」
手持ちぶさただったミルがドアを開け、知り合いの顔を見てぺこりと頭を下げた。
「こんにちわ、ホーネットさん」
「こんにちわ、ミルちゃん」
かつて、ランスの城にいたときは、ミルは幻獣を操る特殊部隊として、たびたび戦いに出ていた。その為、ホーネットとも知り合いなのである。
ホーネットは訊ねた。
「かなみさんはいらっしゃるかしら?」
「かなみちゃん? さっきいたよ。ちょっと待っててね〜」
そう言って、部屋の中にぱたぱたと駆け込むミル。
ややあって、ミルに引っ張られるようにしてメナドがやって来た。
「ごめんなさぁい。かなみちゃん見つからなかったから、メナドちゃん連れてきたよ」
「ちょっとちょっとミルちゃん、引っ張らないでっ。……あ、ホーネット様!」
メナドはホーネットの姿を見て、慌てて敬礼した。
ホーネットも一礼して、訊ねた。
「かなみさんはどちらにいらっしゃいますか?」
「ええっと……」
メナドは小首を傾げて、苦笑した。
「かなみちゃんの居場所は、ボクにもちょっと……」
忍者の、それも優秀な忍者であるかなみの居場所など、同じ忍者でも判らないだろう。
ホーネットも頷いた。
「それなら、メナドさんでも構わないので、聞いていただけますか」
「ボクにですか? あんまり難しい話は、ちょっと……」
頭を掻くメナドだったが、次のホーネットのセリフで居住まいを正した。
「リセット様のことです」
「……判りました」
メナドはこくりと頷いた。そして、ちらっと作業を続けている部屋の中を見た。
ホーネットも頷いた。
「別室でお話ししましょう」
「はい」
頷いて、メナドはホーネットの後に続いて隣の部屋に入った。
「リセット様のことって何ですか? もしかして、魔血魂を分離する方法が見つかったとか?」
「いえ、残念ながら」
ホーネットは首を振った。それから、がっかりした顔のメナドに言う。
「リセット様は、ケッセルリンクの魔血魂によって魔人となった。それは間違いないと思います。元々、ケッセルリンクはカラーの魔人ですから、リセット様が魔人となるには一番適していたと」
「そうなんですか?」
そういう知識には疎いメナドが小首を傾げる。と、声が聞こえた。
「それじゃ、誰なのか判らないけど、そいつはリセット様を魔人にするために、わざわざそのケッセルリンクの魔血魂をホーネット様から奪った……。つまり、最初からリセット様を狙っていた、というわけなのね」
天井から舞い降りてきたかなみが、メナドの隣にスタッと着地する。
「かなみちゃん?」
「ごめんなさい、少しマジックさんと話をしてたもので。ミルちゃんに呼ばれてたって聞きましたから」
かなみはホーネットに一礼した。
ホーネットは話を続けた。
「かなみさんの言うとおりだと思います。それで、ケッセルリンクとその使徒について、少しお話ししておいた方がいいかと思いまして」
2人はこくりと頷いた。
「ケッセルリンクは、先ほど申し上げたとおりカラーの魔人で、しかも吸血鬼。つまり不老不死で、肉体を滅ぼしても一夜で復活します」
「ランスが相手にするときも随分手こずったみたいだしね」
「そうなの?」
かなみの言葉に、メナドは聞き返した。かなみは苦笑した。
「あの時は、ケッセルリンクとパイアールが同時に攻撃かけてきてたからね。メナドはパイアール戦に駆り出されてたから知らないのも無理はないわ」
「ああ、あの頃のことかぁ」
メナドはこくりと頷いた。ちなみにパイアールも魔人の一人である。
「で、結局ランスはケッセルリンクの櫃を破壊して倒したのよね、確か」
かなみは頬に指を当てて思い出しながら言った。
「そうです。ケッセルリンクの唯一の弱点、それが櫃です」
答えるホーネット。ちなみにランスはそれをサテラに聞き出し、ケッセルリンクを館から遙か遠くまでおびき出しておいて、館を急襲する方法をとってケッセルリンクを倒したのだった。
「……ちょっと待って」
かなみが、何かに思い当たったように、はっとしてホーネットに訊ねる。
「ケッセルリンクはカラーの魔人で、しかも吸血鬼だった。ということは、リセット様も、ケッセルリンクの魔血魂で魔人になったって事は、もしかして吸血鬼になったってこと?」
メナドが驚いて聞き返す。
「えっ? だって、普通吸血鬼って、吸血鬼に血を吸われてなるんじゃないの?」
「普通はそうです。でも、この場合は」
ホーネットは首を振った。そして言った。
「吸血鬼といっても、普通の吸血鬼じゃありませんよ。魔人の吸血鬼ケッセルリンクは、別名を吸血鬼の王、ヴァンパイア・ロードと呼ばれていました。普通の吸血鬼には致命的となるニンニクや十字架、銀の武器もほとんど通用せず、太陽の光にも耐性を持つ、無敵の吸血鬼です」
「それじゃ、倒すには……」
「はい。ランス王のしたとおり、櫃を破壊した上で、肉体を滅ぼすしかありません」
「肉体を滅ぼすったって、そんな奴に普通の攻撃は……」
言いかけて、かなみははっとした。ホーネットは頷く。
「はい。ランス王には、魔剣カオスがありました。いかに不死身の吸血鬼といえど、魔人である以上、カオスが相手ではその肉体も滅ぶしかなかった、というわけです」
かなみは腕組みした。
「整理させて。……リセット様は、今は魔人であり、かつ吸血鬼、それも超がつくほど強力な吸血鬼の王になっちゃった。それを倒す方法は、櫃を破壊して、かつその肉体を滅ぼす。その肉体を滅ぼすには、魔人を倒せる武器、つまり魔剣カオス、または聖刀日光が必要、と。もちろん、倒してしまえばリセット様はそのまま……」
「そんなっ!」
メナドが叫んだ。そのままかなみの服の襟元を掴む。
「そんなことってないよ!!」
「落ち着いてよ、かなみ。だから、ますます魔血魂を分離させる方法を知らないといけないってことじゃない」
「あ、そっか」
頷いて、メナドはかなみの服の襟元から手を離した。
ホーネットは話を続けた。
「ケッセルリンク自身は争いを好まぬ性格でした。使徒も、彼を慕って集まった、人間界ではいろいろな理由で迫害されていた少女達で、特に特殊な力も持っていませんでした。しかし、あの少女……ナギだけは違うようです」
「志津香さんの話じゃ、ここで自分の父親を殺した後、失踪したって……」
かなみの言葉に頷くホーネット。
「私も詳しいことは知りませんが、その後ナギは魔物の森に迷い込み、たまたまケッセルリンクの館にたどり着いた。ケッセルリンクは、憎しみしか存在しなかったナギの記憶を封印し、そしてナギはケッセルリンクの使徒となった……と聞いています。ただ……」
ホーネットは目を伏せた。
「ランス王がケッセルリンクを倒した後、その使徒達は彼の思い出と共に生きることを選び、彼の館にとどまりました。でもその中にナギの姿は無かった……」
「……もしかして、ナギがケッセルリンクの復活をもくろんだの?」
「可能性は、あります。リセット様を誘拐なさったのは、ナギだったのでしょう?」
「志津香さんはそう言ってた」
かなみは呟いた。
「でも、ホーネットさん。さっきの話だと、ナギってケッセルリンクに記憶を消されてたんでしょ?」
「ええ。でも、ケッセルリンクがいなくなって、記憶が蘇ったのかもしれない……」
「それじゃ、全てを仕組んだのはナギってこと?」
メナドが訊ねた。かなみは首を振った。
「そこまでは私にも……」
と、不意にノックの音がした。
「あ、は〜い」
メナドが返事をしてドアを開けると、ランが立っていた。
「ごめんなさい、お話中に。こっちの準備は終わりましたから、そろそろここを出ますけど……」
「あ、えっと……」
メナドは振り返った。ホーネットは微笑む。
「私も、これ以上の情報は今のところ持ってませんから」
「ええ、ありがとう、ホーネットさん。参考になったわ」
かなみは頷くと、ランに言った。
「私達も行きます」
その数時間後。
城から北方向に打って出た残存部隊は、手薄だった敵の包囲を突破する事に成功していた。そして、そのままの勢いで、北の峡谷の間を抜ける道をひた走る。
だが……。
「敵襲っ!!」
その声と共に、馬車が急停車する。
「きゃ!」
ここのところの疲れがたまってうたた寝していたせいで、椅子から振り落とされたマジックは、馬車の床に転がり落ちた。
「マジック、大丈夫?」
「ええ」
アレックスの手を借りて体を起こすと、マジックは馬車の窓から外を見て、顔色を変えた。
狭い峡谷の中を抜ける道。その行く手から魔物の群が迫りつつあった。
「後ろもだ!」
アレックスは後方を見て叫んだ。マジックは唇をかんだ。
「挟み撃ち? でも、敵の守りはもう突破したはずじゃ……」
「ああ。報告だと敵の主力は王宮を攻めるために東の方に集結していたはずだ。こんな所にいるはずは……」
言いかけて、アレックスははっとした。
「罠!?」
「……あり得るわ。魔法で大群がいるという幻影を作って、こっちの見張りを欺いたとしたら……」
マジックは唇をかんだ。
その隣で、カバッハーンが呟く。
「このようなとき、陛下が居てくださったら……」
「……っ!」
マジックが顔を上げ、何か言おうとした。だが、それよりも早く、アレックスが言った。
「それじゃ、だめなんですよ、カバッハーン殿」
「ん?」
「僕らは、自分たちでやらないといけないんです。いつまでも、陛下に頼っていては、いけないんですよ」
アレックスは、前方の敵をきっと睨みながら、言った。
「僕らは、無意識のうちに、甘えていました。いつか陛下が戻ってきてくれたら……、と。それじゃだめなんです」
カバッハーンは、アレックスを見つめた。
「随分と、成長したようじゃな、アレックス」
「いえ、そんな……」
「そうじゃな。儂も、成長せねばなるまいな」
彼も、前方に視線を向けた。
マジックは、馬車のドアを開けて飛び降りた。
「マジック!?」
「私達だけ、馬車の中に隠れててもだめでしょ!」
そう言うと、マジックはそのまま前方に駆けていった。
前方の敵の数に、思わず足を止めた最前列に、マジックが駆け込んできた。
その姿に思わず目を見張る兵士達。
「マジック様!?」
「ここは最前線ですぞっ! 早くお戻りをっ!」
口々に叫ぶ兵士達に、マジックはぴしっと言った。
「あなた達だけに危険を冒させるわけにはいかないのよ。後ろからも敵が迫ってる。ここを突破しないと、私たちは全滅あるのみっ!」
マジックは、前方を指した。
「全力で前の敵を突破するわっ! ファイヤーレーザーっ!!」
カァッ
白く輝く光線が、最前列の魔物を打ち抜く。
こうして、戦いは始まった。
ガァーーッ
「邪魔だぁっ!!」
正面に現れた魔物を、袈裟掛けに切り倒すと、メナドは叫んだ。
「こっちだよっ! 早くっ」
侍女たちが、メナドに頭を下げ、走り抜けていく。
それに襲いかかろうとした魔物が、またメナドの一撃を受けて倒れた。
「くっ、これじゃキリがない……」
メナドは、額の汗を拭った。
と、さっき侍女たちが逃げた方で、悲鳴が上がった。
「しまった!」
舌打ちして、メナドは駆けだした。そして、侍女たちに襲いかかろうとしている魔物の群れを見つけて、剣を振り上げた。
「待てぇっ! ボクが相手だぁっ!!」
ドゴォン
いきなり、すぐ脇で魔法が爆発し、小柄なメナドはもんどり打って飛ばされた。地面に叩き付けられ、気が遠くなる。
「……王様……」
小さく呟き、メナドは意識を失った。
「火爆破!」
ドォン
爆発が起こり、魔物はもんどり打って吹き飛ぶ。
志津香は、さらにいくつも火の玉を放った。正面の魔物たちが火だるまになる。
「志津香……」
ランが声をかけるが、志津香は魔法を放つのを止めない。
「ファイヤーレーザー!!」
キュゴォッ
熱線が、魔物を焼き払う。
「志津香、もういいわっ!」
「……何が、魔法よ。何が、最強の黒魔術師よ。……白色破壊光線っ!!」
白い閃光が、魔物の一団を一瞬で消滅させた。
「もうやめてっ!!」
「こんな力があったって……。友達一人救えないのよ!」
志津香は、振り返った。その頬を、涙が流れ落ちた。
「志津香……」
ランは、首を振った。
「そんなことしても、マリアは生き返ってこないのよ」
「わかってるわよっ。でも、どうすればいいのよっ!!」
志津香は、ランの服を掴んで、問いつめた。
「あなたは、マリアがあんな殺され方しても、何とも思わないのっ! そんな冷たい人とは思わなかった……」
パァン
乾いた音がした。志津香の右頬が、かぁっと赤くなる。その頬を押さえて、志津香は呟いた。
「ミリ……」
「悲しいのは、志津香、お前だけじゃないんだよ」
横合いから志津香の頬を張ったのは、ミリだった。
「でもっ……」
「ランはな、あの日からずっと自分を責めてるんだ。なぜ、あの場に駆けつけなかったのか。自分が行っていれば、マリアは助かったのかも、ってな」
あの日、ランはマジック達の会議に出席しており、その会議が終わってからマリアの死を知ったのだった。
「ミリさん、もうやめてください」
ランは、首を振った。
「……すまねぇ、ラン」
ミリは、志津香をちらっと見ると、剣を構え直した。
「とりあえず、ここから逃げることだけ、考えようぜ。こんなところで俺達がくたばっても、マリアは喜びゃしねぇだろ?」
「……」
ランと志津香は、こくりとうなずいた。それを見て、ミリは声を上げた。
「よっしゃ。行くぜっ!」
と、不意に志津香は足を止めた。そのまま、頭上を見上げる。
「どうした、志津香!?」
「来た」
彼女が呟くと同時に、不意に頭上から声が聞こえた。
「見つけた、魔想の娘」
「あの声、ナギってやつか!?」
ミリとランが身構える。が、志津香はそれを制した。
「ごめん。ナギは私が相手する」
「志津香、でも……」
ランが声をかけるが、志津香は首を振って、それから微笑んだ。
「ごめん、さっきは八つ当たりして。ラン、カスタムの街のためにも、あなたは生き残ってよ」
「志津香!?」
「ミリ、ランをお願いね」
「……ああ」
うなずくミリをちらっと見て、志津香は飛翔した。そして、ナギの正面で停止する。
「ナギ、こんどこそ、決着をつけましょう」
「望むところだ」
ナギは、にやりと笑った。
魔物の群の間を、美樹を守るようにしてホーネットとシルキィは走っていた。美樹の背後には健太郎が、そしてメガラスとサテラ、シーザーがさらにその背後にいる。
「健太郎くん……。私のせいなのかな……?」
美樹は呟いた。
「そんなことないよ」
「でも、私が来たせいで、お城が……」
「美樹ちゃん」
健太郎は、油断なく周囲に気を配りながら、美樹の頭を軽くなでた。
「とにかく、今は逃げる事だけを考えようよ。反省は落ち着いてからでも出来るんだ」
「……うん、そうだね」
美樹はこくりとうなずいた。
と。
不意にホーネットが足を止めた。
トン
その背中にぶつかって、美樹は慌てて謝る。
「ごめんなさいっ。あの、急に立ち止まるから、えっと」
「美樹さん、気をつけて」
ホーネットの口調が緊張しているのに気づいて、美樹の顔がさっと青ざめる。
「な、なんですか?」
「へぇ、その娘がリトルプリンセスなんだ」
場違いに明るい声。
一同の前に、空色の髪の少女が立っていた。
「……これは、ケッセルリンクの魔血魂の波動……」
ホーネットは呟いた。
チャキッ
微かな音がした。美樹を背後にかばいながら、健太郎が一歩前に出て、聖刀日光の鯉口を切ったのだ。
この聖刀ならば、魔人を倒すことができる。
だが。
「だめっ! 健太郎くん、だめっ!」
慌てて美樹が健太郎の腕を引いた。
「あの娘がランス王様の娘さんなんでしょ? だったら、だめだよ、斬っちゃ!」
「でも……」
ホーネットは、訊ねた。
「あなたが、リセット・カラーなのですか?」
「そうだよ」
あっさりとうなずくと、少女は微笑んだ。
「私は、ランスの娘、リセット。リトルプリンセス、あなたの力が欲しいから、死んでくれる?」
「お断りだ」
健太郎は、美樹を背後にかばった。
「シーザー!」
サテラが叫ぶ。次の瞬間、青銅のガーディアン・シーザーが疾った。人間には振り回せそうにもない、巨大な剣を振り上げる。
だが。
「うるさいなぁ」
少女は呟くと、軽く腕を払った。振り下ろされた剣が、その腕に弾かれ、シーザーはたたらを踏んだ。
ガコッ
鈍い音とともに、シーザーの腹に穴が開いた。
「シーザーっ!!」
サテラが悲鳴を上げる。
次の瞬間、さっと少女はとびすさった。一陣の白い疾風が、そこを駆け抜けていく。
リセットは風の方を見ようともせずに微笑んだ。
「メガラス。ホルスの魔人だったよね、たしか」
「リセット、私たち全員を相手にすると、ただでは済みませんよ」
ホーネットが静かに言った。その体の周りには、いつの間にか5色の光を放つ球が浮遊していた。
ガシャ
そのホーネットの隣りに、大きな蟹に似た生物が現れた。シルキィの操る『生体戦車』リトルである。
リセットは肩をすくめた。
「うーん、そうかな?」
「試してみますか?」
あくまでも静かな口調のまま、ホーネットは訊ねた。
緊張感が、周囲を包む。
「もうっ、一体どれだけいるってのよっ!」
正面の魔物を吹き飛ばしながらマジックは怒鳴った。
まさしくどこからか湧いてきているように、魔物は倒しても倒しても現れる。
「マジック!」
後ろから声が聞こえて、マジックは振り返った。
「アレックス!? あなた、怪我を!?」
「いや、大した怪我じゃない」
アレックスは、額を流れる血を拭って苦笑した。
「でも……」
あっという間に、ゼス軍を率いる将軍から、恋人を案じる一介の少女の顔に戻ったマジックの頭を撫でて、アレックスは言った。
「悪い知らせだ。ナギとリセットが現れた」
「なんですって!?」
「ナギは志津香さんと、リセットはホーネットさんや美樹さん達と相対してる。他の兵士達に今のところ被害は出てないけど……」
「でも、ホーネットさん達はともかく、志津香さんは……」
「ああ。それに、どちらも壮絶な魔法戦になるだろう。そうなると周囲への被害も考えないといけないよ」
「……それ以前に、未だに包囲を破れないのも事実なんだけどね」
マジックは、まだまだ前方に広がる魔物の群を眺めて呟いた。
「……これまで、かな」
「マジック!」
「ごめん。でも……」
マジックは、その場にかくんと膝をついた。
「もう、立てない……」
マジックが倒れたのを見て、周囲の魔物が殺到してくる。
「げへへへ、女女」
「くそっ、近寄るなっ!」
アレックスが魔法を放つが、既にその魔法も相手を追い払うくらいの威力しかなくなっていた。
「アレックス……」
マジックが顔を上げる。
「ごめんね、アレックス」
「マジック……」
と、不意に朗々と声が響いた。
「そこまでだ! この下郎どもっ!!」
魔物達が、一斉に声の方を見る。
そこには、黒髪をなびかせて、一人の女性が立っていた。