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こみっくパーティー Short Story #3
あさひのようにさわやかに その1

 それは、1本の電話から始まった……。

 ガチャ
「ただいまぁ〜」
「あっ、お帰りなさい、和樹さん」
 アパートのドアを開けると、あさひがみらいを抱いて出てきた。
「お仕事、ご苦労様でした」
「ああ。そっちは?」
「ええ、何事もなく。それじゃ、はい、あなた」
 そう言って、みらいを俺に手渡すあさひ。ちなみにみらいというのは俺とあさひの愛の結晶(て、照れるぜ)である。うーむ、まさか一撃必中とは、これも俺達の愛の為せる技というものだな。うんうん。
 って、いきなり渡すなっ!
「っとっとっと」
 慌てて受け取る俺。その慌てざまを見て、あさひはくすくす笑う。
「もう、いつになっても駄目なパパですね〜」
「んなこと言っても……」
「夕御飯にしますか? それともお風呂?」
「えっ? あ、そうだな。汗かいたから、風呂頼む」
「はい。すぐに用意しますから、みらいをお願いしますね」
 そう言って、あさひは風呂場に入っていった。
 その後ろ姿を見送って、俺は腕の中でもにゃもにゃと笑っているみらいを改めて見つめて、軽く揺すってなんてみる。
 と。
 トルルルル、トルルルル、トルルルル……
 不意に電話が鳴りだした。
「なんだろ?」
 俺はみらいを落とさないように注意しながら、肩から提げていた鞄を下ろして、受話器を取った。
「はい、千堂です」
『久しぶりだな、まいふれんど』
 その声を聞いた途端、俺は受話器に向かって叫んでいた。
「九品仏大志っ!? ど、どうしてここの電話番号を知ってるっ!?」
「うぐっ」
 みらいが目を見開き、次いで顔をゆがめる。うわっ、しまったぁっ!
「びぇーーーーっ」
「うわっ、あ、あさひっ!」
「はははいっ!」
 あさひが、片手に風呂掃除用のスポンジを持ったまま、風呂場から飛び出してきた。
「すまんっ、頼むっ!」
「あ、はいっ」
 片手にスポンジを持ったまま、片腕で器用にみらいを抱きかかえると、あさひはよしよしとあやし始めた。
「びっくりしましたねぇ〜、よしよし、大丈夫ですよ〜」
『……なにやら賑やかそうだな』
 耳に当てたままだった受話器から大志の声が聞こえて、はにゃ〜んとあさひとみらいを見ていた俺は我に返った。
「お前がいきなり電話してくるからだろうがっ!」
「和樹さん! めっ!」
 大声をだすと、あさひに叱られてしまった。トホホ。
『ぬおっ、今の声は間違いなくあさひちゃん。ぬぬぅっ、返す返すも惜しいことをした。あの時貴様に手を貸すとは、九品仏大志一生の不覚……』
「やかましいっ。で、何の用だ?」
『おっと、いかんいかん。つい、かつての桜井あさひファンクラブ会員番号1番としての栄光の日々が頭をよぎってしまった』
「お前が1番なら俺は0番だな」
『くくっ……。まぁ、よかろう。では本題に入るぞ』
 へへっ、あいつの悔しそうな声というのもまた一興……。じゃないって。
「で?」
『実はだな……、お、おいこらっ!』
「?」
 と、受話器の向こうから別の声が聞こえてきた。
『だらだらとやっとらんでウチに貸しぃっ! もしもしっ、和樹や?』
「その声は、猪名川由宇!?」
『そや。覚えとったか』
「ああ。由宇もいたのか?」
『本当なら、同人を捨てたあんたに声掛けるつもりはあらへんやったんやけどな』
 ううっ、冷たい声だ。
 まぁ、仕方ないか。
 あの時、俺はあさひを守るために、他の全てを捨てて逃げたんだもんな。
『でも、今回ばっかりはそういうわけにもいかへん。一応、あんたも一時とはいえ、同じ夢を見た仲間やったんやもんな』
「……なんか、穏やかならん言い方だな。何があったんだ?」
『こみパが無くなるかもしれへんのや』
 由宇は、あいつにしては静かな口調で言った。それだけに、深刻な様子が伝わってくる。
 ……って、何っ!?
「由宇、今何て言った!?」
『幸せボケして耳まで悪ぅなったんか? こみパが無くなるかもしれへんっちゅうとるんや』
 俺は、壁にかかったカレンダーを見た。
「でも、あと1ヶ月もすれば夏こみだろ?」
『そや。そやけど……』
『その辺りの事情は我が輩が説明しよう』
 再び、電話の向こうは大志に代わったらしい。
『全ては春こみから始まったのだ……』

 俺の最後の春こみ、そしてあさひの(結果的には)引退コンサートからちょうど1年後になる春こみ。
 一部の熱狂的なオタク達が、既に伝説となったあさひの引退1周年記念イベントを主催者にも無許可で行い、それが暴走してけが人が出て、とうとう警察まで出動する騒ぎになった、というのは俺もちらっとニュースで見た。
 大志は無論、その事件の詳細を知っていた。
『最初は一部のファンが、あさひちゃんが引退コンサートをしたあのホールに花束を置いてあの時を偲ぼうというつもりだったらしいのだが、何がどうねじ曲がったのかしらんが、いつの間にかインターネットなどで無責任なうわさ話が広がったのだ』
「無責任なうわさ話?」
『ああ。桜井あさひが、春こみの日にあそこで復帰コンサートをする、といううわさ話だ。我が輩は無論デマだと知っているから無視していたのだが、いつの間にかファンの間では定説となって流れていたようだ。しかも、その連中の動きは当日になるまでこみパ準備会でも掴めなかった』
「……」
『で、当日になって、コンサート会場にオタクどもが詰めかける騒ぎとなった。最初からそのような事態を想定していなかった準備会では対処出来ず、それでも会場への侵入を阻止しようとした南女史ら準備会のスタッフ数名が、オタク共、いや暴徒共によって負傷し、さらに会場に突入しようとした暴徒共が将棋倒しになり、重傷者を含む怪我人が100名を越え、国家権力の介入を招く事態となったのだ』
「……なんだよ、それ?」
『まったく、情けないとしか言えない出来事だ。しかし、それだけでは終わらなかった』
「まだあるのか?」
『南女史ら主力スタッフが負傷退場し、事実上機能出来なくなった準備会に代わって、会場に乗り込んだ国家権力の犬どもは、春こみのその時点での中止を独断で決定した。それが開場30分後のことだ』
「開場30分後!? そ、それはいくらなんでも……」
『その通り。当然、一般客内で不満が爆発し、一部で警察官に物を投げつける等の暴挙に出た者も出て、執行妨害とやらでこれまた100人単位で引っ張られたらしい』
 ……由宇もまた「こみパカタログは最後の武器や」とか言って投げつけたんだろうか?
 俺がそんなことを考えていると、大志は受話器の向こうでため息をついた。
『これだけの騒ぎになって一番喜んだのが、、今までこみパの存在自体を、青少年に害毒を流すとやらで目の敵にしていた教育委員会やPTAとかいう偽善者共だ。奴らはおおっぴらにマスメディアを使ってこみパ叩きを始め、軽薄な連中がその尻馬に乗り騒ぎ立てる。あとはその繰り返しだ』
「……それで、こみパが無くなるっていうことになりそうなのか……」
『その通りだ。理解してもらえたかね、まいぶらざぁ』
「ああ、経緯はわかった。で、それを俺に教える為に、わざわざ俺の電話番号を調べ上げたわけか?」
『いや、それだけのためではないぞ』
 大志は、静かに告げた。
『同志和樹、もう1度ペンを取れ』
「なに?」
『おそらく、奇跡でも起こらぬ限り、この夏こみが最後のこみパとなるだろう。貴様とて、一時にしろかの地に野望を持って立った男。その散り行く時に何もせずに座して見守るつもりか? いや、そうではあるまい』
「……」
『返事はすぐとは言わぬ。が、残りの日数を数えれば、そうのんびりとは出来ぬぞ』
『そうや! ウチかて、これから夏こみまで神戸には帰らへん。ずっとこっちに残って原稿描く覚悟なんやで!』
 由宇の声も聞こえてきた。
 俺は答えた。
「……事情は判った。でも、今の俺には守るべき人もいるんだ。少し考えさせてくれないか?」
『ああ。場所や道具、その他の心配は無用だ。我が輩が手配する。決心がついたら、連絡をくれるだけでいいぞ』
 プツッ
 電話が切れた。

「こみパが?」
 俺が大志からの電話の内容を説明すると、あさひは俯いた。
「私があんなことしたせいで……」
「違うって」
 あさひが引退することになったのは、全て俺の責任だ。それに、そのことに関して俺は後悔していない。
「悪いのは、あさひに、いや、アイドル声優桜井あさひという偶像に未だにすがりついてた連中だ。でも、そのせいでこみパが無くなるなんて、やりきれないよな」
 俺は、あさひにあやされている間に寝付いてしまい、寝床で眠っているみらいをのぞき込んだ。
「こいつが大きくなったら、一緒にこみパに行こうって思ってたのにな……」
「和樹さん……」
 あさひは、俺の瞳を見つめた。
「行かないつもり、なんですね?」
「……ああ」
 そう答えて、俺はぽんとあさひの頭に手を乗せた。
「今から原稿描くとなると、夏こみまで丸々1ヶ月の間、あさひやみらいを放り出さないといけなくなる。当然仕事も出来ないし……」
「それなら私が……」
「駄目だ」
 俺はきっぱり言った。
「あさひを働かせるわけにもいかないって。第一それじゃ誰がみらいの面倒見るんだよ」
「それは……」
 あさひは俯いた。それから、顔を上げる。
 その瞳に涙が一杯にたまっているのを見て、俺は慌てた。
「あっ、こらあさひっ、泣くなっ」
「だ、だって、だってあた、あたしっ、あたしのせいでっ……」
 あさひは、涙をこぼした。
 俺は、あさひを抱きしめた。
「だから、あさひのせいじゃないって言ってるだろ?」
「うっ、っく、か、和樹っ、さん」
 しゃくり上げながら、あさひは言った。
「あ、あたしっ、の、ためじゃ、駄目?」
「……あさひの、ため?」
「あたし、もう一度、っく、もう一度、読みたいの。あなたのっ、描いた、お話を……」
「俺の描いた……」
「……」
 あさひは、それ以上は何も言わずに、黙って俺の目を見つめた。
 そっと、俺はその頬に唇をつけた。
「あさひ、ありがとう」
「和樹……さん」
 びっくりしたような顔で、頬に手を当てるあさひ。
 その間に、部屋を横切って、壁際に立ててあるカラーボックスの前にかがみ込むと、中をかき回す。
 ……確か、この辺りに……。あった!
 俺は、1冊の預金通帳を抜き出した。
「それは……?」
「これだけあれば、1ヶ月はなんとかなるだろ?」
 そう言って、預金通帳をあさひに渡す。
 あさひはそれをめくって、びっくりしたような顔をして俺を見た。
「和樹さん、このお金、一体……?」
「俺が1年間同人生活をして貯めた、っていうか貯まった金だよ。今まで、この金を使う気になれなかったから、そのままにしておいたけどさ……」
 全てを捨てて逃げ出した後、この街であさひとの新しい生活を始めるにあたっての資金は、あさひがそれまでの声優活動で貯めたお金から出ていた。早い話、出だしは俺がヒモ状態だったわけだ。もちろん、それは最初の資金だけで、後の生活費は俺が稼いだんだが。
 というわけで、俺の貯金は丸々残っていたわけだ。
「そんな。あたしの貯金だってまだ残って……」
「いや、このお金を使わせて欲しい」
 俺は言った。
「このお金を使うにふさわしい時は、今だけだと思うんだ。このお金は、俺が同人誌を作って稼いだお金だ。同人誌を作るために使う以上にふさわしい使い時はないだろ?」
「……はい」
 あさひはこくりと頷いた。
 俺はそれから考え込んだ。
 原稿を描く以上、ここで、というわけにもいかない。とすると、あの街に戻ることになるわけだが……。
 あさひとみらいをここに置いて、一人で戻るか。
「和樹さん、もしかして、あ、あたし達を置いて、一人で戻ろうなんて思ってないですか?」
 あさひが、ぐすっと鼻をすすりながら訊ねた。鋭い。
「あ、いや、それは……」
「あたし、着いていきますからっ。あの時、決めたんです。何があっても、ぜったい和樹さんと離れたくないって」
 じーん。
「あさひっ!」
 ぎゅっ
「あっ、か、和樹さんっ」
 俺は、一瞬でも一人でなどと思った自分を恥じた。
 これだけ想ってくれている人を独り――みらいがいるから二人だけど――残していこうなんて考えた自分が情けない。
「えっと、あの、あっ、あのっ」
「えっ? あ、ごめん」
 我知らず、思い切り抱きしめていたようだった。俺は手の力を弛めた。
「あっ、でも、大丈夫だから」
「え?」
「力を入れて抱いてくれた方が、えっと、その、和樹さんの想いを感じられるみたいで、その……」
 そう言って真っ赤になるあさひ。
 可愛い。
 俺は、もう一度ぎゅっと力を込めて抱きしめると、そのまま畳に押し倒す。
「あっ、か、和樹さん?」
「あさひ……」
 そのまま唇を求めると、あさひは目を閉じてそれを受け入れてくれた。
 何回も唇を重ねながら、そっと手を……。
「うわぁ〜ん」
「あっ」
 みらいが不意に泣き出した。あさひが、いままでうっとりぼぉ〜っとしていたのはどこへやら、機敏に飛び起きるとみらいの寝床に駆け寄る。
「みらいちゃん、どうしたんですか〜? あ、おしめですね〜」
 ……やれやれ。母は強し、かな。
 俺は苦笑して、頭を掻いた。
 しかし、それにしても何を書けば良いんだろう?
 ここ1年、生活に忙しくて、今のトレンドなるものもわからんし……。
 ……ま、ここで考えても仕方ない。なるようになるって開き直るしかないよな。

To be continued...

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あとがき
 こんにちわぁ〜。
 「プールに行こう」が、なまじ間を置いてしまったせいか、全然書けなくなってしまったので(苦笑)、気分を変えてこみパSSです。
 とりあえず、友人の間で一番リクエストが多かった“ファンの女の子”です。はい。
 でも、連載(笑)
 「プール〜」で懲りたので、今回は最初から「その1」表記です(爆笑) だからって、そんなに長くするつもりは無いんですけどね、ええ。

 あさひのようにさわやかに その1 99/7/8 Up