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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.38



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 翌朝。
 目が覚めた俺は、いてもたってもいられずに、キャロットに来ていた。
 まだ開店前の時間帯。店の前を掃除していた涼子さんが、俺に気付いて首を傾げる。
「あら? どうしたの、恭一くん。シフトは昼からでしょう?」
「ええ、そうですけど、なんだか寮でじっとしてられなくて。あの、ご迷惑でなければ、働かせてください。お願いします」
 そう言って頭を下げる。
「ええっと……」
「構わないよ」
 涼子さんの後ろから、店長さんがでてきた。
「店長?」
「昨日、恭一くんが休んだから、さくらに出てもらったわけだし、そのさくらは今日は午前中シフトで入ってる。ちょうどいいから、さくらに休みをあげるってことでいいんじゃないか?」
 微笑んでそう言う店長さんに、涼子さんは頷いた。
「判りました。でも、今から家に連絡しても、さくらさんはもう出てるでしょうね」
「さくらも携帯くらいは持ってるだろう。ちょっと連絡してみるよ」
 そう言って、店長さんは店内に戻っていった。
 俺はもう一度、頭を下げた。
「無理ばかり言って本当にすみません」
「ううん」
 涼子さんは、箒を手にしたままかぶりをふった。
「いいの。私、キャロットで働いてくれているみんなは家族みたいなものだって思ってるから。家族が困った時には、助け合うのは当たり前でしょう?」
 そう言って、にっこり笑う涼子さん。
 俺は、もう一度深々と頭を下げた。

「……というわけで、午前中シフトを変更して、さくらさんの代わりに、恭一くんに入ってもらいます」
「はいっ」
 開店前に行う朝礼。
 普段は午後シフトの俺はほとんどこの朝礼には出ないので、結構新鮮だったりする。
 もっとも、午後シフトの場合は朝礼の代わりに閉店後の反省会(俺やかおるはホームルームと呼んでいる)があったりするのだが。
 並んだ俺と午前シフトの娘達を前に、涼子さんはクリップボードを片手に注意事項を述べてから、時計を見て、きりっと表情を引き締める。
「それじゃ、開店しましょう」
 その言葉と共に、全員が自分の持ち場に散り、キャロットが動き始める。
 俺は、今日の担当の場所に向かった。

「そんなことがあったんですね」
 話を聞き終わって、早苗さんは大きく頷いた。
 早苗さんがいることでも判るとおり、今日の俺の担当はディッシュ、つまり皿洗いなのである。
 それにしても早苗さんは聞き上手というか、気が付いたら俺は、みらいちゃんとのことを全て早苗さんに話していた。
「大丈夫ですよ」
 泡で一杯になったシンクの中で手を動かしながら、早苗さんは静かに言った。
「みらいちゃんは、きっと帰ってきます」
「そうでしょうか?」
「ええ」
 一つ頷いてから、早苗さんは俺の方に向き直る。
「恭一さん、あなたが信じてあげなくて、誰がみらいちゃんを信じるんですか。そんなことじゃ、ダメですよ」
 そう言いながらシンクから手を出し、俺のおでこをちょんとつつく早苗さん。
「……はい」
「よろしい」
 俺が頷くと、早苗さんは微笑んだ。
 と、急にドアが開いて、七海が飛び込んできた。
「おいっ、恭一いるかっ!」
「あら、七海ちゃん、どうしたの?」
 早苗さんがおっとりと訊ねる。
「ああ、縁の姉御。いや、大変なんだよ」
「なんだよ七海。俺ならここにいるって」
「そこにいたのか。いいから来いって」
 七海は、俺に駆け寄ると、腕を掴んだ。
 俺はその手を逆に掴んで言った。
「おい、仕事中だろ? いくらなんでも……」
「みらいちゃんが来てるんだよ」
「行くぞ七海!」
 俺はそのまま、廊下に飛び出した。それから振り返る。
「どこだ?」
「落ち着けよ。みらいちゃんの親父さんとお袋さんも一緒に来てるんだよ」
「千堂さんとあさひさんも?」
「ああ。事務室で、涼子さんと店長と何か話をしてるみたいだぜ」
「サンキュ。あの、早苗さん……」
 早苗さんは微笑んで頷いた。
「ここなら、私一人でも大丈夫ですよ」
「すいません、恩に着ます」
 頭を下げて、俺は廊下を駆け出した。

 事務室の前では、翠さんが腕組みして立っていた。
「翠さん!」
「しーっ!」
 翠さんは、唇に指を当てた。俺は慌てて自分の口を押さえた。
「す、すみません。あの、みらいちゃんが来てるって聞いて……」
「中で話をしてるわよ」
 翠さんの言葉に、俺は頷いて壁に寄りかかった。それから、ふと気付いた。
「ところで、翠さんどうしてここに? 今日は、午後シフトでしょう?」
「もうすぐ昼よ。今日はちょっと早めに入ろうと思って、で偶然会っちゃってね。ふふっ」
 嬉しそうに笑う翠さん。
「あの千堂和樹センセがこの向こうにいらっしゃるのよ。後でスケブ頼んでみようっと」
「……あの、もしもし?」
「それに、幻の声優としてその名も高い桜井あさひさんもご一緒とはっ! サインもらえるかなぁ」
「お〜い、翠さ〜ん?」
 ダメだ。どこかに行ってる。
 苦笑して、俺はもう一度壁に寄りかかった。
 と、不意に事務室のドアが開いた。そして、千堂さんが出てくると、俺に気付いて立ち止まった。
「……」
「……」
 あまりに突然で、俺は言葉が出せなかった。向こうも同じだったようで、一瞬、俺と千堂さんは黙って視線を交わしていた。
 と、事務室の中から声が聞こえた。
「恭一さんっ!」
「みらいちゃん!?」
 事務室の方に視線を向けるよりも早く、中から飛び出してきたみらいちゃんが、そのままの勢いで俺に抱きついていた。
「恭一さん、恭一さん、恭一さんっ」
 俺の名前を連呼しながら、そのまま胸に顔を埋めるみらいちゃん。
 驚きながらも、その頭に手を乗せて、俺は言った。
「大丈夫。俺はここにいるから」
「はっ、はうっ」
 小さく息を吐くと、みらいちゃんは顔を上げた。
 その瞳いっぱいに涙が溜まっているのに気付いて、俺は指でそっと、みらいちゃんの目元を拭った。
 と、千堂さんが不意に言った。
「俺の負けだ」
「千堂さん……」
「柳井くん。娘を……、みらいを頼む」
 そう言うと、そのまま千堂さんは歩き去ろうと……。
「千堂和樹先生ですねっ!」
「え、あ、ああ……」
「あの、私、篠原先生のところでアシをしてる夙川翠といいますっ。あの、スケブいいですか?」
「え? あ、いや、今はプライベートだから……」
「そうですか……。すみませんでした」
 しょぼんとして引き下がろうとする翠さん。
 と、事務室から出てきたあさひさんが、千堂さんの腕に軽く触れた。
「和樹さん、私も、和樹さんがスケブ書くところ、久し振りに見たいです」
「……わかった。どこか落ち着ける場所はないかな?」
「あ、それだったら休憩室を使ってくださいっ。不肖夙川翠、ご案内いたしますっ!」
 翠さんはそう言うと、千堂さんを引っ張るようにして廊下を爆走していった。
「ちょ、ちょっとキミっ!」
「大丈夫ですっ、コピックも用意してますからっ!」
「あ、あ、あの、待ってくださいーっ」
 その後をおろおろしながら追いかけていくあさひさん。
 3人が廊下の角を曲がってから、事務室から涼子さんと店長さんが出てきた。
「あ、店長、涼子さん……」
「恭一くん、ディッシュの仕事はどうしたの?」
 涼子さんに聞かれて、俺は頭を下げた。
「すみません。早苗さんが、今は一人で十分だからって休ませてもらいました」
「そう……。えっと、こほん」
 涼子さんは目を逸らして咳払いした。それで我に返ったらしく、慌てて飛び退くみらいちゃん。
「すっ、すみまわきゃっ!」
「うわっ!」
 勢い余ってそのまま後ろにひっくり返り掛けるところを、とっさに手を伸ばして抱き留めると、俺はほっと一息付いた。
「あっ、す、すみません、ごめんなさい」
「いや、いいって」
 ぺこぺこと頭を下げるみらいちゃんに苦笑して言うと、みらいちゃんは「はぅーっ」とため息なのかよく判らない声を上げて、俯いてしまった。
 なんだか子犬みたいで可愛いな、と思って、頭に手を当てて撫でてあげていると、涼子さんがもう一度咳払いした。
「こほん」
「あ、すみません」
 俺もそれで我に返って、慌てて手を下ろした。それから涼子さんに尋ねる。
「それで、どうして千堂さんがここに?」
「ええ。お二人でわざわざ謝りに来てくださったんですよ。それから、これからもよろしく、と」
「えっ? そ、それじゃ」
「ああ。正式に、みらいちゃんはバイトを続けてくれることになったよ」
 店長さんが笑顔で言った。そして涼子さんが話を続ける。
「それから、みらいちゃんはアルバイトの間だけですけど、寮に入ることになりましたから」
「えっ? どうしてまた?」
「あ、あの、わわたわたし、その、あのっ」
 みらいちゃんが、妙に慌てた様子で、わたわたと手を振りながら言った。
「ひ、一人でいろいろとやってみようって思ったんですっ!」
 なんか、最後なんて叫んでるし。
「で、でも、恭一さんんが嫌だったら、その……。や、やっぱり、迷惑ですよね」
 今度はなんかしょんぼりしてるし。って、うわっ、泣きそうになってるっ。
 思わず“みらいちゃんの百面相鑑賞モード”に入っていた俺は、慌ててみらいちゃんの肩に手を置いた。
「そんなことないって。歓迎するよ、みらいちゃん」
「ほんと、ですか?」
「ああ、ホントもホント」
 俺が真面目に頷くと、みらいちゃんはようやく笑顔を見せてくれた。
「よかったです……。あ、ありがとうございます」
「はい、それじゃ話もまとまったところで、みらいちゃんは着替えていらっしゃい」
「あっ、はい」
 こくんと頷くと、みらいちゃんは更衣室の方に駆けていった。
 なんか一生懸命で可愛いなぁ、とぽやーんとしていると、涼子さんは俺に向き直った。
「柳井くん」
「あ、はい」
 慌てて俺も真面目な顔に戻すと、涼子さんは指を一本立てた。
「みらいちゃんとお付き合いするのがダメなんてことは言いませんけど、公私のけじめはちゃんとつけること。わかってるわね?」
「はい」
「よろしい。それじゃ仕事に戻りなさい。そろそろランチのお皿が溜まってるわよ」
「あっ、そうですね。それじゃ戻ります」
 俺は2人に頭を下げて、早苗さんのところに駆け戻った。

「すみませんでした。柳井、入りますっ」
 声を上げて入ると、早苗さんがシンクから顔を上げて俺を見た。それからにっこり笑う。
「おめでとう、恭一さん」
「へ? なんですか?」
「だって、みらいちゃんのこと、上手くいったんでしょう?」
「あ、はい。今まで通りみらいちゃんはここで働けることになりましたけど、誰にそれを聞いたんですか?」
 翠さんがここに寄ったのかな? と首を傾げると、早苗さんは笑って答えてくれた。
「判りますよ。恭一さん、すごく嬉しそうな顔をしてましたからね」
 ううっ、そんなににやけていたのか。
 俺は思わず、自分の顔を撫でてから、早苗さんの隣に戻った。


To be continued...

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あとがき
 こちらは無印シリーズ、というかみらいちゃんシリーズですね。
 どうにかこうにかっていう感じで。はい。

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