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Kanon Short Story #15
プールに行こう5 番外編1
200回の奇跡

 あたし、どうなったんだろ……。
 最後に、祐一くんとキスして、そして……。
 あ、そうか。
 あたしは、もう……。

「さかもと……みずき……」

 不意に名前を呼ばれた。びっくりして、呼ばれた方を見ると、なにやらきらきら光ってる人の姿。
「坂本瑞姫……だな?」
 もう一度名前を呼ばれて、あたしは慌てて返事をする。
「は、はいっ!」
 も、もしかして、天使さまってやつ?
「ようやく、こちらに来たか……」
「すすすみませんっ」
 慌てて頭を下げるあたし。
 だって、ずっと地上で幽霊してたのは確かだし、美汐が言うには、やっぱり死んだらすぐにこっちに来るのが本当なんだって言うし……。
「や、やっぱり死んじゃったら、すぐに来ないといけないんですよね……。あは、あはは」
「……いや、それがな……」
 その天使さまは、何か言いにくそうにしばらくためらった後で、あたしに告げた。
「実は、君はまだ寿命が来てないのだ」
「……はぁ?」
 引きつり笑いのまま硬直するあたし。
「元々、天ではすべての生物にすべからく寿命が定められている。人の目に突然召されたように見えたとしても、それはこちらの定めた寿命に従っているだけのこと。だが……」
 一つ呼吸を置いて、その天使さまは言った。
「君の場合は、こちらに多少手違いがあって、な……」
 ……そ、それって、もしかして……。
「そうだ」
 重々しく頷く天使さま。
「確かに君はあの時交通事故に遭う。だが、それで重傷を負いながらも一命は取り留めるはずだったのだ。ところが、係官が記載を間違えて、本来は生きるはずのところを死ぬとしてしまったのだ。そして君は死んでしまった。まぁ、ここまでならごくごくたまに起こることでな……」
「ちょ、ちょっと待って……ください」
 あたしは手を広げて天使さまの言うことを遮った。そして訊ねる。
「それじゃ、あたしは死ななくても良かったはずなのに、死んだってこと?」
「そうなる」
 あっさりきっぱり答えてくれる天使さま。
「……じょ、冗談じゃないわよっ!!」
 温厚をもってなるあたしとしても流石にキレた。だって、そんな事言われたら、誰だってキレるでしょ?
「どうしてくれるのよあたしの青春っ!」
「確かにそれはこちらのミスだ。だが、君にも落ち度があるのだぞ。すぐにこちらに来ていれば、そのまますぐに送り返すことも出来たのに、君はその場にとどまってこちらに来なかったのだからな」
「えっ? そ、それってもしかして、あたしが幽霊してなかったら、生き返れたってこと?」
「ああ。おそらく病院で奇跡の蘇生を果たしたことだろうな。だが今となっては……。流石に身体が焼かれてしまってはどうしようもない」
「……そ、そんなぁ……」
 あたし、がっくりと膝をついた。
 ああーっ、あたしの馬鹿馬鹿馬鹿っ! なんで幽霊なんてやってたのようっ!
「まぁ、過ぎたことは仕方あるまい。こうなってしまった以上、君も素直に転生の輪廻に……」
「てんせいのりんね? って、もしかして生まれ変わりってやつ? あたし、誰か別の人に生まれ変わるってわけ?」
「そうだ。それがこの世界の理(ことわり)というもので……」
「ちょっと待って」
 もう一度あたしは天使さまの言葉を遮った。そして深呼吸して心を落ち着けると、顔を上げた。
「確かに、もう済んじゃったことだし、美汐や祐一くんのおかげでこの世に心残りもないわけだから、素直に転生してもいいわよ。だけど、元々はそっちのミスなんだから、何か色付けてくれてもいいでしょ?」
「色……とは?」
「そうねぇ……。今度生まれ変わるときには、三食昼寝付きでのんびりと暮らせる身分がいいなぁ。ダメ?」
「……」
 天使さまは渋い顔をした……って、顔なんて光ってて見えないけど、なんかそんな感じがしたわけ。
「なによぉ。そっちのミスなんでしょっ?」
「……まぁ、良かろう。なれば、こちらに来るがよい」
 天使さまは頷いて、動き出した。あたしは、その後についていこうとして、もう一度だけ振り返った。
 ばいばい、坂本瑞姫。そして、……ばいばい、祐一くん。
 ぶわっと広がる光に包まれながら、あたしは別れを告げていた……。

 ……ってことがあったのを思い出してしまったのは、きっとあのせいだろう。

 ごちゅん
 実際には音なんてしなかったのかも知れないけど、なんかそんな感じで、あたしの意識は放り出されていた。
 言ってみれば、いままでこたつで丸くなってたのを、いきなり雪の中に放り出された感じ。
 あたしとしては、腹立たしいことこの上ない。
 ……って、あたし?
 あれ、どうしてたんだろ?
 不意に目が覚めたような感じだった。
 あたしは、坂本瑞姫。17歳にして、不幸なことに天使さまのミスで生命を奪われてしまった薄幸の美少女。……あ〜いや、美少女ってところはちょっと誇大広告かも知れないのは認めるけど、でもそこそこいけてるんじゃないかなとは……。って、そんなことはどうでもいいのよっ。
 で、今のあたしはどうなってるわけなの?
 ビルの向こうに空が見える。視線を下ろすと、街角の風景。人が流れていく……のはまぁいいけど、その足ばかり見えるってのは……。あ、そうか。あたしは倒れてるんだ。
 納得して、立ち上がった。四つの足でしっかりとアスファルトを踏みしめ。
 ……ちょっと待て。
 なんで立ち上がったつもりで四つんばいになってるわけ?
 あたしは手に視線を向けて、今度こそ硬直した。
 手、……じゃないよ、これ。
 そこにあったのは、白い猫の足。
 しろいねこのあし。
 おそるおそる、脇のビルに視線を向ける。
 鏡張りのようになっているビルの窓に映る自分の姿。
 ……おそるおそる、手を上げてみる。足を動かしてみる。ついでに顔を振ってみる。
 ガラスに映ってる中で、あたしと同じ動作をしてるのは、白い猫だった。

 って、どういうことなのようってことなのようっ!!
 あたしがパニックになってると、不意に声のようなものが聞こえた。

 ……困りましたね……。

「誰か何か言った?」

 まさか、猫の身体に入ってしまうとは、思いませんでした……。

 どこかで聞き覚えのある声のような……感じ……。

 瑞姫さんは私の身体に入り込んでしまったようですし。なんとか早く見つけないと、大変なことになりかねませんね……。

 えっ?
 今、あたしの名前、言わなかった?

 と、あたしの身体……って言っても猫だけど、それが勝手に動き出した。
 ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!
 慌てて力を入れると、身体は動きを止める。

 はぁ……。やっぱり、今の状態では私の自由にはならないようですね……。本当に困りました……。

 ……もしかして。
 あたしはもう一度、ガラスに映る猫の姿をじっくりと見つめた。
 やっぱり、間違いない。
 この猫、あのとき……。あたしが美汐の身体に最初に入っちゃったときに、はじき飛ばされた美汐が入ってたっていう猫だ。
 あれ?
 だとすると、今があの時だってこと? あたし、過去に戻っちゃったの?
 あ、でも今のあたしは猫みたいだし……。
 うわ、頭が壊れそう……。

 ……仕方ないですね。兄さんか秋子さんにご助力をお願いするしかないようです……。

 あたしが考え込んでいる間にも、美汐は勝手に考えをまとめた。
 呼んではみたものの、どうやら、あたしの声は美汐には聞こえてないようだった。
 と、不意に、いやな気配を感じて振り返る。
 そこには太ったきじ猫が、にまーっと笑いながらこっちを見ていた。あ、いや、猫の笑顔っていうのもよくわかんないけど、なんかそんな雰囲気だったのよ。
 うう。本能的にぴんちを感じる。
 美汐も同じものを感じたらしく、ちょっと焦ったみたいだった。

 ……困りましたね、これは。

 そして、あたしと美汐は同時に、同じ行動を取った。
 その場からダッシュで逃げ出したのだった。
 どうやら考えがシンクロしてる場合は、身体も快調に動くらしい。

 はぁはぁはぁ
 ど、どうやら、あのきじ猫からは逃げ延びた……みたい、だけど……。

 ……ここは、どこでしょう?

 それは、あたしも聞きたい。
 おまけに辺りはもう暗くなってるし。
 あ、でも暗くなっても、辺りの様子は割とよく見えてる。猫目って、案外便利かも。
 そこは並木道だった。
 あ、ちょっと待って。
 猫視点だからちょっとわかんなかったけど、よく見たら、ここって公園前の道じゃないのかな?
 と、また気配を感じた。
 さっきみたいな嫌な気配じゃないけど、それでもとりあえず身を隠した方が良さそうな気がして、あたしは道の脇の茂みにするっと潜り込んだ。
 なんていうか、本能的に、こういうことも出来るみたい。猫の身体も結構……って、なんで馴染んでるのよあたしは。
 と、道の方から、人の声が聞こえてきた。
「よし、こんな時こそ念派探知機だ!」
「そんなもの持ってません」
「それじゃ、外道照身霊波光線の発生装置とかないのか?」
「ダイヤモンドアイなんて今時わかりませんよ」
「ちぃっ、肝心なときに役に立ってないぞ」
「別の事ならお役に立てますけど。祐一さんをお慰めするとか……。やだ、私ったら」
 あの声……。
 あの脳天気そうな声は、相沢さんですね。……助かりました。
 とりあえず、同時に安堵するあたしと美汐。

 そして、どうにかこうにか、美汐は自分の身体に戻って、あたしは猫の身体を自由に使えるようになった。
 ……のはいいんだけど……。

 にゃう、にゃう、にゃごぉ……
「……猫さん、可愛い……」
 うう、喉をくすぐられると気持ちがいい……。
 とにかく、美汐はおろか誰にもあたしが猫に入ってるとは判ってもらえず、今はあたしは舞さんの膝の上で丸くなっていた。もうかなり自棄入ってます。
 ちなみに状況はというと、あたし……あ、幽霊になってた方ね……が誰とデートするかでみんなが大揉めに揉めて、結局明日に話が持ち越しになったところ。
 秋子さんが、佐祐理さんに声を掛けた。
「倉田さんと川澄さんは、泊まっていかれますか?」
「そうですね……」
 佐祐理さんは、ちょっと首を傾げてから、舞さんに訊ねた。
「舞はどうする?」
「……猫さんと寝る」
 あたしの喉をくすぐりながら答える舞さん。はう、それやばいって……。
 ああ〜、あたしの喉が勝手にごろごろいってる……。どんどんただの猫に成り下がっていくような気がするわ……。
 佐祐理さんは、そんな舞さんとあたしを見て、嬉しそうに笑った。
「それじゃ、今日は家に帰りましょう」
「はちみつくまさん」
 頷いて、舞さんはあたしを抱いたまま立ち上がった。
 あうあう……、手足に力が入らないよぉ。
「祐一、お休み」
「お、おう」
 あ……。
 その時、あたしは改めて祐一くんを見た。そして、胸が切なくなった……。
 ……これから、あたしはどうなるんだろ?
「あ、それなら私が送りましょう。車で来てますし」
「そうですか? それならお願いしましょうか。ね、舞?」
「……佐祐理がそうしたいなら」
「あはは〜。それじゃお願いしますね」
 後ろの方で交わされる会話。そして、舞さんが歩き出して、祐一くんの姿は見えなくなった。

 パチッ
 佐祐理さんが紐を引っ張って灯りを付けると、部屋が明るくなった。
「ただいまぁ〜、お帰りなさい」
「ただいま……。お帰り……」
 2人で挨拶しあう舞さんと佐祐理さん。
 舞さんは、かがみ込んであたしを床に下ろした。そして佐祐理さんに尋ねる。
「猫さん、ご飯」
「あ、そうだね。ちょっと待っててね。すぐに用意するから」
 そう言って、佐祐理さんは冷蔵庫を開けた。
 あたしはぐるっと部屋を見回した。
 2人が一緒に暮らしてるっていうのは聞いてたけど……。ふぅん、こんなところに住んでたんだぁ。
 今いるのが、8畳くらいのフローリングの部屋が、ダイニングキッチン。内装も、あたしから見てもなかなか趣味が良いと思う。
「……何を見てるの?」
 不意に声を掛けられて、ビックリして振り返った。
 舞さんが、じぃっとあたしを見てる。
 あ、もしかして舞さんなら、あたしだって判るかも。
 そう思って、とりあえず声を掛けてみる。

 にゃっ、にゃっ、んにゃぁぁぁ〜〜〜

「どうしたの、舞?」
 あたしが切々と訴えていると、その声を聞きつけて佐祐理さんがやって来た。
 舞さんは立ち上がって首を振る。
「……わからない」
 がっくり。
「あ、きっとお腹が空いたんだよ。ね、にゃんこちゃん」
「……そうかもしれない」
「はい、どうぞ」
 牛乳を入れたお皿を床に置く佐祐理さん。
 あうう、情けないけど惹かれてしまう猫の身体が恨めしい……。
 あたしはそのままぺろぺろとお皿をなめるように、牛乳を飲んだ。
 牛乳が人肌に温めてある辺り、佐祐理さんの細かい気配りが判るなぁ。

 全部飲み終わると、そのまま3人で……。はいはい、判ってます。2人と1匹って言うのが正しいんでしょっ。
 ともかく、みんなでお風呂に入った。
「でも、普通、猫ってお風呂に入るの嫌がる子が多いのにねぇ」
「……」
 不思議そうな佐祐理さんと、無言のままの舞さん。
 でも、あたしだって女の子だから、お風呂に入るのは問題ないっていうか、むしろ願ってもないこと、なんだけど……。
「きゃっ、もう舞ったらぁ。水掛けちゃ駄目よぉ」
「……うん」
 うう、2人ともプロポーションいいなぁ。特に舞さん、胸も大きいし。
 どれ?
 たしっ
「あ……」
 うう〜、柔らかくていいなぁ。

 その晩。
 あたしはベランダに出て、月を眺めていた。
 ちなみに窓のサッシは、佐祐理さんが「猫さんも外に出たいんですよね〜」とか言って、少し開けてくれていたの。さすが、よく気の付く人よね。
 舞さんはというと、いきなり出かけたかと思うと、猫缶を買ってきてくれたりして、こちらもいい人だ。
 ……いいのよ、猫なんだから、猫缶食べたって。
 ちなみに美味しかったりしたし……。
 ああぁぁ、なんかますます猫の身体というか本能に馴染んでる自分が情けないやら悲しいやら。
 と。
 スタッ
 不意に、足音が聞こえた。
 そっちを見ると、月をバックにして、一匹の猫がベランダの手すりに立っていた。
 耳と鼻先と足と尻尾が黒くて、残りが白のツートンカラーで、目を細めてる猫。
 その猫は、あたしに視線を向けて一声。
「やぁ」
「あ、ども……」
 返事してから、猫の言葉が判ったことに気付くあたし。
 あうう、やっぱりあたしも猫なのねぇ〜。
「……なにか、落ち込んでる?」
 その猫は、あたしの隣に座った。そして、あたしの顔をのぞき込む。
「見ない顔だけど、もしかして拾われてきたの?」
「……ま、そんなところ」
「そうかい。僕もそうなんだけどね……」
 そう言って、彼は月を見上げた。
 あたしは何となく、その隣で同じように月を見上げた。
「……キミも、普通の猫じゃない、だろ?」
「へっ?」
 びっくりして、隣の猫に視線を向けた。
 彼は目を細めたまま、ひげを風に揺らしていた。
「……も、ってことは、あなたも普通の猫じゃないってこと?」
「今のロジックに気付くってことは、やっぱりそうなんだね」
「あ」
 どうやら普通の猫は、そんなややこしいロジックは使わないようだった。

「ふぅん……」
 あたしの話を聞き終わると、その猫はぽりぽりと顔を掻いた。そして肩をすくめた。
「なるほど、元・人間ってわけなんだ」
「そう。いわゆる前世ってやつなんだろうけど……」
 ……なんだろ。さっきから、妙に身体がうずうずしてるんだけど。
「あ、それ発情期だよ」
「……ななななんですって!?」
 思わずその場から飛び退くあたし。
 あ、でも確かにそういうシーズン。
「あの、でもあたしまだバージンだしっ!」
「僕だってそうだけど。ああ、現世ではって意味だけど」
「……悪かったわね、前世でも処女でっ! そういうあんたは何だったのよっ!」
「……僕は、狐だったんだ」
 そう言うと、彼は月を見上げた。
 狐、ねぇ。……まぁ、人間だったあたしが猫になってるんだから、狐が猫になるってのもありだろうけど。
 そんなことよりも。
 あたしは、その月を見上げる彼の横顔に、なんて言えばいいのかよくわからないけど、惹かれるものを感じてた。
 発情期のせい、なのかな。
「……」
 そのまま、彼の隣に近づくと、すっと腰を下ろした。
「……いいのかい? このまま時間がたてば、歯止めが利かなくなるかもしれない」
「恋は一瞬で燃え上がることだってあるのよ。それと、女の方が、一度決めたら度胸が据わるんだってこと」
 あたしは、そっと彼にキスをした。

 翌日。
 あたしは部屋でお留守番。
 いや、一度は祐一くんの家まで連れて行ってもらったんだけど、名雪さんがあたしを見て大変なことになったりして、結局連れ戻されてしまったのだ。
「ごめんね、猫ちゃん。あとで美味しいもの持って帰ってくるからね」
「……ごめんなさい」
 そう謝られてはあたしも無理に連れて行けとは言えない。っていうか元々言えないけど。
 でも、猫相手に真摯に謝る2人はとっても好感度高かった。
 だから、家でおとなしくしててあげることにしたわけなんだけど。

 ……たいくつだぁ。

 かといって、壁や柱を引っ掻いて傷付けるのは2人に悪いし。
 と。
 コツコツ
 不意に、窓の方から物音がした。
 そっちを見ると、そこに彼がいた。前足で窓ガラスをコツコツと叩いている。
 あたしの視線に気付いたのか、彼はあたしの方に視線を向けた。
 あたしは、とりあえずそっちに行って、窓を開けようと……。
 あう、手が届かない。
 身体を伸ばしても、窓の鍵には手が届かず。
 よく考えてみると、届いてもこの猫の手で鍵が開けられるかどうか。
 しょうがないので、窓の外の彼に向かって首を振ってみせると、彼も肩をすくめた。……あ、そういう感じだったってことよ。
 と、彼が手をサッシに掛けて、ぐいっと押した。
 カラカラッ
 あっけなく開く窓。
 彼は、そのまま部屋にすとん、と飛び降りてきた。そして一声。
「やぁ。身体の調子はどう?」
「……名前教えて」
「は?」
「名前、よ。夕べは、その、夢中だったから忘れてたけど……って何言わせんのよぉ。ばかっ」
 あたしは、そう言いながらも、顔が赤くなるのを感じて、慌ててそっぽを向いた。
 彼は、そんなあたしの前に回り込んでくると、笑顔を見せてくれた。なんていうか、邪気のない笑顔。
「名前なんて付けてるのは、人間だけだよ」
「……そりゃそうだけど……」
「ま、とりあえず……」
 彼はぺろっとあたしの顔をなめた。
 苦笑するあたし。
「あんたねぇ……。ま、いいけど」  実を言うと、あたしもまたうずうずしてたりするのだった。
 発情期って、厄介なのねぇ……。

「……さて、と」
 それから1戦交えて、一眠りしてから起きあがる彼。
「あ、もう行っちゃうの?」
「うん。そろそろここの家の人も帰ってくるかもしれないし、それに僕もそろそろ家に顔を出しておかないとね」
「あら、あなたって飼い猫だったの?」
「ああ。んじゃ」
 しゅたっと窓枠に飛びつくと、そのままでていく彼。
「また、逢える?」
 あたしの声に、彼は振り返った。
「……お互い、ただの猫じゃないんだから」
「それもそうね」
 あたし達は、笑顔を交わした。そして、彼はそのまま、去っていった。
 急に疲れが襲ってきて、あたしはそのまま床に横になった。
 ……ふふふっ。
 猫っていうのも、悪くはないかもね。
 眠気の襲ってくる中、彼の顔を思い出しながら、あたしは初めて、心からそう思った……。

 それからしばらくして、あたしのお腹の中には見事にというかなんというか、新しい命が宿った。

「楽しみだね、舞?」
「……うん」
 穏やかな笑顔で、横になってるあたしを撫でる舞さんと佐祐理さん。
「元気な子がいっぱい産まれたらいいね」
「……うん」
「そうしたら、祐一さんやみんなにも見せてあげようね」
「……うん」
 あたしは、2人の会話を聞き流しながら、ゆっくりと目を閉じた。
「……みーさん、寝たみたい」
「うふふっ。お休みなさい、みーさん」
 ……こんな生活も、あり、かもね……。ね、祐一くん……?

das Ende

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あとがき
 休養期間中ではありますが、とりあえず1本。
 ちなみに、タイトルは、これがプールシリーズ通算200本目であることにかけてます。

 プールに行こう5 番外編1 01/6/6 Up 01/6/8 Update

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