喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  末尾へ

ONE 〜into the Bright Season〜 Short Story #27
牛乳女とラブコメ男

 はぁはぁはぁ。
 駆け通しで来たから、さすがに息が切れた。
 膝に手をついて荒い息を整えながら、ようやくたどり着いた公園の中を見回す。
「あっ、浩平」
 捜すまでもなく、向こうから駆け寄ってきた。
「もうっ、遅いよっ」
「はぁぁ〜〜〜」
「ど、どうしたの?」
「必死に走ってきたというのに、開口一番文句を言われた可哀想な男へのため息だ」
「はぁぁぁ〜〜〜っ」
 ため息を返された。
「……そっちは何だ?」
「待ち合わせに1時間も遅刻された可哀想な女の子へのため息だよ」
 ……冷静に考えてみると、こっちが悪いような気がしなくもない。
「ええとだな、起きようと努力はしたんだ。ところが……」
「目覚ましが止まってたんだよね?」
「いや、セットすらしてなかった」
「……」
 もう一度ため息をつかれそうになったので、慌ててフォローを入れる。
「あ、でもちゃんと自力で目は覚ましたぞ。今から1時間半くらい前に」
「それじゃどうして遅れたの?」
「株価情報が気になってな」
「……今朝の日経平均株価は?」
「安かった」
「……はぁぁ」
 くそ、結局ため息を回避出来なかった。
「本当に浩平、変わらないね……」
 そう言って、何故か微笑む。
 俺は肩をすくめた。
「変わるつもりもないしな。だけど、まぁ、お前が変われって言うなら考えなくも……」
「ううん、いいよ」
 俺の言葉を遮るように、首を振る。
「わたしは、そのままの浩平でいいんだよ」
「……お前、今すっごく恥ずかしいこと言っただろ?」
「えっ? あ、えっと……」
 かぁっと真っ赤になる。本当に可愛い奴だ。
「そ、その、えっと、わ、わたし、そのねっ……」
「うろたえてるんじゃない」
 ぴしっとおでこを人差し指で弾くと、手を掴んだ。
「行くぞ、瑞佳」
「あっ……。うんっ!」

「でも、初めてだね」
 芝生の上にビニールシートを広げながら、瑞佳が感慨深げに呟いた。
「何がだ?」
「こうやって二人でデートするのが、だよ」
「そうだったか?」
「そうだよ」
 頷きながら、靴を脱いでシートの上に座る瑞佳。
「ほら、浩平も靴脱いで」
「おう」
 俺も靴を脱いでシートにあがる。
 びゅう
 風が吹き抜け、瑞佳がぶるっと身震いすると、困ったように笑う。
「……ちょっと寒いかな?」
「風よけも何もないからな」
 俺も辺りを見回しながら答える。
 春といっても、まだ風は冷たかった。
「こんな時に何が悲しくてだだっ広い芝生の上で弁当食べないといけないんだ?」
「それはそうなんだけど、でも浩平だよ。一緒にお弁当食べようって言ったの」
「別にこんな寒いところで、とは言ってないぞ。ベンチとか、色々あるだろ?」
「あ、ホットミルクあるよ」
「……熱いお茶はないのか?」
「わたし、魔法瓶一つしか持ってきてないもん」
 にこにこしながら、魔法瓶の蓋を開ける。と同時に、もわっと牛乳の匂いがこっちにまで流れてきた。
 そこで、俺は気付く。
「ところで、他に飲み物は無いのか?」
「ないよ」
 平然と答える瑞佳。
「詐欺だっ!!」
「わっ、人聞き悪いよっ」
「それじゃ、弁当を牛乳飲みながら食えって言うのかお前はっ」
「うん。わたしはいつもそうだよ」
 俺は無言で立ち上がった。
「ちょっと、お茶でも買ってくる」
「わっ、嘘々。ちゃんとお茶もあるよ」
 そう言いながら、烏龍茶の缶を取り出す瑞佳。
「ほら、まだ暖かいよ」
「……」
 俺は無言で瑞佳の肩に手を置いた。
「な、何かな、浩平?」
「くぉの、いじめてやるいじめてやるいじめてやる〜っ!」
「きゃぁ〜」

「ふぅ、気持ち良かった」
「くすん。浩平、いじめっこだよ……」

「莫迦なことやってて腹減ったな。そろそろ食うか」
「……」
「あ、もしかして拗ねてるのか?」
「知らないもん」
 ぷいっとそっぽを向く瑞佳。
「もうお弁当あげないもん」
 どうやら本当に怒ってしまったらしい。
「まぁ、3秒もあれば機嫌も直るだろう」
「そんなことないもん」
「そうか?」
「1、2、3。ほら、直ってないもん」
「……わかった。俺が悪かったから飯を食わせてくれ」
「……」
 瑞佳は振り返って俺の顔を覗き込む。
「どうしたの、浩平? 素直に謝るなんて変だよ?」
「なんでそこまで言われなきゃならんのだ?」
「だって、いつもがいつもだし……」
「いいから、食わせてくれ」
「あっ、そうだね」
 頷くと、瑞佳はディバッグから、ナプキンで包んだ弁当箱を出した。
「はい」
「……はい、って、一つしかないのか?」
「うん。どうせ一緒に食べるんだもん、別々に分ける必要もないでしょ?」
 ……想像してみる。
 一つの弁当をつつく瑞佳と俺。
 それはとても恥ずかしい光景のような気がした。
「なんか、バカカップルみたいじゃないか?」
「そこまで言わなくても……。そうだね。そんなに浩平が嫌なら、これ全部、浩平が一人で食べてもいいよ」
「確かに食えない量じゃないけど、でもお前はどうすんだ?」
「わたしはいいよ」
「ダイエット中か? 確かにちょっと太ったような気はするが……」
「わっ、なんてこと言うんだよっ」
 かぁっと赤くなると、俯いてお腹を摘む。それから、おそるおそる俺に尋ねた。
「……ねぇ、ホントに太ってる?」
「いや、全然」
 むしろ細いくらいだと思う。
「……もうっ、ホントにあげないもんっ」
 ぷいっとそっぽを向く瑞佳。
 いかん、このままではマジに飢えてしまう。
 何しろ朝も、慌ててたせいで何も食ってないのだ。
「瑞佳、とりあえず文句なら食った後で聞くから、まずは食わせてくれ」
「……はぁぁ」
 ため息をつくと、瑞佳は弁当の蓋を開けた。
「わたし、選択を間違ったのかも知れないって思うよ」
「そもそもお前が先に石をぶつけたんだろ?」
 割り箸を割りながらそう言って、慌てて左手を前に出す。
「待て、悪かったから議論は食ってからにしよう」
「……うん、そうだね」
 そう言うと、瑞佳は微笑んだ。
 俺はほっと一息ついて、飯を口に運ぶ。
「わっ、そんなに一口で食べないでよっ!」
「飯は一気にかき込むものだ。俺のやり方はお前も知ってるだろう?」
「それはそうだけど……。わっ、唐揚げもまで〜。む〜、それじゃわたし、この人参っ!」
「ああ、それはいらん」
 そう言って、さらにそぼろの乗った飯をかき込む。
「……浩平、ちゃんとバランス良く食べないとだめだよ。ほら、人参あげるから」
 箸ではさんだ人参を俺の口の前に突きつける瑞佳。
「ほら、口開けて。あ〜んって」
「……」
 口を開けてやる。
「わっ、口の中いっぱい……」
 一気にかき込んだ飯と唐揚げで口の中は限界だった。
「汚いよ、浩平……」
「ふぁふぇふぉっふぇふぃっふぁふぉふぁあ」
「わぁっ、なんか飛んでくるよっ」
 慌てて逃げる瑞佳。といっても、わずかに座る場所をずらしたくらいだが。
 俺は缶の烏龍茶で口の中のものを飲み干してから、言い直す。
「お前が開けろって言ったんじゃないか」
「そりゃそうだけど。あ、はい人参」
「いらん」
「もう、だめだよ。はい、あーん」
 しぶしぶ口を開けると、瑞佳がにこにこしながら人参を放り込んでくる。
「どう? 美味しいよね?」
「……まぁ」
 しぶしぶ頷く。
 ちなみに、人参はとんでもなく美味かった。だが、俺にも床屋志望のプライドが……。
「浩平、美味しかったけどそれを素直に認めたくないから、なんとか言い訳を捜してるんだよね?」
 いきなり見破られてしまった。
「……お前は俺専用の超能力者か?」
「わかるよ。ずっと……」
 俯く。
「ずっと、浩平のことばっかり考えてたんだから……」
「……」
 俺は無言で、まだ弁当箱の中に残っていた人参を箸で突き刺して、口に運んだ。
「わっ! わたしまだ食べてないよ〜」
「んじゃ返す」
「わぁっ、口に入れたもの出したら駄目だよ〜っ」

「ふぅ、食った食った」
 結局弁当箱の中身の八割が俺の腹の中に消えたような気がする。
 弁当箱をナプキンに包んで片付けた瑞佳が、ホットミルクの入ったコップを片手に俺に尋ねる。
「それで、どうだった?」
「何が?」
「もう。今日のお弁当だよ」
「……悔しいが、美味かった」
「よかった」
 嬉しそうに微笑むと、瑞佳はホットミルクを一口飲んだ。
「……ふわぁ」
 腹一杯になったら眠くなってきた。
 俺はごろっとその場に横になった。
「わっ、どうしたの浩平?」
「眠い」
「もう、しょうがないなぁ」
 苦笑する瑞佳の顔がぼやけていく。
 そのまま微睡みに落ちていく俺の頭が、何か柔らかいものの上に乗せられるのを感じた。
 そして、微かに牛乳の匂い。
 瑞佳の匂い、だな……。
 そのまま、俺は引きずり込まれるように眠りに落ちていった。

「……で、結局弁当を食った後、昼寝して終わりか。なんてお手軽なデートだ」
 俺と瑞佳は並んで公園を出ていく。
 見上げると、空はオレンジ色に染まっていた。
 瑞佳が笑う。
「わたしはそれでもいいよ」
「でも、もう少しやりようとか……」
「だって、浩平がそばにいてくれたら、わたしはそれでいいんだよ」
 そう言って、俺の顔を覗き込む。
「浩平は?」
「……そうだな」
 答えは、決まっていた。
 そう、あの日から……。

"God's in his heaven,all's right with the world."

 メニューに戻る  目次に戻る  先頭へ

あとがき
 この作品は、JO-HTB発行「BS7〜衛星放送はじめました」に収録されていた作品を修正したものです。
 ホームページへの掲載を快く了承してくださいました、同サークルのNYAさんに感謝します。
 なお、来年に出るという再編集版にはこの作品は掲載されない予定だそうです。
 また、タイトルは友人のせきじん氏に付けていただきました。同氏にも感謝します。

 瑞佳SSを書いて欲しい、という依頼で、ばばっと書いた作品なわけですが、なんかすごく恥ずかしい代物になってしまいました(笑)
 ONEも久しぶりで、なかなかカンを取り戻すのが難しいですね(苦笑)

 牛乳女とラブコメ男 00/11/13 Up 00/12/4 Update

お名前を教えてください

あなたのEメールアドレスを教えてください

採点(10段階評価で、10が最高です) 1 10
よろしければ感想をお願いします

 空欄があれば送信しない
 送信内容のコピーを表示
 内容確認画面を出さないで送信する