今でも、時々私はそれを取り出して見てみることがあります。
Good luck for your tomorrow
最初は一つで、三つになって、そしてまた一つになり、今は二つになったもの。
星の砂。
父との……。
そして、往人さんと、みちるとの大切な思い出。
でも、それは振り返る為じゃなくて、自分の足元を確かめるため。
鍵を開けて、鉄製の重い扉を押し開けると、目の前には真っ赤な夕焼けが広がっていました。
あの時のように。
目を閉じると、多分今でも鮮やかに思い出せる。
でも、私は目を閉じません。その代わりに笑っています。
「わわっ、すごいね〜」
「そう?」
「うんうん」
こくこくと頷くのは、お友達のかのりん。
珍しそうにぐるっと辺りを見回しています。
「屋上には来たことあるけど、こんな時間にはないんだよ」
「そうだな」
かのりんの後ろから、白衣姿の霧島先生の登場です。
「わっ、お姉ちゃん!? どうしてここにっ? あ、もしかして謎の転校生さん1号?」
「ふ。前にも言ったとおり、私は佳乃のことをおはようからおやすみまで見守っているからな」
にっこり笑って答える霧島先生。あ、もしかして……。
「……しすこん?」
シャキーン
「遠野さん、世の中には不文律というものがあるのだ」
「納得です」
「ならよろしい」
頷いて、霧島先生は手にしていたメスをしまいました。美凪さんちょっとびっくりでした。
「それに、記念すべき佳乃の天文部初体験の日だ。そんなところを見逃すことは姉としては出来ない相談だな」
「でも、お姉ちゃん、お仕事は?」
「……霧島診療所は年中無休……」
「うむ、その通り」
胸を張る霧島先生。
「それじゃ、今は誰がいるのぉ?」
「もちろんポテトだ」
「ぴこぴこっ♪」
「……」
「……」
「……」
みんなが無言で、霧島先生の足元にいるポテトさんを見つめると、ポテトさんは首を傾げました。
「……ぴ、ぴこっ」
霧島先生は笑顔でむんずとポテトさんの首を掴みました。そして、そのまま診療所の方向に向かって放り投げます。
「私の代わりに、病める人々を救ってくれっ!」
ぶぅんっ
「ぴこぉ〜〜〜っ」
夕焼けの空に消えていくポテトさんの勇姿。
「わぁ、お姉ちゃん大遠投だよ〜っ」
フェンスに駆け寄って、その行方を目で追うかのりん。
「オリンピックで金メダルものだよ〜」
「……そうですか?」
私は足元を見下ろしました。
「ぴこぴこっ」
私の足元には、ポテトさんがいました。どうやら、すぐに戻ってきたようです。
「ぴこっ、ぴこぴこっ」
「……大正解」
「ぴっこり」
「なるほど、そうですか」
「わわっ、美凪さんポテトとお話しできるんだね〜」
「ほう……」
「よし。それじゃ美凪さんをポテトともお友達第3号に任命しちゃおうっ」
「ちなみに第2号は私だ」
霧島先生がにやりと笑って付け加えました。
「……3号に任命」
私はぽんと手を打って、ポケットに手を入れました。そして封筒を出してかのりんに渡します。
「はい、任命ありがとう賞」
「わっ、またお米券だよ〜」
「ぴこぴこ〜っ」
喜んでくれて、私も嬉しいです。
「さて、それで遠野さん。私は寡聞にして天文部の活動内容については詳しくないのだが、今から何をするのかね?」
霧島先生に聞かれて、私はそういえば説明していなかったことを思い出しました。
「やっぱり天文部っていうくらいだから、きっと地球征服を企む悪の軍団と戦っちゃったりするんだよねっ?」
何か嬉しそうなかのりん。
「……残念ながら」
「ええっ、違うのっ!?」
「……」
こくり、と頷くと、霧島先生が残念そうなかのりんの肩に手を置きます。
「佳乃、天文部が一々地球の危機に首を突っ込んでいたら、正義の味方部の立場がないじゃないか」
「あ、それもそうだね」
「なるほど、残念」
「……遠野さんまで納得しないように」
なにやら怒られてしまいましたとさ。
「お姉ちゃん、美凪さん悲しそうだよぉ」
「うむ、何か心の傷に触れてしまったかも知れないな。すまない」
「いえ」
首を振って、私は部室から持ってきた望遠鏡を三脚の上に載せようと抱え上げました。
「どれ、手伝おう」
「あ、私も手伝うよぉ」
「ぴこぴこぉ」
みんなが同時に望遠鏡の鏡筒に手を伸ばしました。
「……あ、危険……」
ひゅぅぅぅぅぅぅぅん
がっしゃぁぁん
「……えーっと」
「……」
「……ぴこぉ……」
望遠鏡は、もう屋上にはないようです。
かのりんがフェンス越しに下を見下ろしました。
「わぁっ、二つに折れてるよぉ」
「ぴっこり」
「……すまない。後で弁償させてもらおう」
霧島先生がすまなそうに言いました。
私は首を振りました。
「いえ、大丈夫」
「そうなのか?」
「望遠鏡が無くても、星は見えますから」
いつしか、暗くなり始めた空に、いくつか星が見え始めています。
私は、バッグからシートを出しました。
「これを敷きましょう」
「ほう?」
「空を見るには、寝ころぶのが一番」
「なるほどぉ。さすが美凪さん」
「えっへん」
ちょっと威張っちゃいました。
シートを屋上に敷くと、かのりんがその上に滑り込みました。
「それじゃいちばーん!」
……一番は取られちゃいました。残念。
「なら、私が2番だな」
「ぴこぴこぉ」
……2番も3番も取られちゃいました。
シートに横になって、空を見上げます。
「……久しぶりだな。こうしてのんびりと夜空を見上げるのは」
霧島先生が、小さく呟きました。
だんだん、見えてくる星の数が増えてゆきます。
「あっ!」
不意にかのりんが声を上げました。
「今、星が流れたよぉ!」
「ほう、流れ星か」
「うわぁ、すごかったよぉ。かのりん感動しちゃってもうたいへ〜んってくらい」
大きく両手を振って喜んでくれるかのりん。
右手首の黄色いバンダナが、ひらひらと揺れています。
「よかったな」
その頭を撫でる霧島先生。
その頭上を、星が一つ、つぅっと流れていきました。
「わわっ、また流れたよぉっ! 今日は出血大サービスっ!」
「ぴこぴこぉっ」
大喜びのかのりんとポテトさん。
そんな2人を満足そうに見つめている霧島先生。
うらやましくないって言えば、嘘になっちゃいます。
あのみちるは、もういません。
もう一人のみちるも、今はいません。
「……」
2人から視線を外して、空を見上げます。
カシオペア、アンドロメダ、ペルセウス、そしてペガサス。
秋の星座が目に入ってきました。
不意に、星がぼやけました。
だめ。
私は、いつも笑ってないと。
それが、みちるとの約束だから。
「……美凪さん?」
かのりんに声をかけられて、私は手の甲で目元を拭ってからそちらに顔を向けました。
「はい?」
「どうしたの? なんか……えっと、その、うぬぬ……」
何か悩んでるみたいです。
えーっと。
あ、そうだ。
私は身体を起こすと、ちょっと横座りになって、太股をぽんと叩きました。
「どうぞ」
「……?」
「……膝枕」
「ええっ? いいのっ!?」
「はい。気持ち良いです」
「わわっ、どうしようお姉ちゃん?」
「むぅ、そうくるか遠野美凪……」
「えっへん」
誉められたので胸を張っておきます。それからもう一度、太股をぽんぽんと叩きました。
「さぁどうぞ」
「それじゃ……」
かのりんは、笑ってわたしの太股の上に頭を載せました。
「わぁ、柔らかいよぉ。軟体生物みたいだよぉ」
「……あめふらし?」
そんな会話を交わす私とかのりん。
そして。
「この私よりも先に、佳乃に膝枕させるとは……」
なぜか霧島先生は悔しそうでしたとさ。
「それじゃ、また明日ね〜」
「今日はすまなかったな。望遠鏡の件については、また明日にでも、私の方から学校側に詫びておくことにしよう」
「いえいえ、お気を使わずに。それではおやすみなさいませ」
「うむ、おやすみ」
かのりんと霧島先生は、一緒に帰って行きました。
途中で、かのりんが霧島先生に何か言って、そして2人で手を繋いでいます。
私は、ふぅ、とため息をつきました。そして夜空を見上げます。
夜空は、秋の星座から冬の星座に変わりつつありました。
その星の向こうにいる往人さんに、届いてると信じて、私はそっと、「おやすみなさい」を言いました。
あとがき
全国約2人のファン待望(爆)なぎなぎかのりんシリーズ2作目です。
EK2に出る同人誌に美凪SS書いたので、その勢いでこっちも書きました(笑)
それにしても美凪は難しいキャラですねぇ(苦笑)
疲れたので次はなし。
裏葉のリクエストももらったんですが、考えてみると歴史物は手を付けたことなかったし、あまり食指を動かされないので、多分書かないでしょう。いえ、キャラとしてはsummer編の3人も魅力的なんですが、いかんせん既に死んでるので(爆笑)
あまり史実をねじ曲げるのは好きじゃないんです。……と言いつつプール3みたいなものも書いてますから、あんまり説得力ないですが。
夜空のムコウ 00/10/17 Up