「もう、春だな」
"God's in his heaven,all's right with the world."
「はい……」
公園のベンチに並んで座り、のんびりぼーっとする俺達。
これはこれで、正しい恋人同士の休日の過ごし方と言えよう。
「なぁ、茜」
「なんですか?」
茜は、膝の上に置いた帽子を、不意の風にも飛ばされないように押さえながら、俺に視線を向けた。
「キスしたい」
「……嫌です」
ぽっと赤くなって俯く茜。
「えー? どうしてだよ?」
「恥ずかしいから、嫌です」
「うぐぅ」
「浩平がやっても可愛くありません」
いつものパターンである。
しかし、いつもいつも同じパターンでかわされる俺ではないっ!
というわけで、新しい責め手を試してみることにした。
「キスしようぜ、たい焼きやるから」
「わかりました」
「愛い奴、近うよれ」
「……はい」
うむ。完璧なシミュレーション。
あとは実践あるのみ!
俺は笑顔で茜に言った。
「キスしようぜ、たい焼きやるから」
「嫌です」
「愛い奴、近うよれ」
「絶対に、嫌です」
「何故だっ!」
「知りません」
完璧なシミュレーションはいつものように失敗した。
あーっ、これじゃ全国5人の読者の皆さんに申し訳が立たないっ!
俺が頭を抱えていると、茜が俺の顔をのぞき込んだ。
「どうかしましたか?」
「……なんでもない」
俺は仏頂面で答えた。長森なら、この顔をしただけであたふたするところだろう。……いや、あいつも俺のパターンは読み切ってるからダメか。
「そうですか」
茜も、予想通り動揺もしてくれん。実にあっさりしたものである。
「……浩平」
声をかけられて、俺は茜がまだ俺の顔をのぞき込んだままなのに気付いた。
「ん?」
「お腹が空きませんか?」
言われて、公園の真ん中に立っている時計を眺めると、昼を過ぎていた。
「そうだな。よし、どっかに行って食うか?」
「……お弁当、作ってきましたから」
「グッド」
俺はぴっと親指を立てた。それから訊ねる。
「……もしかして、自分の分だけ、とか?」
「はい」
真顔で頷く茜。俺はがっくりと肩を落とした。
「……悲しい俺」
「冗談です」
茜はそう言うと、大きめの弁当を取り出した。
「2人分ありますから」
「なにっ!? もしかしてこれは2人で同じ弁当をつつくというあれかっ!!」
思わず背中にフラッシュを背負いながら叫ぶ俺に、茜は頬を染めて答えた。
「2人分別々に詰めるのは、面倒ですから」
「その意気や良し!」
俺はぐっと拳を握って宣言した。
「俺はここに誓うっ! 茜と一緒に弁当を食うとっ!!」
「別に誓わなくてもいいです」
「いや、ここは誓いを立てるべきなのだっ! 漢としてっ!」
「いただきます」
俺が勝手に盛り上がっている間に、茜は淡々と包みを解いて弁当箱の蓋を取り、手を合わせていた。
「わっ、こら茜っ! 先に食うなっ!」
「いらないのかと思いました」
「いるっ! いただきます、っていうか食わせてください」
手を合わせて茜を拝む。
「……はい」
茜は箸を置いて、弁当箱を自分の膝の上からベンチに移動させた。
弁当箱を挟んで反対側に俺も腰を下ろし、常備している割り箸を割って攻略に取りかかる。
「いっただきまーす」
「どうぞ」
まずは、この鶏の治部煮から……。うむ、味が染みていて美味い。
長森の料理に比べると食う機会が少ないが、茜の料理の方が俺は美味いと思う。やっぱり愛のせいだろうか。
治部煮を頬張ったままじーんとしていると、茜が訊ねてきた。
「どうかしたんですか?」
「いや、美味さに感動していた」
「……冗談はやめてください」
頬を染めて、茜は視線を逸らした。
「いや、ホントに美味いって。なんなら逆立ちしてやろうか?」
「わけがわかりません」
鮭を焼いてほぐしたのを振りかけたご飯を口に運ぶ。うむ、鮭の甘辛さがご飯によく合っている。
ものの15分くらいで、弁当箱は空になった。
俺はウーロン茶を飲みながら、茜に尋ねた。
「それにしても、ほとんど俺が食っちまったけど、いいのか?」
「はい」
茜は弁当箱をナプキンで包みながら答えた。
「私はあまり食べませんから」
「なるほど」
頷いて、空になったウーロン茶の缶を、ゴミ箱に向かって投げる。
カラン
「お、やった」
運良く空き缶はゴミ箱に飛び込んだ。俺は思わずガッツポーズをしてから、茜に視線を向ける。
「見てた?」
「……いいえ」
「あ、そ」
何となく悔しい。
ま、いいか。
「さて、これからどうする」
一つ伸びをしてから、茜に聞くと、茜は空を見上げた。
「もう少し……」
「そうだな」
俺も、茜の横に座って、一緒に空を見上げる。
春特有の、ちょっと霞がかったような白っぽい青空。
いくつか雲が浮いている。
柔らかい風が吹いて、俺と茜の髪を揺らす。
……ん。
目を開けると、前と変わらないような青空をバックに、俺の顔をのぞき込んでいる茜の顔が見えた。
「目が覚めましたか?」
後頭部には柔らかな感触。
どうやら、ベンチに横になって、茜の太股に頭を乗せているらしい。
「……寝てた?」
「ぐっすりと」
「そっか」
後頭部が、幸せ。
俺は、茜に尋ねた。
「もうしばらく、いいか?」
「……私は、嫌だったら、嫌と言います」
茜は柔らかに微笑んだ。
「……サンキュ」
「いえ」
雲がゆっくりと形を変えていく。
いつの間にか、俺の額に、ひんやりと冷たい茜の掌が乗せられていた。
「……浩平」
「何だ?」
「……どこにも、行きませんよね」
「ああ」
「……はい」
じれったいほどゆっくりと、時が過ぎていく。
でも、俺達は……。
……ずっと一緒だった。
「今日もワッフルか?」
「美味しいものは、いつ食べても美味しいですから」
嬉しそうに(と言っても、見た目あまり変わらないが)、山葉堂の前に出来ている列に並ぶ茜。
その隣りに、俺。
いつもと変わらない風景。
「どこで食べましょうか?」
焼きたてのワッフルの袋を胸に、茜に聞かれる。
「俺は、いつものところがいいな」
「……はい」
俺達は歩き出した。
「手、繋いでもいいか?」
「……嫌です」
あとがき
いつものです(笑)
ホワイトデーじゃないです。あれはあれでまた長くなりそうなので、もうちょっとテンションが高いときにでも。
いや、みさおをどうするか決まってないとか、設定を何も考えてないとかそういうんじゃないですよ(笑)
そういや、最近KanonSS書いてないなぁ……。
いつものお嬢さん 00/3/28 Up