タッタッタッタッ
"God's in his heaven,all's right with the world."
ピッ
ゴールラインを駆け抜けると同時に、ストップウォッチが押される微かな電子音
軽く流して全力疾走の疲れを取りながら、ゴールに戻る。
「……」
顧問の神埼先生は、顔をしかめてわたしに言った。
「どうした、水瀬? タイムが落ちてるじゃないか」
「……すみません」
ぺこりと頭を下げる。
先生はクリップボードに何か書き込むと、わたしに言った。
「今日の練習が終わったら、ちょっと俺の所に来い」
「えっ? あ、はい」
「よし、次っ!」
スタート地点で待っている次の人に声を掛ける先生。
わたしはそこから離れて、走り終わったみんながいるところに行って座る。
「名雪、何言われてたの?」
声を掛けてきたのは、副部長の郁未ちゃん。
「あ、郁未ちゃん? うん、タイムが落ちたって。それで呼び出し受けちゃったよ」
わたしはタオルで顔を拭いながら答えた。
郁未ちゃんはわたしの顔をのぞき込む。
「あたしもちょっと心配はしてるのよ。3年になってから、名雪、どんどんタイムが落ちてるじゃない」
「そっかな?」
「そうよっ! あんたも自分のタイムくらい把握してなさいよ。……っても、無理かぁ。何か悩み事でもあるの? あ、もしかしておばさんの具合がまだ良くないとか?」
「ううん。お母さん、すっかり元気になったよ」
お母さんがあの交通事故に遭ってから、もう3ヶ月以上たつんだな……。
あ、そっかぁ。それじゃ祐一とも、もう3ヶ月以上……。えへへっ。
「ちょ、ちょっと名雪?」
「えっ?」
言われて気が付くと、郁未ちゃんや他のみんながわたしの方を見ていた。
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ。それって新しい芸風?」
「ほえ?」
「まぁ、立ったまま寝てるのはいつものことだから驚かないけど、うつろな目で空を見上げながらにやにやするのは止めなさいよ。ますます危ない人だよ、それじゃ」
「……ひどいよ、郁未ちゃん。ますます危ない人って、今でも危ない人みたいじゃない」
「十分危ない人よ」
うんうん、と頷くみんな。……ひどいよね。
「よし、それじゃ今日は軽く流して終わりにする!」
神埼先生の声で、わたし達は立ち上がった。
「はぁ〜い」
トントン
「失礼します」
ノックしてから、体育教官室のドアを開ける。
「おお、水瀬か。ちょっと待ってろ……、ってなんで相沢もいるんだ?」
「ちわっす」
祐一がわたしの後ろから挨拶する。
「相沢、これは陸上部のことだ。もっとも、お前が陸上部に入るんなら話は……」
「じゃ、俺、外で待ってるから!」
それだけ言い残して、祐一はだだっと飛び出して行っちゃった。
先生も苦笑する。
「相変わらず仲がいいな、お前ら」
「えっ? そんなこと……」
ほっぺたが赤くなるのを感じながら、わたしは慌てて言った。
「まぁ、それはそれとして、だ」
先生が真面目な顔になる。
「何で呼ばれたかは判ってるだろうな?」
「……はい」
「まぁ、座れ」
先生は椅子を指して言った。わたしはその椅子に腰掛ける。
「まぁ、誰にでもスランプってものはある。だが、水瀬、最近のお前を見てると、どうもスランプっていうものでもないようだな」
「……」
「以前のお前は、走ることに対して本当に情熱をかけてた。俺も、他の部員も、それが判ってたから、お前に部長を任せたんだ。だが、今のお前からは、あの頃みたいな情熱が感じられない」
「そんなことは……」
「無い、か?」
先生は、窓から外を見た。外はもう夕焼けに染まっていた。
……祐一、待ってるだろうな。
「水瀬」
「は、はいっ」
祐一のことを考えてたら、いきなり声を掛けられて、わたしは慌てて立ち上がった。
「しばらく、練習には出なくてもいい」
「……えっ!?」
「ゆっくり考えろ。何のために走るのか、をな。それが判るまでは、戻ってくるな」
先生は、窓の外を眺めながら、そう言った。
「話はそれだけだ。帰っていいぞ」
「……失礼します」
わたしは立ち上がった。
靴箱のところまで来ると、祐一が壁にもたれて立っていた。
「お、名雪。意外と早かったな。……どうした?」
「えっ?」
「なんか深刻そうな顔してるな。何か言われたのか?」
心配そうに訊ねる祐一。その顔を見てたら、何故か涙が出てきた。
「ど、どうした、名雪? まさかあいつにセクハラでもされたのか?」
慌てる祐一。
わたしは首を振った。
「あのね、あのねっ、祐一、わたし、わた……、ううっ」
涙が出てきて、しゃくりあげて言葉が出せない。
ううん、何を言って良いのかわからない。
そのまま、わたしは床に座り込んでしゃくりあげた。
「わたし、わたし……」
「名雪……」
祐一はかがみ込むと、わたしの頭をそっと抱きしめた。
「もういい、泣くな。俺はずっとそばにいるからな」
「……うん、うんっ!」
頷きながら、わたしはそのまま祐一の胸に顔を押しつけて泣いていた。
百花屋でイチゴサンデーを3つ食べて、やっと落ち着いたわたしは、祐一にことのあらましを話していた。
「……というわけなんだよ」
「それじゃ、お前、陸上部をクビになったのか?」
「……うん」
スプーンをくわえて頷くと、わたしはふぅとため息をついた。
「もう、どうしていいのか、わたしわからないよ」
「そっか?」
不思議そうにわたしを見る祐一。
「祐一にはわかるの?」
「わかるも何も、先生に言われたんだろ? 何のために走るのかって」
「うん……」
「それじゃ、考えればいいんじゃないか。何のために走ってるのか」
「だって……」
わたしは、もう一度ため息をついた。
「今まで考えたことがなかったんだよ。何のために走ってるのか、なんて。ただ走るのが好きだから走ってただけだし、今でもそれは変ってないのに……」
「じゃあさ、なんで名雪は走るようになったんだ? 確か、7年前は走ってなかっただろ?」
祐一に言われて、わたしはうーんと考えてみた。
7年前。
祐一が最後に来た冬。
悲しいことがあった冬。
そして、わたしが、自分の気持ちに気付いた冬。
ずっと待ってた。
でも、祐一は、来なかった。
雪の中、傘をさしてお母さんが迎えに来たとき、もう日付は変わっていた。
お母さんは、何も言わず、ただ黙って傘を差しだした。
その時になって、やっとわたしにも判った。
祐一は、もう来ないんだって。
その時、初めて涙が出てきて、わたしはお母さんに抱きついて泣いていた。
「……祐一、ひどいよ」
「なんだよ、突然?」
「思い出したんだよ、7年前のこと」
「……ああ、あの時は悪かったよ。だからこうしてイチゴサンデーおごってやってるだろ?」
苦笑してそういう祐一。
「でも、わたし、祐一はあゆちゃんが好きなんだとばっかり思ってたよ」
ずっと言いたかったこと。
祐一がわたしを選んでくれたこと。そしてわたしを支えてくれたこと。とっても嬉しかった。
でも、本当にわたしでいいの?
だって、祐一はあゆちゃんのことを……。
「ばーか。何言ってるんだよ」
祐一は、わたしの髪をくしゃっと掴んだ。
「俺が好きなのは名雪だよ」
「わっ、祐一、すごく恥ずかしいこと言ってるよっ」
恥ずかしかったけど、とても嬉しかった。
「悪かったな」
ふてくされたようにそっぽを向く祐一。でも、それが祐一の照れたときの癖って知ってるから。
「で、思い出したのか? どうして走るようになったのか」
「……くー」
「寝るなっ!」
ぽかっと頭を叩かれて、わたしは目を開けた。
「うーっ、頭が痛いよ」
「いきなり寝るからだっ!」
「ひどいよ、祐一」
「あのな。誰のためにこんなところまで付き合ってやってると思ってるんだ? ったく、俺は帰るぞ」
そう言って立ち上がる祐一。
「あっ、待ってよ」
わたしも立ち上がった。
うーん、もう少しで思い出せそうだったのになぁ……。
「ただいまぁ」
「ただいま」
玄関で声を出すと、お母さんが台所から顔を出した。
「お帰りなさい、名雪、祐一さん。ご飯はもうすぐ出来ますから、2人とも着替えていらっしゃい」
「はーい」
そうだ。お母さんなら知ってるかも。
夕ご飯の時に聞いてみよう。
「……というわけで、しばらく来ないでいいって言われちゃったんだよ」
夕ご飯を食べながら、わたしは今日の話をお母さんにした。
「ひどいよね」
「確か、そろそろインターハイの予選会じゃなかったかしら」
お母さんはそう言って、祐一に尋ねる。
「あ、ご飯のお代わりは?」
「頂きます」
「はい」
頷いてお茶碗を受け取ると、お母さんはキッチンに戻った。祐一はわたしの方に向き直る。
「それじゃ、戦力外通告ってことか?」
「祐一、ひどいよ〜」
わたし、ちょっと傷ついた。
あ、いけない。そうじゃなかった。
「それでね、お母さん。お母さんなら覚えてるかなって思ったんだよ。わたしが走り始めた理由……」
「はい、祐一さん」
キッチンから戻ってきたお母さんが、ご飯をよそったお茶碗を祐一に渡すと、わたしに言った。
「ええ、覚えてるわよ」
「ほんとっ!? 何だったの?」
「企業秘密です」
お母さんはあっさり言った。
「そっか……。それじゃ仕方ないね」
「名雪、なんでそれで納得するんだ?」
呆れたように言う祐一。わたしは説明した。
「だって、企業秘密なんだもん」
「どこの企業だ?」
「水瀬インダストリーだって。前にお母さんそう言ってたもんね」
あれ? 祐一、どうしてため息ついてるんだろう?
翌日。授業の間の休み時間に、香里に相談してみることにした。
「……というわけで、わたし陸上部クビになっちゃったんだよ」
「……祐一、わたしの物真似しないでよ〜」
「どうだ、似てただろ?」
「全然似てないよ〜」
「もう、相沢くんは横から口出ししないでよ」
香里は祐一に言うと、肩をすくめた。
「名雪がどうして走り始めたか、なんてあたしは知らないわよ。第一あたしと知り合う前にもう走ってたじゃない」
「えっ? そうだった?」
「そうよ。あたしも、こんなぼーっとした娘がなんで陸上してるのか不思議だったんだから」
「あ、やっぱり香里もそう思うか?」
「ええ」
……2人ともひどいよ。わたし、悲しいよ〜。
「でも、最近陸上に集中できなくなったとなると、そりゃ絶対相沢くんのせいよ」
「え?」
わたしと祐一は同時に声をあげた。
「祐一のせいだったの?」
「俺のせいか?」
「はいはい、同時にしゃべらない」
そう言うと、香里は窓から外を見ながら言った。
「だって、名雪のタイムが落ち始めたのって、名雪と相沢くんが付き合うようになってからでしょ?」
「あ、そう言われればそうかも……。でも、それじゃ陸上続けようと思ったら、祐一と別れないといけないの?」
「そこまで極論はしないけどね」
香里は腕組みして言った。
祐一は窓から空を見ながらぶつぶつ言ってる。
「そうか、そうだったのか。仕方ない、俺はこれから名雪のために名雪と別れなければいけないんだ。だが、素直に別れようって言って別れてくれるような名雪じゃないからな。これはやっぱり俺の方からそれとなく嫌がらせをして、名雪に嫌われるように仕向けるのがいいんだろうな。くそ、俺も辛いがこれも名雪のため……」
「祐一、聞こえてるよ〜」
「なにっ? し、しまった、つい口に出してしゃべってしまったぁっ!」
頭を抱える祐一。ほんとに、いつも冗談ばっかりなんだから。
でも、ありがと。
「名雪、名雪っ、顔が緩んでるわよっ!」
「えっ? あ……」
慌てて顔を押さえるわたしに、香里がため息をつく。
「ったく、どっちもどっちよね。あなた達、お似合いよ」
「も、もうっ、何を言うんだよ、香里〜」
わわっ、ダメだよ、顔が火照っちゃうよぉ。
ちょうどそこでチャイムが鳴って、わたし達は席についた。
わたしは、その時間ずっとにこにこしてたって、あとで祐一に聞いた。
放課後。
いつもなら、みんなと一緒に練習してる時間。
わたしは、フェンス越しに練習しているみんなを見つめていた。
「よ、名雪。待たせたな」
後ろから声がして、祐一が歩いてきた。
「北川とすっかり話し込んじまって……。どうした?」
「ううん、なんでもないよ」
わたしは、祐一に駆け寄ると、腕を引っ張った。
「商店街に寄っていこうよ」
「今日もイチゴサンデーか?」
「うん、それもいいよね」
そんな話をしながら、グラウンドを横切って歩いていく。
「で、結局まだ思い出せないのか?」
「うん……」
わたしは、小首を傾げた。
「どうしてだろうね?」
「俺が知るか」
「あ〜、祐一冷たいよっ」
「俺は元々こういう奴だ」
「うーっ」
唸ってみるけど、祐一は全然平気な顔してる。なんかちょっとしゃくに障る。
「でも、7年前から、体を動かすのは好きだったじゃないか。俺を脅迫して買い物に連れ出したりしてたもんな」
「えーっ? 嘘だぁ。脅迫なんてしてないよ〜」
「紅しょうがフルコース食わせるとか、闇カレー食わせるとか」
あう、そう言われると、そんなこと言ったような覚えも……。
「えっと、えっと、でも陸上するほど大好きじゃなかったのかな、その頃は?」
「だから、俺は知らんって。それに第一、小学校に陸上部なんて無いだろ?」
「あ、そうか……」
わたしは考え込んだ。
「でも、わたし、中学校に入ったら、すぐに陸上部に入ったんだよ。だから、陸上をやろうって、もう小学校の時には決めてたんだと思うんだ」
「名雪にしちゃ、論理的な話の展開だな」
「……なんだかすごく悪口言われてるような気がするよ」
わたしがむくれると、祐一は笑ってわたしの頭にぽんと手を置いた。
「そろそろ帰ろうぜ」
「……うん、そうだね」
さく、さく、さく
雪を踏む足音。街頭の灯りが、足下を照らしては、後ろに流れていく。
白い雪が、その光の輪の中を、いくつも落ちてくる。
「お母さん、祐一、来なかったよ」
「そうね」
「祐一、やっぱりわたしのこと、嫌いなのかな?」
「それは違うわよ」
「でも、来なかったよ」
「名雪、本当に祐一さんのこと、好き?」
「うん、わたし、本当に好きだよ」
「それなら、待ってあげなくちゃ。今、祐一さんは他のことは何も考えられないんだから。もっと時間がたって、名雪のことも考えられるようになるまで、待ってあげなくちゃ」
「お母さん……」
「でも、あなたは待ってあげられる? いつになるか、わからないけれど、それでも待ってあげられる?」
「……うん。だって、わたし、本当に祐一のこと、好きだから」
「そう……」
さく、さく、さく
「でもね、ただ待ってるだけじゃ、だめよ」
「……わたし、よくわからないよ、お母さん」
「そうね……。花だって、水をあげて、お日様にあてないと枯れちゃうでしょう? それと同じよ。名雪だって、ただ待ってるだけじゃなくて、何かやらないとね」
「何か……?」
「うん。わたしはこうなんですよって、見せられるものを作って、祐一さんに見せてあげるの」
「……でも、わたし、そんなものないよ……」
「そうかしら? 本当に何もない? たとえば、名雪の好きなことって何?」
「わたしの好きなこと? えーっと、走ることかな?」
「なら、走ればいいわ。そうして待てばいいの」
「……うん。わたし、走る」
さくっ、さくっ、さくさくさくっ
「あらあら……」
「走るよっ!」
『名雪のことが、本当に好きみたいだから』
カチッ
目覚ましを止めて、わたしは、しばらくベッドに横になったまま、天井を見上げていた。
そうだったんだよね。
わたしが走っていたわけは……。
でも、それじゃもう走る必要はないのかな?
だって、わたしは、もう祐一を待つ必要ないんだもの。ずっと、一緒にいてくれるって言ってくれたもの。
……それじゃ、もう走るのはやめる?
わたしは、体を起こして、窓から外を見た。
並んだ屋根の上に、青空が広がっている。
……いいのかな、それで?
ふと、そう思った。
本当に、それでいいのかな?
……よくわからないけど、何かが違う。そんな気がする。
ドンドンドンッ
「こらっ、名雪、起きろーーっ!!」
ドアを叩く音と、祐一の声に、わたしはベッドから降りた。
同時に祐一がドアを開けてのぞき込む。
「まだ着替えてねぇし。ったく、また元の寝ぼすけ娘に逆戻りか?」
「あ〜っ、ひどいよ祐一」
「言われたくなかったら、さっさと着替えて降りてこいっ!」
バタン
それだけ言って、祐一はドアを閉めた。でも、階段を降りていく足音は聞こえない。ドアの前で待っててくれるんだ。
優しいよね。嬉しいな。なんだか、とっても幸せ。
「こらぁっ! また寝てるんじゃないだろうなぁっ!」
「あ、そんなことないよっ。すぐ行くからっ!」
慌ててパジャマを脱ぎながら、わたしはドア越しに答えた。
「ふぅん」
並んで通学路を歩きながら、祐一に思い出したことを話したら、祐一は素っ気なく頷いただけだった。
「祐一、なんだか冷たい返事だよ」
「そう言われてもな、俺もなんて返事したらいいかよくわかんねぇんだよ」
そう言って頭を掻く祐一。
「でも、そうするともう走る必要ないんだよな。俺がずっとそばにいてやることになったんだし」
「わっ、祐一恥ずかしいこと言ってるよっ」
「悪かったなっ!」
嬉しいよ。でも……。
「でも、どうしてなんだろうね。なにか、それじゃダメな感じがするんだよ」
「じゃあ、やめなきゃいいんだよ」
「えっ?」
「別に俺がそばにいてやることになったからって、走るのやめる必要もないだろ? なんかお前の話を聞いてると、俺と付き合うか走るのを続けるか、どっちかしか出来ないみたいじゃないか」
「……」
「名雪、俺さ……、走ってる名雪も好きだぜ」
「えっ?」
わたしは、祐一の顔を見た。祐一は肩をすくめた。
「きっと、インターハイで優勝でもしたら、もっと好きになるんだろうな」
「祐一……」
「そんなもんだろ、最初のきっかけなんてさ」
祐一は照れくさそうに鼻を掻いて言った。
「でもさ、俺は俺べったりになってる名雪より、何か打ち込めるものを持ってる名雪の方が好きなんだし、それに言っただろ? 俺は、名雪のそばにずっといるって」
あ、そうか。
その時、わたしには判った。
やっぱり、わたしは不安だったんだ。祐一がどこかに行っちゃうかもしれないって、心のどこかで思ってたんだ。だから、陸上やってても、やっぱり祐一のことが気になって、それで集中出来なかったんだ。
「だからさ……、名雪?」
わたしは、祐一の背中に抱きついた。
「わっ、こら、名雪っ!」
「わたし、また走るよ」
「え?」
振り返る祐一のほっぺたに、そっと唇を押しつける。
「あ、こら、名雪っ」
「あははっ」
身を翻して、わたしは駆け出した。
「わたし、わかったよっ」
「なにがだよ?」
「わたしね、走ることも、大好きなんだってこと!」
風を切って、私は走っていく。
今度は、安心して。
だって、祐一はずっと見守ってくれるから。
「名雪、もう少しペース落とせよっ!」
「でも、急がないと遅刻だよっ!」
あとがき
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