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こみっくパーティー Short Story #3
あさひのようにさわやかに その17

 ザワザワザワ
 開場前の会場は、一種独特のざわめきが支配していた。
 その入り口ゲート前で、俺は巨大な建物を見上げていた。
 今日一日、ここは間違いなく俺達の場所になるんだ。
「ほれ、和樹はん、ぼーっとしとらんと、ささっと受付してしまわんと」
「あ、そうだな。……あっ!」
 俺ははっとして声を上げた。背中のリュックからチケットを出していた由宇が、怪訝そうに俺を見る。
「どないしたん、大声上げて。まさか、サークルチケット忘れたとか言わへんよな?」
 サークルチケットとは、俺達のようなサークルとして参加した人が開場前に会場に入るためのチケットである。一般入場者が始まる前に会場に入り込むことを防ぐためのものだ。
 この制度を逆に悪用したダミーサークル、なんてものもあるが、それはとりあえず関係ないので置いておく。
「いや、サークルチケットはちゃんと瑞希が持ってるんだが」
「あんた達が持ってたら忘れかねないもんね。はい、和樹。……あ」
 俺にサークルチケットを渡したところで、瑞希も思い当たったようだ。
 ちなみに、こみパの場合、サークルチケットは3枚綴りになっている。つまり、1サークルにつき3人まで入れるわけだ。我がブラザー2では、俺と瑞希、そしてもう一人……。
「九品仏大志!」
 俺と瑞希は声を揃えて叫んだ。
「あいつ、どうすんだ? サークルチケットここにあるんだぞ」
「いくら大志でもチケットなしじゃ中には入れないわよね」
 サークルチケットの無い者は通さず。それがこのサークル専用入り口ゲートの鉄則である。
「そうだ、瑞希、携帯使え」
「あ、そうだよね。うん」
 瑞希は携帯を取り出すと、ボタンを押して耳に当てた。それから、首を振った。
「ダメ! 『ただいま大変掛かりにくくなっております』だって」
「どうしたもんか……」
「しゃあないやん。電車に乗り遅れたのが身の不運思うて、旦那には一般入場で入ってもらい」
 由宇はあっさりと言った。俺と瑞希は顔を見合わせて頷いた。
「そうだよな」
「そうよ。あいつが自分から電車に乗り遅れたんだもん。自業自得よね」
「よっしゃ。話が決まったら、さっさと乗り込もか」
 片手にサークルチケットを握って言う由宇と、こくこく、と頷く彩。
「よし、行こう」
 俺は瑞希から受け取ったサークルチケットを片手にゲートに歩み寄る。
「おはようございま〜す。サークル入場者は、係りの者にチケットを渡して、そのまままっすぐ前に進んでくださ〜い」
 ゲートでは、係りの人が入場者達に声をかけている。
 俺達はてんでにチケットを渡し、挨拶しながらそこを通り過ぎていく。
「おはようございます」
「あ、おはようございます。今日は頑張ってください」
「そっちも頑張ってくださいね」
 別に知り合いってわけでもないけど、同じこみパを作っていく者同士の連帯感が、自然に挨拶となって交わされる。いいよなぁ、こういうの。

 ゲートを抜けると、昨日準備をしていた大展示室に入る。
「さて、俺達のサークルはこっちだから」
「うちはこっちや。彩はんは?」
「……向こうです」
「それじゃ、ここでバラバラやな。こっちの準備が出来たら、様子見に行くさかい。ほな、今日一日、気合い入れて行こうや!」
「あ、ちょい待ち」
 俺は思いだして、自分のバッグを探った。そして封筒を取り出して、中に入っていたチケットを2人に渡す。
「これ、良かったら来てくれないか?」
「なんや、それ?」
「あ……。あさひさんの……」
 彩が小さな声を上げた。そしてふるふると首を振る。
「そんな、私がもらうわけには……」
「彩にも由宇にも世話になったからな。お礼、なんてものじゃないけど、とりあえず見に来て欲しいんだ。……俺の嫁さんの晴れ舞台だしな。へへ」
 最後は自分で言ってて照れた。
 彩はこくんと頷いて、チケットを受け取った。
「わかりました。是非伺わせていただきます」
「ただなら何でももらっとくで」
 頷くと、由宇もチケットを懐にしまい込んだ。それから返す手で俺の背中をバンと叩く。
「にしても、和樹もえらい言いおるやないか。俺の嫁さんの晴れ舞台、かぁーっ、妬ける妬ける。なぁ、瑞希はん」
「あ、あたしは別に……」
「そうだ、瑞希もはい」
 俺は瑞希にもチケットを渡した。
「あ、うん、ありがと。……って、あんたは行くんでしょ? あたしまで行ったら、誰が店番するのよ?」
「それもそうだけど……」
「ほら、それよりあんまりのんびりしててもあれでしょ?」
 瑞希に言われて、俺はとりあえず封筒をバッグに閉まった。
 由宇が仕切り直す。
「ほな、もう一度。今日一日、泣いても笑っても後悔せぇへんよう、気合い入れて行くでっ!」
「おうっ!」
「あ、はい……」
 俺達3人は軽く肩を叩き合って、その場で別れた。そして、俺と瑞希は、俺達のサークルの場所に向かう。

「えっと、……確かこっちよね?」
「セ−04aだから、西の壁だろ? ああ、間違いなく向こうだ」
 マップを片手に、机の間を歩いて、一番向こう側の壁を目指す。
 と、
「遅いぞ、同志諸君!」
「……なっ!」
 俺は唖然とし、瑞希はバッグを取り落とした。
「たたた、大志っ! 何でお前っ!」
 俺達のサークルの場所(ちなみにブースと呼んでいる)には、既に大志がいたのだ。
「電車に乗り遅れたんじゃなかったのか!?」
「ふふふ。我らが旅立ちを吾輩が写真に撮らんで、誰が撮るというのだ?」
 よくわからん理屈をこねながら、大志は机の上に大量に置かれていた印刷所や他の即売会のパンフレットを片付けていた。
「それにしても、どうやって? サークルチケットもないくせに」
「ふふふ。そのようなこと、我が野望の前にはいささかの障害にもならぬわ」
 くいっと眼鏡の位置を直すと、大志はブースから出てきた。
「さて、それでは後は同志諸君に任せるとしようか」
「お前はどうすんだ?」
「吾輩にはやらねばならんことがあるのでな」
「……さっき言ってた、なんとかってサークルに並ぶことか?」
「それは先ほど手配したので、吾輩が自ら並ぶまでもない」
「じゃあ……」
 言いかけたところに、後ろから声が聞こえた。
「あっ、お兄さん、こんなところにいたですか〜」
「お、千紗ちゃん?」
 振り返ると、つかもと印刷のロゴ入りエプロン姿の千紗ちゃんが本を積んだ台車を押していた。俺達を見て、ぱっと顔を明るくする。
「あっ、和樹お兄さんに瑞希お姉さん。おはようです〜」
「おはよう、千紗ちゃん」
「おは……きゃぁ、あぶないっ!」
「えっ? あ、わわわーっ、と、止まらないですぅ〜」
 台車がそのまま隣のサークルに突っ込んで行きかけたところを、大志がぱしっと止めた。
「いかんな、よそ見をしては」
「うきゅ〜、千紗反省ですぅ……」
 しゅんとしょげる千紗ちゃん。大志が声をかける。
「で、これはどこに持っていくのだ?」
「えっと、『はいぱーぎむ』ですぅ」
「ならス−29bだな。3つ向こうの角を右に曲がって4つめの島だ」
「わぁ、すごいですお兄さん!」
 尊敬のまなざしで大志を見る千紗ちゃん。
「なに、その程度。常識というものだ」
 どこの常識だ? ……まぁ、大志なら、マップを全部丸暗記してても不思議じゃないな。
「お兄さん、今朝、急にお手伝いしてくれるって来てくれたから、千紗とっても嬉しいですぅ」
 にこにこしている千紗ちゃん。
 ははぁ、そういうことか。
「大志、お前つかもと印刷の車に乗って来たんだな? 道理で俺達よりも先に会場に入れたわけだ。印刷所の関係者はフリーパスも同じだからなぁ」
「そういうことだったわけね」
 頷く瑞希。
「さて、それでは吾輩はそろそろ行かねば。アディオス、同志和樹、同志瑞希」
 そう言い残し、大志は颯爽と台車を押して行った。
「あっ、お兄さん待ってくださいですぅ! えっと、後で和樹お兄さんの本はちゃんと持って来ますからっ、今はさよならですっ」
 俺達に頭を下げて、その大志の後を追ってあたふたと走っていく千紗ちゃん。
 ……あ、転んだ。
 俺達は顔を見合わせて、苦笑した。
「ま、なんだかんだ言って上手くやってるみたいだな」
「千紗ちゃんが大志に染められるのが心配よね。それとなく様子見ててあげなくちゃ。さて、と」
 瑞希はバッグをブースの中に置くと、ファスナーを開けた。そして中から布を出す。……テーブルクロスか?
「ほら、そっち持って」
「え? あ、机に敷くのか。なるほど」
「当たり前でしょ? ちょっとはディスプレイにも気を使いなさいよね」
 ……にしても、瑞希のバッグ。テーブルクロスやその他の細々したものを出しても、まだかなり膨れているなぁ。何が入ってるんだ?
 と。
「お、おはよ……」
 その声に振り返ると、詠美が照れたように笑っていた。
「お、おう……」
「あ、えっと、調子はどう?」
「ま、まぁ、まずまずだな。そっちこそどうなんだ?」
「えっ? あ、あたしはいつも通りだよ」
 ううっ、固いなぁ。
 でも、昨日の今日だし、それでへらへら笑ってるのも一層変だしなぁ。
 助けを求めて瑞希に視線を向けると、我関せずって感じでブースのセッティングをしていた。くそぉ、友達甲斐のないやつぅ。
「そっちの準備はもう出来たのか?」
「あ、うん。後は新刊がまだ届いてないから……」
「そ、そっか。こっちもなんだよ」
「そうなんだ。あはは」
「あはは」
 スパン、スパーン
「何天下の往来でアホみたいに笑うとるねん」
 いきなり後頭部をハリセンでどつかれた。
 詠美がくるっと振り返る。
「何すんのよ、神戸パンダっ!!」
「なんや、どこのアホや思うたら詠美ちゃんやないか」
「うっきーっ! 泣かす、絶対泣かすぅっ!」
「なんや、ウチとやる気や?」
「おまえらっ! うちのブースの前で騒ぎ起こすなぁっ!」
 気まずい空気はどこへやら、気が付くと、俺達はすっかりいつもの調子でやりあっていた。
「もう、いい加減にしてよねっ! もう、いつもそうなんだから」
 瑞希の声に振り返ると、すっかりブースのディスプレイも終わっていた。
「おお、瑞希、御苦労」
「ほんとに、なんでいつもあたしだけ苦労しなくちゃいけないのよ」
 ぶつぶつ言いながら、瑞希はバッグを肩に掛けた。
「それじゃあたしはちょっと用があるから」
「へ? どこに行くんだ?」
 何の気無しに訊ねると、慌てて手を振る瑞希。
「えっと、ちょっとなんでもないって。始まるまでには帰ってくるから」
「なんだ。挨拶回りか」
「あ、うん。そうそう、挨拶よ、挨拶。んじゃね!」
 そう言い残して、瑞希は走っていった。
 その後ろ姿を見送りながら、由宇が俺に尋ねる。
「なぁ、和樹はん。瑞希はんってこみパで知り合いなんておったん?」
「……そう言われてみると」
 俺も首をひねった。一応、こみパには何度も来ていたけど、あの頃はあくまでも俺との付き合いで来てたようなもんだったし。
「でも、俺がいない間にこみパで友達作ったんじゃねぇのか?」
「ふぅん。ま、ええわ。ほんじゃうちは自分とこ帰るよってに。詠美ちゃんもあんま、和樹はんに迷惑かけんようにせぇよ」
「うっさいわねっ、温泉パンダっ! あ、それじゃあたしも帰るから」
 俺に手を振ると、詠美と由宇はきっとにらみ合って、それからぷいっとそっぽを向いてお互いのブースに戻っていった。
 あ。詠美にもあさひのコンサートチケット渡せばよかったな。
 ま、後で様子見がてら届ければいいか。
 ふぅ、と一息つくと、俺は椅子に座って腕時計を見た。開場まであと30分くらい、か。
「あれ? やだ、千堂クンじゃない! 久しぶりぃ〜。元気してたぁ?」
 ほえ?
 顔を上げると、セミロングの可愛い女の子が俺の顔をのぞき込んでいた。きょとんとしている俺の表情を見て、小首を傾げる。
「あ、あれれ? 千堂クン、だよね?」
「そうだけど、君は……」
 口ごもると、彼女はむっとした顔で腕組みした。
「ひどいなぁ、こんな美人のこと忘れちゃうなんて」
「えーっ、ちょっと待てよ、えーっと、えーっと」
 俺は額に指を付けて考え込んだ。
 こみパで声をかけてくるってことは、こみパでの知り合いだよな。でも、同人作家で知り合いって言っても、詠美に由宇に彩くらいしか知らないし、スタッフは南さんだし、印刷関係の知り合いって千紗ちゃんくらいだし……。
 さては運送屋さん……ってわけでもないな。
「あー、さてはカンペキ忘れてるな〜」
 女の子に言われて、俺はおそるおそる頼んだ。
「すまん、ヒント」
「しょうがないなぁ。それじゃヒントその一。どっかの借金タレントとは関係ありませーん」
「は……?」
「まだわかんない? それじゃヒントその二。同人誌はあんまり売ってませーん」
 ……え? でもサークル入場してるんだろ? 何しに来てるんだ?
「その三。初めて逢ったとき、あたしはカメコしてた千堂クンを叱っちゃいました〜」
 俺が叱られた? はて……。
 詠美と由宇の巻き添え食って南さんに叱られたことは時々あったけど、他に叱られたことは……。
 待てよ、カメコ……? ああっ!!

「ちっちっちっ……。ちゃんとルールを守らなくっちゃ。ダメねェ、近頃の若いコは……」
「え、え〜っと……ルールって言うと〜。何だったっけ??」
「どうやら、初心者クンみたいだね〜。じゃ、あたしが教えてあげよう。コスプレ撮影のルール……。ううん、どっちかっていうとマナーね」

「あーっ、思い出したっ! 玲子ちゃん!?」
「そーそー。よくできました。なでなで」
 そうだよ。コスチュームプレイ、略してコスプレの好きな芳賀玲子ちゃん。一応、仲間と『チーム一喝』っていうサークルで同人誌を出してるけど、彼女の場合、メインはあくまでもコスプレで、同人誌はどっちかって言うとここに入るために作ってるようなところがある。
「でも、気付かなかったなぁ。髪伸ばしたんだ」
 確かあの頃はショートだったような。
「うん。『FB2000』で翔さまが髪伸ばしたから」
 翔さまってのは、玲子ちゃんお気に入りの格闘ゲームのキャラだったはず。なるほど、その翔さまが髪を伸ばしたから、玲子ちゃんも髪を伸ばしたわけだ。相変わらず入れ込んでるな。
「それより、ホントに千堂クン戻ってきたんだね〜。カタログで『ブラザー2』って見つけたから、まさかと思ったんだけど」
「あ、そういうことね。とりあえず今回だけの緊急登板ってとこ」
「それって、やっぱり、今回で……だから?」
 ちょっと悲しそうな顔をする玲子ちゃん。
「あたしもすごく悔しいなぁ……。だって、最近の即売会ってコスプレ禁止っていうのが増えてきてるんだ。その中でも、こみパだけはあたし達頑張ってコスプレできるようにしてきたのに……」
 そういえば、大志にちらっと聞いたことがある。なんでも、こみパでもコスプレが禁止になりかけたのだが、コスプレイヤー(コスプレをする人をそう呼ぶ)達の中で署名を集めたり、自主的にコスプレをする際のルールなどを決めて、それならばということで、こみパでは許可されたんだとか。
 確かにこみパ自体が潰れてしまえばそれもおじゃんだ。
「でも、もしかしたら続けられるかもしれないんだ」
 俺は、今までのいきさつを話した。
「……というわけで、全ては今日、ちゃんとこみパが成功のうちに終わるかどうかってことに掛かってるんだ」
「そうだったんだ。へぇ〜。なるほど、美穂に話して来なくちゃ」
 そう言って行きかけた玲子ちゃんは、くるっと振り返って戻ってきた。
「そうそう。それで、高瀬さんはいない? ここにいるって聞いて来たんだけど……」
「瑞希? なんかバッグ持ってあたふた出かけていったけど……」
「あちゃぁ、行き違いかぁ。ありがと、それじゃね」
 今度こそ玲子ちゃんは戻っていった。
 ……あれ? 玲子ちゃんがなんで瑞希のこと知ってるんだ?
 ま、いいか。
 それにしても、新刊遅いな……。

To be continued...

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あとがき
 祝! こみっくパーティーオールクリア!
 いや、今更なんですけど(笑)
 というわけで、最後の一人、玲子ちゃんも登場です。
 いや、玲子シナリオはかなりびびった。なにせ規模はちがえど似たような展開だったもんで焦りまくりでした。

 あさひのようにさわやかに その17 99/11/3 Up