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ONE 〜into the Bright Season〜 Short Story #21
お月見のお嬢さん

 うだるような残暑がようやく納まる気配を見せようとしていた、そんなある日のことだった。

 俺達は、商店街を二人で並んで歩いていた。別に理由があってのことでもなく、まぁ学校帰りの日課みたいなものだ。
「というわけで、涼しくなったことだし……」
「嫌です」
 いきなり出鼻をくじかれた。
 俺は「はぁ」とため息をついて、隣に視線を向けた。
「……なぁ、茜」
「なんですか?」
 隣を歩いていた茜は、小首を傾げるように俺を見た。
「いきなり、嫌ですはないだろ? 話くらい聞いてくれ」
「多分、返事は同じだと思いますけど……」
 そう言いながら、茜はため息混じりに肩をすくめた。
「……どうぞ」
 俺はそっと茜の肩を抱くと、耳元に熱く囁いた。
「今夜は寝かさないぜ、ハニー」
「夜は寝るものです」
「見えるかい、あの空の星も、僕らを祝福しているよ」
「今は昼です」
「うぐぅ……」
「浩平がやっても可愛くないです」
 ……相変わらずの強敵だった。
 しかし、一体何回茜に「嫌です」って言われてきたんだろう? それでもめげない俺って一体……。
 と、不意に茜は足を止めた。人生について考えていた俺は、一瞬気付かずに行き過ぎかけた。
「……あれ?」
 隣りに見慣れた栗色の髪がないことに気付いて振り返ると、茜は甘味処の前で立ち止まっていた。
「どうしたんだ、茜?」
「……」
 無視された。ということは、甘いもの関係だろう。
 俺は駆け戻った。

 甘味処の店の前には、小さな机の上にサンプル商品が乗っている。いわゆる「今日のお勧め」ってやつだ。
 皿の上に乗っているのは、串にささっただんご、だんご……と歌ってしまった。
「だんご三兄弟?」
「はい」
 茜は頷いたが、俺の言葉がちゃんと理解されてるかどうかは疑わしい。
 にしても、なんでだんごなんだろう?
 その皿の傍らには、細い花瓶に1本だけ白い穂のすすきがささっていた。
「なぁ、茜」
「はい」
「なんですすきなんだ?」
「はい」
「俺が思うに、これはボーグの地球侵攻作戦の一環じゃないかと思うんだが」
「はい」
 ……だめだこりゃー。
 思わずいかりや長助の真似をしてしまう。
 と、後ろからくいくいと服の裾を引っ張られる感触。
「なんだ?」
 振り返ると、いきなりスケッチブックが目の前にあった。
「……顔に近づけすぎて読めない」
 そう言うと、少し離れる。
『久しぶりなの』
「おう、スケッチブック星人か」
 バンバンバン
 スケッチブックでそのまま俺の顔を叩くと、澪はうーっと膨れた。
「冗談だ、冗談。久しぶりなの、だな」
 俺が笑って頭を撫でると、機嫌を直したらしく、澪はうんうんと笑顔で頷いた。それから茜の方にもスケッチブックを掲げる。
「はい」
「……」
「はい」
「……」
 えぐえぐと涙目で俺を見る澪。スケッチブックにマジックで書き込んで俺に見せる。
『無視されたの』
「今はしょうがない。俺も無視されてるんだ」
『そうなの?』
「よし、それじゃ無視された者同士、どこまでも続くこの空の下を……」
「浩平、どこかに行くんですか?」
「うわぁ、いきなり戻ってくるなっ!」
 思わず叫んでしまった俺を無視して、茜は屈み込んで澪にぺこりと頭を下げた。
「お久しぶりです。元気でしたか?」
『元気だったの』
「それは良かったです」
 そう言って澪の頭を撫でる茜。
 澪はスケッチブックにまた何か書き込んだ。
『なにしてたの?』
「おだんごを見てました」
 そう言うと、茜は俺に視線を向けた。
「浩平、お月見しませんか?」
 あ、なるほど、だんごにすすきといえば月見か。そういや、もうそんなシーズンだったんだな。
「いいけど、どうやるんだ?」
 よく考えると、話には聞くが、実際に月見なんてしたことがないんだ。
「夜に月を見ながらおだんごを食べるんです」
「それだけか。何か複雑な儀式とかあるんじゃないのか?」
「お花見と一緒ですよ」
 茜は、肩をすくめて言った。なるほど、桜の代わりに月を眺めて騒ごうっていう行事なのか。

 ※騒ぎません

「よし、それじゃ帰りにスーパーに寄ってだんごを買おう」
「ダメです」
 いきなり否定された。
「……もしかして稲を植えるところからやるのか?」
「浩平は極端すぎます。粉からで十分です」
 いや、それもかなりなもんだと思うが……。
 と、くいくいと袖を引っ張られた。そっちを見ると、澪が笑顔でスケッチブックを掲げていた。
『お手伝いするの』
「さ、帰ろうか、茜」
 あうーっという顔で、ぽかぽかと背中を叩く澪。
「わかったわかった。いいか、茜?」
「私は構いません」
 こくりと頷く茜。わぁーいと両手を上げる澪。
「それじゃ、まずはスーパーに行って粉を買わないといけないわね」
「……はい」
 もう一度頷く茜。俺は訊ねた。
「でも、近所のスーパーでだんご用の粉って売ってるのか……って、柚木詩子っ!?」
「そうだけど、どうしたの?」
 振り返ると、案の定柚木がにこにこしていた。
 俺は柚木をびしっと指さして叫んだ。
「お前はどうしていつも神出鬼没なんだっ!?」
「そんなことないと思うけど。ね、茜?」
「はい」
「澪ちゃんもそう思うよね?」
『そうなの』
 ……俺だけか? 俺だけなのかっ!?
 俺が頭を抱えていると、柚木の声がした。
「なにしてるの〜っ? さっさと行くわよぉ〜っ!」
 顔を上げてみると、既に3人は先に歩き始めていた。
 柚木の隣で澪もスケッチブックを掲げている。
『早く行くの』
「……へいへい」
 俺は仕方なく、3人の後を追った。

 それから数時間が経ち、とっぷりと日が暮れた。

「で、だんごは用意出来た」
 うんうん、と頷く澪。
「すすきも俺が取ってきた」
「やっぱり、すすきがないと雰囲気でないもんね」
 嬉しそうに言う柚木。
「虫も鳴いている」
「……はい」
 庭からは、リーリーリー、と鈴虫か何かが鳴いている声が聞こえる。
 俺は窓ガラス越しに夜空を指した。
「で、これはどうするんだ?」
 空はどんよりと曇っていた。
「困ったわね」
 いかにも困った、と言いたげに顔をしかめる柚木。
「てゆうか、曇った時のことは考えてなかったのか、お前ら?」
 俺も考えてなかったが、この際それはおいておく。
「でも、まぁ、曇ったものはしょうがないじゃない。だんご食べて騒ぐことにしましょうか」
 にこやかに言う柚木。
『それがいいの』
 わーいと両手を上げて喜ぶ澪。
 俺はため息を付いて、キッチンから出てきた茜に言った。
「なぁ、茜」
「はい、なんですか?」
 被っていたふきんを外しながら、茜は聞き返した。
「柚木と澪なんだが、何かと口実をつけて俺の家に来ては騒いでるような気がするんだが、俺の気のせいか?」
「楽しいからいいじゃないですか」
「……まぁ、それはそうなんだが、何となく釈然としないぞ」
 俺が言うと、茜は肩をすくめた。
「気にしては負けです」
 ……負けなのか?
 ま、いいか。
 ため息をついて、俺はソファに腰を下ろした。

 結局、最後は冷蔵庫に貯蔵されていた由起子さんのビールが振る舞われ、柚木が暴走して澪が寝るといういつものパターンで、月見に名を借りた宴会は終わった。
「お邪魔しましたぁ〜」
『お邪魔したの』
 2人がそう言ったり書いたりして帰って行った後、家には俺と茜が残された。
 俺はリビングの惨状を見回して、ため息をついた。
「さて、片付けるか」
「……はい」
 こくりと頷く茜。それにしても、相変わらず酒に強い奴だ。柚木や俺と同じくらいは飲んでいるはずなんだが、いつもと全然変わらない。
「……何か?」
 机の上に散らばっていた皿を積み重ねていた茜が、俺の視線に気付いて顔を上げる。
「あ、いや」
 俺は首を振って、空になったビール缶をゴミ袋に放り込んだ。
「それにしても、茜って酒に強いな」
「……そうですか?」
「ああ」
 会話が途切れ、茜は皿を積み重ねてキッチンに運んでいった。
 俺はゴミ袋の口を縛ると、今度は燃えるゴミの収集に取りかかる。
 キッチンの方からは、茜が皿を洗っているらしく、水音が聞こえてくる。
「……こういうのって、なんかいいよな」
 思わず呟くと、予想外にキッチンの方から反応があった。
「そうですね」
「茜もそう思う?」
「……はい」
 一拍置いて、茜の声が戻ってくる。
「一人では、寂しいですから」
「……ああ、そうだな」
 俺は、燃えるゴミもまとめ終わると、キッチンに入った。
 ちょうど茜も皿を洗い終わったところだった。水道の蛇口をきゅっと締めると、タオルで手を拭きながら振り返る。
「そちらは終わったんですか?」
「ああ」
「そうですか」
 頷くと、茜はエプロンを外して、椅子の背もたれに掛けた。
「それでは、私も帰ります」
「ああ。送るよ」
「はい」

 並んで夜道を歩いていると、不意に辺りが明るくなった。
「あれ?」
 空を見上げると、雲の切れ間から、満月が光を投げかけていた。
 茜も立ち止まって空を見上げていた。
「浩平……」
「ん?」
「……綺麗ですね」
「……そうだな」
 俺は、そっと茜の肩に手を回して、抱き寄せた。
 茜はちらっと俺を見て、そのまま体重を俺に預けた。
 そうして、俺達はじっと、満月を見上げていた。

「……なぁ、キスしてもいいか?」
「……恥ずかしいから、嫌です」

"God's in his heaven,all's right with the world."

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あとがき
 旅先で風邪をこじらせると、結構悲しいものがありますよねぇ(苦笑)
 というわけで、毛布を被って、机に向かって書きました。
 同行者はあっさりと市内観光に出かけてしまいました。うぐぅ。
 電源の規格が違うし、面倒なので今回はパソコンを持ってきませんでした。しょうがないので、レターパッドに手書きです。うーん、手書きで小説書くのは、高校生の頃以来だなぁ。

PS
 これは、後日、その手書き原稿から打ち込み直したものです。

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