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こみっくパーティー Short Story #3
あさひのようにさわやかに その11

「……瑞希、彩、よく聞いてくれ」
「……うん」
 こくこく
 俺は、沈痛な面もちを作って、俺を見つめる二人に向かって言った。
「こと、ここに至ってはやむを得ない。俺は、あの禁じられた秘技を使う」
「……は?」
 きょとんとする瑞希。
 一方、彩の方はさっと顔色を変えた。
「……もしかして、和樹さん……」
「……ああ」
 頷くと、俺はぎゅっと拳を握りしめた。
「これしか、方法はない」
「ダメですっ!」
 珍しい、彩の大声。瑞希がびくっとして彩を見る。
「な、なになにどうしたのっ!?」
 それに構わず、彩は机に手をついて、俺の方に身を乗り出した。
「和樹さんには、1年のブランクがあるんですよ。あれは、ダメです……」
「彩、判ってくれ。俺には、こうするしかないんだ」
 俺は、静かに言った。
「今回ばかりは、間に合わなくて落としました、じゃ済まないんだよ」
「でも、今まで使ったこともないんでしょう?」
「ああ。でも、大丈夫。大志や由宇によくやり方は聞いてるし」
「そんな……」
「ちょ、ちょっと、どういうことなのよ! あたしにも判るように説明してよっ!」
 瑞希が割り込んできた時、不意に声が聞こえてきた。
「同人の道は修羅の道。同志瑞希よ、彼もまた、今修羅の道を歩もうとしているのだよ」
「大志っ!?」
 慌てて振り返る瑞希。
「やぁ、諸君」
 軽く手を挙げて挨拶する大志。
「ちょ、ちょっと! ここはあたしの家よっ! 和樹の家ならともかく、どうしてここにあんたがいるのよっ!!」
「……俺の家でも良くないが」
「ふふん、そのような些細なこと、我が野望の前には障害ではないぞ、同志和樹、同志瑞希。……どうでもいいが、和樹と瑞希は語感が似てるな」
「ほんとにどうでもいいのよっ、そんなことはっ!」
 そう言いながら、瑞希はゆらりと立ち上がった。
「九品仏大志、とりあえず説明だけしてとっとと帰ってくれる?」
「ふん、そう焦るな、まいしすたぁ」
 大志は眼鏡の位置をちょいと指でつついて直すと、笑みを浮かべた。
「それでは説明しよう。禁断の技、『修羅場モード』をっ!」
「ああっ……」
 彩がふらっと立ちくらみを起こしたように机に突っ伏した。慌てて瑞希が駆け寄る。
「ちょっと、大丈夫? 彩さん、しっかり!」
「……は、はい」
「無理もない。心臓の弱い者は聞いただけでもショック死するほどの技だからな」
 大志は腕組みして言った。
「だい、大丈夫、です……」
 彩は顔を起こした。げ、マジに顔色が悪いぞ。
「ホントに大丈夫?」
 瑞希も心配そうだ。ま、元々あいつは心配性なところがあるしなぁ。
「はい、私も同人作家です。覚悟は出来てます」
 ……彩、それは何か違うぞ。
「ふん、長谷部彩、か。立派な覚悟だ。名は覚えておこう」
 大志、お前は何者だ?
「ありがとうございます……」
「彩さん、お礼なんか言わなくていいのっ! ったく。で、何なのよ、そのシュラト殺すだっけ?」
「『修羅場モード』だ」
 ……瑞希もなんだかんだ言いつつ染まってないか?
 俺が呆れていると、大志が説明を始めた。
「説明しよう! 修羅場モードとは、己のうちなる全エネルギーを解放し、1日中マンガを描けるようにする秘技っ! これにより、普段の数倍の能率で作業が可能なのだ!」
「へぇ、すごいじゃない。そんな技があるんなら、さっさと最初からやってれば良かったのに」
 あっけらかんと言う瑞希。大志はチッチッと指を振った。
「同志瑞希ともあろう者が、素人のような事を言ってはいかんな」
「あたしは素人よっ!!」
「確かに一日中マンガが描ければ、それだけ能率も上がるだろう。だが、悲しいかなマンガ家といえど人間。最低限度の睡眠と栄養補給を行わなければ、屍が残るのみ」
「そりゃそうでしょうよ。……って、まさか!」
 さぁっと青くなる瑞希。
「その通り。『修羅場モード』とは、己の命を削ってしまう禁断の魔技でもあるのだっ!!」
 大志は深々と頷いた。そして、やおらクーラーボックスをドンと床に置く。
「というわけで、ブツは持ってきておいた」
「……大志、そのクーラーボックスどこから出した?」
「同志和樹、些細なことは気にしてはいかんな」
 そう言いながらクーラーボックスの蓋を開ける大志。中にはぎっしりとドリンク剤が入っている。
「ちょ、ちょっと! 何よこれっ!」
「『修羅場モード』に必要なアイテムだ。さぁ、同志和樹よ、戦うのだ! その命尽きるまでっ!!」
「おうっ!!」
 俺はクーラーボックスからモ○を1本取り出して、キュッと蓋を開けてストローを突き刺した。
「俺は誓うっ! 原稿は必ず仕上げてみせるっ!! うぉぉぉ、燃え上がれ、俺の小宇宙(コスモ)!!」
 キューッ
「……あの、あたし帰ってもいい? って、ここあたしの家だったぁっ! もう、どうすればいいのよぉっ!」
 頭を抱える瑞希。
「ん? 同志瑞希、どうしたというのだ? ああ、例のカードマス……」
 バチィン
 すごい音がした。びっくりしてそっちを見ると、大志の口を瑞希が塞いでいた。
「しゃべったらダメ」
 ……なんのこっちゃ?
 おっと、いかんいかん。俺には時間がないのだった。
「彩は、無理しなくてもいいからな」
 そう言って、俺は原稿に向き直った。
 絶対に完成させなくちゃ。手伝ってくれている彩や瑞希のためにも、楽しみにしてくれている郁美ちゃんのためにも、そしてあさひとみらいのためにも……。

 そして……。

 キュッ
 最後の線を引き終わって、俺はふぅとため息をついた。時計を見上げる。
 壁にかかった時計は、午前7時35分。
 何日だ?
 ビデオのタイマーを見て、俺はほっと息を付いた。入稿の締め切り当日の朝だった。
 部屋を見回すと、俺の向かい側で、机にうつ伏して、彩が寝息を立てていた。
 ……げ。彩、もしかして泊まり込みで手伝っててくれてたのか?
 正直、時間がぜんぜん判らなくなってたから、気付いてなかった。
 すさまじく散らかってしまった部屋を見回す。瑞希の姿がないってことは、あいつは自分の部屋で寝てるのか。
 大きく伸びをすると、ゴキゴキとすごい音がした。顎を撫でてみると、無精髭がざらつく。
 ううっ、終わった途端に睡魔が……。
 俺はあくびをしながら、彩の肩を揺すってみた。
「彩、彩……」
「……すぅ」
 はは、起きないよ。
 俺は苦笑した。
 おっと、とりあえず本当に完成したかチェックしないとな。
 原稿を1枚1枚数えて、袋に入れる。
 と。
「……う、うん」
 彩が小さく呻いて、顔を上げた。
「あ、和樹……さん」
 ……まだ寝ぼけているのか、とろんとしている。
「おはよう、あ……や?」
 彩は、俺の頬に手を当てた。そしてそっと引き寄せる。
「なにを……」
 言いかけた俺の唇に、柔らかなものが押し当てられる。
 それが、彩の唇だと理解するまで、一瞬の空白があった。それから、慌てて飛びすさる。
「か、和樹っ!」
 その声に振り返ると、ドアに手をかけたままの姿勢で、パジャマ姿の瑞希が俺と彩を交互に見ていた。
「瑞希!?」
「あ、あ、あ、あんた何やってるのよぉっ! マンガ描いてたんじゃないのっ!? それにあんた、あさひさんやみらいちゃんがいるでしょうがっ!!」
「ごっ、誤解だ! 今のは、その……」
「ふ、不潔よぉっ!! 痴漢、変態、エロエロ大魔王っ!」
 詠美が言うみたいな悪口だが、そんなこと言ってる場合じゃなかった。
「だから、俺の話を聞けっ! 彩、お前も……」
「……くー」
 彩は、また机に突っ伏して眠っていた。
「とっ、とにかくそういうことするんなら、あたしん家でないところでやってよねっ! 馬鹿っ!!」
 そう言って、瑞希は奮然とドアを閉めた。
 バタン
 大きな音が部屋に響いた。
「……瑞希のヤツ……」
「……あ」
 その音で目が覚めたらしく、彩が顔を上げた。立ちつくしている俺を見て、目をこすりながら挨拶する。
「おはようございます、和樹さん……」
「あ、ああ……、おはよう」
「どう、したんですか? それに、原稿は……?」
 あ、いかんいかん。瑞希のことはともかく、原稿だ。
「一応完成したぞ」
 俺は、原稿の入った封筒を彩に見せた。
「サンキュ、彩。これも彩が手伝ってくれたおかげだ」
「……いいえ」
 彩は、ポッと赤くなって俯いた。
「私は……、和樹さんのお手伝いが出来ただけで……」
「さて、あとはこれを塚本印刷まで持っていけば全て完了だな」
 俺はもう一度伸びをして、無意識に唇を舐めた。
 唇には、甘い味が付いているような気がした。
「はい」
 彩は頷いて、立ち上がった。そのままスタスタとドアの方に行く。
「あれ? どこかに行くの?」
「あ、あの、ちょ、ちょっと……」
 赤くなって、小さな声で言うと、彩はそのまま出ていった。……あ、お手洗いか。
 と、その彩と入れ替わるように、片手にフライパンを持ったエプロン姿の瑞希が入ってきた。ちらっと彩がお手洗いのドアを閉めるのを見てから、小声で俺に尋ねる。
「説明してくれる?」
「そりゃ、やましいところは何もないから説明してやる」
 俺は正直に言った。
「彩を起こそうとしたら、突然キスされたんだ。多分彩も寝惚けてたんだと思うぞ」
「ホント?」
「ああ。この俺の目を見ろ!」
「血走ってるわよ」
「……そりゃ、この1週間ほとんど寝てないからだ」
「……ま、あんたがそれほど器用じゃないっていうのは知ってるから」
 瑞希は苦笑した。
「もうちょっと器用だったら……」
「え?」
「な、なんでもないわよ。それより、朝ご飯食べてから休む? それとも先に一眠りする?」
「うーん」
 俺は、既にかなり眠くて頭の回転が鈍くなっているのを感じていたが、それでも考える。
 確か、塚本印刷の営業時間は午前10時から午後8時だ。今寝たら、多分24時間は起きられないだろうから、それじゃ間に合わなくなる。瑞希に頼んで持っていってもらってもいいが、その場合突発で何か起こったとき――例えば、印刷所のチェックで修正を入れないといけなくなったとき(この本は18禁じゃないけど、あくまでも例えばだ)――なんかに対応できないから、やっぱり俺が行った方がいいだろう。
「とりあえず入稿してから休む。何かせいのつく朝飯頼む。鰻の蒲焼きとかレバニラ炒めとか」
「それ、朝に食べるものじゃないわよ。ま、いいわ。それじゃ朝ご飯作るから、顔洗っておきなさい」
 そう言いながらダイニングキッチンに戻る瑞希。
「へいへい」
 俺はあくびをしながら、言われた通りお手洗いのドアを開けた。
 ガチャ
「……」
「……」
 俺は、たっぷり20秒間は、そのまま固まっていた。
 それは、ちょうどお手洗いのその奧にあるバスルームのドアを開けた彩も同じだった。
 彩の姿はというと、何も着て無くて、首にタオルをかけただけという姿であった。どうやらシャワーを浴びていたらしい。
 濡れ羽色の美しい黒髪、そして上気して桜色に染まったうなじを滑り落ちる水滴。あくまでも美しい曲線を描くその白い肌。
 俺が思わずそれに目を奪われたとしても、誰もそれを責めることは出来ないだろう。
 ……そうだよな?

To be continued...

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あとがき
 うぐぅ。
 さて、どうしたもんかなぁ?
 以下続刊(笑)

 あさひのようにさわやかに その11 99/8/19 Up