トップページに戻る  目次に戻る  末尾へ

Air Short Story #3
見上げると、空

 それは、いつもの光景。懐かしい情景。
 思い出の中……。
 夢の中……。
 そして、見上げると、空……。

 ふぅ〜っ
 ぷわっ、とシャボン玉が膨らんで、空に向かって飛んでいく。
 嬉しそうに、自分の造り出したそれを見送る美凪。
 一方……。
 ふぅぅ〜〜〜
 ぱちん
「わぷっ!」
「……楽しそうだな、ちるちる」
「やかましいっ、国崎往人っ!」
 破裂したシャボン玉の水滴を顔面に浴びて、みちるは相変わらず半べそだった。
「しかし、なんだな。毎日毎日それだけ顔面にシャボンを浴びてると、顔を洗う必要が無くていいなぁ」
「むぅぅ〜〜」
 俺を恨めしげに睨むみちる。
 美凪が、シャボン玉を吹いていた手を止めて、そんな俺達を見ていた。それから、一言。
「……名コンビ?」
「違うっ」
「あったりまえだのくらっかーっ!」
 ずびしっ
 いきなり急角度のチョップを後頭部に食らった。
 続いての一撃を、とっさに身体をひねってかわすと、その腕を掴む。
「あうっ、しまった」
「くっくっく」
 さぁて、どうしてくれようか。
 とりあえず、引っ張り上げてみる。
「わうーっ、やめれ〜〜っ」
 じたばたもがくみちるだが、こうなったら陸揚げされたまぐろも同じ。
 と、その時だった。
 じたばたと意味もなく振り回していたみちるの足が、俺の……にヒットした。
「……」
 一瞬の空白。

 えいえんは、あるよ。

「……さん、国崎さん」
 ゆさゆさと揺さぶられる感触。
「……む」
 俺は目を開けた。
 眩しいくらいに真っ青な空をバックに、美凪が、片手で髪を押さえて、俺を覗き込んでいた。
「……あ、起きた」
「……何があったんだ?」
「……ぽっ」
 何故か赤くなる美凪。
 と、ばたばたばたっと騒がしい足音が戻ってきた。
「美凪〜〜っ、水汲んできたよ〜っ」
 その声を聞いた瞬間、俺は跳ね起きた。
「てめぇっ!!」
「にょるぅっ!!」
 ばっしゃぁぁっ
 ……ぽた、ぽた、ぽた。
 俺の髪から水が落ちて、地面に吸い込まれていく。
「……びしょぬれ」
 俺のすぐそばにいた美凪も、俺と同じ状況だった。
 加害者は、と思って見ると、美凪に慌てて駆け寄っていた。
「わわっ! ご、ごめんね美凪っ!」
「だぶーじょいだ」
「……ふに?」
「大丈夫」
 言い直してる。しかし、なんださっきのは?
「うにぃ、ごめんね〜。国崎往人がいきなり脅かすから……」
「おいっ、俺が悪いのかっ!?」
「……悪人さん?」
「違うっ!!」
 俺は声を上げて、改めてびしょ濡れになっている美凪と、自分が濡れるのも構わずにその髪をごしごしと自分の服で拭いているみちるを見た。
 ううむ、こうも美凪にくっつかれては攻撃できない。……じゃなくて。
「それにしても、真夏と言ってもそれだけ濡れたら風邪引くぞ」
「……へっちゃらです」
 確かに、既に服も、太陽に当たっている部分は乾き始めていた。
「しかしちるちる、何を俺達にぶっかけたんだ?」
「ただの水だいっ」
「威張るなっ!」
 ぼかっ
「にょろめっ……」
 とっさに手を出してしまった。美凪に当たらなくて良かったなぁ。
 とりあえずみちるが静かになったので、俺は辺りを見回し、濡れたバケツが転がっているのに気付いた。どうやらこれに水を入れてきたらしい。
「ううーっ、脳みそくらくらぁ〜。国崎往人が二人に見える〜っ」
 頭を抱えて呻くみちる。
 美凪がその頭を撫でながら、俺に視線を向けた。
「国崎さん、めっ」
 めっ、されてしまった。
「あ、国崎往人がめげてる。いい気味〜」
「うるさいっ! 大体だな、いい加減に俺のことをフルネームで呼ぶのはやめろ」
「じゃあ、何て呼べばいいのよ?」
「ええとだな、……」
 思い付かなかった。
「ま、まぁいいけど」
「……提案」
 ぱっと手を上げる美凪。
「おお、何か思い付いたか、美凪」
「往人お兄ちゃん」
「……ぐはぁ」
 美凪にそう呼ばれると、かなりダメージを受ける。……嫌じゃなくて、むしろ嬉しかったりする辺り、このまま進むと、取り返しのつかない方に突っ込んで行きそうだ。
「き、却下だ」
「……残念」
 心底残念そうだった。いや、俺も心底残念だが……。……はっ!?
「ほら、みちるも」
「うに……。ゆ……ゆ……」
「がんば」
 ……それは死語だぞ美凪。
「往人おにい……」
「もうちょっと……」
「往人、おに……。できるかぁぁぁっ!!」
 どげしぃぃっ!
「ぐわぁっ!」
 いきなりのちるちるチョップを後頭部に食らって、不覚にも一瞬意識が飛んだ俺。
「往人お兄ちゃんなんて言えるかぁ〜〜っ!!」
「……今、言ってます」
「あ、しまった。今のなしっ! なしんこっ!」
「なしんこ了解。……それじゃ、再提案」
 もう一度手を上げる美凪。とりあえず回復したところで、俺は指名する。
「はい、遠野美凪くん」
「……往人お兄さん」
「ぐはぁぁっ」
 国崎往人に200ダメージ。
「何を悶えとるかぁっ!!」
 がすぅっ!
 こんどはみぞおちにちるちるキックが炸裂し、激痛に俺は膝を付く。
「ふーーーーんだっ。美凪を使って変なもーそーするからだいっ」
「……妄想? ……ぽっ」
 何故か赤くなる美凪。
 なぜか目を潤ませて俺を見る。
「美凪はいいお嫁さん?」
「……なんでやねんっ!」
 びしっと裏拳でツッコミを入れる。
「……うう、ツッコミされてしまいましたとさ」
 なんで昔話風?
 もう一発ツッコミを入れそうになって、俺は深呼吸しながら自制し、みちるに向き直る。
「とにかく、だ。もう少し年上に対する尊敬の念をだな……」
 ふぅ〜〜っ
 ぽわっ
「わぁーっ、やったやったやったぁっ! 見た見たっ、美凪っ!! 飛んだ飛んだぁっ!」
「偉い偉い」
 美凪がみちるの頭を撫で撫でする。
「えっへへ〜〜っ」
 心底嬉しそうなみちる。
 そして、穏やかな優しい目でそんなみちるを見つめる美凪。
 とても暖かな空間がそこにあり、……俺は無視されていた。
「……」
「んに?」
「国崎さん、泣いてるみたい」
「いーのいーの。ほっとこーよ。それより見て見てっ、もう一度やるからっ」
 そう言うと、みちるはストローを石鹸水に突っ込んだ。そして、口にくわえて吹く。
 ぱちん
「わぷっ」
 思った通り、シャボン玉は途中で爆ぜた。
「うう〜っ、さっきは出来たのに〜。きっと国崎往人ののろいなんだ〜っ」
「だから、なんで俺のっ!」
「……国崎さんの呪い」
「違うっ!」
「なんまんだぶなんまんだぶ」
「拝むなっ!」

 そんなことをしているうちに、いつしか夕暮れ。
 駅前のベンチで、美凪は騒ぎ疲れて眠ってしまったみちるの頭を膝に乗せ、空を見上げていた。
「夕焼け、綺麗です」
「……そうだな」
 俺もその隣に座って、同じ空を見上げて答える。
「……きっと、今夜は星がきれい」
「だといいな」
「……にゅふふ」
 意味不明の笑い声を上げながら、幸せそうに眠るみちる。
 その顔を見ながら、俺はため息をつく。
「ずっと眠っててくれないかなぁ」
「……それは、みちるが可哀想」
「……そうか?」
「いつかは目覚めないといけないから」
 そう言って、美凪は微笑んだ。
「往人さん……」
「ん?」
「夢は、いつかは終わるものだよね」
 そうだな、みちる。
「でも、夢がさめても、思い出は残るから……」
「……うん」
 穏やかな笑顔で頷く美凪。

 みちると美凪。
 あの暑い夏の日に出逢った、とても仲の良い二人。
 俺達は、何かに導かれるようにして出逢い、そしてさよならをした。
 さよならは別れの言葉じゃなくて、再び逢うまでの遠い約束……。
 そう言ってたのは誰だったか。
 俺と美凪は、まさにその通りだった。
 そうだよな、みちる……。

「国崎往人……。美凪のこと、好き?」
「ああ、もちろん」
「……ぽっ」
「みちるの方がずっと美凪のこと好きだもんねっ!」
「ふっ。ちるちるごときに俺の深い愛は負けるものか」
「……ぽぽっ」
「うにゅ〜っ、おのれぇ国崎往人っ! 純情な美凪をよくも騙したな〜っ」
「誰が騙した、誰が」
 だんだん、周囲が白く霞み始めてる。
 もう、おしまいか……。
「……ま、いいか」
 みちるは、肩をすくめた。
「美凪は、ずっと待ってるよ。だから……」
「……そうだな」
 俺は、まだ約束を果たしていない。それを果たすまでは、美凪のもとには戻るわけにはいかない。
 だけど、いつの日か、約束を果たし終わったその時には……。
「戻っても、いいよな?」
「……もちろんです」
 白い光の中にとけていきながら、美凪は笑っていた。
 みちるも笑っていた。

 世界がたくさんの笑顔でいっぱいになって……
 みんながあったかくなって生きていけたらいいね……

「……ん」
 次第に意識がはっきりとしてきて、俺は目を覚ました。
 ……夢か。
 どこからともなく飛んできたシャボン玉が、目の前でパチンと割れて消えたような気がした。
 俺は荷物を担ぎ上げ、また歩き出す。
 みちると美凪と交わした約束を守る、そのために……。
 見上げると、空。
 この空は、美凪につながってる。
 そして、みちるにも……。
 そうだよな、みちる?

「んにゅ」

 トップページに戻る  目次に戻る  先頭へ

あとがき
 この作品は、JO-HTB発行「She is everything in the AIR.」に収録されていた作品です。
 ホームページへの掲載を快く了承してくださいました、同サークルのNYAさんに感謝します。

 実際のところ、今までちょこちょこと書いていた「なぎなぎかのりん」シリーズのザッピングというか、美凪がああしてるときに往人は……という話がこれです。
 ただ、人気ないので続編が出ません(笑)<なぎなぎかのりん

  00/10/9 Up 00/10/10 Update 00/10/13 Update

お名前を教えてください

あなたのEメールアドレスを教えてください

採点(10段階評価で、10が最高です) 1 10
よろしければ感想をお願いします

 空欄があれば送信しない
 送信内容のコピーを表示
 内容確認画面を出さないで送信する