「ねぇ、デートしよっ」
"God's in his heaven,all's right with the world."
「誰が?」
「祐一君が」
「誰と?」
「ボクと」
「どうして?」
「恋人同士だから」
「誰が?」
「祐一君が」
「誰と?」
「うぐぅ。やっぱり、ボクのこと嫌いなの?」
涙目になって俺を見るあゆ。俺は思わず苦笑して、その頭を撫でた。
「よしよし」
「わっ。また子供扱いするぅ」
「しかし、ホントに髪を短くしてカチューシャ取ったら、男の子に見えるな、お前は」
「……」
あ、拗ねた。
「わかったわかった。たい焼きおごるから許せ」
「食べ物になんて釣られないもん」
「うぐぅ」
「真似しないでよっ」
「すまん、忘れていた。うぐぅはお前のものだったな」
「……いじわる」
あ、いかん。本格的に拗ねた。
「わかったわかった。デートだな。それじゃ今から……」
「違うよっ! ちゃんと待ち合わせしないとダメなんだよっ!」
「そうだよ。もう祐一って基本的なところが出来てないんだから」
見るに見かねた、という感じで名雪が割って入った。
「るさい。これは当事者同士の協議なんだ。ほっといてくれっ! ……って、どうしてお前がいるんだ?」
「だって、ここ私の家だもん」
言われて見回してみると、なるほど水瀬家の朝の食卓だ。
「これはびっくり」
「何が?」
「日曜だってのに、朝から名雪が起きてる」
「そうね。私もちょっとびっくりしたわ」
コーヒーを運んできた秋子さんが、それを食卓に並べながら笑った。今度は名雪がむくれる。
「もしかして、みんなひどい事言ってる?」
「そんなことないよ。ボクは何も言ってないもん」
「ううっ、あゆちゃんだけだよ〜、私の味方してくれるのは」
……泣くほどのことか、名雪?
しかし……。
「そうすると、だ」
俺は、ぱくぱくとトーストにかじりついているあゆに視線を向けた。
「お前がどうしてここにいるんだ? なんか完全になじんでたんで気付かなかったけど」
「私が招待したんですよ」
秋子さんが言って、あゆも頷く。
「ふぉうふぉう」
「お前は食べてからしゃべれ」
「ふぁい」
牛乳でトーストを喉に流し込んで、あゆはコップをとんと置く。
「美味しかったぁ」
「お粗末でした。もう一枚トースト食べる?」
「うんっ! ありがとう、秋子さん」
「あ、良かったらジャムもあるわよ。大丈夫、甘くないから」
「ごちそうさまっ!!」
俺と名雪とあゆは、同時に席を立った。
「あらあら、みんなどうしたの?」
「いや、俺は朝はあまり食べないことにしているんだ。おっ、名雪、お前まだトースト残してるじゃないか」
「私、もうお腹一杯だから。それじゃっ!」
「あっ、待て! くそぉ、逃げられたか。それじゃあゆ、達者でな〜」
「わぁっ、待ってよぉっ!!」
3人でもつれ合うように食堂を脱出して、階段を駆け上がると、2階の廊下で一息つく。
「ふぅ、なんとか脱出に成功したな」
「うん。助かった……けどお腹空いた……」
名雪が情けない顔をしている。俺はその肩を叩いた。
「お前ってチャレンジャーだな」
「わぁっ、あれを食べるなんて言ってないよっ!!」
「結局、あれって何なの?」
あゆに聞かれて、俺達はそろって首を振った。
「私にも判らないんだよ」
「多分、今世紀最後にして最大のミステリーだな」
そして、そろってため息をつく俺達。
「お腹空いてるけど、私はもう一度寝るよ」
そう言って、名雪は自分の部屋に入った。俺はあゆに訊ねた。
「あゆはどうする? 俺の部屋に来るか?」
「……変なコトしない?」
「俺は本能のままに生きることにしているんだ」
「……ボク、行かない」
「冗談だ、冗談。第一あのときはお前から夜這いに来たんじゃないか」
「わぁっ! 声が大きいよっ!!」
慌てて俺の口を塞ぐあゆ。と、ドアががちゃりと開いて名雪が顔を出した。
「誰が夜這いしたの〜?」
既に半分寝ていたらしく、とろーんとしている。
「わわっ、名雪さんっ、なんでもないよっ!」
「でも〜、気になるぅ〜」
とろーんとしたままあゆに迫る名雪。
「ちゃんと教えてよ〜」
「えっと、その、あのっ、うぐぅ……」
困り切っているあゆ。しょうがない奴。
「けろぴーだよ。けろぴーが夜這いしてきたんだ」
俺が言うと、名雪はこくこくと頷いた。
「なんだ、けろぴーかぁ。それじゃおやふみ〜」
ガチャ
ドアを閉めて名雪は部屋の中に消えた。大きく息をつくあゆ。
「はぁぁぁ。ボク焦っちゃったよ〜。もうっ、祐一君のせいだからねっ!」
「で、どうするんだ? 俺は部屋に戻るけど」
「うぐぅ」
まだ決めかねているようなので、俺は肩をすくめた。
「それじゃお休み」
「わぁっ、待ってよぉっ! ……判ったよ。でも、打ち合わせするだけだからね」
「打ち合わせって、何の?」
「デートの!」
「誰が?」
「ボクが!」
「誰と?」
「祐一君と!」
「何の?」
「デートのっ!」
「誰が?」
「……うぐぅ。やっぱり、ボクのこと嫌い?」
「いや、からかうと面白いだけだ」
あ、また拗ねた。
「冗談だ冗談。まぁ入れ」
俺は自分の部屋のドアを開けた。
「うぐぅ……。わかった」
こくりと頷いて、あゆは俺の後からついて部屋に入る。
「考えてみると、あの時以来だね。ボクがこの部屋に来るの」
あゆは部屋を見回して、呟いた。
「あの時って、あゆが夜這いに来たときか?」
「わぁっ! もうそれはいいんだよっ!」
かぁっと赤くなってあゆは両手をぶんぶんと振り回した。
「わかったわかった。んで、どこに行く? 商店街で屋台の食い逃げに挑戦するのか?」
「そんなことしないよっ! あの時はたまたまお金を持ってなかっただけなんだもん。そうじゃなくて〜。うぐぅ」
また涙目になるあゆの頭にぽんと手を乗せる。
「遊園地はどうだ?」
「えっ?」
「デートなんだろ? まぁ、オーソドックスだけどさ」
俺は、窓の外に視線を向けた。穏やかな春の日差しがさしている。
「天気もいいし。秋子さんに弁当作ってもらうか」
「祐一君……」
あゆは、ぐいっと袖で目元の涙を拭うと、笑顔で頷いた。
「うんっ!」
……遅い。
駅前のベンチに座っていた俺は、時計を見上げて立ち上がった。
あれから、一旦家に戻って着替えてくると言ってあゆは帰って行った。で、駅前のいつもの場所で待ち合わせ、というわけで、俺はここで待っているわけだ。
しかし、待ち合わせの時間は、とっくに過ぎているじゃないか。……5分だけど。
と。
「祐一く〜〜〜んっ」
真後ろから声が聞こえた刹那、さっと右に身をかわす。
べちぃ〜〜っ
「……」
あゆが、地面に豪快にヘッドスライディングしていた。
なるほど、白いブラウスに青いジャケットを羽織り、下は黄色いキュロットスカートと、すっかり装いも新たになっているな。
……などと観察していると、ややあって、あゆはがばと顔を上げ、涙目で訴えてきた。
「うぐぅ、またよけたぁ」
どうやら顔面から突っ込んだらしく、鼻が赤くなっている。進歩が無いというか、お約束というか。
俺は笑顔で言った。
「遅刻だそ、あゆ。さ、行こうか」
「うぐぅ……、何事もなかったように話を進めないでよぉ」
「どうしたんだっ、その傷はっ!?」
「うぐぅ……、今気付いたように言わないでよぉ」
「どっちにしてもダメなんじゃないか」
よいしょ、と起き上がると、あゆは服に付いた土ぼこりをパンパンと叩き落としながら、なおも恨めしそうに言った。
「祐一君が極端すぎるんだよぉ。それに、そもそも祐一君がよけなかったらこんな事にはならないんだよっ!」
「お前がいきなり襲いかかってくるからだろうが」
そう言いながら、俺も協力して背中の汚れを叩いてやる。
「襲いかかってなんかないよぉ。抱きつこうとしただけだよぉ〜」
「お前、たまには普通に登場してこいっ!」
「祐一君なら受け止めてくれるかなって思ったんだもん」
「あのな。そんな恥ずかしいこと出来るか。んなことよりも、さっさと行くぞっ!」
「あ、待ってよっ!」
俺がすたすたと歩き出すと、慌ててあゆが小走りに俺の隣に並んだ。それから、俺の顔を見上げて不意に笑った。
「な、なんだよ?」
「別になんでもないよ」
「気になるだろ」
「へっへ〜ん。教えてあげないよっ」
そう言って駆け出すあゆ。
「あ、こら待てっ! 待てってんだろっ!」
俺達は、そんな感じで駅のコンコースを駆けていった。
「というわけで、ここが遊園地だ! ババンバーン!」
「……見ればわかるよ」
あゆは、ため息をついた。
「そ、そうか……」
「祐一君、ちゃんと調べてなかったんだね?」
「……な、なんのことかな? 俺にはさっぱりわからないぞっ」
もう一度、あゆは盛大にため息をついた。そして、びしっと門のところにある看板を指す。
「さぁ、なんて書いてあるか、読んでっ!」
「悪い。最近目が悪くなったんだ」
「じゃあ、ボクが読んであげるよ! 『当遊園地は改装のためしばらく休園とさせていただきます』って書いてあるんだよっ!」
「それじゃ帰ろうか、あゆ」
「爽やかに何事もなかったかのように帰ろうとしないでよっ! うぐぅ」
「判った判った。泣くなって」
俺はとりあえずあゆの頭を撫でてやると、肩から提げたバッグに手をかけて辺りを見回した。
あっちの方かな?
「よし、着いてこい!」
「えっ? あ、ちょっと待ってよっ!」
歩き出した俺の後を、あゆが慌てて追いかけてくる。
「本当に帰っちゃうの?」
「んなわけあるか。せっかく電車に乗ってこんなところまで来たんだぞ。元を取るまで帰れるか!」
「えっ? ……うん」
にこっと笑うと、あゆは俺の腕にしがみついた。
「わわっ、こらっ、あゆ! 倒れるっ!」
「お返しだよっ!」
「こら、いい加減にしろっ! 車道に放り出すぞっ!」
なんとも騒がしい二人だった。
土手を登ると、思った通りの風景が広がっていた。
「わぁ!」
あゆが歓声を上げる。
目の前には川が流れていた。土手から河川敷に伸びるなだらかなスロープは、びっしりと緑色の草に覆われている。
「電車が駅の手前で鉄橋を渡っただろ? あの時この辺りの様子が見えたんでな」
「うんっ」
あゆはにこにこしながら左右を見回した。
「あっ、あそこがいいよ! 行こう行こう!」
そう言って俺を引っ張るあゆ。
「よし、競争だな」
「ボク、かけっこは得意だもん」
「俺だって負けないぜ。ああ見えても名雪は陸上部の部長なんだしな」
「名雪さんは関係ないじゃない」
「いや、同じ血が俺にも流れてるはず……」
「よーい、どん!」
「あっ、こらあゆっ! 卑怯だぞっ!!」
俺達は、並んで土手を走る。
と、不意にあゆが何かにつまずいた。
「あっ」
「危な……、わわぁっ」
「きゃぁぁっ」
とっさに支えようとした俺だったが、支えきれず、そのまま二人並んで土手を転がり落ちた。
ゴロゴロゴロ……。
もつれあうように転がり、そして地面が平らなところでやっとこさ止まる。
「ててて……」
呻きながら体を起こそうとして、地面に手をつける。
ふにょ。
「……?」
妙に柔らかいものが手に当たった。
なんだろう?
「わっ! わわっ! 祐一くんっ、触ってるっ!!」
あゆの焦ったような声で、俺はようやく自分の手があゆの胸をしっかり掴んでいるのに気が付いた。いやマジに。
それどころか、俺があゆの上にのしかかっているじゃないか。
「あゆ、大丈夫かっ!?」
「わぁっ! 心配そうに言っても、触りながらじゃ説得力無いよっ!!」
「それだけ叫べるなら大丈夫だな」
「妙な確認方法取らないでよっ」
そう言いながら、体を起こそうともがくあゆ。
俺はそのままごろんと体を反転させて、草の上に仰向けになった。
青空が飛び込んでくる。いくつか、白い雲が流れていく。
どこからか鳥の声が聞こえてくる。
不意に、ひょこっとあゆの顔が、視界の中に入ってきた。
「どうしたの?」
「いや……」
俺は体を起こした。
「弁当食べるか? そろそろ昼だろ」
「あ、もうそんな時間なんだ」
あゆは腕時計を見て、うんうんと頷いた。それから笑顔になる。
「たい焼き入ってるかな?」
「安心しろ。それは絶対にない」
「……残念」
そう言いながらも楽しそうに、あゆは俺の持ってきたバッグを開けた。
シートなんて持ってきてないので、草の上にそのまま並んで座って、弁当を開けた。それから、顔を見合わせる。
「……秋子さん、弁当を妙な詰め方する趣味があるんだなぁ」
「さっき転んだ時に偏ったんだとボクは思うけど」
「ん〜、そういう考え方もあるか」
「っていうか、そっちの方が普通だと思う」
俺とあゆは、改めて弁当をのぞき込んだ。
派手に転倒したせいで偏ってしまっていたり圧縮されていたりするけど、味は変わりないはずだ。
「よし、せっかくだから、俺はこの卵焼きを食べるぜ!」
「あっ! その卵焼き、狙ってたのにぃ〜!」
「早いもの勝ちだ」
「うぐぅ」
「だぁ〜、いちいち泣きそうな顔で俺を見るんじゃない!」
「だって、祐一君が卵焼き取るんだもん」
はしゃぎながら弁当を食べ終わると、そのまま草の上に大の字になって昼寝。
目が覚めると、あゆが俺をのぞき込んでいた。
「なんだ?」
「ううん」
あゆは、にこにこ笑っていた。それから、川の方を指す。
「ねぇねぇ、石投げやろ、石投げ! ボク、得意なんだよ!」
「よし、それじゃ勝負な」
「うん、いいよ。それじゃ勝った方が負けた方にお願いを一つ出来るっていうのはどう?」
「お? いかにも自信ありげだな? いいだろう」
俺が頷くと、あゆはぽんと手を叩いた。
「決まりっ! ボクがんばるよっ!」
ぱしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃっ……。
「なにぃっ!?」
「へっへ〜ん。どうだいっ?」
大威張りで腰に手を当ててふんぞり返るあゆ。記録、18段。
俺は辺りを見回したが、既に水切りに適した石は投げ尽くしていた。
「くっそぉ、今日は調子悪いんだ」
「へへ〜。もう今更そんなこと言っても無駄だもんね〜。さて、何のお願いしよっかなぁ〜」
「さて、それじゃ帰るか」
そう言って振り返った俺の服の裾を、あゆがはっしと掴む。
「逃がさないよっ」
「ええい。で、お願いって何だ? 言っておくけど、あの時みたいなお願いはもう聞いてやらんぞ」
「判ってるよ」
あゆは、微笑んだ。それから、すっと下がった。
「?」
「ボクのお願い。えっと……」
空を見上げるあゆ。
「ボクのお願いは、……こんな幸せがずっと、ずっと続くことです」
ザァッ
冷たい風が吹いた。草が一斉になびく。
「あゆっ!?」
思わず手を伸ばして、俺はあゆを抱きしめた。
「祐一君?」
俺の腕の中にすっぽりと納まる、小さな、暖かい体。
「……何処にも、行かないよな、もう」
「え?」
俺は、訊ねた。
「あゆは、ここにいるんだよな?」
「うん」
あゆは笑顔でうなずくと、俺の背中に手を回して、ぎゅっと抱きついた。
耳元で、あゆの声が聞こえた。
「どこにも行かないよ。ボクは、春も、夏も、秋も、冬も、ずっと……、ずっと、キミといるから」
サァッ
もう一度風が吹き、俺とあゆの髪を揺らした。
それは、暖かな風だった。
あとがき
うぐぅ……。
というわけで、あゆSSでした。Kanonの真のヒロインだそうです。
うーん、まだ好き好きレベルのテンションが高くて、冷静にキャラを掴んでない部分があるせいか、どうもちゃんと書けた気がしないんだけど。
やっぱり、ボク娘はいいよね?(笑)
さて、このSSを読んだからには、あゆシナリオはクリア済みと見なして、あゆシナリオの感想書きますね。
いやぁ、やられましたね〜。あゆは7年前に樹から落ちて死んじゃったんだとてっきり思ってましたから、がっくりきてたところに、あの秋子さんのセリフ。
私は思わず転げ回ってしまいましたよ、ええ。
そっか〜。あゆは幽霊の人じゃなくて生き霊の人だったのかぁ。
……と書いたところで、ふと私は究極超人あ〜るの小夜子さんを思い出してしまいました(笑) なんか台無し(爆笑)
PS
今回のタイトルは、THE ALFEEのシングルからです。
PS2
やっぱり反応が多いとやる気が出ますね。感想くれたみんな、ありがと〜。
風曜日、君を連れて 99/6/8 Up